罪のはじまり
(寒い。寒い。寒い──)
どれだけ耐えれば、この凍える世界から逃れられるのか。
気づけば、俺はただ寒さに身をすくめ、歯を鳴らしていた。
眠気がじわじわと意識を侵食してくる。
目を閉じれば、そのまま落ちてしまいそうだ──それでも、寒さは容赦なく体を締め付ける。
気が付けばそこにいたこの世界で、俺は寒さに耐えていた。
……その時だった。
寒さ以外何も感じないはずだった鼻先をくすぐる、妙に甘く、濃厚で、抗いがたい匂いがどこかから流れ込んできた。
それに合わせて腹の奥がぐう、と鳴る。
今まで嗅いだどんな料理にも当てはまらないのに、無性に食べたくなる。
寒さと眠気に曇った脳が、無理やり覚醒させられる感覚。
匂いを辿ろうと、ふらつく頭で目を開け──思い出す。
「……あれ、俺、何してたんだっけ? 鬼滅の映画を見に行って、その後は……って、うわあああっ!!」
視界に飛び込んできたのは、現実感の欠片もない惨状だった。
若い女性。
壁にもたれかかり、胸から腹にかけて異様な量の血が、まるで獣に抉られたかのような傷から広がる、
その血は、月明かりを反射して黒く輝いていた。
女性の瞳は光を失い、絶望の色を貼り付けたまま固まっていた。
視線を逸らすように後ずさる──その瞬間、俺は気づく。
両手が、服が、頬にまでこびりついた赤黒い血。
そして、その血の中に映るのは……鬼のような顔をした自分だった。
「……俺が、やった……?」
頭が真っ白になる。
理解を拒むように、反射的に叫んだ。
「違う、違う! 俺じゃない!! これは──!」
必死の否定は、誰に向けた言葉だったのか。
その時、雪を踏みしめる足音が近づいてくる。
「……っ!」
この場を見られれば、どう考えても俺が犯人だ。
人間に捕まれば、通報されて捕まる未来しかない。
俺は反射的に駆け出した。
まるで獣のように、地面を蹴るたび加速していく。
自分の体とは思えない速さ──ここで、ようやく悟った。
俺は化け物になってしまったのだと。
数日後。
山の使われていない廃屋で、俺は蹲っていた。
初めのうちは空腹と吐き気と恐怖で動けなかったが、やっと冷静に考えられる程度には落ち着いた。
記憶を探ると、断片的な映像が浮かんできた。
そこから得られる情報によるとどうやらこの世界は、鬼滅の刃の世界らしい。そして、俺はその鬼として意識だけが憑依して転生してしまったようだ…。
そしてこの体の主はごく最近鬼になったばかりで、あの女性が最初の犠牲者らしい。
鬼になったばかりのはずなのに、人間の頃の記憶は霧がかかったように抜け落ちていて、人間だった頃の人脈や居場所は何一つ思い出せない。
……試しに血鬼術が使えるかもと思って使ってみたが、何も起きなかった。
現状俺に残された武器は、鬼滅の刃の原作知識とこの肉体の身体能力だけだ。
どうして、こんなことになってしまったのか。
あの日、映画を見て満足して帰宅していた俺は、信号無視のトラックに正面に迫り、そして──それが最後の記憶だ。その後の寒さの中で目覚めた時には、もう鬼としてこの世界にいた。
「……最悪だ。本当に、最悪だ」
ーー鬼滅の刃の世界。
推していた物語に来られたこと自体は本来なら嬉しいはずだった。けれど、俺は主人公側ではなく、人を喰らう敵──鬼だ。
しかも人殺しをしてしまったことで、遅かれ早かれ鬼殺隊が来るだろう。原作の展開を知っているからこそ、このままでは確実に死ぬことも分かる。
……しかし、あの寒さを味わってしまった以上、二度と死ぬのは御免だ。
「俺は生きる……たとえ、許されない命なのだとしても…」
罪悪感も、恐怖も、今は胸の奥に押し込める。
たとえこの命は許されざる存在であったとしても、生き抜くために動く。それが、鬼として転生してしまった俺の、唯一の選択肢なのだと信じて。
ーーその日、世界に1匹の異物の鬼が生まれた。
次からは日記形式で進めていく予定です。
皆さんに参考までに聞きたいんですど、このまま原作に沿ったルートにするか、それとも原作から大きく離れ、鬼側無双RTAみたいに展開を早くするかどっちがいいですか?
-
今まで通り原作準拠で進める
-
主人公の血鬼術による鬼側無双ルート
-
その他(ifとして後で作る)