自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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10話 恩恵と彼岸

 

 「さぁ、入って入って!」

 

 ヘスティアが廃教会の入口扉を開いて、中に入るよう夜とベルへ催促する。

 二人はヘスティアの言葉に従って扉を潜り抜ける。

 

 廃教会の内部は外観と同様に廃れ果てている。清掃などされておらず、人工物が自然に侵食されているその状態は、人によっては不快感を抱くかもしれない。

 しかし、その様を見た夜は「趣があっていいな」と感想を口にする。

 

 「ふふっ、そうだろう! 流石は夜君、この教会の良さが分かっているね!」

 「まぁ、汚いことに変わりはないがな」

 「上げて落とされたっ?!」

 

 人工物と自然物の共存。そこにはどこか神秘的な、幻想的な存在感を感じ取ることができる。しかし、それを踏まえて見ても汚れが気になるのは事実だ。

 

 「ま、まぁいいや。それよりも早く行くよ!」

 

 そう言ってずかずかと突き進むヘスティア。

 その様子を見た夜とベルは、お互いに顔を見合わせて苦笑する。

 ヘスティアの素振りは到底神には見えず、二人よりも年下の印象を受ける。

 

 「二人とも何を笑っているんだい!」

 「あーいや、何でもない」

 「な、何でもないです!」

 「ダウトッ! 神に嘘は通用しないぞぉー!」

 

 二人に振り向いたヘスティアは頬を膨らませて抗議の意を見せる。

 夜たちは誤魔化そうと言葉を取り繕うが、相手は神。嘘を見抜くことのできるヘスティアは通用しない。

 

 「ダ、ダウト?」

 「嘘だって意味だ」

 「なるほど、ありがとう。夜は物知りだね」

 「……まぁな」

 

ダウトの意味が解らず首を傾げるベル。

夜はヘスティアに聞こえないように、ベルに耳打ちで意味を教えてあげる。

ダウトという単語は下界では馴染みのない、いわゆる『神々の言葉』というやつだ。それを夜が知っているのは地球人だから。

 

恐らく、というか確実にこの世界で異世界人は夜だけだろう。故にもしもそのことを知られてしまうと、絶対に神の玩具にされてしまう。そのことを理解している夜は自身が異世界人であることを隠すために言葉を濁す。

 

 「二人とも何をしているんだい!」

 

 どうやら待たせていたらしい。

 ヘスティアはすでに奥にある扉を開いて二人を待っている。あの扉の先が隠し部屋ということだろう。

 呼ばれた二人は駆け足でヘスティアの元へ向かった。

 

 三人の足音が空間に木霊する。

 先頭を行くヘスティアは慣れたように軽快に階段を下っていき、その後ろを二人が少しの警戒心を抱きながら慎重に下っていく。

 

 階段の出口から漏れ出る光を見て、本当にこの先に生活空間があるのだと実感する夜。

 少しばかり心躍らせながら階段を下り、やがて光の門を潜り抜ける。

 

 「……おぉ」

 

 隠し部屋に辿り着いた夜は感嘆の息を漏らす。

 そこはお世辞にも綺麗な部屋とは言えない。あくまでも最低限の生活が保障されているだけの空間。

 漆喰は剥がれ落ち剝き出しとなった石積みされた壁、隙間から日が漏れ出ている石造りの天井、最低限必要なもので揃えられた家具。

 本当に神が暮らしているのか疑わしい、生活感のある部屋が眼前に広がっていた。

 

「ここが……」

 

 とベルが言葉を零す。

「そうとも! 今日からここが君たちの『本拠地(ホーム)』さ!」

 

ベルの呟きを拾ったヘスティアがそう言葉を返す。

 

 「三人で過ごすには些か狭い気がしないでもないが……悪くはないな」

 

 続いて呟かれた夜の言葉にベルは頷いて同意し、ヘスティアは笑顔で同意を示す。

 

 夜の言う通り、三人で暮らすには手狭な部屋。

 しかし、あまりにも広すぎればそれはそれで物寂しさを感じる。であるならば、この狭さがむしろ丁度いいのかもしれない。

 人数が増えたことによってベッド等は新たに用意する必要があるが、それもまた新生活の醍醐味の一つだろう。

 

 何より始まりの時点で豪邸に住むというのは味気ない。むしろこういった新人ならではの貧乏感が新鮮で高揚感を搔き立てるものだ。そう心の中で呟く夜。

 それに豪邸なら後々タダで手に入るから問題はないだろう、と訪れる未来を知っているからこその考えが夜の脳裏に思い浮かぶ。

 

 「さぁ! それじゃ、早速入団の儀式を始めようか!」

 

 両手を目一杯広げて見せたヘスティアは、そう高らかに宣言する。

 その言葉にベルは瞳を輝かせ、夜もまた昏く澱んだ瞳に僅かな光を灯す。

 二人の様子に満足したヘスティアは、

 

 「その様子だと何をするかは知っているようだね。一応説明すると、これから君たちにはボクが『恩恵』を授ける。ボクたちの【ファミリア】は系統でいえば『探索系ファミリア』と言って冒険者を生業とする【ファミリア】になる。そして冒険者になるためには【神の恩恵】を授かっていることが絶対条件。だからこの儀式を以てしてようやく君たちは冒険者になれるってわけさ」

 

 と夜たちに説明する。

 

 その説明を聞いて、ベルは興奮鳴り止まぬと言った感じの雰囲気を醸し出し、夜はそんなベルを見て苦笑する。

 

 「さてと、説明はこれくらいにして、『恩恵』を刻もうか! どっちからする?」

 

 ヘスティアの言葉に顔を見合わせる夜とベル。

 ベルの期待と興奮が溢れる瞳を見た夜は“仕方がない奴だな”と優しげに微笑んで、

 

 「ベルからでいいぞ」

 

 と先を譲る。

 その言葉を受けたベルは、

 

 「い、いいの?」

 

 と夜に確認を取るが、その姿は待ちきれないとばかりにそわそわしている。

 

 「あぁ、構わない」

 

 そう夜が返答すると、ベルは喜色を浮かべて「ありがとう!」と感謝を口にする。

 

 「ふふっ、君たちは本当に仲がいいんだね」

 

 二人のやり取りを傍から見ていたヘスティアは、慈愛のこもった眼差しで穏やかに言う。

 その言葉を受けた二人は気恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、

 

 「はい! 夜は僕の大切な友達ですから!」

 

 とベルは笑顔で宣言し、

 

 「……右に同じく」

 

 と夜はそっぽを向きながらベルの言葉に同意を示す。

 二人の様子に「うんうん」と満足げに頷いたヘスティアは、

 

「よし! それじゃベル君、服を脱ぎたまえ!」

 

 と笑顔で述べる。

 その痴女的発言を聞いたベルは、

 

 「え、ええぇぇえええええ——っっ!!」

 

 と驚愕で大声を上げる。

 

 「……痴女だな」

 

 服を脱ぐ理由を知っているにもかかわらず、ヘスティアを揶揄う為にそう言葉を零す。

 

 「ち、痴女じゃないやい!」

 「なら何だってんだ?」

 「ボクは貞潔を司る『処女神』! つまりっ、痴女とは真反対の清らかな存在なんだ!」

 「あそう」

 「なっ! なんだいその反応は!」

 「そんなことより、さっさと【ステイタス】を刻もうぜ」

 「そ、そんなことだって?! ちょっとベル君! 君の友達がボクをいじめてくるんだっ、どうにかしておくれよ!」

 

 夜の弄りに耐えきれなくなったヘスティアは、喚きながらベルに助けを求める。

 夜とヘスティアのやり取りを見ていたベルは困った顔で、

 

 「ちょ、ちょっと夜っ、神様をいじめたらだめだよ!」

 

 と夜に注意する。

 夜はベルの注意を素直に聞き入れて、

 

 「悪かったな、ヘスティア」

 

 と謝罪の言葉を口にする。

 

 「全くもうっ! 君ってやつは!」

 

 夜の謝罪の言葉に、ヘスティアは頬を膨らませながらぷんすかとお怒りの様子。しかし、

 

「特別に許してあげるさ! ボクは寛大だからね!」

 

 とそっぽを向きながら言う。

どうやら赦してあげるようだ。

 ヘスティアの優しさを受けた夜は、「ちょろいな」と内心思うが口には出さない。

 

 『口は災いの元』と学んだ夜は、不用意な発言はしないのだ。

 

「んんっ、そ、それじゃあ気を取り直して。ベル君、背中に【ステイタス】を刻むから服を脱いでくれるかい」

 「わ、わかりました」

 

 一つ咳払いをしたヘスティアは、改めてベルに指示を出す。今度は服を脱ぐ理由をしっかりと添えて。

 

 ベルはヘスティアの指示通りに服を脱ぐ。とはいえ脱ぐのは上着だけ。ヘスティアは背中に【ステイタス】を刻むと言っていたので、下は脱ぐ必要はない。

 

 「ベッドにうつ伏せで寝転がってくれるかい」

 

 上着を脱ぎ終えたベルに新たな指示。

 ベルは「はい」とだけ答えて、行動に移す。

 

 「失礼するよ」

 「ひゃいっ」

 

 ベッドにうつ伏せとなったベルの上にヘスティアが馬乗りとなる。

 女の子との身体的接触に、ベルは小さな悲鳴を上げる。

 女慣れしていないベルの反応にヘスティアは苦笑し、夜は笑いを必死に耐えている。

 

 「それじゃ……始めるよ」

 

 ヘスティアはそう言うと、どこからか針を取り出して自身の人差し指にぷすりと刺した。

 

 【ステイタス】は神々が扱う【神聖文字(ヒエログリフ)】を【神血】を媒介にして刻む。ヘスティアが今自傷したのはそれが理由だ。

 

 刺した指先から血が滴り落ちる。ヘスティアはその血を指先で描くようにベルの背を這い回る。むず痒さからベルは声を漏らすが、ヘスティアはそれに反応することなく真剣な表情で作業を続ける。

 

 (ヘスティアは【神の恩恵】を授けるのはこれが初めてだ。それだけ慎重になるということか……)

 

 先ほどまでの子供らしい雰囲気は鳴りを潜め、真剣に取り組むその姿はどこか信用を寄せてしまいそうな安心感を抱かせる。

 

 やがて文字と紋様が浮かび上がり、ベルの潜在能力が形となって刻まれていく。

 

 「……よし! 完成だ!」

 

 この空間に漂っていた張りつめた空気はヘスティアの言葉によって霧散する。

 傍から見守っていた夜は、緊張を吐き出すように一息つく。

 

 「僕の【ステイタス】、どんな感じですか!?」

 

 うつ伏せになっていたベルは、早速と言わんばかりにヘスティアに問い迫る。

 ベルの気迫に押されたヘスティアは、若干引きながらも穏やかな口調で宥める。

 

 「お、落ち着くんだベル君。今から君の【ステイタス】を用紙に写すから」

 

 【ステイタス】とは刻めばそれで終わりではない。

 刻まれた文字は【神聖文字】。それを読めるのは神々とごく一部の人種のみ。

 故に下界の人間が読めるように共通語(コイネー)へと変換する必要がある。

 

 ヘスティアはベルの背に刻まれた【ステイタス】を用紙に写し取り、そこに書かれた【神聖文字】を共通語へと書き換えていく。

 

 「はい、これが君の【ステイタス】だよ」

 

 ヘスティアから差し出された用紙を「ありがとうございます!」と言って手に取るベル。そのまま視線を用紙へ落して、自身の【ステイタス】を確認する。

 

「……これが、僕の【ステイタス】」

 

 ベルの【ステイタス】が気になる夜。しかし、【ステイタス】とはいわば個人情報であるため、いくら友達でも許可なく見ることはしない。

 そこら辺の分別はしっかりと弁えている夜は、ただじっとベルの続く言葉を待つ。

 

 

 

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

《魔法》

【】

《スキル》

【】

 

 

 「……数値は全部ゼロ、魔法もスキルも何もない」

 

 ベルは期待外れとでも言いたげに、がっくしと肩を落とす。

 

 「言いたいことは分かるけど、数値に関しては全員が最初はゼロスタートだよ? それに魔法やスキルも初めから発現している子なんて稀も稀さ」

 

 ヘスティアの言う通り、基本アビリティ——『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の諸項目——は五つで、更にIからSの十段階で能力の高低が示される。

 Iの隣にある数字は熟練度。これが99に達して越えればIからHに能力が強化される仕組みだ。そしてその分野の能力を酷使すればするほど熟練度は上がるが、相対的に伸びは悪くなる。

 Lv.に関しては【ステイタス】において最も重要な要素と言える。

 これが一段階上がるだけで力の均衡は簡単に崩れ去る。それほどまでに“器の昇華”は飛躍的に向上する。

 Lv.の上昇は、通称【ランクアップ】と呼ばれており、【ランクアップ】すると基本アビリティの値は全てIにリセットされる。しかし、【ランクアップ】前に培った数値は裏【ステイタス】として基本値に上乗せされている。

 『魔法』と『スキル』に関しては、本人の資質や願望、過去の経験が大きく反映されている。

 『魔法』は習得可能数が最低一つ、最大三つまでだ。しかし、必ずしも発現するとは限らない。発現するか否かは己次第ということだ。

 『スキル』には数の制限がない。こちらも発現するか否かは己次第だ。

 

 「そう、ですよね……」

 

 ヘスティアの言葉を聞いてもなお落ち込むベル。

 見兼ねた夜は「ベル」と声を掛ける。

 

 「……夜」

 「確かに今のお前の【ステイタス】は弱いかもしれない。だが、この先お前は必ず強くなれる。俺が保証してやる」

 「っ! 夜……っ!」

 

 夜の言葉を聞いたベルは感動でその身を震わせる。

 【ステイタス】を見て自分自身に落胆したベル。英雄になりたいと思っていたベルは、自分なんかでは到底無理な願望だったのではないか、そう思ってしまっていた。

 しかし夜の確信めいた言葉を聞いて、消えかけていた燈火が再び音を立てて燃え上がる。

 

「……うん、ありがとう、夜! 僕、頑張るよ!」

 「……おう」

 

 ベルが立ち直ったのを見て、夜は一息つく。

 

 原作知識持ちの夜だからこそ断言できるベルの成長。

 今はまだ雛鳥でしかないベル。しかし今後、嫉妬してしまうくらいの成長速度を発揮することを夜は知っている。

 

 だからこそ、負けられない。

 夜もまた、静かに、されど荒ぶるほどの猛々しい炎をその身に宿す。

 

 

 「それじゃあ、次は夜君の番だね!」

 

 ヘスティアから呼ばれた夜は一つ頷いてベッドに向かう。

 ベルと同様に服を脱ぐと、

 

 「おぉ! 夜君はなかなかいい身体をしているじゃないか!」

 

 とヘスティアが夜の身体を絶賛。

 

 夜の身体は筋肉が引き締まっており、実用的な肉体構造となっている。

 こちらの世界に来てからの数か月間、毎日行われた鍛錬による肉体改造によって鍛え上げられた夜の身体は地球に居た頃とは比較にならないほどに強靭となっている。

 まさに理想的な肉体と言えるだろう。

 

 ヘスティアの言葉に「どうも」とだけ返した夜はそのままベッドにうつ伏せになる。

 

「なんだいなんだい、つれないじゃないか~」

 

 そう言って夜の身体をつんつんするヘスティアは、ベルの時ほど緊張はしていないように見える。

 これで【神の恩恵】を刻むのは二回目。一回目よりも気持ち的には楽になったようだ。

 

 「それじゃ、刻むよ」

 

 ヘスティアの確認の言葉に「おう」と返す夜。

 

 そうしてベルと同様に夜の背中にも【ステイタス】が刻まれていく。

 

 「——! なっ!」

 

 【ステイタス】を刻み終えたヘスティアは、驚愕の声を出して夜の背を見つめる。

目を見開いて表情を固めるヘスティア。

夜の【ステイタス】に予想外の何かがあったことだけは容易に分かる。

 しかしそれが何なのかは表情からだけでは読み取れない。

 

 「か、神様? どうかしたんですか?!」

「……どうした、ヘスティア?」

 

 ヘスティアの急変した様子に心配するベル。

 

 一方で、夜はヘスティアの反応に訝し気な視線を向ける。

 自身の【ステイタス】を見て驚愕したのだ。訝しがるのは当然と言える。

 

 驚くということは何かが発現しているのは確実だ。問題は何が書かれていたのか。

 ただ単に希少な魔法やスキルが発現しているだけならば問題はない。

 しかし、もしも夜が異世界人であることを示唆しているものであったならば……?

 その場合、夜は自身の正体を話さなければならないだろう。

 夜自身、この二人ならば知られても問題ないとは思っている。しかし、二人に話したことによって外部に漏れる危険度が高まる以上は、何かしら話すきっかけが無ければ今のところ話す予定はないと考えている。

 

 この問題は信用云々ではなく、戦力の問題だ。

 今の夜たちでは仮に他派閥が攻めてきた場合、勝てる確率は限りなく低い。

 死闘であれば中堅派閥までならば劣勢ながらも生き延びることはできるだろう。しかし、不殺を貫くのであれば手加減する必要がある。その場合、勝率は一気に下がることは間違いない。

 

 故に何者が相手であろうと圧勝できるほどの力を得るまでは自身の正体は隠しておきたい。そう夜はそう考えている。

 

 「……夜君」

 

 夜の名を呼ぶヘスティア。

 仮定に対する対応に思考を回していた夜は、ヘスティアに呼ばれたことで思考を一旦止める。そして彼女を見つめる夜の瞳は、先程までよりもさらに暗く濁っていた。

 

 「……どうした」

 「君は……今まで一体どんな人生を歩んできたんだい……」

 

 ヘスティアの問い掛けに目を細める夜。

 夜はヘスティアの言葉の真意を探ろうと思考を回すが、浮上する可能性はどれもあり得ることであり一つに絞れない。

 

 見た方が早いと結論付けた夜は、

 

 「俺の【ステイタス】を用紙に写して見せてくれ……」

 

 とヘスティアに頼む。

ヘスティアはただ一言、「……わかった」とだけ返して作業に取り掛かる。

 

 重たい空気が部屋に漂う。

 ベルは居心地が悪そうに視線を忙しなく彷徨わせている。

 その様子を見ている夜もまた、心中穏やかではない。そんな彼の背に跨るヘスティアは、自身の新たな家族の過去を思って顔を顰める。

 

 「……はい、できたよ」

 

 「ありがとう」そう言って渡された用紙を受け取った夜。

 用紙に視線を落として上から見ていく。

 名前

 Lv.

 基本アビリティ

そして、魔法————

 

 「——!」

 「どわ——っ!」

 「か、神様!?」

 

 魔法欄を見て目を見開いた夜は突如として立ち上がり、そのまま地上につながる階段を段飛ばしで駆け上がる。

 後ろからヘスティアの驚きの声と、ベルのヘスティアを心配する声が聞こえるが、今の夜には気にしている余裕はなかった。

 

 階段を上り終えて地上へ進出した夜は、その勢いのまま廃教会を飛び出る。

 そして——空中へと飛び立つ。

 

 眼下に広がるオラリオには目もくれず、一直線に飛翔する。

 目的地であるベルの故郷——その離れに位置するセレンの墓場に向かって。

 

 

 

 「ねぇ、今のって……」

 

 緑色のワンピースに白いエプロンとヘッドドレスで身を着飾った、薄鈍色の髪と瞳をしたヒューマンの少女が空を見上げながら傍らを歩くもう一人の同業者と思しき女性に声を掛ける。

 

 「……えぇ、何者かが空を飛んでいましたね」

 

 薄緑色のショートボブヘアと空色の瞳をした、エルフ特有の長い耳と整った顔立ちの女性は、同様に空を見上げて答える。

 

 「……魔法かな?」

 「わかりません。ですが私の知る限りでは空を飛べる者は一人しかいません」

 「その人は男性?」

 「いえ、女性です」

 「なら今の人はその人じゃないね」

 「……見えたのですか?」

 

 エルフの女性は、ヒューマンの少女が空飛ぶ人間の性別を認識していることに驚愕する。

 ただの人間ではあの速度で飛ぶ存在を正確に認識することは難しい。

 それなりに高位の冒険者であれば、【ステイタス】によって強化された視力で認識することはできるだろう。しかし、このヒューマンの少女は冒険者ではなくただの看板娘だ。

 

 「はっきりとは見えなかったけどね。でも、焦っているような感じだったかな」

 「……確かに、そう見えなくもなかったですね」

 

 エルフの女性は先ほど見た光景を思い出す。

 表情は伺えなかった。しかしあの様子からして確かに焦っているように見えた。

 

「うーん……ふふっ。まぁいっかっ」

「よろしいのですか?」

 「うん! 多分だけど、近いうちに会える気がするの」

 「それは……勘ですか?」

 「そう、勘! 私の勘は良く当たるって知っているでしょ?」

 「……えぇ、私とは違い貴女の勘はよく当たる」

 「ふふっ、楽しみだなぁ」

 

 そう言って弾むように軽快に歩くヒューマンの少女を一瞥したエルフの女性は、もう一度空を見上げる。

 

 「……そうですね」

 

 エルフの女性は、一瞬視界に映っただけの名も知らぬ男に言い表せない予感めいた何かを感じ取った。

 その何かに名を付けるのは、もう少し後のことだ——。

 

 

 「……急げ」

 

 速度を上げる。

 

 「……急げっ」

 

 更に速度を上げる。

 

「……急げ——ッッ」

 

 今出せる最速で大空を翔ける。

 

 ベルの故郷とオラリオまでの距離は、時間にして馬車でおよそ二週間。

 それだけの時間を掛けていたら間に合わない。

 一分一秒でも短縮するためにもっと速く、もっと——。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

オラリオを飛び出して十数時間。

ようやく目的地であるセレンの墓場に到着。

地上は闇に覆われ、頼りになる光源は月光のみ。

 

 休むことなく走り続けたせいですでに満身創痍。

 ここに来るまでの移動経路は空と陸地の二つ。

 できれば空のみを移動経路としたかったが、これから行うことを考えたら少しでも精神力は温存しておきたかった。

 故に直線状に障害物がない陸地は地上走行で移動した。

 

 おかげで体力はすでに使い切ってしまったが、精神力は余裕がある。

 これならばあの魔法を行使することはできるはずだ。

 

 酷使し過ぎたことによって生まれたての小鹿みたいに安定性を失った脚を何とか動かしてセレンを埋葬した場所まで歩く。

 

 「……セレン」

 

 大樹の前にたどり着いた俺は、眼下に目を向ける。

 埋葬したのは二週間前。それほど時間が経過していなかったため、埋葬場所とその付近の土の具合は少しばかりの違いが見受けられる。

 

 別れを告げたのは二週間前。

それなのに昨日のことのように思える。

 

 「セレン……っ」

 

 未練たらたらだなぁ。

 

 「やっぱ……っ、耐えられねぇや……っ」

 

 どれだけ我慢しても涙腺が緩んでしまう。

 この短期間で泣き過ぎたせいか、泣き癖がついてしまった。

 泣かないでおこうと思っていたのに、どうしても止められない。

 

 「すぅ……はぁ……」

 

乱れる思考と激しく脈打つ鼓動を沈めるために深呼吸をする。

何度か繰り返し行うことでようやく落ち着きを取り戻す。

 

 

 しかしこれからやる事を考えると再び動悸が激しさを増す。

 俺がこれからやろうとしていることは倫理に反する行為だ。

 彼女がそれを望んでいるかどうかも分からないのに、俺の我欲を優先する独善的で独裁的な、救いようのない悪徳だ。

 決して犯してはならない大罪。これ以上悪事に手を染めてしまえば、俺はきっともう元には戻れない。

 

 よく分かっている。

 俺の行いが悪であることを。

 俺が求める結果に救いがないことを。

 この一線を超えてはならない。

 それは…………よく分かっているんだ。

 

 ——埋葬した彼女の遺骨を掘り起こす。

 

 もう後には引けない。

 

「【世界の記憶よ、顕現せよ】——」

 

 けど、それでも構わない。

 たとえもう戻れなくなるんだとしても

 

 「——【アカシックレコード】」

 

 俺はもう一度彼女に逢いたい——。

 

 

 魔法の詠唱を完了させると、突如として眼前に本が出現した。

 その本の頁には何も書かれていない。

 文字も、写真も、何もない、ただの白紙の頁で織りなされた一冊の本。

 

 本の出現、白紙の頁、興味が尽きない魔法だ。

 しかし今の俺にはどうでもいいし、そんな思考をする時間すら惜しい。

 

 この魔法の効果を理解しているだけで十分だ。

 一冊の本を出現させる、それがこの魔法の真髄ではない。

 この魔法の真価はこの先にある——。

 

「——【未踏の領域よ、禁忌の壁よ。今日この日、我が身は天の法典に背く——】」

 

 この魔法の系統は『召喚魔法(サモン・バースト)』。

 この世界において、俺を除いて『召喚魔法』を持っているのはただ一人——オラリオ最大派閥の一角である【ロキ・ファミリア】に所属するエルフの魔導士レフィーヤ・ウィルディス。

 しかし俺と彼女の『召喚魔法』において決定的な違いが一つある。

 彼女が召喚できる魔法はエルフに限るが、俺が召喚できる魔法に制限はない。

 

故に俺は種族不明のフェルズの魔法を行使することができる。

 

 全身から魔力の奔流が溢れ出る。

 それは一つの光の柱となって天に届く。

 

 「【ピオスの蛇杖、サルスの杯。治癒の権能をもってしても届かざる汝の声よ、どうか待っていてほしい——】」

 

 俺がこれから行使するフェルズの魔法の系統は『蘇生魔法』。

 恐らくはこの世でたった一つしか発現していないであろう下界の理をも捻じ曲げる禁断の魔法。

 フェルズ曰く、この魔法は800年間で一度も成功したことはない。

 

 体内から放出される魔力が止まらない。

 魔法を完成させるために残滓すら余すことなく費やされていく。

 ——冷汗が背を伝う。

 この魔法を行使するために魔力は温存してきた。

 しかし一向に魔力消費が止まる気配がない。

 魔力が消耗していくのを肌で感じる。

 

これはまずい——。

 

 「【————止まらぬ涙、散る慟哭。代償は既に支払った——】」

 

 「——ゴフッ」口から血が這い出る。

 

 くそッ、魔力が足りなかったか——ッ!

 

 フェルズはこの魔法を全魔力と引き換えに行使していた。

 この魔法を行使する上で必要な魔力量がフェルズの魔力総量であるのであれば、その明確な数値は分からないものの魔力総量にはそこそこの自信のある俺ならいけると思っていた。

 しかし思っていた以上に足りなかった。

 

 全身が焼けるように痛い。寒気すら感じる。

 恐らく足りない分を体力か、あるいは生命力で代用しているんだろう。

 疲労感と倦怠感が全身に襲ってきて、今にも倒れそうだ。

 

 だが、今ここで倒れるわけにはいかない。

 何を代償に支払ってでもこの魔法は完成させる——ッ。

 

「——ッ【光の道よ。定められた過去を生贄に、愚かな願望を照らしてほしい——】」

 

 この魔法が成功したのはベルが所有する『幸運』の発展アビリティが関係していると言われている。

 しかし今この場にベルはおらず、幸運の軌跡には縋れない。

 

 だから俺の全てを支払う。

 俺の残りの運を全て使い果たしても構わない。

 それで彼女を一目見れるのであれば俺はどうなろうと構わないから。

 

 だから頼む——。

 

「【——嗚呼、私は振り返らない】」

 

 ——彼女を返してくれ……ッ。

 

 「【——ディア・オルフェウス】ッッッ!!!」

 

 

——パリンッ。

 

 一条の光柱は無情にも砕け散った。

 

 失敗。

 失敗。

 失敗。失敗。

 失敗。失敗。失敗。

 失敗。失敗。失敗。失敗。

 失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。

失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。

失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。

失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。

失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。

 

「っ、うぅ……っう、うわぁぁ……ああぁぁああああッッッ!!!」

 

 力尽きた身体が重力に沿って倒れていく。

 その動作に合わせて両の拳を地面に叩きつける。

 

 痛い。切れて血が出てきた。

 けど、痛いのは拳ではない。

 

 分かっていた。

 本当は成功しないって。

 この世界は現実だ。空想世界ではない。

 だから、ご都合主義なんてものは働かない。

 けど、それでも期待した。

 もしかしたらって。たとえ800回失敗しているのだとしても、たった一回。その一回だけ成功すればいいから。

 だから賭けた。この魔法に全てを。

 たとえ倫理に反していようと。

 道徳の欠片もなかったとしても。

 大罪を背負うことになるのだとしても。

 

 それでも……もう一度逢いたかったから。

 だからたった一回の成功以外の仮定を否定して。

 だから世界の摂理に反していることを見て見ぬ振りして。

 だから人として終わるとわかっていて全てを賭して。

 

 それでもやっぱり……幸運の女神も、奇跡の祝福も俺には舞い降りないから。

 

 失敗するのは——わかっていた。

 

 「ごめんセレン……。俺ただただ貴女を穢しただけだったよ……」

 

 どれだけ懺悔したところで意味はない。

 もう届くことはないのだから。

 もう逢うことは叶わないから。

 たった今、最も大きな可能性が潰えたのだから。

 

 

 身体が動かない。

 気力が湧かない。

 やる気が出ない。

 

 生を繋ぎ留める命綱が千切れかかっているような感覚。

 生と死の境の均衡が崩れ去っていく。

 もう生きているのか死んでいるのかすら曖昧だ。

 

 『オ…………ウ…………ヨ……』

 

 なんだ……?

 

 『オ……ウ……ヨ…………』

 

 何かが聞こえる……。

 悲鳴のような、苦痛を訴えているような、そんな悲痛の声。

 

 『……オウ…………ヨ……』

 

 オウ……?

 

 分からない。

 何を伝えようとしているのか。

 誰に伝えようとしているのか。

 

 でも分かる。

 助けを求めているのが分かる。

 俺に訴えてきているのが分かる。

 

 生と死の境が崩れ去り、そして交わる。

 

 身体は動かないはずなのに。

 なぜだか動く。

 少しずつ、少しずつ。

 這いずるように動く。

 

 

 気力は湧かないはずなのに。

 なぜだか渇望している。

 生きることへの執着が静かに膨れ上がっている。

 世界に対する反逆心が本能を狩り立てている。

 

 身体が訴えてくる。

 精神が訴えてくる。

 

 生きろと。

 無様でも、格好悪くても、醜くても……。

 それでも喰らいつけと。

 

 魂が訴えてくる。

 終わるのは今ではないと。

 終わらせるべきではないと。

 

 

 どれくらい這いずり歩いただろうか。

 数分か、数時間か、数日か。

 

 ようやくたどり着いたのは巨狼との激戦地。

 そこは未だに凍てつき世界が静止している。

 

 『オウ……ヨ……ワレ……ヲ……』

 

先ほどよりも声が鮮明に聞こえる。

 声のした先へと視線を向ける。

 

 「……お前か、俺を呼んだのは……」

 

 視線の先には凍り付いた巨狼。

 生命の息吹は感じない。

 間違いなく死んでいるはず。

 

 しかし、感じる。強く感じる。

 死の息遣い。強烈な死の気配を感じる。

 これまで感じることのなかった死の灯火を明確に感じ取る。

 これまで見えることのなかった死の影が鮮明に見える。

 

 『オウ……ヨ……ワレ……ニ……オン……チョ……ウ……』

 

巨狼の亡骸が訴えてくる。

 しかし思考が上手く定まらないせいか要領を得ない。

 それでも……どうすればいいのか、俺は意識せずとも理解した——。

 

 「——起きろ」

 




 読んでいただきありがとうございました!

 夜のステイタスの詳細は次回になるかな?

 お楽しみに!
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