仕事場兼溜まり場のような扱いになっており、何かと喧騒の絶えない鼻セレブ隊の事務所もオフの日は嘘のように静かだ。
「今日は俺1人…今この事務所の神は…俺だ!」
葉沼櫂ですどうもどうも。この世界ではそんなに時間は経ってないはずなのに凄い久しぶりな気がします。これ以上言うとメタいんでアレなんですけども。
事務所の居住スペースを好きに使って良いと言われ、実質住み込みで働いている俺にはオフの日の大事なルーティンがある。
二礼二拍手一礼の後に静かに精神統一を行い、事務所のPCを立ち上げて大手配信サイトにアクセスし、配信視聴の文字をクリックする。
元気で活発そうな金髪の女の子が画面に大きく表示され、イメージ通りのハツラツとした声で挨拶を始めた。
『ども!今日の配信はアタシ、凛が担当だよ!今回は雑談枠だけど初のゲーム配信にも挑戦していくね!』
太刀花双輪花の太刀花凛である。太刀花の姉妹は退魔師としての活動の傍ら、広報の一つとして配信業も行なっている。
画面の向こうでゲームとかあんまり詳しく無さそうな金髪のギャルがゲーム配信に挑戦している姿はなんとも微笑ましい。クソッ…好きだッ!
『今日はこのゲームやってくね!那由多のオススメなんだけど、話が進むとキャラがいっぱい死ぬらしい!』
それ言っちゃうんだ?という前情報を派手にブチ上げたと思うやいなや力一杯にコントローラーを握りしめながら体を揺らしている。
『オープニングから始めてすぐこんなテンパることある?:\1,000』
『コントローラーすぐ壊れそうなんで先に送っとくね:\3,000』
ゲームをしながらリスナーの発言を拾って話を広げると言うのは存外難しい。しかしその余裕の無さが逆にコメント欄を盛り上げてスパチャが飛び交っている。たまにはこういうのがいいのだ。
「良い…普段の雑談配信も良いがこういう変化球も良い…」
そんな様子をちょっと良い絵画でも眺めるような目つきでモニターを見つめる。貴重な休日の大事な時間。
そう、普段カスと変人に囲まれながら忙しない日々を過ごす俺にとって、太刀花家の配信は心のオアシスとなっているのだ。もはや生きる糧と言っても差し支えない。
「ようガキ、なんか気色悪い笑い方しながら画面見つめてんな」
「オウワァーッ!!!」
「あれ、これ太刀花んとこのクソ強ぇ姉ちゃんじゃね?何これ配信してんのか」
「ツァァーッ!!!!!」
「落ち着けや…何その教室の隅でややエロいラノベ読んでるとこが見つかったオタクみたいな反応」
「ンアァーッ!!!!!!!」
配信に夢中になりすぎて事務所にテツさんが来た事に気づけなかった。思わず教室の隅でややエロいラノベ読んでるとこをヤンキーに見つかったオタクみたいな反応をしても仕方ないと言える。
「テツさん今日忙しいって言ってたじゃないすか…なんで事務所来たんすか」
「朝イチで並んだのに結局良い台取れずに負けたんで不貞寝しにきた…ハハァ」
「パチンカスがァ…ッ!」
無遠慮に隣にどかっと座り、一緒になってテツさんが配信を見始めた。非常にやりづらい。今シームレスに俺の心のオアシスが侵略を受けている。この種の理不尽は何らかの法で規制出来ないものなのか。
「なぁ、お前なんで匿名でコメントしてんの。別に知らねぇ相手じゃねぇんだから普通に話しかけたら良くね」
「はぁーー」(クソで固め息)
「テツさん…今の俺は凛さんにとってその他大勢の内の1人。リスナーと言う集合体でしかないんすよ」
「はぁ」
いまいち理解しきれてないと言う顔でタバコに火をつけている。理解らせねば。
「俺が知り合いである事を大っぴらにしながらコメントしようもんならこのコメント欄は間違いなく荒れます」
「ここの人達は皆凛さんとの交流を目的に来てるんすよ。そこに知り合いを名乗る男が出てきたら良い気はしないでしょ」
「こいつらゲーム見に来てんじゃねぇのか」
「可愛い女の子がやってるゲーム配信に集まる人達の中にゲーム自体に興味持ってる奴なんていないんすよ」
「世も末だな」
事実、配信の画面は大きく凛自身が映っていて小さいワイプにゲーム画面が表示されているという、まぁまぁイカれた画面構成になっている。リスナーのニーズを取り入れた結果なのか。
『えーなんで!今のアタシ絶対押してない!おかしい!』
何が起きているのかはわからないが画面が真っ黒になってゲームオーバーという表示が出ている。プレイヤーの反応と小さい画面から状況を窺うという斬新過ぎる配信画面。
「良い…俺配信者がノーモーションから感情をむき出しにして瞬発力を感じさせる瞬間が一番好きなんすよ」
「お前はお前でノーモーションから急に気持ち悪いな」
テツさんがタバコの煙を吐き出しながら怪訝そうに聞いてくる。
「別に配信なんぞ見なくても任務の応援依頼とかで顔合わす事あるだろ…お前のスタンスがよくわかんねぇんだけど」
「俺、このチャンネルを初期からずっと応援してるんですけどね…これを見てください」
そう言って別ウィンドウで開いた動画では胸を強調したセクシーな格好をした女性がピアノを弾いている。この珍妙な動画が化け物じみた登録者数で一大コンテンツとなっているのだ。
「配信って結局こういうちょっとセクシーな奴が一番伸びるんすよ」
「これ見てる視聴者もピアノ興味無いだろうな」
「太刀花家は退魔師界隈のゾ◯ディック家みたいなもんっすから。元々の知名度もあって順調に登録者数を伸ばしてます」
「もうちょい良いもんで例えてやれよ」
「でもそこは群雄割拠の配信界隈ですからね。伸び悩んだり頭ひとつ抜けようと思った時に『こういう路線もアリか?』って脳裏によぎる瞬間があるかもしれない」
「◯ルディック家は配信でのし上がる必要無くねぇか」
「俺はその時にそっと背中を押してあげたいんすよ」(ニッコス
「キッッッツ…」
「そんなん言うんだったら仮にこのチャンネルが急に路線変更してもテツさんには見せてあげませんからね」
「お前にその権限ねぇだろうがよ」
配信に詳しくない人間にその魅力を伝えるのはとかく難しい。この暴力以外に自己表現の方法を知らない紛争地帯を拳のみで生きてそうな戦闘狂ゴリラにどう伝えれば良いものか。
「とにかく俺は機が熟すのを待ってるんすよ。今後の方向性とか聞かれた時にちょっとセクシーな企画を提案出来る…俺はそういうリスナーでありたい」
「しょうもな」
画面の向こうで凛がコントローラーを床に置いてクソゲー!と叫んでいる。ワイプの画面にはまたゲームオーバーの表記が出ていた。
『もーやめた!なかなか那由多みたいに上手く出来ないもんねー!』
『毎回雑談配信ってのも芸が無いしさ、ちょっと慣れない事してみたけど難しいね』
少し照れくさそうにゲーム画面を落として凛が画面に向き直る。多分これはこれで需要はあるのだろう。現に絶妙に生暖かいリスナーからの声が沢山寄せられているのだ。ねっちょりした奴が。
『手持ち無沙汰になっちゃったし、リスナーの皆にこういうのやってほしいみたいな意見があったら聞いてみたいなー」
意気揚々とゲーム配信を始めたが思いの外難しかったのか、別の企画を募集し始めたのだ。夥しい数の視聴者の割にあまりにもノープラン。ライブ感で生きている。
「テツさん!機が熟しました!!」
「いや早ぇな」
「今俺達はこのチャンネルの歴史の分岐路に立っているんです!!」
「まだセクシーが脳裏に浮かぶ段階じゃなくね」
「クッソ!通りで時代のうねりを感じるわけですよ!」
「大袈裟すぎんだろ」
コメント欄には特に面白味のない当たり障りの無い企画が寄せられている。
違うだろう。お前らが見たい物はそんなんじゃ無いだろう。ここで踏み込めない奴は養分…!誰かの養分…!!
しかしキーボードに指をかけた櫂の背中を冷たい汗が伝う。
「くっ…まさか…こんな早くその時が来るとは…!」
「どしたん」
「いやちょっと想定より早すぎてマジでなんも考えてなかったです」
「今考えたら良くね」
「なんかもう企画とかどうでもいいんで手っ取り早く水着になって欲しいっす」
「もうちょい理性働かせろよ」
キーボード貸せ、と呟きながらテツさんがキーボードを借りて文字を打ち込んでいく。
『コスプレしながら激辛料理を汗だくで食べる企画希望:』
エンターキーをターンッしながら絶妙なキモさの要望を送ってみせた。何故この男はこんな内容の文章を打ち込みながら格好つけてターンッ出来るのか。だがこれは…
「テツさん…!これは良い企画っすね…!」
「だろ。回を追うごとに露出度の高いコスプレを希望していくって寸法よ」
「俺…テツさんと同じ部隊に入れて良かったっす」
「今その言葉出るんかよ。もっと前の段階で捻り出せや」
画面の中の凛が挙げられた企画の中で有力そうなものを順番に読み上げている。
『えーなになに、野良猫をどこまでも尾行する配信、猫のキンタマを長時間写す配信、』
「こいつらこのチャンネルをどうしたいんだよ」
「そろそろ俺らのが読み上げられますね」
そろそろ自分達の企画が読み上げられると思われたその時、予想外なコメントに凛が反応する。
『わ!赤スパありがとう!カレー作る配信てwwそんなの見たい?wwww』
「なん…だと…」
「テツさん…これは…!!」
チャット欄を見ると自分達が要望を出したのとほぼ同じタイミングでスーパーチャットで『カレー作ってくれや:\10,000』という書き込みがされているのだ。
「配信において高額スパチャはコメントを拾われやすい…!俺達の珠玉の企画が課金の力で飛ばされてますよ…!」
「資本主義社会の嫌なとこ出てんなぁ」
その後もいくつか要望を考えては書き込むがことごとくほぼ同じタイミングで書き込まれる高額スーパーチャットにより俺達のコメントはスルーされた。
azara4『季節の野菜のカレー作ってくれや:\20,000』
azara4『無水カレー作ってくれや:\30,000』
azara4『スパイスに拘ってカレー作ってくれや\40,000』
カレーのためにここまで情熱をかけられるものなのか。何故ここまでしてカレーを作らせたいのか。全て同じ人物からこのコメントが来ている事に狂気すら感じる。あと口調も若干イラつく。
「なんなんだこのazara4って奴は…もう配信じゃなくてレシピサイト行けよ」
「口調もなんか絶妙に勘に触るな…ハハァ…」
灰皿にタバコをぐりっと押し付けたと思うとテツさんが据わった目つきで話し始めた。
「ガキ、財布出せ」
「え、カツアゲ?」
「ちげぇよ。こいつはわざわざ俺らの書き込みのタイミングに合わせて高額の投げ銭してんだろ。俺らは今喧嘩売られてんだよ」
「論理の飛躍が見えるんすけど」
「俺ァな、メシ食ってようが寝てようがどこにいようが売られた喧嘩は買わねぇと据わりが悪ィんだ」
「それがオンラインで人様の配信のコメント欄であってもですか」
「それがオンラインで人様の配信のコメント欄であってもだ」
「クソ迷惑〜〜〜」
一連の流れが戦闘狂ゴリラの癪に触ったらしい。この人は拳が届かない場所にいる相手にどう喧嘩を売るつもりなのだろう。なんとなく紐で繋がれたよく吠える犬が脳裏に浮かぶ。
「まずは野郎と同じステージに上がる必要があんだよ」
「こっちもコメントにあの赤いオーラみたいなの付けるぞ…あの覇◯色の覇気みたいな奴」
「赤スパを◯王色の覇気って言う人初めて見ました。っつーかそれならテツさんが金出してくださいよ」
そう言われたテツが財布を取り出して開けてみせる。中には現金らしきものは無く、コロコロとどんぐりが3個出てきた。成人男性の財布からどんぐりが。
「今日は大負けしてもう鼻血も出ねぇ」
「パチンカスがァ…ッ!」
「ガキお前いけんだろ。資金力で言えば日々危険な任務を遂行して金を得るバースセイバーの俺らに分があんだろうが」
「俺の給料はハルさんが管理してるんで投げ銭出来るほど余裕ないっす」
「銭ゲバがァ…ッ!」
何故この人は日々危険な任務を遂行して金を得ているのに財布にどんぐりしか入っていないのか。目の前にいる男が本当にバースセイバーなのか急に自信が無くなってくる。
「面倒くせぇ…もうこのどんぐりで投げ銭しろや」
「俺の心のオアシスなんだと思ってるんすか…めちゃめちゃ無邪気な動物にエサあげるコーナーみたいになる」
そうこうしている内にチャット欄に怒涛の勢いでカレーを作れと高額スパチャが並んでくる。何がこいつをそうさせるのか。
『えーそんなに言うならちょっとチャレンジしてみよっかなー?』
その勢いで凛さんも段々その気になってきている。まずい、俺のオアシスがスパイスから拘って季節の野菜で無水カレーを量産するお料理系チャンネルに変えられてしまう。言語化しにくい嫌悪感がある。よくわからんがなんか嫌だ。
「しゃーねぇ、これ使うか」
そう言ってテツさんはおもむろに事務所の机からカードを取り出した。俗に言う魔法のカードである。
「テツさんクレカ持ってたんすか?信用から一番程遠いのに?」
「ブチ転がすぞガキ」
曰く、このクレカは鼻セレブ隊の任務で必要になる物を揃える為にあるらしい。大体は武器のメンテナンスだったりアザラシさんがばら撒くロキソニ◯だったり。普段はハルさんが管理している、経費として扱う為の部隊共用のカードという事になる。
「タバコ代に困った時このカード使ってんだよ」
「ガチで信用から程遠いじゃないすか…」
とにかくこれで条件はイーブンになったと言いながら手早くカード情報を動画サイトに打ち込んでいく。俺たちは今から経費で太刀花家に投げ銭をするのか。絶対向こうのが金持ちなのに。
ヴァルキュリア谷口『@azara4 カレーカレーやかましい。クッ◯パッド行ってこい:\20,000』
「レスバすんのに投げ銭いります?」
「なんか色が付いて発言に説得力出るだろ。あとこの名前気持ち悪いから後で変えとけよ」
チェーンスモーカーのヤニカスが次のタバコに火を付けながら俺のハンドルネームにダメ出しをしていると問題のリスナーがまたスパチャを投げてきた。
azara4『@ヴァルキュリア谷口 お前の方こそさっきから何やねんコスプレしながら激辛料理だの水着で縄跳びだの下心隠しきれとらんやんけ:\20,000』
当たり前のように赤スパで返事してくる謎すぎる世界線に疑問を覚えるがレスバトルに応じてきた。
「乗っかってきましたね」
「ハハァ…喧嘩と名がつく以上は舌戦でも負け無しのとこ見せてやるよ」
謎に自信満々な態度を見せながらキーボードをに荒々しく次の言葉を打ち込んでいくがこのレスバは何を持ってして決着がつくのかわからない。
ヴァルキュリア谷口『@azara4 配信なんてモンは元来そういうもんだろうが。お前だけ要望の毛色が違い過ぎんだろ失せろ:\30,000』
azara4『@ヴァルキュリア谷口 元来とかそういうもんとかだけで説明終わらせてたら現代社会に自然主義的誤謬の隙を与えるやんけ:\30,000』
azara4『@ヴァルキュリア谷口 ホモサピエンスの元来には無法、暴力、非農耕とかもあるんと違うんか?:\30,000』
azara4『@ヴァルキュリア谷口 違うんか?:\30,000』
ものっそい返してきた。ものっそい返してきたしなんか急に知能指数上げてガン詰めしてきた。
「なんで俺ァ名うての退魔師にカレー作らせようとしてる奴に議論で劣勢を強いられてんだ」
「多分ポジション的に俺らもそんなに大きくは違わないからじゃないっすかね」
そこからは酷い物だった。
このしょうもない勝負に勝ちがあるとしたらそれは最後までレスをした者が勝者らしい。
ヴァルキュリア谷口『@azara4 顔真っ赤にしてめっちゃ早口で言ってそう:\40,000』
azara4『@ヴァルキュリア谷口 スラム流でしか話出来んのんか?程度が知れるで?:\30,000』
レスバトルは当初の論点から逸脱して煽り合いへと変わり、地獄の様相を呈していた。
ヴァルキュリア谷口『@azara4 アホアホアホアホアホ:\50,000』
azara4『@ヴァルキュリア谷口 うんちうんちうんちうんち:\50,000』
このしょうもない書き込みを全て赤スパで投げ続けている。精神力と資金力のぶつけ合い。頭をパーにして札束で殴り合っている。何の競技なんだこれは。
凛さんはというと止めどない勢いで流れてくる赤スパレスバトルをどこで止めるか悩ましい表情をしている。
「もうやめましょうよテツさん、凛さんめちゃくちゃ真顔になってますよ」
「あれこれ最後にレスしたのどっちだっけか」
「俺、放送中に配信者が真顔になる瞬間が一番苦手なんすよ」
『もうやめてマネー達!私のために争うのはやめて!』
「ほら見てくださいよ。投げ銭し過ぎてこのチャンネルのファンの総称がマネーになりましたよ」
「最後俺だな…ストップかかったしこれ俺の勝ちでいいよな」
「代償デカすぎますて」
こうしてオンライン上で突如勃発した勝者無き戦いは幕を閉じたのだった。
「部隊の共用カードを1日でこんな酷使して大丈夫なんすかね」
「バレなきゃ問題ねぇよこんなもん」
「なんで財布にどんぐりしかないのにそんな金銭感覚イカれてんすか」
配信が終わり、偉い目に遭ったと言わんばかりにパソコンの画面を落とすと真っ暗なディスプレイによく見知った桜色の髪色の女性が後ろに映った。
「………」
「なんだガキ。この出費なら俺が上手い事言い訳考えとくから心配すんなや」
「………」
背後の女性が音もなくこちらに歩みを進めてくる。貼り付けたような笑みを浮かべた表情が反射したディスプレイにハッキリ映る程の距離まで。
「どうした?続けろよ」
背後から低い声が響いた。