ここはカノニカルの歓楽街の少し外れのショットバー。薄暗い店内と落ち着いた雰囲気で気取り過ぎない敷居の低い店ながら、幅広い銘柄を取り揃えた隠れた名店と名高い。
カウンター向かいに佇むハゲ散らかした初老のマスターは、フロンティアスピリッツ溢れる荒野のような自身の頭髪に言及されるとブチギレて暴れる事に目を瞑れば高い技術と接客スキルを誇る有能なベテランであり、その苛烈さたるや「マスターを怒らせてはいけない。禁忌を犯した暁にはまるで彼の頭頂部のように周囲一帯が焼け野原になる」が常連の中での共通認識となるほどである。
あまり広い店ではないので席はカウンターのみ。そのカウンターに2人の大柄な男が座っている。
「ハイボールでいいよな、ほれ乾杯」
「へぇ、いい店知ってんなとっつぁん」
「行きつけなんだ。キープボトル置いてるから好きな時に来て良いぞ」
「これ薄いな。もうちょい濃くしてくれ」
「よせ!この店で薄いとか言うな…!」
「なんでだよ」
一瞬、マスターの頭頂部が怪しく光ったように見えたのだ。
「薄いとか眩しいとか、そういうワードはここでは禁句な。ほら、入れてやるからグラスよこせ」
「なにその幽◯白書の海藤の能力みたいなシステム」
革ジャンを羽織った如何にもな出立ちの男が仏頂面の若い男のグラスに酒を注ぎながら話しかける。側から見るとガラの悪い2人組にしか見えない。品の良いバーが唐突に反社の集会所へと劇的ビフォーアフターの様相を見せている。
「しかしとっつぁんよぉ、晩飯ゴチしてくれるって言うから来たけど俺ぁこう見えて忙しいんだわ」
「ほーん、今日何してたん」
「確率変動時における乱数とアルゴリズムの研究」
「パチンコじゃねーか」
年齢が離れているように見えるが革ジャンの男は若い男の歯に衣着せぬ軽口を気に入っているらしい。パチンカスのしょうもなトークに破顔している。
「もうちょい早く声かけてくれりゃよぉ。俺もう負けてスカスカなんだけど」
「財布がね!?財布の話ね!?」
この男はわざと言っているのか。鈍感過ぎるのもまた罪であり、何らかの法で裁けないものか。失言を溢すたびにマスターのCTが溜まる音がするような錯覚を覚える。シュインシュイン
「ハハァ…祭高戦隊の隊長サマが急に誘ってきてメシ奢ってくれてよぉ、河岸変えてお気にの店に連れて来るって事は」
「…なんか面倒ごとを頼みたいって流れだろこれ」
「お前は察しが良いのか悪いのかわからんな」
ダーザイン所属、祭高戦隊隊長の月代立夏と鼻セレブ隊戦闘員のテツ。
所属部隊の違う2人だがウマが合うのか、たまに飲みに行く仲である。
「だったらこんな色気のねぇとこじゃなしに、もうちょい華のあるとこ連れてってくれよ。可愛いねーちゃんがいる店とか」
「お前と来ると毎回吐くまで飲んで解散の流れじゃん。ねーちゃんいるとこだと本題入る前にベロンベロンになって嘔吐のコンボ見せられて終わるだろ」
「おう、今日も綺麗な虹見せてやるよ」
「開幕ゲロ宣言すんなよ」
酔っ払った男の世話させられる方の身にもなれと呟きながら煙草に火をつけた立夏が本題に入ると言わんばかりに前のめりになって話し始めた。
「前に少し話したろ。もしもの時の話な」
「…胃の中のメシが不味くなる話題だなぁ」
「世界がアホほどあんなら警戒するに越した事はねぇだろ」
「あんま先のことばっか考えてるとハゲんぞ」
「俺がね!?俺がハゲるって話ね!?」
またチャージした。全体チャージとか持ってない単体アタッカーなのに。物凄い仕事量である。失言王が動作を辿る様に煙草に火をつけながら続ける。
「万一リッカのとっつぁんが《災厄》化した時には、俺に討伐してくれって話だったよな。えらい弱気な事を言う…ヤキが回ったんかよ」
「立場上な、あれこれ先回りして手を打っとく立ち回りが癖になってんだ」
「どうだか…文官は現場に出るとすぐボロ出すぜ。ハハァ」
「隊長っつっても俺は前線に出るタイプだわ。と言うか今もめちゃめちゃ先回りフォローしてるからね。お前全然気づいてないけど」
擬似チャージ持ちがグラスの酒をあおって一息つくとやや怪訝な顔をしながら尋ねる。
「その話、自分とこの部隊の人間にも言ってあんの?」
「3人通達済み。内心はどうかわかんねぇけど了承は貰ったよ」
災厄化というものがどのぐらいの確率で起きるのかどうはわからないがわざわざ他部隊の人間にまで頼む程危険性のあるものなのか。そしてそれは目の前のハゲよりも危険な物なのか。
「テツ、お前がダーザインに所属してる理由は『派手な喧嘩がしたいから』だったろ?」
「手前味噌だが俺は元々退魔師でそれなりに鳴らしてた経験がある。災厄化した俺はお前にとって不足のねぇ相手だろ」
「お前の人格は極めてアレだが腕は信用出来る。もしもの時は引き受けてくんねぇか」
極めて人格がアレな男がバースセイバーになった理由はシンプルなもので、暴れる場所が欲しかっただけだった。
金払いの良い雇い主がダーザインに所属したので自分もそうしただけで、特に主義や主張も無いし守りたい物なんて物も無い。依頼を受けるかどうかは気分で決める。
「気が乗らねぇなぁその話」
「何が不服なんだよ。お前好みの依頼だろ」
「そりゃそうだけどな。痛ぇのは嫌なんだよ」
「フリーのバウンサー業を生業に今まで暴力でメシ食ってた人間のセリフとは思えねぇ。お前こそヤキが回ったか?」
「ツレとする本気の喧嘩は痛ぇだろ」
「ブッッ!!」
予想外の回答に立夏が思わず吹き出した。
「ガッハッハッハ!!お前!!!!」
「お前がそんな…ブハッ!!!」
「とっつぁん…笑いすぎだろ…」
「ちょ、タンマ。変なとこ入った」
強面な顔を綻ばせながら「悪い悪い」と謝りつつ肩を振るわせている。よっぽどツボに入ったのか。笑われた方は居心地悪そうに次の煙草に火をつけて落ち着くのを待っている。
「悪い、お前からそんな台詞聞けると思ってなかったんで」
「でも今のでお前がどんな人間なのかよくわかった。案外情が深いタイプなんだなぁ」
この男は他者への理解が深まると拳が鈍るのだろう。露悪的な振る舞いで隠しているが根の部分は思ったより人懐っこい性格なのかもしれない。
「甘ちゃんに頼める話じゃねぇだろ。わーったら他当たれよ」
「いや、やっぱりお前がいいよ。お前がどんな奴かわかった上で信頼出来ると改めて判断した」
「別に確定した未来の話じゃねぇ。万が一の話だよ。でもよ…もしそん時が来たら、俺は本気の喧嘩師テツと派手にド突き合いてぇな」
「予想だと四分六で俺のが有利なんじゃね?お前退魔師とやり合った経験無いだろ?」
立夏が挑発するように眉を上げてみせるとテツが口角を釣り上げて笑みを浮かべる。
「ハハ…ハハハハァ!」
「ナメんな。そんな競るわけねぇだろ。俺の圧勝に全BETしてやるよ」
「ぬかせ。ボッコボコにしてやる」
楽しそうに自分達が本気で殺し合う、あってほしくない、あるかもしれない未来をひとしきり語った後、テツが静かに依頼を受けると答えた。
「しっかしとっつぁんも大概甘ちゃんだろ。やろうと思えば俺が拒否れねぇ頼み方も出来たんじゃねぇの」
「歳聞いてないけどお前結構若いだろ。俺だって20代そこそこのガキに重い責任負わせる事に思うとこはあるんだよ」
「ガキ扱いすんじゃねぇよ。依頼受けてやるんだからここ奢れよ」
「ハナから奢る気で来てる。好きなだけ飲め」
「サンキュー。長生きしろよ」
「ジジイ扱いすんじゃねぇよ」
話がまとまり、空気が緩んだところで2人の眼前に痩せて死んだ大地が唐突に現れた。
「うお…」
マスターの頭部だ。
2人の前で屈んだマスターの頭がライトに照らされていたのだ。
それと同時にカウンターテーブルにウィスキーが注がれた2つのショットグラスが現れた。
「一杯、奢りますよ」
寡黙なマスターが穏やかな笑みを浮かべて「どうぞ」と手でジェスチャーのような動作を見せている。
「お二人のお仕事の話は分かりませんがね。お客さん、今とても良い表情されてましたよ」
「嬉しい事があったんでしょう。それは私の好きな銘柄のアタリ年の物でね…祝い酒にして下さい」
なんとも粋な事をするものだ。
カウンター向こうの棚に立派な形状の瓶が立ててある。恐らくそれなりに値が張る物なのだろう。よほど嬉しそうに見えたのだろうか。
「いやなに、喉に刺さった小骨が取れたような気分ですよ」
「それはそれは、大きな小骨だったようで」
「そんなもんじゃないですよ。しかしせっかく頂いたお気持ちなのでね。ありがたく頂きます」
立夏が丁寧にお礼を言い、香りを楽しんでいる横でぼちぼちアルコールで仕上がってきた失言王がギアを上げ始めていた。
「おいー!この酒よぉ、かなり良いモンだろ!明らかに普段飲んでる安酒と違うもんな!ハハァ!!」
「良い店じゃねーか大将!決めた!俺もここ通うわ!今後とも贔屓にしてくれや」
「ニクいことするぜ。アンタがハゲたおっさんじゃなくて綺麗なねーちゃんだったら俺コロッといってたかもな!」
「ハハ…ハハハハァ…ギャッハッハッハ!!!!」
(爆発オチ)