自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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11話 才能と回想

 

 「——起きろ」

 

 一言。

 巨狼の亡骸に向かってそう呟く。

 

 傍から見れば何を言っているんだと思われることは間違いない。

 死体に対して使う言葉では決してないし、本来は目覚めを促すために使う言葉だと思う。

 しかし今のこの状況下においてはその言葉こそが最適であると本能的に悟った。

 

 巨狼の亡骸から漂っていた漆黒の魔力が一気に溢れ出す。

 俺の言葉に従うように呼応したその魔力は、まるで息を吹き返すかのように脈動する。

 

 同時に凍り付いていた世界が時を取り戻す。

 巨狼の亡骸から一気に開放された魔力の波動が氷へと震動したことで周囲の氷世界が崩れていく。

 

 目の前の光景に唖然とする。

 いったい何が起こっているのか状況を上手く把握できない。

 しかし先程の一言が起因していることだけは分かる。

 つまり目の前の光景は俺が引き起こしたということ。であるならば俺に害はないのか?

 いやそう断定するのは早計か。

 あくまでも引き金を引いただけであり、齎される結果が安全である保障はない。

 ならば警戒はしておくに越したことはないな。

 

 武器は腰に携えている剣がある。

 刀は巨狼との戦闘時に炎に耐えきれず溶解してしまったので、今は剣で代用している。

 刀の方が扱いやすいため魔力で刀を創り出したいが、魔力は既に底をついてしまっているため不可能。精神力に関しても意識を保つ程度しか残っていない。

更に言えば、身体は先程使用した『蘇生魔法』の反動によって重傷を負っている。

もしも戦闘を要求された場合、勝算はほぼ皆無と言える。

 

 頭の中で最悪な状況を想像している間にも現実の時間は過ぎていく。

 

 目の前で蠢く巨狼の魔力が少しずつ輪郭を形成していく。

 やがて変貌を遂げたその姿を見て再び唖然とする。

 

 「………………まじか」

 

 目の前には一つの影が佇んでいる。

 生前よりも更に濃い漆黒の毛皮、鋭い眼光と牙、そして右目に残る一筋の傷跡。

 

 影はこちらを一瞥した後、まるで従者が仕える主人に跪くように深々と首を垂れた。

 

 どうなっている?

 目の前の光景はあまりにも常軌を逸している。

 俺が発した“起きろ”という言葉に呼応して蠢いていた巨狼の魔力が、気付けば生前と同一の姿へと変貌していた。

巨狼の身体は生前よりも更に黒く染まり、まるで影そのもの。

 

 そしてそいつは今、目の前で俺に跪いている。

 

 これは……間違いなく俺が起こした現象。

 しかし死体から影を生み出す能力など俺は持っていない。

 なら————

 

 そこで思い出す。

 数時間前に【神の恩恵】を授かったことを。

 

 【ステイタス】の影響かッ……!

 

 そうであるならば合点がいく。

 死体から影を生み出すなんて芸当は『魔法』か『スキル』によるものでなければ説明がつかない。

 しかし魔法ではないと思う。

ヘスティアに用紙を渡された際に見た限りでは発現していた魔法は二つ。そのどちらにも死体から影を生み出すという効果は記載されていなかった。

であれば必然的にスキルということになるのだが、スキルに関しては一つも確認していないため分からない。

 

 どんなスキルが発現しているのか今すぐ確認したい。

 しかしここにはヘスティアが居ない。

 どうやって確認を…………いや、待てよ。

 ここには俺の【ステイタス】を写した用紙を持って来たはず。

 確かポケットに入れていたような…………。

 

 ポケットに手を差し込み、中を確認する。

 くしゃっ、という音と共に指先に物が触れた感覚がする。

 それを取り出せば、案の定俺の【ステイタス】が記された用紙だった。

 

 しかし無理やり入れたせいか、ぐちゃぐちゃになってしまっている。

 まぁ見ることはできるから問題はないだろう。

 

 少し見にくいのは否めないが、確認するだけであれば問題はない。

 しわを伸ばして用紙を広げると、そこにはこう書かれていた。

 

 

 

ツクヨミ・夜

Lv.1

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

《魔法》

【万物創造(オムニ・ジェネシス)】

・創造魔法

詠唱式:【生成(クリエイト)】

解除式:【解体(デモリッション)】

 

【アカシックレコード】

・召喚魔法

・行使条件は詠唱文及び魔法効果の完全把握

詠唱式:【世界の記憶よ、顕現せよ】

 

《スキル》

【起源魔導(アルケイ・マギア)】

・発展アビリティ『魔導』の常時発現

・魔法効果超域増幅

・攻撃魔法のみ、強化補正倍加

・魔法発動に対する詠唱破棄実行権

 

【冥魂招来(シェオル・ヴァルグラーヴ)】

『影の抽出』

・命が尽きた身体から魔力を吸い取り、影の兵士にする

・対象が死亡してから長時間が経過していたり、対象が持つ能力値が高いと抽出失敗確率が高くなる

・抽出可能な影の数1/30

『影の保管』

・影の兵士を術者の影の中に吸収し、保管しておける

・保管した兵士は術者が望む時にいつでも召喚したり再吸収できる

・保管した影の数0/20

『影の領域』

・範囲内の影の兵士の全能力を超高強化

『影の交換』

・指定した影の兵士と今いる場所を交換する

『影の倉庫』

・術者の影にアイテムを収納及び管理が可能

 

【比翼擁慕(セレン・コンコルディア)】

『常時発動』

・発展アビリティ『天眼』の発現

・状態異常無効化

『任意発動』

・基本アビリティ『器用』の高強化

・基本アビリティ『敏捷』の超高強化

・懸想の丈により効果向上

 

 

 

 「…………これが俺の【ステイタス】か」

 

 上から順番に見ていく。

 

 まずは『基本アビリティ』。

 これに関してはベル同様にオールゼロ。

 もしかしたら巨狼との戦闘で得た経験値が反映されているかも、なんて思ったがそんな都合のいいことは起こらなかったようだ。

 皆平等ということか。

 

 次に『魔法』。

 一つは『創造魔法』。

 聞いたことのない系統だな。

 ……にしても“万物”創造か。文字通りの解釈でいいなら、あらゆるものを創造できるということになるが……

 

 「【クリエイト】」

 

 気になったので試してみる。

 創造するのは服。

 今着ている服は自分の血で汚れてしまった。だからその替えを創る。

 しかし上下どちらも創るには精神力が足りない。

 故に上に着るシャツだけを創ろうと思う。

 

 詠唱に呼応するようにして魔力が体内から放出される。

 

 「っ、ぐ……っ」

 

 精神力が消費される感覚がした後、倦怠感が全身に圧し掛かる。

 

 精神力に余裕がないため創るのはシャツ一着だけにした。

 しかし俺の認識は甘かったらしい。

 思っていた以上に精神力が消費されている。

 脱力した身体が倒れそうになるが、何とか踏ん張る。

 

 放出された魔力は少しずつシャツの形状に変化していく。

 しかし俺の想像していたものとは違う。

 目の前にあるのはシャツの形をした魔力。どう見ても着用は不可能だ。

 

 俺が求めているのは着用が可能なシャツ。

 創造魔法が俺の想像通りの魔法であるならば、創れるはずだ。

 

 頭の中で創りたいシャツのイメージをする。

 色は黒。生地は綿とポリエステルの混紡生地でツイル織。

 より具体的に、鮮明にイメージを整えていく。

 

 すると目の前に浮遊するシャツの形をした魔力が形状を変化させていく。

 細い糸のような形へと変わり、織られていく。

 次第に魔力は物質変化し、色を変え、形を変える。

 

そして——

 

 「おっと」

 

目の前で重力に従って落ちていく一着のシャツを受け止める。

両手に持ったそれは、色も形も触り心地も想像していた通りのシャツだった。

 

 「はは……すごいな」

 

 完成されたシャツを目の前に言葉が出てこない。

 

 魔力の物質化。

それは【ステイタス】を得る前にも自力で行えていたことだ。

 しかし俺ができたのはあくまでも魔力自体の具現化だ。

 例を挙げるのであれば、刀。あれは魔力を物質化して刀の形状へと変化させたもの。言うなれば魔力の刀であって、鉄の刀ではない。

 

 そしてこのシャツ。

綿とポリエステルを素材として作られている。

しかしその素材の元は魔力だった。

 

つまりこの魔法は——魔力を別の物質へ完全に創りかえることができる。

 

 “神の御業”。

 その言葉が頭を過った瞬間、全身の肌が粟立つ。

 この魔法はあまりにも規格外で、そして恐ろしすぎる。

 

 物を作る職人であればこの世界にも多く居る。

 鍛冶師、木工師、裁縫師など、あらゆる分野で活躍している人々は存在している。

 彼らは皆、既存の素材を加工し、組み合わせて物を生み出している。それがモノ作りにおいては普通のことだ。

 

 しかしこの魔法は違う。

 物を創るのに必要な素材は魔力のみ。

 そして魔力を別の物質へと変化させ、物を創出する。

 

 恐らくだがこの魔法は明確なイメージさえあれば大抵のモノは創れる。

食器、机、椅子、ベッド、衣服、家……この魔法一つで日常生活において必要なものはほぼ生み出すことができるだろう。

 

汎用性に富んだ魔法。

あまりにも便利で、そして理解を超えた代物。

 

 もしもこの魔法が世に知れ渡るようなことにでもなれば……

 間違いなく俺は神々の玩具にされる。

 

 「……それだけは御免だな」

 

 この力は隠す。

 それがいいだろう。

 少なくとも、神々の遊戯に一人で対抗できるほどの力を得るまでは。

 

 「ふぅ……一つ目の魔法だけで精神が擦り減らされるってのに、もう一つの魔法もまた……」

 

 もう一つの魔法は『召喚魔法』。

 恐らくは俺を含めて世界で2人しか発現していない希少魔法(レア・マジック)。

 俺ともう一人、レフィーヤという名の少女。

 彼女の召喚魔法はエルフの魔法のみ召喚可能と種族縛りがある。それでも規格外なことには変わりなく、攻撃、防御、回復、支援と全方面で活躍することのできる万能魔法だ。

 

一方で俺の召喚魔法には種族的な縛りはない。

つまり詠唱文と魔法効果を把握してさえいれば、全ての魔法を行使することができる。

完全にレフィーヤの上位互換。

彼女にこの魔法が知られれば、間違いなく目の敵にされるだろう。

 

 うん、彼女だけには絶対に知られないようにしよう。

 面倒なことは避けたい主義の俺は、そう心に誓った。

 

 

 以上が俺の魔法だ。

今発現している魔法はこの二つ。

 俺の魔法の枠は全部で三つ。

 二つは既に発現しており、もう一つはまだ空き状態。

 最後の三つ目はどんな魔法が発現するのか、期待に胸が膨らむ。しかし同時にこれ以上面倒事に巻き込まれそうな魔法だったらどうしようという一抹の不安もある。

 それでもやはり強力な魔法が欲しいと思うのは、男の性だろうか。

 

まぁ今から思い悩んでいても仕方がない。

 そもそも枠があるからといって発現するかは別問題だしな。

 

 そこで一旦思考を終了し、次に切り替える。

視線を魔法欄から下げる。

 

 次の項目は『スキル』。

 

 一つ目は【起源魔導】と書かれている。

 起源と魔導、か。

 

 “起源”とは始まり。何の始まりなのかは関連する言葉によって変わってくるだろう。このスキルで言えば魔導——つまりは“魔法”関連ということか。であれば魔法の始まりという意味になる。本当のところは分からないが、ニュアンス的には的外れということはないはずだ。

 

 次に“魔導”。

魔導とは“魔(力)”を“導く”と書いて魔導。そこから考えられる意味合いは、魔力を扱い、行使する技術体系だと推察できる。要するに魔法のことだ。

もしかしたらもっと別の捉え方があるのかもしれないが、ここではそう捉えておく。

 

 以上の二つの意味合いを組み合わせて考える。

 つまり【起源魔導】とは——“魔法の始まり”、ということなのかもしれない。

 

 ……かっこいいな。

 つい男心を擽られる。

 ベルが聞けば大興奮待ったなしだろう。

 

 まぁそれは置いておいて、魔法の始まりとは大層な言葉だが意味は何となく理解できる。

 今の魔法の主流は【ステイタス】に依るものだ。

 魔法に秀でた能力を持った種族であるエルフですら、魔法は【ステイタス】によって発現したもののみを使用している。

 そしてこの世界において魔法の根源を理解しているものはほとんど居ないと思う。

 魔法とはすごい力。逆境を覆すことのできる必殺技。そんな感じの印象なんじゃないだろうか。

しかし俺はそうではないと思っている。いや、印象自体は俺も同じ感想を抱いているが、本質は違う。

 

魔法とは魔力を根源として引き起こす超常現象。

端的に言えば、それが俺の思う魔法という代物だ。

だからこそ、【ステイタス】を得ずとも魔法を行使することができた。

魔力と、そして明確なイメージさえあれば魔法が扱える。それが俺の考えであり、事実として実現している。

 

 魔法に対する“認識”と“理解”。

 それこそが【起源魔導】が発現した所以なのではないか、そう俺は思った。

 

まぁ本当のところは分からないがな。

 確証はないため、断言はできない。

 けれど俺の考えが完全な的外れということもないはずだ、多分。

 

 名前の由来についての考察は一旦終了。

 気になるのは効果のところだ。

 名前のインパクトに負けないほどの効果なのか、胸をドキドキとワクワクで埋め尽くしながら見やる。

 効果は…………おぉう、まじか。

 

 名に恥じない効果だ。しかしこれは……

 とりあえず一つずつ確認していこう。

 

 まずは“発展アビリティ『魔導』の常時発現”。

 そもそも発展アビリティとは、言わば『基本アビリティ』の派生能力。基本アビリティよりも更に専門的な能力に特化したもの。

 そして『魔導』とは魔法に特化した発展アビリティ。

 その効果は魔法の威力強化や効果範囲拡大、精神力効率化。

『魔導』が発現すると、魔法を使用する上で様々な補助を齎す魔法円が展開される。そして『魔導』を発現させた者のみ、“魔導士”を名乗ることができる。

 

 しかし発展アビリティとは本来ランクアップ時に発現するもの。

 例外としてスキル効果の一つとして発現することもあるが、そのケースは稀だ。

 

 『魔導』を発現させた俺は魔導士を名乗ることができる。しかしLv.1で魔導士を名乗るのは前代未聞。明らかに目立つ。

何よりいくら魔導士を名乗る資格を得たからと言って、俺はまだまだ未熟な身。そんな半端な実力で魔導士を名乗るなど俺の矜持が許さない。

故にもっと立派になってから名乗るとしよう。

そっちの方が格好いいしな。

 

 発展アビリティに関してはこれでいいとして、このスキルの効果はまだある。

 “魔法効果超域増幅”、“攻撃魔法のみ強化補正倍加”。

 ……一つ言わせてほしい。

 この効果、レフィーヤが持つスキル【妖精追奏(フェアリー・カノン)】とほぼ同じだ。違う点は増幅の丈が超域という部分くらい。つまり効果は俺のスキルの方が上。またしてもレフィーヤの上位互換。

 ……絶対にばれないようにしなければ。

 まぁ基本的に【ステイタス】は他人に見られないように神々が細工をしているものだ。しかしヘスティアは俺たちが初めてだろうから恐らくまだ細工はしていないはず。帰ったら言っておこう。

 【ステイタス】とは個人情報。他者に見られることだけは避けなければならない。

 

効果はこれで最後。

“魔法発動に対する詠唱破棄実行権”。

 

 思考が停止する。

 効果内容の規格外さに言葉が出てこない。

 考察を放棄した俺は、

 

 「…………【アカシックレコード】」

 

 と静かに呟く。

 詠唱はしていない。唱えたのは魔法名のみ。

 しかし目の前に見覚えのある一冊の本が出現した。

 

 「………………まじか」

 

 驚きの言葉しか出てこない。

 同時にまたも倦怠感に襲われる。

 

 「うっ……そういえば精神疲弊していたんだったな」

 

 目の前の事象に気を割かれて、精神力が僅かしか残っていないことを忘れていた。

 これ以上魔法を使用すれば、精神枯渇で気絶してしまう。モンスターや凶悪な野生動物が蔓延るこの森で気を失うわけにはいかない。

 仕方がない。もう少しスキルの検証をしたかったがまた後日としよう。

 

 【起源魔導】のスキル検証は一旦保留にして、次のスキルに目を通す。

 

 ——【冥魂招来】

 このスキルの効果欄を見て……これか、そう心の中で呟いて前を見た。

 

 目の前には未だ跪いている巨狼の影。

 

 いや、まだ跪いていたのかよ。

 声には出さずに、そう突っ込む。

 あれから十分以上は経過しているはず。その間ずっとその体勢で待っていたのであれば、はっきり言って異常だ。

それにこいつが俺に跪いている今の構図がそもそもおかしい。

 

まるで主従関係を彷彿とさせる構図。

俺たちはそんな綺麗な関係性ではない。もっと殺意と暴力に満ちた血生臭い関係性だったはずだ。

それなのに、こいつはまるで俺に忠誠を示しているかのように跪く。

こいつの生前からは考えられない行動。

 

これもスキルの影響か。

そうであるならば納得がいく。生前には決して抱くことのなかった忠誠心が影の兵士となったことで植え付けられた。

そうしてでき上がったのが今の構図ということだろう。

 

 しかしそこで考える。

 こいつを従者にしてもいいのか。

 それが正しい判断なのか。

 

 

 ——こいつは俺の大切な人を殺した。

 それを赦すことは絶対にない。

 本当なら今すぐもう一度殺してやりたい。

 胸の奥で煮え滾る憤怒の激情に身を任せたい。

 けれど、それは単なる代償行為でしかなく、そんなもので彼女を失って空いた胸の穴が埋まるはずもない。

そして何より、その行為はただの自己満足でしかない。

彼女を想うのであれば、彼女が何を願っているのか考えるべきだ。

にもかかわらず俺は自分のことばかり考えて、あまつさえ自己欲求を満たす為に彼女を理由に使おうとすらしている。

本当に救いようのない人間だと自分でも思う。

どこまで堕ちれば気が済むのか、自分自身に失望する。

 

 これまでに行った彼女に対する行動は全て自分の為でしかなく、その度に彼女を傷付けるだけだった。

 

 

それに……彼女を失ったのは俺の弱さが原因だ。

 

 “この世の全ての不利益は当人の能力不足”

 

 そう誰かが言った。

 まさにその通りだと思う。

 彼女を救えなかったことも、彼女を守れなかったことも、彼女に守られたとこも、全て俺が弱かったから。

 自分の弱さまで誰かのせいにしてしまえば、本当に俺は腐ってしまう。

 

 頭の中で葛藤する。

 巨狼の影を従者にすべきか否か。

 彼女を殺したこいつを従者にはしたくない。

 憎しみを抱く相手を傍に従えたくはない。

 感情は巨狼を従者にすることを否定している。

 

 しかし理性がそれを止める。

 確かに憎い。確かに嫌だ。

 彼女を奪った相手と行動を共にするのは苦痛だろう。

 けれど、理性はそんな俺に正論をぶつけてくる——今のお前には力が必要だ、と。

 もう二度と大切な人を失わないように、この世の理不尽から守り抜けるように。

 その我儘な願いを叶えるためには強さが必要だ。

 そしてその強さを得るためには巨狼の力は役に立つ、そう理性が諭してくる。

 

 感情と理性が天秤に揺れる。

 けれど自身の中で既に答えは出ている。

 

 俺は強くなりたい。

 強くなったその先に、俺の求めるものはあると思うから——。

 

 

 

 天秤は理性に傾く。

 

 

 ずっと跪かれているのは居心地が悪いと感じた俺は、

 

「……顔を上げろ」

 

 そう言葉を投げる。

 すると巨狼の影は俺の言葉に従って面を上げる。

 

 「……俺はお前が憎い」

 

 本心を語る。

 

 「……セレンを殺したお前が憎くて仕方がない」

 

 目の前の巨狼の影はただじっとこちらを見つめている。

 

 「けど……強くなるためにはお前の力が必要だから……」

 

 憎い相手に頼るしかない己の弱さに苛立ちが募る。

 握る拳は音を立てて震え、やがて全身へと伝播する。

次第に感情が高ぶり、胸を焼き焦がす。

 

このままでは感情に呑み込まれかねない。

そう思った俺は一度深呼吸をし、昂る熱を落ち着かせる。

 

 次第に熱は冷めていき、冷静を取り戻す。

そうして俺は眼前の巨狼の影に視線を向けて、

 

 「だから……お前の力を全て俺に寄越せ」

 

 そう命令を下す。

 

 俺の命令に巨狼の影は一瞬身体を震わせた後、

 

「ルォォオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

 大気を震わせるほどの咆哮が森に木霊する。

 

 その姿は歓喜に震えているように見えた。

 主からの初めての命令。

 自分の力を認められ、その力を貸してほしいと言われた。

 確かに仕える存在からそんな言葉を掛けられたら、喜びに打ち震えるかもしれない。

 

 

 「……それじゃ、まずは名前を付けるか」

 

 先程から巨狼の影と呼称していたが、長くて呼びづらい。

 それにこれから行動を共にするのであれば名前はあった方が便利だ。

 

 そう思って呟いた一言。

 その言葉に巨狼の影は反応を示した。

 巨大な尻尾が左右に振られ、そのあまりの勢いに砂埃が舞っている。

 

 その姿に、狼ではなく犬だな、と内心思う。

 しかし喜んでくれているのは悪い気はしない、すごく癪だがな。

 それに実際、主人から名を賜るというのは従者からしてみれば大変光栄なことなのだろう。

 

 誰かに名を付ける経験なんて今までしたことがなかったため、妙に緊張する。

 初めての経験に少しの緊張と興奮を胸に抱きながら、考えを巡らせる。

 

 狼、巨大、災厄……

 特徴を単語にして挙げていく。

 列挙された単語に思い浮かぶのは——フェンリル。

 

北欧神話にて登場する狼の姿をした巨大な幻獣。

神ロキの子で、神々すら恐れる“滅びの象徴”。

 

 そんなフェンリルの名前を借りて——

 

 「フェル……それがお前の名前だ」

 

 そう告げる。

 すると巨狼の影——フェルはまるで新たな生命が誕生したことを宣言するように、大いなる咆哮を上げる。

 

 俺はその姿を満足げに見つめていた。

 

 

 

 

 「よし、行くぞ」

 「ワフッ」

 

 【オムニ・ジェネシス】で生成した服に着替えた俺は、フェルを連れてセレンの墓場に向かう。

 

 目的は二つ。

 一つは、墓場の清掃。

 なぜ清掃するのか、理由は単純。

 彼女を蘇生するために彼女の遺骨を掘り出し、墓地を荒らしてしまったから。

 倫理に反した、道徳心の欠片もない行為。

 正直彼女の前に姿を現すのは気が引ける。

 何せ彼女に逢いたいが為に、彼女のことを考えずに自分勝手に眠っている彼女を掘り起こして、蘇生魔法なんて使用したんだ。合わせる顔が無い。

 けどこれは自業自得だ。

 だからしっかりと罪を背負って、彼女に会わなければならない。

 

 

 移動すること数十分。

 ようやく彼女の墓地が見える崖まで到着。

 魔力が回復していないため飛行魔法は使えなかった。

 そのため地上を走行。人の手が加わっていない原生林を抜けるのは骨が折れた。

 

 「お前はここで待機していろ」

 「ワフ」

 

 フェルに待機命令を出し、俺は一人で浮島へ向かう。

 ここから先はセレンの庭園。誰にも侵されたくはないし、穢されたくもない。

 俺が入ってしまえば穢れるのではないか、という考えが一瞬脳裏を過るが、気のせいだと思い込む。

 俺は湖に飛び降り、水面に着地する。魔力を活用することで水中に沈むことなく水面を歩行することができるようになる。

 魔力の万能さにはいつも驚かされる。

 

少し歩くと、浮島に到着。

崖から浮島まではそこまで距離もないのですぐに着いた。

 水面から陸に上がり、そのまま大樹の根元に向かう。

 根元に到着すると、セレンの亡骸と対面。

 

「……さっきぶりだな」

 

 セレンの亡骸に挨拶をするが、当然返ってくる言葉はない。

 

 「……さっきは荒らしてごめんな。セレンの眠りを妨げてしまった……」

 

 荒らしたことへの謝罪を述べる。

 俺とはもう話したくはないかもしれない、顔を見たくないかもしれない。

 それでも言いたいことは言っておきたかった。

 

 ここに来るまでの間で魔力も少しは回復した。

おかげで少しだけなら魔法も使える。

 彼女の亡骸に手を翳した俺は、風魔法を使用する。

 暖かい風が巻き起こる。

 風は俺の操作に従って彼女の亡骸を包み込み、骨壺へと納まる。全て納まったことを確認した俺は、蓋を閉じて壺身と壺蓋を一体化させて中の亡骸が出ないようにする。

 

 俺は骨壺を元の所に埋葬しながら、話をする。

 

 「……聞いてくれ、セレン。俺さ、セレンに関連するスキルが発現したんだ」

 

 スキルの名は【比翼擁慕】。

 読み方は【セレン・コンコルディア】。

 間違いなくセレンに対する想いが形となったスキル。

 

 「……うれしかった。俺のセレンに対する想いが本物なんだって、そう思えたから」

 

 不安だった。

 愛を知らずに生きてきた俺が、誰かを愛することができるのか。

 この抱いた感情の名前が本当に愛と呼べるのか。

 そんな不安な気持ちをこのスキルが跳ね除けてくれたんだ。

 

 「このスキル……セレンはどう思う?」

 

 『常時発動』と『任意発動』に分かれた“特殊スキル”。

 このスキルは他のスキルと同様に規格外の効果を齎す。

 しかし、俺が気になったのは効果の内容よりもその系統。

 このスキルは“加護”の性質を持っているように見えた。

 実際のところは分からない。俺がそうであればいいなと思っているからそう見えるのかもしれない。

 けれどもしも本当に加護の性質を持っているのなら、それはつまり、セレンの加護ということ。

 

 「……セレンが見守ってくれているのなら、俺は嬉しく思う」

 

 言葉が途切れたことで静寂が訪れる。

 静寂の中に聞こえる葉擦れの音に耳を傾けながら、一つ息を吐く。

 そうして再び口を開く。

 

 「……俺さ、自分のことを凡人だと思ってるんだ。けど……この【ステイタス】はどう見ても凡人のそれではないよな」

 

 俺の【ステイタス】は明らかに異常。規格外。

 この【ステイタス】を見た者は、口を揃えて非凡の才を有していると言うだろう。

 それを否定する気はない。実際俺自身も相手の立場ならそう感じているはずだ。

 

 【ステイタス】を授けた時点で魔法が二つ、スキルが三つ発現しており、その全てが“希少”。この前代未聞の【ステイタス】を見て非凡でないと言うのであれば、一体才能とは何か、そう問わずにはいかなくなる。

 

 「……今は凡人だと自称してる俺だけど、昔は全くの正反対だったんだよ」

 

 ——昔の俺は己の才能を信じて疑わなかった。

 

 小学生時代。人格形成の途上。

 知識、経験、価値観、あらゆるものを吸収している最中の彼らは、まだ善悪の判断ができない年頃。

 そんな子供たちが集まる小学校で起きること——それは“いじめ”だ。

 

 いじめ——それは二人以上の人間が居る空間において発生する優劣を決める遊戯。

 加害者はいじめを行っている自覚がない。なぜなら、彼らにとっていじめとは遊びの延長線上でしかないからだ。

 

 いじめとは小学校という集団と密室が密接に結びつく空間においてはよく発生する現象だ。

 そして俺もまた、いじめの被害者のうちの一人だった。

 

 俺は小学校では同学年の中で負けなしだった。勉学でも運動でも俺より能力の秀でた者はいなかった。

 だからいつも一番。それが俺にとっての普通だった。

 

 そうしてある日。

俺に悪戯をしてくる者が出てきた。

 初めは教科書を隠したり、俺だけを除け者にするといった程度の行為。それが続いていくと、徐々に行為の程度がエスカレートしていき、暴力にまで発展していく。

 しかし俺にとっては取るに足らなかった。

 なぜなら彼らは弱かった。

単純だった。

能力が劣っていた。

故に俺には勝てなかった。

 だから教科書を隠されようが気にせず板書し、除け者にされようが元から一人であったため気にしない。そして暴力には同じ暴力で返り討ちにする。

 

 そうして毎度飽きもせず加害者が挑んでくるのを軽く相手する。

 そんな日々を送っていたある日、俺の中で変化が訪れた。

 

 それは——“愉悦”の感情が胸中に生まれ始めた。

 

加害者を返り討ちにした時に感じる彼我の能力差。

相手が必至なのに対して、こちらは余裕の態度。

勝利するごとに芽吹く“揺るぎない自信”。

暴力的なまでの才能の差。

加害者から感じる嫉妬心。

 

 それらの要素が胸中で混じり合い、やがて愉悦として開花してしまった。

 

 そして気付く。

 俺には才能がある。

 俺は特別な人間だ。

 俺は比類なき天才だ。

 俺には誰も敵わない。

 

 そんな子供らしい単純な思考を以てして周囲と比較し、その差に愉悦を感じていた。

 

 そんなある日。

 加害者のリーダーが一人の男を連れてきた。

 その男は明らかに年上で、体格は並の大人を凌駕するほどに出来上がっていた。

 加害者のリーダーは言った、その男は自分の兄だ、高校生だ、ボクサーだ。だからお前がどれだけ強くても勝てないと。

 

 常識的に考えれば、彼の言う通りだった。

 何しろ当時の俺は小学五年生。対して相手は高校三年生。

 年は7歳差と歴然。体格差も歴然。経験差も歴然。

 勝てる見込みは——万に一つもない。

 

 誰もがそう思うほどに隔絶した差が俺とその男との間にはあった。

 

 しかしその場で俺だけはそう思っていなかった。

 目に見えて差があるにもかかわらず、俺なら勝てる。そう根拠のない自信だけが胸の中で昂っており、いざ暴力による勝負が始まった。

 

 結果は俺の負け。

 完膚なきまでの敗北を味わった。

 

 それが初めての敗北の味だった。

 意味が解らなかった。

理解したくなかった。

 勘違いだと思い込んだ。

 

 だから次の日も意味のない自信を持って挑んだ。

 また負けた。

 次の日も、その次の日も、またその次の日も。

 何度も何度も勝負し、そしてその数だけ敗北の泥水を啜った。

 

 そうして数えきれないほどの敗北を味わったある日、ようやく気付いた。理解してしまった。

 

 俺は——弱者であると。

 

 俺は強くなかった。

俺は弱かった。

俺は非力だった。

俺は無力だった。

 俺は————凡人だった。

 

 全てが勘違いで、思い込みだった。

 俺の自己評価は、所詮は小学校という局所的な枠組み内での評価でしかなかった。

 小学校という小さな箱庭でしか通用しない小さな王様——それが俺だった。

 

 あまりにも滑稽な話だ。

 自分が一番だと自信を持っていた。

 自分の才能を信じて疑わなかった。

 自分こそが天才だと思っていた。

 

 しかしそれらは蓋を開けてみれば、凡人の勘違いでしかなかった。

 

 そこから俺は数多くの作品や成果物に触れた。

 例えば音楽家なら音を、画家なら絵を、科学者なら論文を、創作者なら作品を。

 彼らの「行動」と「形」に宿る思考や情熱に触れて、感じて、思い至った。

 

 彼等こそが才人で、天才である。

 彼らに比べて俺はただの凡人Aでしかなかった。

 

 俺は歴史を再度学んだ。

 そして歴史上の偉人たちを知った。

 彼らの軌跡を、彼らの命の在り方を、彼らの狂気を。

 歴史から偉人の人生の一部に触れて、感じて、自身に問い掛ける。

 

 ——俺なら彼らと同じことができるだろうか。

 

 答えは単純——不可能。

 

 俺は彼ら偉人のような思考も、行動も、結果も生み出せない。

 実際に行動に移したわけではない。

 ただの想像上での結論だ。されどそれで十分。

 実際に試して、結果失敗する。そちらの方がより惨めになる。

 ならば最初から僅かにでも不可能だと感じたものはやらない方がいい。

 その方が幾分か心持ちは軽くなる。

 

 そうして俺は少しずつ自ら可能性を摘んでいった。

 そしてその先には——何も残っていなかった。

 

 そこからは何も感じなかった。

 生きている実感が湧かない。

生きる意味を見出せない。

 

 その行き着いた先が——この世界だった。

 ただそれだけのことでしかない。

 

 

 

上には上が存在する——それは努力や才能の是非を超えた、現実の構造。

俺の自己評価は、その構造を正しく理解した上での、当然の結論に過ぎない。

 

 しかし世間の人々は、解釈違いにもそれを“謙虚”と評するだろう。

 だが、それは滑稽と言わざるを得ない。

 謙虚などという言葉は、理解を放棄した者の戯言に過ぎない。

 彼らは自らの浅薄な価値基準で他者を測り、安易な言葉で納得した気になっている。

 

 俺がしているのは卑下でも謙遜でもない。

 謙虚などという綺麗事で飾り立てるほど、俺は自分を偽らない。

 

 事実、周囲の人間よりも能力が秀でていることを否定するつもりはない。

 才能がある——そう評されることも、間違いではないだろう。

 

 けれど、視野を広げれば、その評価は容易く崩れる。

 世界に目を向け、歴史を見渡せば、俺程度の人間は幾らでも居る。

 俺よりも遥か高みに立ち、より深く深淵を覗いている者たちが確かに存在している。

 

 彼らにとってみれば、俺もまた凡人に過ぎない。

 才能とは、比較の上で輝く幻のようなものだ。

世界を広く見渡せば、それはすぐに掻き消える。

 

 その現実を受け入れてなお、その評価を覆したいのであれば、それは全てにおいて頂点に立つ他ない。

 しかし、それはあまりにも困難な道のりだ。不可能と言ってもいい。

 規格外の【ステイタス】を得たからといって必ず成し遂げられる理想ではない。

 

 そもそもの大前提として、【ステイタス】とは神から与えられた産物だ。故にそれを自分の力であると明言はできない。

 

 だからこそ、この力に見合う人間になれるその日まで——俺は自らを“凡人”と呼び続ける。

 そしてその先でこそ、ようやく胸を張って生きていきたい。

 

 

「——だから、セレン。その日が来るまで……俺を見守っていてほしい」

 

 最後にそう締めくくり、回想を終える。

 

 風が吹き、頬を撫でる。

 暖かなその風は、旅立ちの祝福のようにも感じる。

 

 「……話を聞いてくれてありがとう」

 

 長々と話してしまった。

 もしかしたら呆れているかもしれない。

 けれどもしそうであれば、それは見てくれている証拠だから。

 

 「——それじゃ、行ってきます」

 

 だから俺は、きっと届いているだろうと信じて挨拶をする。

 

 

 

 ——俺は強くなる。

 天界に居るであろう彼女のもとへ、俺の名が届くほどに。

 

 ——この世界の天秤を正す。

 彼女が再び生れ落ちるその時、今度こそ笑っていられるように。

 

 

 やろう。

それが、凡人である俺に残された——存在証明だ。

 




 狼の鳴き声って難しいな。
 どう見ても犬なんだが……。
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