「え!?アタシ!?
後ろでベガ立ちしていたハルさんが突然の指名に戸惑いの表情を見せている。
「え〜〜…」
明らかに面倒くさそうな表情に見えるがなんとか耐えている。この辺はちゃんと大人しているのだ。
「面倒くせぇ〜…」
言った。言ったよ。言動と表情が一致し過ぎだろ。だがそこがいい。
「まぁこれでいいか。ほれ構えてみ」
どこから持ってきたのか木刀を持ち出して全盛期のノリを思わせる鋭いスイングをブンブン披露している。
俺は今日、大怪我をするかもしれない。ならばせめてこの手に柔らかな感触を、何らかの成果を持ち帰りたい。そして定期的に思い出してニヤけたい。
「フゥーッ…!先に言っておきます。ハルさん、俺はやるとなったら手加減は出来ない。そういう男です」
「お、言うねぇ」
「実戦派の俺は、もしかしたら寝技の展開に持ち込んでしまうかもしれません。それはもう全盛期のヒクソン・グレイシーの様に」
「あいよ〜」
俺はハルさんが戦う姿は既にこの目で何度も見ている。普段愛用している剣型の兵器による制圧力は驚異的だが、テツさんの様な人間辞めたんか?と思わせる理不尽な動きは見られない。正直言って、持っている武器が木刀ならやれない事は無いだろう。
既に言質は取った。あの大きな胸に飛び込んで、後の事はそれから考えよう。1000回のラッキースケベの直感を、1000回肯定する者こそが強者。俺が敬愛するカスの言葉だ。
「御免!!!!」
叫んで駆け出した瞬間、ハルさんの白い袖が揺れたと思うと俺の首筋にそっと木刀が添えられていた。
「アタシの勝ちー。どや?」
馬鹿な。ましら様の魔力と思春期特有の煩悩により強化された俺の身体能力は常人のそれを遥かに凌ぐのに。
目の前の相手は棒切れを持った胸がでかい一般成人女性に過ぎないはずなのに。クソッ!好きだッ!
「フゥーッ…!どうやら、手加減は必要ないようですね」
「さっき手加減出来ないって言ってたのに…」
「申し訳ない。俺の血に刻まれた紳士のDNAが女性には手心を与えろと囁くのです」
「そういうのいいよ。訓練なんだかr
「御免!!!!!」
不意打ち気味に細い腰を掴もうとした俺の両手は虚しく空を切り、後頭部に木刀がそっと置かれていた。
「クーポンの類しか入って無いね」
「なんで財布盗ってるんですか…」
「ごめん…癖で…」
その後も果敢にタックルに向かう俺の腕はことごとく空を切り、俺の動きは体力を失い精彩を欠いていく。ハルさんの木刀はどこか緩慢な動きなのに、何故かそこに当たる事が最初から決まっていたかのように俺の急所へとそっと添えられた。
「もう終わりでいいだろ。何回やっても変わんねぇよ」
「止めないでくださいテツさん!まだやれます!!」
「何がお前をそうさせるんだよ。膝がバンビって言ってたお前はどこにいった」
「かの有名なプロレスラーはやる前から負けることを考える馬鹿がいるかと言ってました!」
「もうやった後なんだよ」
「ほれこっちおいで。反省会しよ」
「ィ喜んでェー!!!!」
ハルさんの話によると、俺は″間″と″呼吸″を盗まれていたらしい。間は時間と距離という意味での間。俺がタックルに行くその瞬間がわかっていた。攻めに出ると決めたその出だしを適切な距離で潰していたらしい。
呼吸は俺の呼吸のリズムを読んでいた。
人間は息を吸い込んだ状態で行動を起こす。息を吐き切ったその瞬間だけは何かに対応するのにワンテンポ遅れるらしい。
「コイツは前にいた《世界》じゃ裏で名の知れた泥棒でね」
「だから俺の心をすんなりと盗んだんですか?」
「知らん…盗んどらん…」
「呼吸と間を盗む行動予知、視線誘導によるミスディレクション。技術を使って対象からモノや情報をパクるプロの親不孝者なんだわ」
「視線誘導…それで俺も目線が毎回…」
「それアタシ視点だとバレバレだからやめときな?」
ハルさんは泥棒として培った技術と剣術を上手く合わせる事で自分のスタイルを確立させているのだと。あのボンキュッボンを成立させているだと。そういう話だった。
「自分の手札を把握してやれる事を考えろ。そういう事ですか」
「櫂くんの場合はましら様との対話から入ってみたら?」
「……うんうん、なるほどね。はいはい。いやお前明るい内からドギツイ下ネタやめろよw」
「側から見ると独り言がエグい不審者ね」
「今日はアタックオブキラートマトが見たいらしいです」
「クソB級映画じゃん」
夜、俺はましら様のリクエストでクソB級映画を見ていた。
「やべ、さっき出したポテチとコーラあっちにあるわ」
「ましら様、あれ取って」
ましら様の腕のみを召喚してポテチとコーラを取った瞬間、脳内に電流が走る。今、確実に何かのヒントを得た。
「そうか…!」
「ポテチとコーラ…!これだったんだ!」
翌日、俺は部隊の3人を呼び出して新技を披露していた。
「右手は召喚の掌印を作る為にフリーの状態にして」
「呼ぶのは一部分だけ。左腕のみを召喚して魔力の消費を抑えて継戦能力の向上」
「より感覚的にコントロール出来るように、呼び出した左腕を俺の左腕に重ねて完成」
「これが俺の新技『神の左手悪魔の右手』です」
3人の反応も上々だった。
「いいんじゃねえか?見た目がキモい事に目を瞑れば」
「そうね、見た目がキモいけど良いと思う」
「見た目キッショ!ほんで右手の悪魔要素無いやないか。ワイそういうの気になるわー」
思い思いに俺の新技にケチをつけていた。
「そこはフレーバー的に感じ取って欲しいんすけど」
「だってお前悪魔じゃねぇじゃん」
「右手は普通の右手ね」
「神の左手普通の右手やな」
ーーーーーーー
櫂は新技『神の左手普通の右手』を習得した。