自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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 小説書くのってむずいなぁ。

 面白く、つい続きが気になってしまうような作品を書けるようになりたい……。


16話 稽古と妖精

 

 空はまだ闇に包まれている。

 東の空からはまだ日が顔を出しておらず、夜と朝の境界が曖昧になっている時間帯。

 いつもより早くに起床した俺は、静謐に包まれた空き地に足を運んでいた。

 

 空き地、と言っても正確には屋外倉庫だ。

周囲を見渡せば、木造の家々が建ち並んでいる。

 『豊穣の女主人』の中庭にあたるこの場所は、軽く動き回れる程度には広さが確保されていた。

 

 倉庫というだけあって隅には物資が置かれている。

 それを横目に確認しながら、冷たい空気を肺に取り込む。

 日が出ていないこの時間帯はまだまだ肌寒い。しかし、外気の冷たさとは対照的に、これから訪れるイベントを前に、胸の奥はふつふつと熱が湧き上がってくる。

 

 俺がこの『豊穣の女主人』の中庭に来た目的は、リューさんに稽古をつけてもらうためだ。

 

 

 

 

 昨日、シルが上手く取り次いでくれたおかげで、リューさんとの話の場を設けることができた。

『豊穣の女主人』が閉店した後、店の裏口に案内された俺は、そこで稽古のお願いを申し出た。

 

 「時間を取らせて悪いな」

 「いえ、後は片付けだけですので。……それよりも、シルから話は聞きました。私に稽古をつけてほしいと」

 「ああ」

 

 リューさんは普段通りの整然とした物腰で、俺と相対する。

 こちらを見据える彼女の瞳には、すでに懐疑の色は抜けている。先ほどの酔客からシルを守ったことが功を奏したようだ。

 そのことに一つ安堵の息を吐く。

 

 「私は人に物を教えらえるほど、できたエルフではないのですが……なぜ私に稽古を願い出たのか、理由を聞いてもいいですか?」

 「ふむ……。理由はいくつかあるが……一番はリューさんの実力だな」

 「私の実力、ですか」

 「ああ、貴女が元冒険者であることはシルから聞いたが、相当な実力者だろ?」

 

 彼女がLv.4の第二級冒険者に位置する強さを持つことは、原作を通して知っている。何より、彼女の強さは【ステイタス】だけではない。数多くの経験を経て培った技量もまた、一流の域に達している。

 

 「……確かに、私の冒険者時代のレベルは4。それなりの実力は有していますが……」

 

 冒険者には等級が存在する。

 Lv.1の冒険者を下級冒険者、Lv.2以上の冒険者を上級冒険者と区分され、そこからLv.2の冒険者は第三級冒険者、Lv.3とLv.4が第二級冒険者、Lv.5以上の冒険者を第一級冒険者と呼ばれる。

 レベルを上げるのは命がけのため、多くの冒険者が集うオラリオでも大半が下級冒険者である。

 そんな中で彼女はLv.4。その強さは折り紙付きだ。

そして何より、彼女は加減を知らない。だからこそ、やるとしたら彼女の真面目な性格も相まって、徹底的に痛めつけてくるだろう。しかし、今の俺にはそれこそが必要なのだ。

俺の目的を完遂する上で必要な力を得るために——。

 

 

 「俺は——強くなりたい」

 

 力強く宣言する。

 思いを言葉に変えて、今一度、自身の胸に刻み込むために。

 

 俺の言葉を聞いて、彼女は大きく目を見開く。

 彼女の冷静然とした様子に変化が生じたことに、新鮮味を覚える。

 そんな心情が一時訪れるも、胸に宿る焔は乱れることなく昂りを増していく。

 

 「誰にも屈しない力が欲しい」

 

 屈することは許されない。

 この先、一度の敗北とて認められない、認めることはできない。

 俺にとって敗北とは、即ち“死”を意味する。

 だからこそ、どれだけ無様に打ち負けようとも立ち上がる、そんな力が必要なのだ。

 

 「俺は……強くならなければならない」

 

 全てを守るために。

 一度失ったものはもう、戻ってくることはないのだから。

 だからこそ、もう二度と手放すことのないように、掴んでいられるように。

 

 そうして強くなった果てに、俺の名が彼女に届くように——。

 

 「そのために——貴女の力を貸してほしい」

 

 そう言って、彼女に頭を下げる。

 せめてもの礼儀として、自身の都合に巻き込む謝罪として。

 彼女には何の得もない願いだ。得をするのは俺だけ。あまりにも釣り合いが取れていない。

 

 それでもどうか、力を貸してほしいと。

 万感の思いを言葉にのせて、彼女に願いを口にする。

 

 

 

 

 (……この目を私は知っている)

 

 リューは、自身に向けられる夜の眼差しを見て、そう強く感じた。

 

 (……彼の瞳に宿る感情を、私は鮮明に覚えている)

 

 思い起こされるのは、五年前。

 仲間を失い、復讐に身を焦がしたあの頃の自分。

 

 当時の私は何もできず、散っていく仲間達をただ呆然と眺めていることしかできなかった。

 

あまりにも無力だった。

あまりにも滑稽だった。

あまりにも無様だった。

 

だから恨んだ、弱い自分を。

だから憤った、弱い自分を。

だから憎んだ、弱い自分を。

 

 そして——私は復讐心に身を委ねた。

 武器を片手に、惨殺の限りを尽くし、この手を赤黒く染め上げた。

 もはや人としての尊厳は失われ、残ったのはただ復讐に堕ちた人の成れの果て——それが私だった。

 

 

 目の前の黒髪黒目の少年。

 彼はどこか私に似ている。けれど、決定的に違う。

 私は復讐に囚われ堕ちていった。

 けれど、彼は前へ進もうとしている。立ち止まってしまった私とは違い、彼はその歩みを止めていない。

 底知れぬ闇を瞳に宿しながらも、光に手を翳そうとしている——。

 

 それは、私には果たしてできなかったことだ。

 そのことを少し羨ましく思ってしまう。

 

 この先、彼の前には数多の試練が立ちはだかることだろう。

それでもきっと、彼なら乗り越えられる。その強さを持っている。

 しかし同時に、危うさも孕んでもいる。

 彼は確かに強い。それは彼を見て感じ取った。けれど、まだまだ未熟な部分は多々ある。その未熟さが、この先命取りになるかもしれない。

 

 

 そんな彼に、私は何をしてあげられる?

 もはや、他人に寄り添うことなどできない穢れた私が……それでも彼にしてあげられることは何か。

 

 ——私の全てを以てして彼を鍛え上げる。

 今の私に残された手段は、その程度。

 何とも情けない話だ。今の私ではその程度でしか彼の力にはなれない。

 しかし、それで少しでも彼の力になれるのであれば、私はそれでも構わない。

 

 だから、全力で彼を鍛え上げよう。

 私のことなど不要になるその日まで。

 彼が私と同じ道を歩まないように——どうか切に願って。

 

 

 

 

 「顔を上げてください」

 

 頭上から声が降り注いだ。

 耳朶を揺するその声色は、先ほどよりも幾分か和らいでいる気がする。

 この短時間で彼女の心の中で何か変化があったのか、そう思いながら彼女の言葉に沿って顔を上げた。

 

 そして、彼女を見て、思わず目を見開く。

 明らかに変わった。具体的なことは何一つわからない。けれど、確かに彼女に変化が生じている。そのことだけは、俺の瞳が読み解いた。しかし、その何かがわからない。彼女の機微を読み解くことはできても、感じ取ることはできない。

 そのことにもどかしさを感じていると、

 

 「貴女の稽古の申し出、私でよければ引き受けましょう」

 「!……本当か?!」

 

 俺の言葉にリューさんは静かに頷く。

 

 「貴方の思いは十分伝わってきた。その思いに、私は応えたい」

 「……そうか」

 

 彼女の返答に、全身の力が一気に抜ける。

 どうやら、思っていた以上に緊張していたらしい。

 下を向き、静かに溜息を吐き出す。

 

 (……だが、これで強くなるために必要な最初の関門は突破した。彼女なら遠慮なく俺を鍛えてくれるだろう。俺に被虐趣味はないが、強くなるにはやり過ぎくらいがちょうどいい)

 

 時間は有限だ。

ゆえに、限られた時間の中で、最大効果を得るためにはどうすべきか——頭の中で計画を巡らせていると、

 

 「ツクヨミさん」

 

凛とした声が耳朶に触れる。反射的に顔を上げると——

 

 「貴方は——尊敬に値するヒューマンだ」

 

リューさんが、笑みを浮かべた。

 いつもの凛々しい相貌に柔らかな変化が生じ、小ぶりな唇が穏やかに綻ぶ。

 静かに咲いた彼女の笑顔は、俺の心臓を鷲掴みにした。

 

 

 そこから俺達は、今後の予定の擦り合わせを終え、別れた。

 終始鳴り止まぬ心臓の鼓動は、彼女が去って数分後、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

 「……にしても、あの笑顔は反則だろ」

 

 彼女が去った裏口を見つめながら、もう一度リューさんの笑顔を思い出す。

 アニメで見たことはあったが、現実のそれは比ではなかった。

あれは直視してはいけない類のものだ。それほどまでに破壊力が凄まじい。

 

 どうしてエルフが他の種族に人気があるのか——

その理由の一端を、ほんの少しだけ垣間見た気がした。

 

 

 

 

 「お待たせしました」

 

 凛とした声が耳朶を叩く。

 意識を回想から現実に引き戻し、声のした方へ振り向くと、そこには木刀を片手に携えたリューさんがこちらに歩いて来ていた。

 彼女の服装は、いつもの店指定の制服ではなく、ショートパンツに簡素なシャツ姿。飾り気のないその装いは、動きやすさを重視してのものだろう。

 

 俺の前まで来たリューさんは、おもむろに手を差し出した。

 

 「まずは契りを。至らない身ではありますが、貴方の指南役を務めさせてもらいます。全身全霊をもって取り組ませていただくので、よろしくお願いします」

 「ああ、こちらこそよろしく」

 

 相変わらず真面目なエルフだ。そう心の中で呟きながら、差し出された手を握った。

 リューさんと手を重ねて数舜、そこではっと気付く。

 

エルフは自身が認めた者以外との肌の接触を極端に嫌う傾向がある。リューさんも例に漏れずにその類のエルフだ。

俺が知る中で、初見で彼女の手を握れたのは、今は亡き彼女の親友のアリーゼ、同僚のシル、そして我らが主人公ベルの三人だけ。ベルはまだ彼女と接触していないが、原作ではそうだった。純粋無垢な性格のベルには、エルフ特有の忌避感は発動しなかったのだろうな。

 

 それは兎も角として、こうして俺が触れても拒絶反応を見せないということは、少なからず認めてくれているということだろうか。

 

 そんな疑念を抱きながらも、俺達はどちらからともなく手を離す。

 

 リューさんは自分の手をじっと見つめると、「どうやら貴方は大丈夫なようだ」と言葉を零す。

 

 (おいおい、確信はなかったのかよ……)

 

 もしかしたら投げ飛ばされていたかもしれない事実に、乾いた笑みが漏れる。

 いつもやり過ぎてしまう彼女に突然投げ飛ばされでもしたら、間違いなく重傷を負ってしまうだろう。

 訪れなかった悲劇に、内心冷や汗を流しながら安堵の息を吐いた時、

 

 「……さて、それでは稽古ということですが」

 

 リューさんが言葉を告げると同時に——猛烈な戦慄が全身を駆け巡り、咄嗟にその場を跳躍し、後退する。

 

 着地と同時に瞬時に帯刀する木刀を構える。

 リューさんを見やれば、彼女もまた両手に木刀を構えて、静かに佇んでいた。

 

 「……いい反応速度です」

 

 ——来る……ッ!

 直感で、そう理解した俺は、瞬間的に【魔力感知——学習演算】を発動。

 地を蹴る音が耳に届くのと同時に、木刀を斜めに構える。

 

 「ぐっ……?!」

 「よく防ぎました」

 

 訪れるのは強打の衝撃。

 木刀を握る両手がギギギッと悲鳴を上げている。

 振り下ろされた木刀を何とか防ぎ切ったが、圧される力に身体が沈む。

 

 たったの一撃。その一撃だけで圧倒的な力量差を思い知らされた。

 

 「稽古、と言いましたが、貴方が望むものは単なる指導ではないでしょう。より実践に特化した仕合、それを貴方は求めている」

 

 違いますか、彼女の視線は俺にそう問い掛けている。

 

 「実践において、始まりの合図はありません」

 

 突如、上からの圧力が消え去る。

抵抗するために力を入れていた俺の体は、突然失せた反発力に前へ傾く。

がら空きとなった俺の胴体に、一歩引いて構えを取ったリューさんが横薙ぎに一閃。咄嗟に木刀を構えて防御するも、重心が傾いているせいでまともな防御姿勢を取れていないため、敢え無く吹き飛ばされる。

 

 「うぐ……っ?!」

 「いつ何時、何が起きても対処できるよう、常に警戒を緩めてはいけない」

 

 地面を数度転げた後、流れを利用し起き上がる。

 

 (……リューさんの言う通りだ。全ての事象に万全の対策をするのは不可能。ならばこそ、警戒を怠ってはならない)

 

 慢心こそが、人を弱らせる。

 ゆえに、一片たりとも気を緩めることはしない。

 

 (——神経を研ぎ澄ませろ)

 

 展開した【学習演算】をより洗練に練り上げる。

 彼女の一挙手一投足すら見逃さないために。

この魔法の真骨頂は察知ではなく、範囲内の情報を読み解くことにこそある。

 

 ゆえに、読み解いた情報を学習し、瞬時に己の糧にする。

彼女との特訓の時間は限られている。その貴重な時間を最大限に利用して、己を成長させる。

それが俺の望みであり、リューさんに対する礼儀でもある。

 

 

 「……ぐっ?!」

 

 防御に成功するも、膂力の差で吹き飛ばされる。

 

 現在、使用している魔法は【学習演算】のみ。他の魔法は一切使用していない。

 リューさんとの特訓では、魔法に依存しない戦闘技術を身に着けようと考えている。そのため、技術習得に必要な【学習演算】以外は使用しないようにしている。

 

 「遅い」

 

 立ち上がろうとした瞬間、目の前に刺突が迫る。

 瞬時に上体を後ろに逸らすことで何とか回避する。そこに更なる追撃が眼前で振り下ろされる。

 横へ飛び退くことで回避するも、追い打ちは止まらない。

 

 「がはっ……!」

 

 木刀による攻撃をフェイントに、炸裂する蹴りが鳩尾を抉る。

 肺の空気が一気に吐き出され、地面に数度叩かれながら壁に激突。

 

 「立ちなさい」

 

 地面に倒れ伏す俺に、冷たい声音で告げられる。

 腹に渦巻く強烈な痛みを食いしばりながら立ち上がる。

 

 「来なさい」

 

 リューさんの言葉を合図に、戦闘が再開される。

 

 仕掛けた攻撃を難なく対処したリューさんが、反撃を繰り出す。

 ギリギリで回避に成功した俺は、攻撃へと転じる。しかし、俺が繰り出す攻撃よりも、彼女の追撃の方が数テンポ早い。

 

 「く……っ!」

 

 何とか反応してリューさんの追撃を凌ぐが、そこで彼女の攻撃は終わらない。

 木刀による一閃の嵐が的確に狙いを定めて襲来してくる。

 

 凌ぐ、逸らす、回避する。

時折、隙を突いて攻撃へ転じるが、難なく対処される。

 

 力量差は圧倒的。

 技量も経験も、積み上げてきた時間が違う。

 リューさんの無慈悲な一撃が、何度も繰り出され、その度に俺の身体は悲痛を訴えてくる。

 

 リューさんが扱う木刀の刃は潰されている。

 にもかかわらず、俺の身体にはいくつもの裂傷によって出血している。

 斬撃による裂傷、強打による痣、時には骨にさえダメージを与え、ひび割れる。

 

 『私はいつもやり過ぎてしまう』

 

 彼女の言葉は、俺の無残な身体を以てして体現してしまった。

 

 

 しかし、それでも仕合を辞することはしない。

 何度倒れ伏そうが、その度に起き上がり、木刀を構える。

 

 時間が経過する毎に、俺の神経は研ぎ澄まされていく。

 より洗練に澄んでいく精神は、肉体へと共鳴を果たしていく。

 

 袈裟斬りを防ぐ。追撃で吹き飛ぶ。

 ——学習する。

 

 刺突を逸らす。追撃を回避する。二度目の追撃で吹き飛ぶ。

 ——学習する。

 

 横薙ぎを防ぐ。追撃も防ぐ。第二は回避。第三は逸らす。第四で吹き飛ぶ。

 ——学習する。

 

 武器の扱い方、身体の動かし方、視線の読み、挙動の察知、駆け引きの誘発、間合いの確保——学習する。

 

リューさんの技巧を、経験を——彼女を通して過去を視る。

積み上げられてきた足跡を辿り、その全てを余すことなく己の糧にしていく。

 

 言葉は不要だ。言語を介さずとも、彼女自身が体現してくれる。

 

 学習しろ、彼女の全てを。

 

 適応しろ、より高次元へ。

 

 

 俺はまだまだ強くなれる。

 だから突き進め。

 だから奮い立たせろ。

 どれだけ打ち負けようとも、泥臭くとも。

何度でも立ち上がり、何度でも吠え上がる。

 

 止まることは許されない。

 進むべき道は前のみ。

 その先にいる目の前の彼女に——まずは追いついてやる……!!

 

 

 

 

 (……凄まじい)

 

対峙する夜を見て、戦慄を覚えるリュー。

 

 交えた刃の数は、すでに数千へ到達している。

 その攻防の中、リューの攻撃は容赦なく夜を斬り倒す。おかげで、夜の身体には数えきれないほどの傷が生まれている。生々しく血を流すその様は、とても痛ましく見ていられない。

 その傷を負わせた本人さえも、やりすぎてしまったと内心で後悔の念を抱いている。

 

 しかし、そんな彼女と対峙する夜は、増していく傷に顔を顰めながらも立ち上がっては挑み続ける。

 いつの間にか、リューの口からは言葉が紡がれなくなった。

 

 時が経つ毎に、夜の動きはより洗練さを増していく。

 Lv.1に成り立ての新人冒険者では決して対応できない速度の攻撃に対応する彼を見て、驚かずにはいられない。

 

 (……これすらも反応してみせますか)

 

 少しずつ、段階的に攻撃の速度を増していくリュー。

 上段から振り下ろした攻撃を回避してみせた夜に、瞠目する。

 しかし、その直後——自身に迫り来る横薙ぎの一閃。リューはこれを咄嗟に木刀を構えて凌ぐ。

 

 (…………今のは危なかった)

 

 夜の反応速度に感心するあまり、少しの隙を見せた。その途端、思わず本気で対応してしまうほどの一撃が襲い掛かってきた。

 

 (この短時間でまさかここまで成長するとは……。いや、これはもはや成長ではない。“飛躍”とでも言うべきか)

 

 卓越した反応速度だけでも素晴らしいと言える。しかし、それを遥かに凌駕するほどに、夜の“習熟速度”は驚異的だ。彼のそれは、もはや常軌を逸している。

 

 彼の常人離れした習熟速度を目にした時、リューの脳裏には一人の女性が想起された。

 

——アルフィア。

神時代最強と謳われた【ヘラ・ファミリア】の元幹部の魔導士。二つ名は【静寂】。神時代以降、眷族の中で最も『才能』に愛され『才能の権化』にして『才禍の怪物』と称された人物。

 

 (彼女と同じ気配が、彼から感じる。そう思わせるほどに、彼の『才能』は理解の範疇を超えている……)

 

 リューの中で、一つの“希望”が見出される。

 

 ——世界は『英雄』を欲している。

 数千年の遥か昔より、世界を救う“希望の光”を。

 古代の最強では敵わず、神時代の最強でさえ敵わなかった。

 

 下界最強の存在——“隻眼の黒竜”。

其は終焉の象徴であり、世界の破滅の導き手。

 

 ——下界は『英雄』を求めている。

 彼の『厄災』を屠り、悲願を叶える存在を。

 

 まだ弱く、それでも一際輝きを見せる少年を見て、リューは思う。

 

 (彼は誰よりも強くなる。いずれは私も超えるだろう。しかし、今はまだ、才能があるだけの幼い雛鳥。そんな彼には道標が必要だ)

 

 若輩の、至らないこの身では務まるとは思えない責務。

 しかし、私を超えるまでの少しだけの間であれば、私程度でも務まるはずだ。

 

 

 木刀を握る手に力を込める。

 より重く、より早い一撃を以てして、彼の成長を促す。

 圧倒的な力で力量差を思い知らせる。

 酷かもしれない、他にやりようがあるかもしれない。

 それでも、彼ならきっと、私との差に意味を見出すはずだ。

 

 身勝手なまでの期待を、自分よりも幼い少年に一方的に押し付ける。

 その行為が如何に残酷であるかを自覚しながら——。

 

 (……恨んでくれて構いません。それほどまでに酷なことを、私は貴方に要求しようとしている。それでもどうか、弱い私が貴方に期待することを許してほしい……)

 

 リューの行いは、あるいは一種の贖罪なのかもしれない。

 それが果たして誰に向けられたものなのか。

 それを知るのは彼女自身と、そして、漆黒の瞳を光らせじっと彼女を見つめる夜——。

 夜の瞳には何が映っているのか。それは彼にしかわからない。

 

 

 

そうして、それぞれの思いが渦巻く中、日が顔を出すまで稽古は続いた——。

 

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