耳鳴りの魔女   作:大平原

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3. そこのぼっこちょうだい

「え? なんて?」

「え? だから、そこのぼっこちょうだいって」

 

 方言というのは知らぬ間に自分の中で当たり前の言語として居座っているのだから、不思議なものである。

 特に、自分のことを完全な標準語――今は共通語と言うのだったか――話者であると思い込んでいる私のような者にとって、それは時に大きな衝撃をもたらす。

 

「ぼっこ、って何? もしかしてこの小枝のこと?」

「そうだよ。ぼっこでしょ」

 

 私は千島海溝の、さらに言えば超深海層の生まれである。

 それ故、というのもおかしな話だが、北海道にはよく足を運んでいる。彼の地であれば美食には困らないことも多分に影響している。しかしながら、北海道で暮らす人々との交流は一切と言っていいほどなく、北海道の方言が私の中に染み付くはずもなかった。

 なかったのだが……どういうわけか私の口からは時々北海道弁が飛び出すらしい。あるいは、もはやほとんど覚えていない前世の私の名残かもしれない。

 

 私の『ぼっこ』発言に、庭先に出ていた木幡姉妹と倉本兄妹は疑問符を浮かべた。

 察するに、どうやらこれは方言のようであった。

 

「ぼっこっていうのは……小枝の中でも、なよっとしてなくて真っ直ぐめな小枝のこと。でも太過ぎたり綺麗過ぎるのはぼっこじゃなくて、その辺の地面に落ちてるような、親しみが持てる小枝のこと」

「親しみが……あ。『棒っこ』ってことか」

「おーなるほど」

 

 私の説明の甲斐はあったのかなかったのか、倉本兄の言葉に倉本妹も納得の表情を浮かべ、しかし神奈川出身の二人はポカンとした顔のままである。

 木の棒に親しみなぞ持ったことがない、という顔をしている。魔女とはいえ所詮は都会人か。『良い感じの棒』などの概念にも疎そうな顔であった。

 

「まあいいや。とにかく、私の作った魔術が見たいって話でしょ。陣を描くから、その枝ちょうだい」

「ああ、はい」

 

 茜が拾っていた小枝を要求すれば、我に返ったように茜が手渡してくる。

 うん、やはりこれは『ぼっこ』だ。

 密かな満足感を覚えつつ、私は地面に陣を描き始めた。正確には、魔法で枝を操って自動で描かせた。魔女が良く使う自動筆記魔法の派生形である。

 

「うわ、すっごい便利そうな魔法」

「速いし精確だし、実際便利だよ。……でも、たまに手描きすると描くの下手になってたりするから。魔女は使わない方が良いんじゃないかな」

「あーそっか」

 

 私はそもそも魔術を使わなくとも魔法やら歌声やらで大抵の問題は解決できてしまう人外の存在である。積極的に新しい魔術を覚えたり考案したりする必要がないが故に、こうして便利な魔法に頼っているに過ぎない。

 魔術を日常的に使用する魔女がこの魔法を覚えてしまったら、色々と弊害が出てきてしまうのではないだろうか。全国の魔女を怠惰にした咎とやらが付いてまた協会から目の敵にされるのは御免である。

 

「描けたかな……よし。じゃあ誰か、この陣の上に乗って」

「ハイ! あたし乗ります!」

「あっ、コラ千夏」

 

 元気良く手を挙げ、何なら挙手と同時に陣に乗ったのは倉本妹。倉本千夏と言ったか。

 まだどのような魔術か説明していないにも拘らず欠片も躊躇いを見せないのは、小学生故の無謀かはたまた生来の性格か。もちろん危険な類いの術ではないので、そこは安心してもらいたい。

 

「まずこの陣に乗った人の影に水を掛ける。この時の水は水道水でも天然水でも良いけど、とにかく満遍なく掛ける。分量はボトル一本分くらい」

「ほう」

「で、影を作っている人の髪の毛を……うん、一本だけもらって、総角結びを作る。今回は入口を作りたいから、入型の方ね」*1

「あげまき結びー?」

「うん。分からなかったら後でそこのお姉さんたちに教えてもらうと良いよ。……結んだこれを、影の上に投げる」

「おー……お!」

「ここで影に波紋が立って、髪が沈んでいったら成功ね」

「おもしろ魔術だねー。で? これはどんな効果があるの?」

 

 実を言うと、作成者の私にも使い道がよく分からない魔術である。厳密には、意図して作ろうとした魔術とはズレた魔術になってしまったために、未だに用途を思い付いていないのだった。

 三人寄れば何とやらとも言うことだし、とりあえず魔術の効果を披露することにする。

 

 私は先程使っていた木の枝を掴んで、倉本千夏の影に手を突っ込んだ。

 どぷりと沈んだ手を引き抜くと、そこにはもう木の枝はない。

 

「この影に向かって、こうやって時空棚の魔法を使う」

「すると?」

「他人の時空棚に勝手に物を入れられる。逆に総角結びを人型にすれば、また勝手に他人の時空棚から物を取り出せる」

「えー! めっちゃ便利じゃん!」 

 

 木幡茜が瞳を輝かせた。

 私もこの魔術を見つけたその瞬間だけは、実に有用な魔術だと思ったものである。ところがよくよく考えてみると、これは本末転倒としか言いようがない魔術であった。

 

「茜はたぶん勘違いをしている。これ結局、時空棚の魔法は使う必要があるんだよ」

「……あ、ほんとだ。え、じゃあ途端に使い道がなくなったような……うにゅっ」

 

 茜が一転、露骨に微妙な表情を浮かべたので、頬肉を抓んでやった。

 そこへ、終始首を傾げていた木幡真琴が話し掛けてくる。

 

「お姉ちゃん、時空棚ってどんな魔法なんですか?」

「時空棚は……なんだっけ。なんか、別の空間に物を仕舞っておける魔法、みたいな? ここのつで言うと闇の魔法ね」

 

 闇の魔女はここのつの中でも極端に数が少なく、同様に闇の魔法の使い手も少ない。以前聞いた話では、魔女の二万人に一人だけが闇の魔女としての素質を持つのだとか。

 使い手が極めて希少な闇の魔法である『時空棚(インベントリ)』を誰でも使えるようにする魔術、であれば非常に便利だったのだが、結局のところこれは『時空棚』の魔法で他人の『時空棚』も開けられるようにする魔術でしかない。

 前提として闇の魔法の適性が必要であるという障害は、一切退けられていないのである。

 

「他人の時空棚から美味しいものでも拝借しようと思っても、時空棚を使ってる魔女が全然いないから大体空っぽで、何も役に立たない」

「セイさんそれ成功したら協会に捕まっちゃうよ。よく考えたら禁術じゃんこれ」

 

 被害は出ていないため実質無罪ではないだろうか。

 

 

 セイレーンが去った後、木幡真琴は思案に耽っていた。

 

「うーん……」

「真琴〜? 何唸ってんの」

「えっと、私のここのつって何かなーと思いまして。最近やっていることを考えると、木か土なんでしょうか」

 

 ここのつ。

 それは魔女が得意とする属性の分類である。

 魔法を操るためのエネルギーたる “マナ” は、火・水・木・風・土・金・光・闇・霊と九つの属性に分けられ、魔女には体質として個々人に相性の良いマナというものがある。

 例えば火のマナと相性の良い魔女は “火の魔女” と呼ばれ、ここのつは火である、のように表現することができる。

 

「えー、どうかな。あれってやっぱり俗説だし」

「そうなんですか? 身の回りだと結構、当てはまっている人が多いと思いますけど」

 

 また、ここのつに関する俗説として血液型占いに近しいものが存在する。

 ここのつが水である魔女は海や川を好み、性格は気分屋で甘え上手である、とか。ここのつが金である魔女は工学や電子工学に興味を持ちやすく、性格はせっかちである、とか。

 血液型占いとは異なり、これは完全な俗説とは言い切れないほどの相関を見せるのだが、この説に当てはまらない魔女もそれなりにいる。

 

「ほら、セイさんのここのつは水で、気分屋じゃないですか。海の精霊さんで、食べ物を勝手に取っていくのも……甘え上手と取れなくもないですし。それにお姉ちゃんのここのつは光でしたよね。光は―――」

「天真爛漫だって? 照れる〜!」

「自由人ですよね、世界中あっちこっち旅をしていて」

「あれ今無視した?」

 

 ここのつ談義は、女性の占い好きと相まって魔女の間では盛り上がる鉄板のネタだった。

 あれやこれやと話していれば、話題はとうとう魔女以外の人物にまで波及していく。

 

「圭くんは絶対に “(プランタ)” ですね! 農業に興味があるみたいですし、性格ものんびりしてます!」

「それ言ったら真琴がさっき言ってたみたいに(テラ)かもしれないじゃん。妙に頑固なところとかー」

「千夏ちゃんは……うーん、(ゴルト)でしょうか。知的好奇心が強いあたりとか、確かロボットも好きでしたよね」

「いやいや、あれはあたしと同じ光だよ。もしくは(チェムノタ)―――」

 

 これだけ騒いでいれば、離れていても会話の内容は聞き取れるものである。

 居間でテレビを観ていた倉本兄妹は、縁側から響く魔女姉妹の話にいつの間にか耳を澄ましていた。

 

「……すごい色々言われてんな」

「うん。あたしは全属性使いたい」

「欲張り過ぎだろ」

 

*1
総角結び。神社仏閣でも見られる伝統的な飾り結び。入型と人型、二種の結び方がありそれぞれ意味合いが異なる。入型は幸福を招き、反対に人型は不幸を寄せ付けないと言われる

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