「思うに、ジェラ公も櫂も強い執着にモチベーションを湧かせるタイプなんだよ」
葛城さんは俺達2人から何らかのヒントを得たらしい。順を追って説明し始めた。
「で、感情の爆発な。その強いモチベーションの源流が満たされるや否やそれを失うってシチュエーションがそれに当たるんじゃねぇかな」
モチベーションだのシチュエーションだの横文字が多い説明である。理解するのにもコンセントレーションが必要な事を分かって欲しい。
「櫂、こいつを見ろ」
ジェラルドさんの肩を軽く叩きながら葛城さんが俺に真っ直ぐな目を向けてきた。
「お前の彼女、ジェラル子だ」
嫌な予感が的中した。ど真ん中。
「葛城パイセン…冗談言うタイプなんすね…しかも笑えないタイプの」
換気扇の音が聞こえる程に無音かつ無言の空間の中、絞り出すように言葉をつむいで静寂を破った。
「烈斗のアニキ、俺は男だよ」
「聞け。さっきの話な。お前にめでたく可愛い彼女が出来たとするだろ。その彼女を仮想敵に取られる想像をするんだよ」
「ジェラ公を使うのは目の前に人がいた方がよりリアルに想像出来るからだ。お前に彼女がいればそれで良かったんだがな」
「なんで異次元の角度からスイッチ撫でてくるんすか」
目の前のジェラルドさんを使ってイマジナリー彼女を作成してすぐに別れ話をする。その悲しい気持ちを目の前の敵にいわば八つ当たり的にぶつけてみてはどうか。
葛城さんの言う強い感情の発露の訓練はつまるところ、こう言う話だった。
「厳しいっすね。360°どこから見ても男です。こいつ生えてますよ。間違いない」
「知らねぇの?ジェラ公の姉ちゃんすげえ美人なんだぞ。しかも巫女さん」
「じゃあいけます」
「切り替え早いな!俺凄い複雑なんだけど!?」
それから3人で長い時間をかけてゆっくりとイマジナリー彼女のジェラル子のプロフィールを完成させていく作業を始めた。
「ジェラル子ちょっと隙多すぎないか?心配なレベルなんだけど」
「烈斗のアニキはわかってないな。そこが良いんだよ…!」
「ジェラル子はそういうとこあるんすよ。まぁ彼氏の立場から言わせて貰えば許容範囲っすね」
この世で最も不毛な物だと断言出来る時間が、ジェラル子の“存在強度“を上げていったのだ。不思議なもので本当に自分に彼女が出来たような多幸感が身を包んでいく。
「せっかくここまで作り上げたのに。イマジナリーとは言え俺この子に振られちゃうんすね。既に辛いっすわ」
「存在しない彼女の記憶で胸が痛む。それが幻肢痛(ファントムペイン)ってぇ奴だ」
「モデルにされた俺はこの作業を始めた時からずっと心が軋む音がしてるけどね」
「それも幻肢痛(ファントムペイン)だ」
「適当〜〜」
そしてついに、その瞬間がきた。
細かくプロフィールを作り上げた仮想イマジナリー彼女ことジェラル子。長きに渡るステディ的な関係に終止符を打つ時である。
「櫂くん、アタイ、他に好きな人が出来たの」(裏声)
「ジェラル子ォォォ!!」
「ジェラル子、一人称のクセが凄ェな」
全身の力が抜けていく虚脱感。これが失恋の痛みなのか。何故俺は強くなる為にこんな思いをしなければならないのか。そもそもこの工程に意味はあるのか。あらゆる理不尽な感情が心を蝕んでいく。
「ここだ。櫂、試しに俺がジェラル子を奪った存在だと思ってみろ」
「アタイ、烈斗さんが好きなの」(裏声)
「うわキッッッショ!!!」
「ひどくない?」
ピシッ
音がする。
異質な何かが《世界》に入り込もうとするような。《穴》が開く予兆。バースセイバーであれば経験した事があるかもしれない感覚。
「烈斗のアニキ…」
「あぁ…」
続いて涙と鼻水を垂らして項垂れている櫂の背中から大型の猿のような影が立ち上る。
影は大きく揺らいだ後、頭の中に響いてくるようにゲラゲラと甲高い声で笑い始めた。
まるでアホの子がわけのわからない遊びをしている事を嘲笑うように。いやもう申し開きの無い程に正確に全くもってその通りなのだが。
影の輪郭が形を成す度に背筋が凍るような感覚が走る。ハッキリと分かった。ここが辞め時なのだろう。
「櫂、櫂、落ち着け。お前は何も失ってねェ」
「櫂、お前に彼女なんていないんだよ」
「ジェラル子…?」
「ジェラルドだよ。お前に彼女なんていない。最初からモテてはいないんだ」
「え?なんで今トドメ刺しにくるんすか?」
落ち着いて立ち上がった櫂に先の不吉な影は見えなかった。ジェラル子を失った心の傷もイマジナリー故なのか、切り替えが早いのだ。
「よくわからんけど何かを掴んだ気がします。これがスイッチなんですね」とひとしきり礼を言った後に去っていく櫂を2人で見送る。
「ジェラ公、ありゃ何だ。アイツ体ん中にあんなもん入ってんのかよ」
「怪異に憑かれてるらしい。テラスフィアじゃ3ヶ国で崇められてる正真正銘、神格級のバケモンだよ」
「まだ中学生だろ…難儀なモン背負ってんな」
小さくなっていく櫂の背中は失恋のせいなのか、少し寂しそうに見えた。