自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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お待たせしました。


18話 白巫と異常

 

「貴女を助けに来た」

 

 毅然とした声音でそう告げると、夜は静かにフィルヴィスへ手を差し伸べた。

 あまりに突然の出来事に、彼女の思考は追いつかない。呆然としたまま差し出された手を一瞥し、続いて夜の顔を見上げる。そして、再び手へと視線を戻し、また夜を見た。

 現実を理解するまでに、ほんの数秒──いや、彼女にとっては永遠にも等しい沈黙があった。つい先程まで、死を覚悟していたのだから無理もない。

 

 やがて、フィルヴィスは反射的にその手を掴もうとした。だが、寸でのところで動きを止めると、咄嗟に胸元へ引き寄せて、ぎゅっと握り締める。

 そうして視線を逸らした彼女は、その端正な顔立ちを痛々しく歪ませ、長い睫毛の影が赤緋の瞳を覆った。

 彼女の素振りは、傍から見れば夜の手に触れる事に嫌悪したのかと勘違いされそうな反応だ。しかし、彼女の場合はそうでは無い事を夜は知っている。

 

 (俺に対する嫌悪というよりは、恐らくは自身に対する嫌悪だろう。大方、穢れた私が触れたら……とか思っているのだろうな。……もしかしたら、本当に俺に触れたくないだけの可能性もあるが……)

 

 夜は僅かに目を細め、差し伸べた自分の手を一瞥した。

そして、悲しげに微笑むと、そっとその手を下ろす。

 差し出した手を取られないというのは、思いのほか胸に堪えるものだ──そんな独り言を胸中で呟きながら、夜は短く息を吐いた。

 

 

(……さて、それはそれとして。この後はどうするべきか)

 

 少しの感傷に沈んだのち、すぐに思考を切り替える。

 

(上の階層へ引き返すか……いや、それだと時間が掛かり過ぎる。俺は問題ないが、フィルヴィスの体力は限界に近い。安全に、かつ効率よくここを脱するには──)

 

 状況整理と並行して、夜は次の手を思案していた。

その時、不意に耳に届いたのは、押し殺したような苦鳴。

 

 思考を一時中断し、声のした方へ視線をやれば、フィルヴィスが苦痛に顔を歪ませながら、額に汗を滲ませ、必死に立ち上がろうとしていた。

 

 「おい、その体で無理に動くな」

 「……私は、大丈夫だ……っ」

 

 制止の声も虚しく、彼女はよろめきながらも立ち上がる。

だが、やはり無理をしたのか息は絶え絶えで、肩を大きく揺らしている。

 

 (いや、どう見ても大丈夫じゃないだろ……)

 

 呆れ半分、心配半分。

夜はため息をひとつ落とし、静かに彼女の前へ歩み出た。

そして、ためらいなく片手を翳す。

 

 「な、何をする気だ……ッ!」

 

 咄嗟に身構えたフィルヴィスが、警戒を多分に含めた声を上げる。

 そんな彼女の反応を見て、夜は一瞬、説明してから行動に移すべきだったと内心で省みつつ、落ち着いた口調で告げた。

 

 「貴女の体を治療するだけだ」

 

 その一言を残し、返事を待つことなく魔力を練り上げる。

彼女の性格を考えれば、どうぜ拒絶の言葉を口にするのは目に見えている。ならば、先に行動してしまえばいい──。

 

 「何……? そんなもの、私は頼んでなど────」

 「【癒しの陽光よ、嘆きに溺れる者を救いたまえ──】」

 

 夜の短い詠唱が、彼女の反論を掻き消すように響いた。

本来この治癒魔法は夜の独自魔法であるため、詠唱は必要ない。

だが、余計な詮索を避けるための偽装として、夜はあえて詠唱を添えた。

 

 「おいっ、勝手なことを──!」

 「【──治癒(ヒール)】」

 

 魔法名を唱え終えると同時に、柔らかな光がフィルヴィスを包み込む。

抗議の声は光の中に溶け、やがて消えた。

 

 ──先程、彼女は俺の制止を聞かずに立ち上がった。

 ならば、これでおあいこだ。

 

 夜はそんな子供じみた理屈を胸の中で呟き、微かな満足を滲ませた笑みを浮かべる。

 光の粒子が舞う中、フィルヴィスの傷は静かに癒えていった。

 

 

 

 「あれだけの傷が、癒えている……」

 

数秒後。

己の体に視線を落としたフィルヴィスは、驚愕と共に小さく息を呑んだ。

 

全身を覆っていた無数の傷は、もはや見る影もない。

完治とまではいかずとも、浅い傷は完全に癒え、深手さえ薄く痕を残すのみで、動作に支障は感じられなかった。

 

 

 短い詠唱一つでこの効果。

本来は詠唱を必要としない夜の治癒魔法は、フィルヴィスが感嘆の声を漏らすのも当然だった。

 

 ──治癒魔法は、夜自身の最も得意とする分野だ。

 

 ベルの故郷で過ごしていた頃、夜が最も研鑽を積んだのは攻撃でも防御でもない。

治癒であった。

 

理由は単純だ。

この世界では、地球ほど医療技術が発達していない。

包帯などの簡易的な治療具はあっても、即効性と高い効果を持つ回復薬(ポーション)は効果かつ希少。しかも、地球よりも遥かに負傷や病に見舞われる危険が高い。

 

 だからこそ、夜は考えた。

──一番に解決すべき課題は、傷病の対策である、と。

 

 その信念のもと積み重ねた研鑽の果てに、今の“破格”とも言える治癒魔法が生まれたのだ。

 

 

 

 フィルヴィスの治癒を終えた夜は、サイドポーチから二本のフラスコを取り出す。

 青色の液体が入った一本と、蜜柑色の液体が入った一本。

 

 「これを飲んでおけ」

 

 淡々とした口調でそう告げ、二本をフィルヴィスに差し出す。

前者は上級回復薬(ハイ・ポーション)、後者は上級精神回復薬(ハイ・マジック・ポーション)。

どちらも即効性と高い効能を誇り、前者は体力と傷を回復、後者は精神力(マインド)を回復させる至高の品である。

今の彼女にこそ、まさに必要不可欠な代物だ。

 

 

 「……さすがにそれ等は受け取ることはできない。回復魔法だけで十分だ」

 

 だが、フィルヴィスは小さく首を振る。

 その表情は申し訳なさ気で、声音にはどこか自責の色が滲んでいた。

 

 「金なら気にするな。むしろ、それで倒れられる方が迷惑だ」

 

 夜は有無を言わせぬ口調で言い放つと、躊躇う彼女の手に二本を押し付けた。

 

 この先、戦力という意味でも彼女の回復は必須だ。

どれほど夜が常識外れの力を持っていようと、この中層で負傷者を庇いながら戦うのは無謀に等しい。

 

影の兵士を召喚すれば話は別だが、その選択肢は取れない。

 

 (……フィルヴィスに知られるだけならまだいい。だが、彼女の“背後”にいる奴らにまで知られるのは避けたい)

 

 彼女の背後──そこに潜む存在は強大だ。

彼等を敵に回せば、現状の戦力では到底太刀打ち出来ない。

 故に、可能な限り能力の漏洩は避けたいと夜は思案する。

 

 もし、夜の能力が敵側に露見した場合、排除を試みる可能性が高い。或いは、敵の捕虜となって傀儡となる可能性もある。

 可能性の高さで言えば、後者の方が恐らくは高いだろう。それ程の能力を夜は有してしまっている。

 そして、何よりも最悪のケースは、【ファミリア】を人質に取られる事だ。そうなれば最後、現状の夜に為す術はない。

 

 (だからこそ、この場は最低限の力のみで切り抜けなければならない……)

 

 そうして、心の中で静かに、夜は決意を灯した。

 

 

 

 「……そう、だな。すまない……」

 

 逡巡の末、フィルヴィスは小さく息を吐き、二本のフラスコを受け取った。

 そして、短い沈黙の後にコルクを抜き、静かに中身を呷る。

 

 その姿を見届けながら、夜は僅かに眉を下げる。

 

 (少し、強く言いすぎたかもしれないな……)

 

 彼女に述べた先程の発言に思う所があったのか、彼の表情には微かな陰りが差していた。

 しかし、彼女の性格をおおよそ知っている夜は、これくらいの強引さは必要だったと自己完結させる。

 

 それは兎も角として。

 

 (彼女に治癒魔法が効果を発揮したのはよかった……)

 

 夜にとって、そこが一番の懸念点だった。

 

 夜の知識は、原作小説ではなくアニメと漫画を少々、そして僅かなゲーム情報とまとめサイトから得たものだ。

つまり、断片的で不完全な“原作知識”に過ぎない。

 

 その中で夜が知る限り、フィルヴィス、或いはもう一人のフィルヴィスは【黒呪汚染(ダークライト)】というスキルを所持していた。

その効果の一つは、『魔法の回復効果に対する拒絶性を付与』というものだが、任意発動か常時発動かは不明だった。

 

結果的に、今回は問題なく治癒は効力を発揮した。

 しかし、もし常時発動であったなら、彼女の体は……とそこまで考えたところで、夜は思考を断った。

 

 仮定の話に意味は無い。

 そう判断した夜は、意識を切り替える。

 

 (それよりも──)

 

 何時またモンスターが生まれ落ちるともわからない。

 レベル以上の実力を有する夜と、Lv.3のフィルヴィス。二人であれば、中層を乗り切る事は可能だ。

 しかし、この世に絶対は無い。事実、Lv.3の彼女が15階層程度で絶命寸前だったのだ。

 

 何が起こるかわからない。それがダンジョンという未知だ。

 故に、可能な限り、モンスターに遭遇する事なく、迅速に事を進めていきたい。

そう思案した夜は、今後の方針について相談しようとフィルヴィスに声を掛けようと口を開く。

 

 「なあ、ちょっといい────」

 

ビキビキッ────。

 

 その瞬間、耳を裂くような亀裂音が大空洞に響き渡った。

 地を這うような低音が壁面を伝い、空気を震わせる。

階層全体が呻くように揺らぎ、岩肌から粉塵がぱらぱらと舞い落ちる。

 

 夜の言葉は途中で途切れた。

 亀裂が生まれる音は、まるでダンジョンが二人の存在を拒むかのように。絶え間なく啼き続ける。

 

 「────ぁ、あ……ぁあっ……また……っ、私のせいでっ……」

 

 震える声が、夜の耳朶を打つ。

視線を向ければ、蒼白に染まったフィルヴィスが立ち尽くしていた。

端正な相貌は苦悶に歪み、唇は恐怖に震えている。

 

 その姿は──まるで“悪夢の再来”を目前にしたかのようだった。

彼女の悲痛な面持ちが、全てを物語っていた。

 

 

 (……折れたか)

 

 焦点が定まらない瞳で呆然と立ち尽くすフィルヴィスを一瞥し、夜は即座にそう判断を下した。

戦力としてではなく、保護すべき対象へ──そう認識を切り替える。

 

 彼女の心情は痛いほど理解できる。

だが、今の緊迫とした状況下で彼女の心を案じてやれるほど、夜に余裕はなかった。

 

 フィルヴィスの前に躍り出た夜は、腰の鞘から刀を抜き放つ。

刃が抜かれる金属音が、燐光に照らされた大空洞に短く響く。

周囲では、無数の咆哮が反響し合い、低い地鳴りのような唸りを生んでいた。

 

 「怪物の宴(モンスター・パーティー)」──。

モンスターが大量発生する現象。

それが今まさに、夜達へ牙を剝いている。

 

溢れ出すモンスターを視界に収めながら、夜はどう切り抜けるべきか思考を巡らせる。

 

「………………逃げろ」

 

 そのとき────掠れるような小さな声が、フィルヴィスの震える唇から零れ落ちた。

 

 「……なに?」

 

 思考を中断させられるほどの、予想外の言葉だった。

反射的に振り返った夜の双眸が、問い詰めるようにフィルヴィスを射抜く。

 

 「逃げろと言ってるんだ……ッ!」

 

 焦燥に駆られたような怒声。

張り詰めた空気の中で、フィルヴィスの悲痛な叫びが夜の鼓膜を打つ。

それでも夜は、泰然とした表情を崩さない。

 

 燐光の淡い光を受けて、漆黒の瞳が怪しく輝く。

そこに映るのは、恐怖と絶望に揺れるフィルヴィスの姿。

 

 「……貴女も一緒に逃げるのか?」

 

 そう問いながらも、夜は答えを既に悟っていた。

 

 「私は……ここに残る」

 「…………」

 「立て続けに起こる怪物の宴(モンスター・パーティー)……この異常事態の原因は私だ。だから、私が奴等を引きつける。そのうちにお前は────」

 

 やはりか。

 

夜は目を伏せて小さく息を吐いた。

彼女が、自分を責める生き方をしている事は理解している。

起こる不幸は全て自分の責任。

それが、フィルヴィスという少女の生き方だ。

 

 ──だからこそ、夜が告げるべき言葉は一つしかなかった。

 

 「断る」

 

 静かに、しかし絶対の意思を込めて言い放つ。

フィルヴィスの決意を理解したうえで、真っ向から否定する。

 

 たとえ、これで嫌われようとも構わない。

ここで彼女を見捨てる事だけは、決して許せない。

 

 「悪いが、俺は逃げない」

「なっ……お前は、私の話を聞いていなかったのか……ッ?!」

 「ちゃんと聞いていた。そのうえで、俺は逃げないと言ってる」

 

 夜の真っすぐな眼差しを受け、フィルヴィスは悟った。

目の前の少年は、何を言っても逃げてはくれない。

こちらの心情など関係なく、己の意志を貫き、そして最期は自身の呪いが彼を殺すのだ──。

 

 その瞬間、フィルヴィスの全身を恐怖と絶望が襲い掛かり、心臓を抉るような痛みが伴う。

 

────また、自分のせいで誰かが死ぬ。

 

 脳裏をよぎるのは、地に染まった仲間達の亡骸。

 耳の奥で響く断末魔、腐臭を帯びた残滓の記憶。

 

 呼吸が浅くなり、体温が急速に冷えていく。

 震える体を押さえ込むように、フィルヴィスは両腕で自身を抱きしめた。

 

 「っ…………、なぜ────」

 

 そうして、喉の奥から絞り出すように、震える声で漸く紡がれたフィルヴィスの言葉は────

 

 『ヴォォオオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

大空洞を震わす程の轟然たる咆哮によって搔き消された。

 

 

 階層全体を揺るがす地鳴りと共に、三十を超えるミノタウロスの大群が夜達に向かって一斉に駆け出す。

 双眼を血走らせ、泡立つ涎を撒き散らしながら、その巨躯を進撃させる。

 

 「……っ、おい────」

 「【盾となれ、破魔の揺籠──】」

 

 迫り来る絶望を前に、焦燥を表情に浮かべたフィルヴィスが、自身に背を向ける夜へ声を投げかけようとする。

しかし、彼女の声が夜に届くよりも先に、夜は静かに詠唱を紡いだ。

 

 「【──魔力障壁】」

 

 瞬間、フィルヴィスを覆うようにして半透明な半球状の障壁が展開された。

 

 「こ、これは……」

 「貴女はそこで待ってろ」

 

 呆然と障壁を見つめるフィルヴィスに対し、夜は淡々とした口調で戦力外通告を叩きつける。

 

 「は……?」

 「…………」

 「おいっ、待て──ッ!」

 

 夜の言葉を理解出来なかった……いや、したくなかったフィルヴィスは、離れていく彼の背を眺めたのち、その背を追おうと慌てて駆け出す。

 

 「────が……ッ!」

 

 しかし、障壁に阻まれ、彼女の体はあっけなく弾かれた。

 

 夜が展開した【魔力障壁】は、本来であれば外部からの侵入を阻むだけで、内部から外へ出る事は可能だ。

 しかし、今回に至ってはフィルヴィスを障壁の中から出す気は無い。故に、内部から出られないように夜は調整を図った。

 

 「おいっ! 今すぐこの魔法を解除しろ!!」

 

 起き上がったフィルヴィスは、自身を阻む障壁を叩きながら夜へ怒号を飛ばす。

 しかし、外部と完全に遮断された障壁によって、彼女の声は夜に届かない──。

 

 

 

 悠然とした足取りで、夜は歩みを進める。

 迫り来るミノタウロスの大群を見据えるその瞳は、冷徹な光が宿っていた。

だが、胸の奥には微かな雑音が燻ぶっている。

 

──良心の呵責。

 

フィルヴィスを気遣う余裕はないと理解していながらも、彼女の心を踏みにじった罪悪感が、どうしても拭えなかった。

 

 (……それでも、今は耐えてもらうしかない。言葉なんかじゃ彼女には届かない。だから、行動で示すしかない)

 

 夜は静かに息を吐き、意識を切り替える。

 頭の中を満たしていた雑音を消し去り、目的の遂行に集中する。

 

 一つは、敵の殲滅。

もう一つは──“死なないこと”の証明。

 

 (彼女が“自分の呪いで俺を殺してしまう”と怯えているのなら、死なないことで証明すればいい)

 

 言葉ではなく、結果を以って証明する。

 彼女が宣う呪いは、単なる勘違いだと押し付ける。

 

 その為の結果を、今から掴み取る────。

 

 

【魔力感知──決戦演算】────。

 

 展開された感知範囲が広がり、大空洞全域を包み込む。

空間を奔る魔力の流れが脳裏で立体的な構図を描き、夜の視界に“死角”が消えた。

 

 (敵の数は三十三体か……)

 

 影の兵士は頼れない、完全な単独戦闘。

 

 しかし、臆する心は微塵もない。

 これまで積み上げてきた全てを遺憾無く発揮すれば、勝機は十分にある。

 

 【神速】────。

 

 雷が弾ける。

 魔力で肉体を強化し、更に雷の負荷をかける事で反射速度を極限まで引き上げる。

 

 【属性付与──雷】────。

 

 刀身に奔る稲妻が刃を蒼白に輝かせ、殺傷能力を上昇させる。

 

 (セレン、力を貸してくれ──)

 

 起動──『比翼抱慕』

 

 夜の呼び掛けに従って、スキルが効果を発動する。

『器用』と『敏捷』が向上した事により、夜の戦闘能力は更に強化される。

 

 

 戦闘準備はこれで完了した。

 後は、迫り来るモンスターの大群を殲滅するのみ。

 

 「フルスロットルで行くぞ──」

 

 瞬間、夜は地を蹴って駆け出す。

 遅れて、地面の破砕音と風の切る音が夜の背に追走する。

 

 瞬く間に前方のミノタウロスに肉薄した夜は、その一体の喉元へ刺突を繰り出す。

 ミノタウロスが獲物である大石斧を振り下ろす間も無く、夜の必殺の一撃を以って灰燼と帰した。

 

 「まずは一体……」

 

 討敵数をぽつりと呟く。

 

 そんな夜に対して、左右から大石斧が振り下ろされる。

 軽傷では済まないであろう重撃。しかし、それは当たればの話だ。

跳躍して難なく回避した夜は、空中で身体を翻し、体勢を整える。

 

凄まじい破砕音と共に、粉塵が巻き起こっている事を視界に収めつつ、足裏に障壁を展開──蹴り出して、そのまま地へと急落下し重力を乗せた一刀で両断。

 

 「二体」

 

 地面に着地と同時、身体を翻して一番近い対象へ接敵。

 攻撃の隙を与えることなく、魔石が埋まった胸部を刺突。

 

 「三体」

 

 横合いから薙ぎの一閃が、夜の胴体を斬り飛ばさんと迫り来る。

 攻撃を仕掛けてきたモンスター目掛けて跳躍し、紙一重で回避。そのまま、すれ違い様に首を跳ねて絶命させる。

 

 「四体──」

『ヴォオオオオオオッッッ!!』

 

 着地と同時。前後左右から同時攻撃が振り下ろされる。

 しかし、夜は焦る事なく、刀を地面に突き刺し、柄を両手で握る。

 

 「【帷雷】」

 

 雷鳴が爆ぜ、無数の雷柱が夜を中心に立ち昇る。

 夜の意思に従って解放された雷光は、瞬く間に近距離に居たミノタウロスを消し炭にした。

 

 「八体」

 

 そうして、次々と淀みなくモンスターを屠っていく。

 知性無きモンスター達は人間のように戦術を駆使しない為、動きが単調で読みやすい。

 更に【決戦演算】によって、夜は戦闘盤面を隈なく把握する事が出来る。故に、自身が有利な、或いは最適な盤面へと動かしながら、夜は確実に敵を切り伏せていった。

 

 時間の経過と共に、群れは確実にその数を減らしていく。

 

 

 

 一方その頃。

 

 フィルヴィスは障壁の内側で、ただ戦いを見つめていた。

 そんな無力な自分に、彼女は拳を強く握りしめる。

 

(どうして……どうして、私は……っ!)

 

 もどかしげに眉を顰め、力任せに障壁を殴る。

 鈍い音が何度も響くが、障壁は微動だにしない。

 

 Lv.3の力を以ってしても、傷一つ付ける事が出来ない。

 

 “お前は何も成し得る事は出来ない”──。

そう告げられているように感じたフィルヴィスは、込み上げてくる苛立ちに体を震わせ、歯を食いしばる。

 

しかし、怒りに身を任せても意味はない。

理性で何とか意識を切り替えた彼女は、荒ぶる心情を落ち着かせる為に、一度深く息を吐き出す。

 そして、ある程度冷静さを取り戻したのち、何とかこの障壁を脱する方法は無いのか、思索に耽る。

 

 「…………【一掃せよ、破邪の聖杖────】」

 

 物理で破壊が困難なのであれば、魔法で破壊する。

 そう思い至ったフィルヴィスは、上級精神力回復薬で回復した精神力を以って詠唱を紡ぐ。

 

 「【────ディオ・テュルソス】ッ!」

 

 そして、彼女が有する超短文詠唱の雷魔法を発動。

 雷撃が障壁に叩きつけられ、凄まじい閃光が奔る。

視界を焼く眩しさにフィルヴィスは思わず目を閉じる。

少しした後、ゆっくりと目を開ける。

 

すると、そこには傷一つない障壁が変わらず佇んでいた。

 

 「くそ……ッ!」

 

 再熱した苛立ちに、彼女は拳を握りしめる。

 物理も魔法も通じない。

 

(何なんだ、この異様な硬さは……ッ!)

 

 焦燥が喉を焼く。

どうすれば……そう思考を巡らせたその時──。

 

 ────タンッ。

 

 頭上から軽快な音が降ってきた。

 見上げれば、そこには障壁の上に立つ夜の姿があった。

 

 

 「────おいッ!」

 

 障壁の上で佇む夜へ、フィルヴィスは声を投げ掛ける。

その声色には苛立ちが滲み、自身をこんな所に閉じ込めた夜への怒気がはっきりと感じ取れた。

 

 「数が一向に減らない……」

 

 しかし、虚しくもフィルヴィスの声が夜に届く事はなく、当の本人は独り言をぼやきつつ、こちらに押し寄せてくる威勢の劣らないミノタウロスの大群へ鋭い眼差しを向けていた。

 

 「おいっ、聞いているのか──」

 「このままでは、無駄に消耗するだけ……」

 

 怒号を上げるフィルヴィスと、思索に耽る夜。

 両者の言葉は交わる事なく、虚しくもすれ違う。

しかし、それも詮無き事だった。

今の夜が直面している状況は、彼が助けに来る前のフィルヴィスが陥っていた状況と全く同じであったからだ。

 

幾ら倒しても減る事のない軍勢。そんな相手を前にして、他人を気に掛ける余裕などあるはずもない。

そして何より、その事を誰よりも理解していたのは、他ならぬフィルヴィス自身だった。

同じ絶望を味わったが故に、夜の苦境が痛いほどわかる。

 

だからこそ、一刻も早くこの障壁を突破し、彼に助太刀しなければならない。

幸か不幸か、先程まで胸を締めつけていた恐怖や絶望は、既に彼女の中から霧散していた。

 

 

 

 しかし、そんな彼女の憂いなど露知らず。

夜は、この異常事態を打開する算段を練っていた。

 

 (倒すそばから新たに生まれる……なら、その大元を断てばいい)

 

 ダンジョンは、モンスターの誕生よりも地形の修復を優先する。

 であれば、修復に手が回らぬ程の損害を与えれば、モンスターを産み落とす余裕も無くなる。

 

 (強力な一撃を以って終わらせる──)

 

 勝利への道筋は導き出せた。

後は、それを実行に移すだけだ。

 

 「待機充填────開始」

 「おいっ、待て──」

 

 そう呟いたのち、フィルヴィスの声に最後まで反応する事もなく、夜は再び戦乱の只中へと身を投じた。

 

 「あぁもうっ、自分勝手な奴め……ッ!」

 

 苛立ちを多分に含んだフィルヴィスの怒声が、遠ざかる夜の背に飛ばされた。

 

 

 刀の鋭い刀閃と大石斧の鈍重な軌跡が、火花を散らしながら絶え間なく入り乱れる。

ミノタウロスの膂力と重力を乗せた必殺の一撃を刃先で受け流し、軌道を逸らす。

その瞬間、夜は踏み込み、刃を閃かせた。

 

 大気と大地を揺るがす衝撃音。巻き起こる粉塵。

銀閃がその霞を裂き、血飛沫と共に空気を斬り裂く。

 間断の無い攻防が数十秒の間、緩まる事なく続いた。

 

 そうして、丁度一分が経過した頃。

 

 「────充填完了」

 

 その一言が、ぽつりと夜の口から零れ落ちた。

 

 『ヴォォオオオオオオオッッ!!』

 

 咆哮と共に振り下ろされたミノタウロスの圧撃。

 夜は身を屈め、全力で跳躍。空中で身を翻しながら、眼下を見下ろす。

 その視界に映るのは、こちらを睨むミノタウロスの軍勢────そして、青白く発光する火の玉。

 

 この一分間、夜は戦闘と同時並行で魔力を練り上げ、それを空中ぶ収束させ、待機充填していた。

 その所業は並の集中力では為す事は出来ない。

 魔力を自身とは離れた場所に収束させるだけでも困難を極める。それを更には威力を増大させる為に圧縮させる作業まで行っていた。

 

 その果てに完成した火の玉は、周囲の空間を歪ませる程の密度を持ち、漏れ出す熱波は空気を焼き焦がしていた。

 

 夜は片手で銃の形を模すように、人差し指と中指を突き出し、燦然と煌めく火の玉へと照準を合わせる。

 

 そして────

 

 「──ジ・エンド」

 

 言葉と同時に、火の玉は射出された。

一直線にミノタウロスの軍勢へと迫り──着弾と同時に爆発。

 

 爆炎が炸裂し、眩い光が階層全体を覆い尽くす。

 怒涛の熱風が奔流となり、解き放たれた業火が瞬く間に大空洞を焼き尽くした。

 ミノタウロスは一匹残らず、魔石すら残さずに灰燼と化す。

迷宮の岩壁は砕け、空気が焦げる。

たった一人の人間により、破壊の限りを尽くされた。

 

 

数十秒後。

濛々と立ち上る蒸気の帳が漸く晴れていく。

 

その中で、フィルヴィスの視界に映ったのは────

荒れ果てた迷宮の光景だった。

 

床も壁も溶け崩れ、天井はひび割れ、そこかしこから熱気が漏れ出す。

 そして、そこには──ひとつとして、魔石の欠片すら残っていなかった。

 

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