自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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 お待たせしました。

 長く書いた割には、自分の理想とする完成とは程遠い……。



 ところで、僕の作品って果たして面白いのだろうか。
 自分で書いていたらわからない……。


21話 産声と理想

 

 場所は16階層。

 

 小人族(パルゥム)の団長、フィン・ディムナを先頭に行軍する【ロキ・ファミリア】の遠征隊、その第一部隊は順当に進行を続けていた。

 

 襲い来るモンスターを屠り、落とした魔石と戦利品(ドロップアイテム)を回収しつつ、15階層から16階層へ続く連絡路を通過して行く。

 

そして、16階層へ足を踏み入れたその直後、階層を揺るがす震動が波打った。

 

 

 「今の揺れは……」

 

 咄嗟に進行を止め、周囲へ警戒を走らせるフィン達一行。

 

 「────なんでゴライアスが生まれ落ちてやがるんだ……」

 

 不意に、狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガが獣耳をピクリと反応させると、唸るように言葉をこぼす。

 

 「ゴライアスだと……?!」

 

 ベートの言葉に一早く反応したのは、【ロキ・ファミリア】の副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 切れ長の目を鋭く細めた彼女は、確認するようにベートへ視線を向ける。

 

 「……ああ、間違いねぇ。あんなクソでけぇ声は、中層(ここ)じゃあ『階層主(ゴライアス)』以外にいねぇからな」

 

 ゴライアスが上げた大声を聞き取ったベートは、そう明言する。

 

 「……しかし、『階層主(ゴライアス)』の次産間隔(インターバル)はまだ一週間以上は猶予があった筈だ。……想定より早く生まれたのだとしても、流石に早すぎる……」

 「んー……。あ、もしかして異常事態(イレギュラー)……?!」

 「その可能性が最も高いわね……」

 

 事前に仕入れた情報と辻褄が合わない事実に不穏な気配を感じ取ったリヴェリアは、思考を巡らせたのち、一つの可能性に行き着く。

 そんな彼女の思考を代弁するように、双子のアマゾネスの妹、ティオナが一つの可能性を口にする。

その言葉に、双子のアマゾネスの姉、ティオネも同意を示す。

 

 「……どうする、フィン」

 

 一間の静寂の後、顎に手を当て考える仕草を取るフィンに、リヴェリアが行動指針を仰ぐ。

 

 このままの速度で進軍するか、或いは『階層主(ゴライアス)』が出現したと思われる17階層に駆け付けるか。

 

 とはいえ、わざわざ進行速度を速めて駆け付けずとも、このまま前進していれば必然的に対峙する事にはなる。

 つまり、遅いか早いかの違いでしかない。されど、その僅かな時間差(タイムラグ)によって無駄な犠牲者を出す可能性は十分考えられた。

 

 冒険者の間では “他派閥への干渉は不可”という暗黙の了解が存在する。

 

 しかし、事態を把握しているにもかかわらず動かないというのは、都市最大派閥としての信頼に要らぬ不信を招く恐れがある。

 

 何より、此度は異常事態(イレギュラー)の可能性が高い。その場合、放置は更なる厄介を招く可能性がある為、早急に事態の鎮静化を図ることが最善の選択だろう。

 

 

 「──行こう」

 

 一通り思案を巡らせた後、疼く親指を一瞥したフィンは顔を上げると、泰然とした面持ちでそう告げた。

 

 団長の決断に異を唱える者は誰もおらず、眦を決した団員達はそれぞれが荷物を持ち直す。

 そして、フィンを先頭に隊を乱す事なく、次層へ向けて一斉に駆け出した────。

 

 

 

 

 「────これは……」

 

 17階層───18階層へ続くその広間に到着したフィン達は、目の前の光景に驚嘆の息を漏らした。

 

 果たして、そこには『階層主(ゴライアス)』の姿が在った。

 全身は裂傷で血に染まり、片目は潰えて血の涙を流し、叫喚で喉を張り裂けながら暴れ回る、満身創痍な『階層主(ゴライアス)』の姿が───。

 

 「どうなってやがる……」

 

 愕然と固まるベートの呟きが、戦場が奏でる音に紛れてポツリとこぼれ落ちる。

 

 

 誰もが予想し得なかった光景がフィン達の目の前では繰り広げられていた。

 

 劣勢に追い込まれた満身創痍のゴライアス。その様相は、ここに至るまでに聴こえた悲愴めいた叫喚と、その壮絶さを物語るように轟く断続的な衝撃音を感じ取っていたことで、フィン達はある程度予想していた。

 

 では、一体何が予想し得なかった光景なのか。

 

 それは、たった二人で『階層主(ゴライアス)』と渡り合っている冒険者の姿。

 

 一人は、一振りの刀を携えて『階層主(ゴライアス)』と近接戦闘を繰り広げるヒューマンの少年。

雷鳴を身に纏い、雷速を以って戦場を駆け回るその少年は、ゴライアスが振るう強大な殴打を避け、振り抜かれる強大な蹴撃を躱し、隙を突いて反撃を繰り出していく。

 生半可な攻撃では傷一つ付けることのできない硬質な肉体を一振りの刀を以って斬り刻んでいた。

 

 もう一人は、短杖を構えて稲光を迸らせるエルフの少女。遠距離から放たれるその雷撃は、的確にゴライアスの意識を逸らし、時には裂傷に炸裂させることで二次激痛を齎していく。

 ゴライアスとの直接交戦を避けつつ、徹底した援護の立ち回りで戦場を駆け回っていた。

 

少年(よる)と少女(フィルヴィス)による以心伝心の快進撃は、着実にゴライアスを追い詰めていた。

 

 

 『階層主』という強大な敵を相手に一歩も退かず、果敢に立ち向かうその勇姿に、その場に居た誰もが縫い付けられたかのように見入られる。

 

 そんな時、ふとフィンの視界が二人の女性冒険者の姿を捉えた。

フィン達に後ろ姿を見せながら遠目で戦いを見守るその二人を見て、この場の状況を知っていると踏んだフィンは、広間で繰り広げられる激戦に視線を向けたまま近づいていく。

 

 

 「──やあ、ちょっといいかい」

 

 なるべく驚かせないように優しく、しかし聞こえるように少し張り上げた声でフィンは呼び掛ける。

 

 突然、真後ろから声を掛けられた二人は、肩をビクンと跳ねさせながら、咄嗟に体を反転させて振り向く。

 

 「───……って、勇者(ブレイバー)……?!」

 「ロ、【ロキ・ファミリア】がどうしてここに……」

 

 フィンを見て驚きの声を上げるダフネと、フィンの後ろに控える【ロキ・ファミリア】の面々を見て身を竦めるカサンドラ。

 

 そんな二人の反応に苦笑しつつ、フィンは簡潔に用件を述べる。

 

 「僕達は遠征中でね。───それより、この状況について教えてもらってもいいかい?」

 

 ダフネ達の後ろ、ゴライアスと夜達の交戦に一瞥をくれつつ、そう尋ねてくるフィンに、ダフネ達もまた夜達に視線を向ける。

そして、逡巡するように夜達を見つめたのち、意を決したダフネはフィンに向き直すと、ここに至るまでの経緯を説明し始めた。

 

 

 

 「───なるほど。突如出現した『階層主(ゴライアス)』、か……」

 

 ダフネから事の経緯を聞き出したフィンは、顎に手を当てて何やら考え出す。

 

 

 「ねえ、ティオネ。あの男の子って……」

 「あの時、私達を追い越して行った子ね」

 

 ティオナとティオネは、ゴライアスと戦っている少年──夜を見つつ、道程のことを思い出す。

 

 ダンジョンを進軍する中、凄まじい速度で自分達を追い越して行った夜のことを【ロキ・ファミリア】一行は覚えていた。

 その為、彼らはアマゾネス姉妹の会話に、あの時の少年か、とそれぞれが納得の表情を見せる。

 

 「……5階層でも、会ったよ……」

 

 そんな中、新たな事実が投じられた。

 

 「え……? そうだっけ……?」

 「うん。間違いない」

 「そういえば……確かにすれ違ったわね」

 

 アイズの言葉に疑問符を浮かべるティオナだが、アイズは確信を得るように断言する。

 ティオネもまた、思い出したようにアイズの言葉に同意する。

 

 「……それにしても、よく覚えていたわね」

 「そうだよねえー。アイズって他人にはあまり興味ない感じだしね」

 「それは……気になった、から……」

 「え……?!」

 「……あら」

 

 普段、あまり他人と関わる姿を見せないアイズの“気になった”発言に、ティオナは目を見開いて驚きの声を上げ、ティオネはアイズの珍しい様子に瞠目する。

 

 また、彼女達の会話を聞いていた【ロキ・ファミリア】一行もアイズの発言に驚きの声を上げる。

 彼らは先程とは一転して、興味の矛先を夜達からアイズへと変更する。

 

 その場は一気に騒然な雰囲気へと変貌すると、黄色い歓声や暗く沈んだ声で満たされていく。

 ある者は恋の予感に花を咲かせ、ある者は恋の終息に花を枯らせ──各々が思い思いに言葉を交わす中。

 

 「──ちっ、しょうもねぇ話で盛り上がってんじゃねぇよ」

 

 ベートが苛立たし気に言葉を吐き捨てる。

先程まで盛り上がっていた者達は咄嗟に口を閉じてしまう。自分達よりもレベルの高い、尚且つ【ロキ・ファミリア】の幹部であるベートの発言に、彼らは気まずそうに目を逸らした。

 

 「なにさ。ベートは気にならないのー?」

 「やめてあげなさい。嫉妬しているんでしょ」

 「えー! そうなの、ベート?」

 

 場が静まり返る中、アマゾネス姉妹は変わらずに会話を続ける。

 二人はベートとレベルも立ち位置も同じである為、ベートに対しても臆す事なく物を言えるのだ。

 

 「あァ?! そんなわけねぇだろうが! 適当なこと言ってんじゃねえ!」

 「適当も何も、事実でしょ?」

 「ベート、あやしいー」

 

 アマゾネス姉妹のからかい言葉に激昂するベートは、苛立たし気に指の骨を鳴らすと二人を睨み付ける。

 

 「……上等だ。そんなに死にたきゃ今ここで殺してやる」

 「へー、面白いことを言うじゃない……」

 「ベート一人で、あたしたちを相手にできるのー?」

 

 アマゾネス姉妹とベートの間に、不穏な空気が流れる。

 殺伐とした空気の中、互いに構えを取って睨み合う。

 

 「おい、今は身内で争っている場合では────」

 

 ベート達の諍いは何時ものことである。だが、現在位置はダンジョン。仲間内で言い争っている場合ではない。

 

 リヴェリアが三人を止めようと口を開いたその時。

 

 突如として轟いた叫喚によって、リヴェリアは思わず言葉を途切れさせた。

 

 思考に耽っていたフィンもまた、弾かれるように現実へと意識を戻す。

 

 

 その場に居た者達が一斉に音源へ視線を向ける。

 

そこには────片腕を失い、切断面から血を噴き流しながら絶叫するゴライアスの姿が在った。

 

 

 

 

 (……これで攻撃手段を一つ減らせた)

 

 ゴライアスの意識がフィルヴィスへと逸れた時機(タイミング)を見計らい、夜は一刀両断による一撃必殺を以ってゴライアスの右腕を斬り落とした。

 

 鮮血を噴き出す切断面を押さえ込み、叫喚を上げるゴライアスを見つめつつ、夜は冷静に戦況を分析していた。

 

 ゴライアスの攻撃手段は、主に両拳による殴打、両脚による蹴撃及び踏撃と比較的予測しやすいものだった。

 そして、夜はたった今、その内の一つを封じることに成功した。

 

 これによって、ゴライアスは更に劣勢を強いられ、夜達は立ち回りやすくなった。

 

しかし、相手は『階層主』だ。いくら攻撃手段を一つ封じたと言っても油断していい敵ではない。

何より、窮地でこそ生物はその生存本能を発揮させる。

 

(……今のうちにけりを付ける……!)

 

 追い詰められた敵を長々と相手取れば、焦りや死に物狂いの反撃を誘発し、結果としてこちらが不利に転じる可能性がある。

 つまり、形勢がこちらに傾いた“今”が最大の好機である。

 切断された右腕の痛みに身悶えしているゴライアスを見てそう判断した夜は、ゴライアスから離れた位置取りで構えを取ると、決着の一撃を放つ為に魔力を高める。

 

 『───ウォオオオオオオオオオッッッッッ!!!!』

 

 その瞬間、耳を聾さんばかりの『咆哮(ハウル)』が階層域を震撼させた。

 

衝撃波を伴う程のその轟音は、広間を揺るがし天井より岩片の雨を降らす。

その場に居た者達は襲い来る衝撃に備える為、咄嗟に両腕を構えて身を固める。

 

 全身をビリビリと粟立たせるその砲声は、踏ん張りが弱ければ容易に吹き飛ばしてしまう程だ。

 

 衝撃を纏いし『咆哮(ハウル)』が夜に到達した時───。

 

 【発動】───【比翼抱慕】

 

 状態異常を無効化するスキルが感応した。

 

 (は……?)

 

 突如とした発動したスキル効果に夜の思考が一瞬白く染まる。

 ここまでの戦闘中にゴライアスは幾度も咆哮を上げてきたが、一度も発動する事はなかった。

 それが今、確かに発動したのだ。

 

 

 (まさか、『強制停止(スタン)』を獲得したのか……!)

 

 即座に思考を再起動した夜は、この土壇場で覚醒したと判断を下す。

 両腕による防衛態勢から一転して、臨戦態勢へと移行した夜がその視界にゴライアスの姿を収めた時────目を疑う光景が起こった。

 

 斬り飛ばされた右腕の切断面から蒸気を発したかと思えば、断裂部位から骨格が再構成されていき、蠢く筋繊維が構成された骨と絡み合うように連動しながら失った右腕を形成していく。

 

 同時に、ゴライアスの風貌にも変化が生じていく。

 髪は黒髪から白髪へ、肌は褐色肌から黒肌へと変色していき、肉体が音を軋ませながら膨張していく。

 

 「…………漆黒の、ゴライアス────」

 

 変貌を遂げた、されど既視感のある漆黒のゴライアスの姿を目にした夜が咄嗟に形容する言葉を口にした、その刹那。

 

『ウォォォォォオオオ────ッッッ!!!』

 

 耳を劈く砲声が再び轟き渡ると同時、両腕を大きく振り上げた漆黒のゴライアスは、そのまま重力を乗せて地面へ振り落とす。

 

 瞬間、巨大な拳が地面を叩き割り、轟然たる破砕音が広間を揺るがす。

 砕けた地面が幾多の岩塊へと散り割れ、衝撃に従って周囲へ散開する。

 

 「ぐあ───ッ!!」

 

 その時、飛来する岩塊に備えようとしていた夜の鼓膜に苦悶の声が木霊する。

 咄嗟にそちらへ視線を向ければ、宙へ身を投げ出された、頭から血を流すフィルヴィスの姿を夜の視界が捉えた。

 

 「フィルヴィスッッ!!」

 

 【神速】。

 

 【起動】───【比翼抱慕】。

 

 その瞬間、自身の敏捷能力を引き上げる魔法とスキルを発動した夜は、その場から一気に駆け出す。

 

 視界を埋め尽くす岩塊を視認した夜は、飛来する数多の岩塊へ向かって跳躍する。

 宙を舞い散る岩塊を踏み継ぎながら、フィルヴィスに向かって一直線に疾駆する。

 

 跳躍と着地を幾度と繰り返し、時に飛び迫る岩塊を避けながら突き進む夜の視界の端で、突如として巨大な影が蠢いた。

 

 咄嗟にそちらへ視線を向ければ、漆黒のゴライアスが巨腕を後ろへ振りかぶり、殴る予備動作を取っていた。

 

その照準は────宙を舞うフィルヴィスへと向けられている。

 

 「くそがッ──!!」

 

 漆黒のゴライアスの狙いを理解した夜は吐き捨てるように罵声を口にしながら、更に加速し駆け抜けていく。

 

 そして、漆黒のゴライアスがその巨腕をフィルヴィスへ目掛けて振り抜くと同時、フィルヴィスの元に辿り着いた夜は迫る巨拳を見て回避は不可能だと即座に判断を下す。

 

 ──【魔力障壁】ッッ!!

 

 瞬時に、自身とフィルヴィスを包むように半透明な球状の障壁を展開した夜は、フィルヴィスを抱き寄せて身構える。

 

 大気を震撼させる巨拳が【魔力障壁】に衝突した瞬間、パリンッと砕ける音と共にいとも容易く破砕された。

 

 「──────」

 

 その事実に夜は驚愕するも、次の瞬間、漆黒のゴライアスの巨拳が夜を捉えた。

 

 「がッッ────」

 

 メリメリッと軋む音が夜の体内で反響し、その重圧的な衝撃に脳が振盪して意識が揺らぐ。

 

 次いで、ゴリゴリっと砕ける音が夜の体内で反響すると、そのまま夜の体はフィルヴィスを連れて、広間の入り口近くまで吹き飛んだ。

 

 「ごはっ──!」

 

 岩壁に激突した夜は、庇ったフィルヴィスを抱きしめたまま重力に従って落下した。

 

 

 

 

 「……な、なに……あれ……」

 

漆黒のゴライアスを見つめるカサンドラは、顔面を蒼白させて、震える唇から零れるように言葉を落とす。

 

 『予知夢』では暗示されなかった現実に、先程受けた『咆哮(ハウル)』で体を硬直させたまま、恐怖に支配された体を震わせる。

 

 

 

 

 「総員、戦闘準備ッ!! リヴェリアは彼らの回復を!」

 「了解した!」

 

 フィンの号令の下、各団員が即座に行動に移る。

 

 それぞれが自分の武器を閃かせて、漆黒のゴライアスへと向ける。

 何時でも戦闘を開始できる態勢を整えた団員達は、即座に行動へ移れるようフィンの合図に耳を澄ませる。

 

 「────…………?」

 

 しかし、彼らの戦意に反して、漆黒のゴライアスは一向に動く気配を見せない。

 

何が起きているのかわからない【ロキ・ファミリア】一行は、それぞれ顔を見合わせて疑問符を頭に浮かべる。

 

 皆が団長且つ指揮官であるフィンに視線を向ければ、彼自身もこの状況を把握し切れていないのか目を細めながら漆黒のゴライアスを見据えている。

 

 

 時間が経てども、漆黒のゴライアスは動かない。

 まるで、お前達に用はないとでも言うように、静かに佇んでいる。

 赤く光る双眼は、ただじっと彼らの背後、緩慢な動作で立ち上がる夜だけを捉えていた。

 

 

 *

 

 漆黒のゴライアスから受けた強打によって頭から血を流す夜は、意識が混濁する中、自身の腕の中に居るフィルヴィスに視線を落とす。

 

 夜と同様に頭から血を流し、体には幾つかの傷を負っている。しかし、夜が庇ったおかげで夜ほど重傷ではない。

瞼は閉じられて気を失っているものの、胸は上下に動いてしっかりと息をしている。

 

 (よかっ、た……)

 

 フィルヴィスが生きていることに安堵の息を吐いた夜は、上体を起こす為に体を動かす。途端、痛みが全身に迸り、痛苦で表情を歪める。

それでも何とか上体を起こした夜は、彼女を地面へそっと寝かせると、徐に手を翳す。

 

 ──【治癒(ヒール)】。

 

 淡い暖光がフィルヴィスを包み込むと、魔力の粒子が彼女の傷へと注がれていく。

 瞬く間にフィルヴィスの傷は癒えると、先程までの不規則な呼吸とは一転し、穏やかで規則正しい呼吸へと落ち着いた。

 

 

 ──【治癒(ヒール)】。

 

 今度は自分自身に治癒魔法を施す。

 損傷(ダメージ)具合はフィルヴィスの比ではなく、全身の骨は砕け折れ、直撃を受けた皮膚は赤紫に腫れ上がっている。

 【魔力障壁】による威力低下が為されなければ、更に被害を受けていた可能性がある。意識を保っていられたのも咄嗟に発動した結界魔法のおかげだろう。

 

 「──君は、無詠唱で回復魔法が使えるのか……」

 

 治癒魔法で肉体の損傷を治していく夜に、駆け付けたリヴェリアが驚愕しながら言葉を掛ける。

 リヴェリアを一瞥した夜は、一拍置いて「ああ」と短く返答すると、視線を切って再び治療へ専念する。

 

 夜は、治療系統魔法を“治癒魔法”と“回復魔法”の二つに大別していた。

 

 治癒魔法は、肉体の損傷を治す魔法。

 主な効果は、傷口・骨折・内臓損傷の修復、細胞・組織の再生である。

 

 回復魔法は、状態を元に戻す魔法。

 主な効果は、治癒魔法の効果に加えて、体力・疲労の回復、状態異常及び呪詛の解除である。

 

 夜の治癒魔法は、損傷した肉体の治療に特化した魔法であり、その一点においては、都市最高の治療師(ヒーラー)にも負けないと夜は自負している。

 しかし、汎用性に関しては、彼女達が使用する回復魔法には遠く及ばないと考えている。

 

 詰まる所、夜の魔法は正確には回復魔法ではないのだが、わざわざその事を懇切丁寧に教える義理もないと思った夜は、リヴェリアの問いに対して訂正することはしなかった。

 

 (それはともかくとして……火急の事とはいえ、無詠唱で魔法を行使するところを見られたのは失態だな……)

 

 無詠唱で魔法を行使できることは、可能であれば隠し通したいと夜は考えていた。

恐らく、この世界に無詠唱で魔法を発動できる人間は夜だけだろう。その為、知られてしまえば厄介事に巻き込まれる。そのことは目に見えていた。

 

 しかし、見られた以上は隠し通すことは不可能だ。リヴェリアが相手では、口止めの交渉は難しいし、今はそんなことしている暇はない。

もとより、これから戦う相手に詠唱している余裕はない為、彼女達が観客として居座るのであれば、今知られたところで遅いか早いかの差でしかない。

 

 そう結論付けた夜は、そこで思考を終えると、ゆっくりと立ち上がる。完治には至っていないが、戦闘に支障が出ない程度には治癒できた。

 

 「おい、無理をするな。いくら回復魔法で傷を塞いだと言っても、失った血までは戻ってはいないだろう」

 

 立ち上がった夜に、リヴェリアは安静にしているよう告げる。

 しかし、彼女の言葉に聞く耳を持たない夜は、「問題ない」とだけ返すと、そのままリヴェリアの横を通り過ぎようとする。

 

だが、すれ違う直前。

 

 「待て」

 

 リヴェリアに腕を掴まれたことで、夜は歩みを止めた。

 振り返れば、彼女の綺麗な翡翠色の瞳と、夜の漆黒の瞳が交差する。

 

 少しの間の後、リヴェリアは凛とした声で夜に問い詰める。

 

 「何をするつもりだ」

 

 その声音には、有無を言わさぬ圧が込められており、夜の腕を掴む手の力も幾分か強まる。

 

 リヴェリアと向かい合う夜は、暫く彼女と見つめ合った後、身を翻すと、夜だけを見据ええる漆黒のゴライアスに鋭い視線を飛ばしながら、毅然とした態度で宣言した。

 

 「────アイツを倒す」

 

 あまり大きくはない声量。しかし、不思議と耳に届くその力強い言葉に、この場に居る者達は一斉に夜へ視線を向ける。

 唖然とした様子で夜を見る彼女達は、その突拍子もない発言に驚いたのち、誰もが無理だと思った。

 

 仮に、相手が通常の『階層主(ゴライアス)』なら夜であれば倒せるだろう。それは、先程の戦いを見ていた者達全員の共通認識だった。

 

 しかし、敵はただのモンスターではない。いや、ただのモンスターではなくなった。

 原理は不明、条件も不明、切欠も不明。

 一切が不明瞭な敵。しかし、その脅威度は通常個体とは比較にならない程に高い。そうフィン達は判断した。

 

 故に、夜では敵わないと思った。

 先程、たったの一撃で意識を飛ばし掛けた夜では、決して勝つことはできないと誰もが結論付けた。

 

 「……残念だが、君ではあの怪物は倒せないだろう。あれはどう見ても通常の『階層主』ではない。万全ではない君では猶のこと……ただ無駄死にしてしまうだけだ」

 

 それは諭すように、しかし現実を突きつけるように冷たく、されど優しく言い放つ。

 

 夜の気概は、リヴェリアからしても好感を持てる所であった。

 自身よりも強大な敵に立ち向かおうとする志を持つ者は、滅多に居ない。

 

 長年冒険者を生業としてきたリヴェリアだからこそ、夜をここで死なせたくはないと思った。

 

 

 だが、極めて不合理な現実に直面しても猶、立ち止まらないのが────否、立ち止まらないと心に決めたのが夜という男だった。

 

 

 「ここは大人しく我々に任せておけ」

 

 ──君はもう十分に頑張った。

 そうリヴェリアは夜に伝えた。

 

 

 だが、その提案を受け入れることだけは、夜にはできなかった。

 規則正しく呼吸を刻む彼女の気配を背後に感じながら、夜は敢然と言い放つ。

 

 「悪いが、それはできない」

 「なっ……?!」

 

 夜の拒否に唖然とするリヴェリアと、その他一同。

 そんな彼女らを横目に、夜は言葉を続ける。

 

「相手が俺より強いのはわかってる。それでも、この戦いだけは譲れない」

 「なぜだ?! 今ここで、君が無謀にも命を懸ける理由がどこにある?!」

 

 リヴェリアの言い分は尤もだ。その場に居る全員がそう思った。

 彼我の実力差が明白なこの戦いに挑む行為は、勇気ある行動ではなく蛮勇の沙汰だ。

 己の力量に見合わない挑戦は、己の身を亡ぼすだけで何も得ることはできない。

 

 夜一人で漆黒のゴライアスと戦うのは無茶であり、ただただ無惨に命を散らすだけの無駄であり、その愚行なる選択は無謀である。

 

 故に、今ここで未来ある若人(よる)が命を懸けるのは何の意味もない。ここは、力ある者に任せて、今は諦めるべきだ。

 

 その満場一致の意見は、至極真っ当な考えだろう。

 相手がただの冒険者であれば────。

 

 

 「理由なら、あるだろ……」

 

 俯く夜は、握り締める拳に力を込める。

 溢れ出る思いを噛み締めるように、己の胸に問いかけるように。

 

 フィルヴィスを助けると誓った、あの時を想起して──。

 

 「護りたい女(フィルヴィス)を傷つけられて、黙ってる男がどこにいるんだよ──ッッ!!」

 

 『──────!』

 

 夜の雄叫びが、広間に木霊する。

 心の底から吐き出されたその慟哭に、その場の全員が唖然とした様子で瞠目する。

 

 夜は一人の冒険者として漆黒のゴライアスに挑もうとしていたのではない。

 

 夜の胸の内で沸き立つのは、フィルヴィスを傷付けられたことへの怒り。そして何より、彼女を護ると誓ったにもかかわらず、その誓いを果たすことのできない不甲斐ない己自身に対する怒り。

 

 

 リヴェリアの手を振り解いた夜は、敢然とした態度で足を踏み出す。

 

 「──────」

 

遠ざかる夜の背を見つめるリヴェリアは、茫然とその場に立ち尽くす。

 

 

 周囲の様子を一切気にすることなく、己の身を焦がす程の憤怒の炎をその身に燃え滾らせていく。

 

 ──【神速】。

 

 バチバチッ、と夜の思いに呼応するように、全身に稲光が迸る。

 

 「もう二度と、失うわけにはいかないんだ……」

 

 

 漆黒のゴライアスの脅威度を夜は知っている。

 推定能力値はLv.5以上。明らかな格上であり、Lv.1が一人で相手にしていい存在ではない。

 

通常個体ですらフィルヴィスが居たからこそ優勢を保つ事ができた。もしも単独で挑んでいた場合、戦況は真逆だったかもしれない。

 

 先程までの戦いは、間違いなくすべてが上手く嚙み合った結果に過ぎない。

 

 今度もまた、同じ結果を得られる保証はない。

 だけど、立ち止まる事だけはできない。

 

 

 【起動】──【比翼抱慕】

 

 

 大切な人を失う悲しみを知った。

 

 己の無力さを思い知った。

 

 不条理に満ちたこの世界で、弱さに甘んじることなど赦されない。

 

 大切な人達を護るために────。

 

 

 「俺はな……強くなんなきゃいけないんだよ」

 

 

 強者(ロキ・ファミリア)を追い越し、弱者(よる)は前へ躍り出る。

 

 対峙する漆黒のゴライアスは、こちらを圧倒する威容を放ちながら獰猛な笑みを浮かべる。

 

 ──待ち侘びたぞ。

 そう言葉を告げるように、溢れ出る殺気をその巨体から解き放つ。

 

 ビリビリッ。

 身を焦がす程のその殺気に当てられながらも、夜は毅然とした態度で、その双眸に力強い意志を宿して漆黒のゴライアスを睨み付ける。

 

 赤い双眼と漆黒の瞳が交差する。

 

 やがて、両者が互いに構えと取ると──。

 

 「──勝負だ」

 『ウォオオオオオオ───ッッ!!!!』

 

 第二回戦の幕が上がった────。

 

 

 

 

 轟然たる衝撃音が地を砕き、岩石と砂塵を撒き散らす。

 

 『オォォオオオオオオッッ!!』

 「ちっ──!」

 

 漆黒のゴライアスが巨大な拳を夜へ目掛けて叩きつける。

 魔法とスキルで限界以上に強化した敏捷値を活かして、夜は何とか回避行動を取る。

 

 

漆黒のゴライアスの猛攻は、通常個体とは比較にならない程の強化を遂げていた。

 一つ一つの挙動(モーション)は格段に速度を増しており、攻撃力は飛躍的に向上している。

 

 戦闘が開始してから今に至るまで、夜は漆黒のゴライアスの間合いに詰め寄る事ができないでいた。

 

 (やはり、単独では近寄るのが格段に難しくなる……!)

 

 通常のゴライアスとの戦闘時は、フィルヴィスが時折意識を逸らしてくれた事で間合いを詰めて攻撃を行えていた。

 しかし、今は単独で挑んでいる上に、相手は強化されている。

 

 間合いを詰めるのは、容易ではなかった。

 

 

 『ウォオオオオオオッッ!』

 

 一度落ち着く為に距離を取った夜に向かって、漆黒のゴライアスは巨体を弾丸と化して突撃する。

 

 一気に間合いを詰めた漆黒のゴライアスは、巨脚を後ろに振りかぶり、蹴撃を仕掛ける。

 

 「────」

 

 瞬時に岩壁に飛び退き回避した夜は、そのまま壁を伝って上方へ駆け抜け、蹴立てる。

 雷速を以って漆黒のゴライアスの顔面へ肉薄した夜は、眼球目掛けて刺突を放つ。

 

 空中を駆け抜ける夜に向かって、下方から巨拳が上り迫る。

 

 「ちっ──!」

 

 咄嗟に前方に障壁を展開し、身を翻して蹴立てる事でぎりぎり回避に成功する。

 

 岩壁へ着地した夜に再び巨拳が急襲するが、跳躍して上方へ回避。漆黒のゴライアスの頭上に躍り出た夜は、身を翻して足裏を天井へ上げる。

 

 巨拳を岩壁に叩きつけた漆黒のゴライアスは、すぐさま視線を真上へ向ける。

 

 「【閃光】」

 

 瞬間、眩い光に視界を埋め尽くされた漆黒のゴライアスは、咄嗟に眼前へ手を翳す。

 足裏に障壁を展開した夜は、そのまま勢いよく蹴立てて漆黒のゴライアスへ急降下し、魔力で強化した刀を以って丸太の如き手首に斬りかかる。

 

 「やはり、届かないか……!」

 

 装甲の如き硬質な肉体によって刃は弾かれ、金属質な響きが反響する。

 

 漆黒のゴライアスは、虫を振り払うように腕を振る。

 咄嗟に後方へ回避した夜は、地面に着地すると同時に地を蹴り駆け出す。

 

 先程の【閃光】によって漆黒のゴライアスの視界は封じられた。

 仕掛けるのであれば今のうち。そう判断した夜は、漆黒のゴライアスへと肉薄する。

 

 『ウォオオオオオオッッ!!!』

 

 視覚を失った漆黒のゴライアスは、その怒りを体現するように地団駄の如く地面を不規則に踏み鳴らす。

 

 踏み付けられた地面は悉く砕け散り、岩塊と砂塵を散開させる。

 

 飛来する岩塊を足場として縫うように駆け抜ける夜は、『自己再生』を有する漆黒のゴライアスに損傷を与える為の魔法を紡ぐ。

 

 「【アガリス・アルヴェシンス】」

 

 夜の持つ刀に紅い炎が迸る。

 

 「【花開け(アルガ)】」

 

 飛来する幾多の岩塊を飛び蹴りながら、一直線に漆黒のゴライアスへ迫る。

 

 「【花開け(アルガ)】」

 

 刀へ纏う炎の出力を上げていく。

 

 「【花開け(アルガ)】」

 

 漆黒のゴライアスの肉体は凄まじい防御力を誇る上に、生半可な攻撃ではすぐさま再生されてしまう。

 

 故に、再生を阻害させる程に焼き斬る為に更に火力を上げていく夜は、加えて、膨大に膨れ上がった炎を刀へ圧縮していき、熱エネルギーを増幅させていく。

 

 漸く漆黒のゴライアスの腹上まで辿り着いた夜は、漆黒のゴライアスの腹部へ着地と同時に一気に駆け上がる。

 

 夜の存在に気付いた漆黒のゴライアスは、叩き落とそうと掌を自身の腹へ叩き付けるが夜の速度には追い付かない。

 

 漆黒のゴライアスの顔面付近まで到達した夜は、瞼を閉じた片眼へ駆け抜けながら振り抜いた。

 

 『ガァアアアアアアッッッ!!!!!!』

 

 痛苦に唸る漆黒のゴライアスの叫喚が広間に轟く。

 

 (通じた……!)

 

 漆黒のゴライアスの頭上まで躍り出た夜は、燃え盛る漆黒のゴライアスの片眼を見て確信を得る。

 

 片眼を焼き斬られた漆黒のゴライアスは、焼き爛れる眼球を両手で押さえ付けながら身悶える。

 

 空中で身を翻した夜は、紅蓮に煌めく刀を構えると、漆黒のゴライアスへと斬りかかる。

 黒い肌に紅い軌閃が迸り、忽ち炎舞の如き流麗な線を描いていった──。

 

 

 *

 

 

 「……すごい」

 「そうね。……まさか本当に一人でここまで渡り合えるなんて……」

 

 ティオナの呟きに、ティオネが同意する。

 他の者達も同じく、夜が繰り広げる戦いに感嘆の息を漏らす。

 

 「あの炎の付与魔法は……」

 「ああ、【紅の正火(スカーレット・ハーネル)】と同じ魔法だろうね。聴こえた詠唱も全く同じだった」

 「……つまり、あの少年はレフィーヤと同じく他者の魔法を行使できるということか」

 「そう考えるのが妥当だろう。……ただ、あの子は召喚魔法の詠唱らしきものは紡いでいなかった」

 「……もしかして、召喚魔法ではなく、スキルの類か……?」

 「僕もそこまではわからない。魔法に関しては君の方が詳しいだろう?」

 「……フィンの言う通り、あの少年が召喚魔法を使用したようには見えなかった。ということは、他者の魔法を模倣できるスキルを所持していると考えるのが自然だろう。……ただ、あの少年は回復魔法を無詠唱で発動していた。もしかしたら、召喚魔法も同様に無詠唱で発動したのかもしれない」

 「……それは、本当かい?」

 「ああ。この目で見たから間違いない」

「……んー、だとしたら、あの子は僕達の思っている以上かもしれないね」

「私もそう思う。……それと、おそらくだが魔法効果を増幅するスキルも所持しているだろう」

 「……なるほど。確かに、単なる付与魔法ではあの黒いゴライアスの体に傷を付けるのは難しいか……」

 「ああ。といっても、すべて憶測にすぎんがな……」

 

 リヴェリアの言葉に「そうだね」と返事をしたフィンは、目の前の戦いに意識を向ける。

 

 夜の素性をフィンは知らない。ダフネ達も彼の事を知らない様子であった為、直接本人に聞く他ないだろう。

 

 (Lv.4は確実……。もしかしたらLv.5の可能性もある)

 

 フィンが知らないということは、間違いなく外から来た恩恵所持者だろう。しかし、外にはダンジョンがない為、器の昇華(ランクアップ)は至難の業だ。

 その上でこれほどの強さということは、相応の経験を積んできたということ。

 

 (彼とは一度、話し合いの席を設けた方がいいだろうね)

 

 夜の力を借りることができれば、自身が掲げる目標に一歩近づくことができる。

 夜を見つめるその双眸には、打算の色が見え隠れしていた。

 

 そんなフィンの様子に、リヴェリアは呆れていると。

 

 「──ツクヨミ……!」

 

 悲愴めいた嘆声が聞こえ、咄嗟に後ろへ振り返ると、鮮血で汚した白装束に身を包む同胞(エルフ)が血相を変えながら、慌てた様相で【ロキ・ファミリア】の団員達の間を縫いながら前に躍り出て来た。

 

 「待ちやがれ」

 「────!」

 

 そのまま戦線へ突き進もうとしていたところで、ベートが前に立ち塞がった。

 

 「……なんだ、お前は。私の邪魔をするな……!」

 「待てっつってんだろうが」

 

 立ち塞がるベートを避けるように、フィルヴィスは横を通り抜けようとするが、またしてもベートが立ち塞がった。

 

 「っ……そこをどけ……!」

 「─────」

 

 苛立つフィルヴィスは腰に据えた短剣を抜き放つと、邪魔をするベートに斬りかかる。

 しかし、レベル差は明白な為、容易に防がれる。

 

「──あァ? てめぇ何のつもりだ」

 「……それはこちらの台詞だ! なぜ私の邪魔をする……!」

 「てめぇが参戦したところで、あのガキの足を引っ張るだけだろうが」

 「私はツクヨミのパーティメンバーだ! 助けに向かうのは当たり前だろう!」

 「だから何だ。あのガキを一人置いて気絶してたてめぇに、今さらいったい何ができるってんだぁ?」

 「っ…………」

 「てめぇは黙って見学でもしとけ」

 

 ベートの言葉を聞いたフィルヴィスは、己の不甲斐なさに表情を歪めるが、それでも夜を手助けする為に引こうとはしない。

 

 互いに睨み合い、剣呑な空気が漂う中。

 

 「落ち着け、お前達」

 

 リヴェリアが両者の間に割って入った。

 

 「ベート、お前は言い方というものがあるだろう」

 「あぁ? この雑魚エルフが単に聞き分けねぇだけだ」

 「なんだと……!」

 「これ以上ややこしくするな……!」

 

 リヴェリアの注意に対し、ベートは何食わぬ顔でフィルヴィスを煽る言葉を吐く。

 ベートの言葉に更に激昂するフィルヴィスが突っかかろうとするのをリヴェリアが止める。

 

 ベートは「ちっ」と舌打ちをすると、踵を返してその場から離れていく。

 その姿を見届けたリヴェリアは溜息を吐くと、改めてフィルヴィスと向かい合う。

 

 「うちの者がすまないな」

 「いえ……それでは──」

 「待ってくれ」

 「……! どうして、リヴェリア様まで私を止めるのですか……!」

 

 エルフの王族であるリヴェリアに肩身を狭くするフィルヴィスは、そそくさとリヴェリアの横を通り過ぎようとするが、今度はリヴェリアに止められる。

 

 リヴェリアは自身が敬意を表するべき相手ではあるが、今はそこまで気を回す余裕はない。

 フィルヴィスはその表情に焦燥の色を滲ませながら、リヴェリアに問い質す。

 

 フィルヴィスの言葉に逡巡したのち、意を決したリヴェリアは口を開く。

 

 「……お前があの戦いに加わったとして、できることは何だ?」

 「それは……魔法で援護することなら、できます……」

 

 リヴェリアは柔らかい声音でフィルヴィスに問う。

 その問いかけに対し、フィルヴィスは自信無さげに返答する。

 

 「精神力(マインド)は十分にあるのか? お前の魔法はあの怪物に通用するのか?」

 「それ、は…………」

 「見たらわかるだろうが、あのゴライアスは通常個体とは違う。明らかに変異個体であり、強化種だろう。そんな奴を相手に、お前はあの少年の助けになれるのか?」

 「………………」

 

 リヴェリアの言葉に、フィルヴィスは何も言えない。

 先程の戦いで精神力はほとんど使い切ってしまっている。

体調も万全ではない上に、敵は更に強くなってしまった。

今、戦闘に加わったところで足を引っ張ってしまうのは目に見えている。

 

 だが……それでも、助けられてばかりでは嫌だと、フィルヴィスの心が叫ぶ。

 漸く出会えた理解者を失いたくはないと、みっともなく嘆くのだ。

 

 「……酷なことを言っているのはわかっている。だが、お前のその行動があの少年の為であるならば、なおさらここで大人しくしておくべきだ」

 「……それは、どういう意味ですか……?」

 

 リヴェリアの言葉に、フィルヴィスは眉を顰める。

 冷静を欠いた頭で必死に考えを巡らせたフィルヴィスは、自分が参戦すれば足を引っ張って結果的に夜に迷惑をかけてしまう。だから、ここで大人しくしておくべき。とリヴェリアの言葉を解釈した。

 しかし、次に発せられたリヴェリアの言葉でその思考は一気に吹き飛んだ。

 

 

 「あの少年は──お前のために戦っている」

 「────え」

 「お前を護るという誓いを果たすために戦っている」

 「─────」

 「お前のためだけに、あの少年は命を懸けているんだ」

 

 

 リヴェリアの言葉に、フィルヴィスの頭は真っ白になった。

 先程まで考えていたこと全てが消えて、思考が回らない。

 時間が引き延ばされたかのように緩慢とする中、リヴェリアが発した言葉だけが頭の中で永遠と反芻する。

 

 ────夜は、フィルヴィスの為だけに命を懸けて戦っている。そうリヴェリアは言った。

 

 意味が、わからない……。

 

 ────夜は、フィルヴィスを護るという誓いを果たす為に戦っている。そうリヴェリアは言った。

 

 そんな誓い、私は知らない……。

 

 

 「……なん、で……っ」

 

 わからない。

 フィルヴィスには、夜の考えが何一つとしてわからない。

 

 自分の為にそこまでする理由が、フィルヴィスにはわからなかった。

 

 初対面なのにもかかわらず、夜はフィルヴィスのことを一方的に知っていた。

 その事実に、当初のフィルヴィスは恐怖を感じた。

 それもそうだろう。一切の素性を知らない男が一方的に自分のことを知っているなど、恐怖以外の感情を抱きようがない。

 

 しかし、自分のことを知っているのなら助ける理由などない。そう思った矢先、夜はフィルヴィスにこう言い放った。

 

 『俺は貴女を拒絶する気はないぞ』

 

 意味がわからなかった。

 自分の素性を知って猶、なぜ拒絶しないのか。

 

 理解、できなかった。

 醜い怪物と化した自分に──どうしてそこまで優しい目を向けるのか。

 

 

 わからない。

 こちらが拒絶の態度を見せても、気にせず関わってくるあの男が。

 

 わからない。

 こちらのことなどお構いなしに、ずかずかと土足で踏み込んでくるあの男が。

 

 わからない。

 どうしてこんなにも、心が温かいのか────。

 

 

 「お前は……あの少年に愛されているのだな」

 「────へ……?」

 

 ふと、耳に届いた馴染みのない言葉に、フィルヴィスは思わず顔を上げる。

 

 まるで親が子を見守るように、温かい目でリヴェリアはフィルヴィスを見ていた。

 

 その温かい眼差しを受けて固まったフィルヴィスの頭に、リヴェリアの言葉が反芻する。

 

 ──お前は……あの少年に愛されているのだな。

 

 ──あの少年に愛されているのだな。

 

 ──愛されているのだな。

 

 瞬間、羞恥の熱が首筋から頭頂まで一気に広がり、茹だったような紅を差す。

 

 恥ずかしさと、妙な嬉しさが胸の内から込み上げてくるのを感じながら、フィルヴィスは狼狽えつつも口を開く。

 

 「な、何を言って────」

 

 『──ウォオオオオオオッッッッ!!!!!』

 

 瞬間、広間に絶望を告げる砲声が響き渡る。

 フィルヴィスの声を掻き消し、肌を粟立たせる程の『咆哮(ハウル)』に、その場に居る全員が一斉に視線を向ければ────。

 

 「───────」

 

 地面を叩き割る漆黒のゴライアスと、宙に身を投げ出された夜の姿。

 

 「ツクヨミ──ッ!!」

 

 先程までの和んだ空気とは一変し、張り詰めた空気が場を満たす中、血の気が引いた表情でフィルヴィスが叫ぶ。

 

 血を散らしながら宙を舞う夜に視線が向く中、彼の背後で漆黒のゴライアスが動く。

 

 地面に叩き付けた両腕と共に上体を起こした漆黒のゴライアスは、大きく口を開くと魔力を昂らせていく。

 

 「まさか、『咆哮(ハウル)』……?!」

 「まずい! 逃げろ……!」

 

 【ロキ・ファミリア】一行が口々に叫ぶ中、漆黒のゴライアスの大口に魔力が収束されていき、その余りの密度に大気が歪む。

 

 そして。

 

 「避けろ、ツクヨミッッ!!」

 

 フィルヴィスが叫ぶと同時、【魔力障壁】を発動しようと右手を突き出した夜だが、展開するよりも早く漆黒のゴライアスの『咆哮(ハウル)』が炸裂した。

 

 「──────」

 

 膨大な魔力が圧縮されて形成された過去最大級の衝撃波が夜を穿つ。

 

 「ぁ────」

 

 突き出した右手が肩先から消し飛び、そのまま衝撃によって岩壁へ激突し、地面へ落下する。

 

 「ぁあ────」

 

 衝撃波によって岩壁は砕かれ、岩塊となって崩れ落ちる。

 砂塵が濛々と舞い起こると、岩塊に埋もれる夜を覆い隠した。

 

 

 「あぁあああああ────ッッッ!!!!」

 「待てっ!」

 

 夜が吹き飛んだのを直視したフィルヴィスは、発狂めいた叫喚を上げるとその場を駆けだそうとする。

 しかし、リヴェリアに腕を掴まれたことで強制的に止められる。

 

 「放せっ──!!」

 「落ち着けっ!」

 

 腕を掴むだけでは心許ないと考えたリヴェリアは、背後から羽交い絞めをしてフィルヴィスを止める。

 

 「ツクヨミッ!!」

 「今向かうのは危険だ……っ!」

 「っ……放せ! ツクヨミがっ!」

 「わかっている……!」

 

必死に抵抗するフィルヴィスを拘束するリヴェリアは、夜が吹き飛んだ方向へ視線を向ける。

未だに砂塵は立ち上っており、夜の容態は伺えない。しかし、右腕が吹き飛び、『咆哮(ハウル)』を真正面から直撃してしまっている。

姿は見えずとも戦闘続行は不可能な状態であることは明白だ。

 

 そこまで考えたところで、リヴェリアはフィンへ視線を飛ばす。

 

 「フィンっ!」

 「ああ、わかっている」

 

 フィンもリヴェリアと同様に、夜は戦闘続行不可能だと判断を下した。

 夜が戦えないのであれば、代わりにあの怪物を倒すのは【ロキ・ファミリア】の役目だ。

 獲物を横取りしてしまう形になるが、今回は仕方がない。

 

 「総員、戦闘準備────」

 

 冷静に状況結果を打ち出したフィンが団員へ戦闘の合図を出そうとした、その時。

 

 

 凄まじい爆音と共に、砂塵の幕から夜が飛び出した────。

 

 

 

 

 右腕の切断面から血を撒き散らし、頭を伝う血で視界を朱に染めながら、満身創痍の体を無理やり駆動させて漆黒のゴライアスへと疾駆する。

 

 夜の姿を視認した漆黒のゴライアスは、口角を吊り上げると歓声を上げる。

 

 『ウォオオオオオオ────ッッッ!!!』

 

 闘争本能を剥き出しに滾らせる漆黒のゴライアスは腰を沈めると、巨体を弾丸と化して一気に駆け出す。

 たったの数歩で夜へ肉薄すると、その巨腕を振りかぶって振り落とす。

 

 ──【神速】。

 

 大気を震撼させる程の尋常ならざる速度を乗せた殴打が目前まで迫った直前。雷で肉体に負荷をかけて強制的に反射速度を引き上げた夜は、跳躍することで迫る巨拳を回避すると、伸び切った巨腕に着地をして疾駆する。

 

 雷速と化した夜を捉えようと反対側の巨腕を振り上げると、巨大な掌を夜へ目掛けて叩き落とす。

 又も跳躍して回避し、宙へ身を踊り出した夜は、身を翻して足裏に障壁を展開。膝を曲げると一気に蹴立てて急降下する。

 

 ──【アガリス・アルヴェシンス】。

 

 炎を刀に纏わせ、眼前の巨腕へ一閃。

 

 (ちっ……やはり、片手では膂力が足りないか……!)

 

 右腕を吹き飛ばされた夜は、刀を片手で扱っている為、攻撃力が大幅に減少してしまっている。

 

 「うっ……!」

 

 巨腕に留まる夜は、振り払われたことで宙へ投げ出される。

 

 途端、魔力の脈動を感じ取った夜は、漆黒のゴライアスへ目を向ける。

 

 大口を開け、魔力を収束させる漆黒のゴライアスの姿を視認した夜は、直近の光景を思い浮かべると失った右腕を突き出す。

 

 「それはもう知ってる────【生成(クリエイト)】」

 

 右腕の切断面から魔力が蠢きながら溢れ出すと、瞬時に漆黒の腕へと変形する。

 創造魔法によって義腕を創り出した夜は、漆黒のゴライアスへ掌を翳すと──。

 

 「【魔力暴発(イグニス・ファトゥス)】」

 

 漆黒の掌から魔力の奔流が迸ると、漆黒のゴライアスが収束させた魔力と絡み合い、制御を奪う。

 均衡を失って制御を離れた魔力が暴走すると同時、ぎゅっと掌を握り締める。

 

 『ガッッ────!!!』

 

 瞬間、収束された魔力が大爆発を起こして漆黒のゴライアスの顔面を巻き込む。

 

 地面に着地した夜が顔を上げると、首を振るって濛々と立ち上がる煙から再生させている顔面を見せる漆黒のゴライアスと視線が交わる。

 

 「あぁああああッッ──!!」

 『ウォオオオオオオッッ!!』

 

 両手で刀を持ち直した夜が雄叫びを上げて、駆け出す。

 接敵して来る夜を迎え撃つように、漆黒のゴライアスもまた大声を上げた。

 

 

 *

 

 

 「……やはり、一人では厳しいか」

 

 眼前で繰り広げられている死闘を見つめるリヴェリアは、顔を顰めながら胸中を漏らす。

 

 「……ねえ、フィン。やっぱりあたし達も一緒に戦おうよ!」

 「私もティオナと同意見です。このままでは、あの子が持たない……」

 

 ティオナとティオネは、戦況を見て加勢するべきだと進言する。

 既に満身創痍の夜では、自己再生によって損傷を修復する漆黒のゴライアスに勝てる見込みはない。

 これ以上の戦闘続行は、夜の命が危険域にまで到達しかねない。いや、既にその域にまで達してしまっている。今すぐ後退させて回復しなければ、本当に手遅れになるかもしれない。

 

 【ロキ・ファミリア】の団員達は皆、武器を持って戦闘態勢に入っている。フィン一人を除いて。

 

 「いや、まだだ」

 

 泰然とした態度でフィンは言い放つ。

その言葉を聞いた団員達は、表情に困惑を走らせる。

 

 夜は既に限界を迎えている。これ以上続ければ、この先の冒険者活動にも支障が出てしまう。

 今のうちに止めれば、最悪は免れることができるかもしれない。

 

 それなのにどうして、フィンは止めない。

 幾ら夜が意地を見せたとしても、死んでしまっては意味がない。

 

 これ以上戦わせるべきではない。誰もがそう思う中、フィンは異なる言葉を述べる。

 

 「まだ、あの少年の戦いは終わっていない」

 

 震える自身の親指を一瞥しながら、フィンはそう告げた。

 

 

 *

 

 

 (弱いなぁ)

 

 全身に傷を負って血に塗れながら、桁違いの強さを誇る漆黒のゴライアスと対峙する夜は、己の弱さに嘆きの声を胸の内で漏らす。

 

 (情けないなぁ……)

 

 あれだけの啖呵を切っておいてボロ雑巾のような姿を晒す己の情けなさに、刀を握る両手の力が無意識に強まる。

 

 「がはっ……!」

 

 迫り来る巨拳を受け流せなかった夜は、そのまま吹き飛ばされて巨大壁に激突する。

 口から勢い良く血を吐き出し、胃液すら吐き出しそうになるのを寸前で飲み込んだ夜に向かって、殴打の追撃が見舞われる。

 

 咄嗟に巨大壁を蹴立てて回避した夜は、地面に着地するとこちらを捉える赤い双眼へ【閃光】を閃かせる。

 

 (悔しいなぁ……っ)

 

 刀を握り締め、膝を曲げて腰を沈めた夜は、足裏に魔力を圧縮すると一気に開放して走り出す。

 

 (こんなんじゃ、皆を護れない……)

 

 瞬く間に肉薄した夜は、漆黒のゴライアスの足首を通り過ぎ様に一閃。

 

 「【花開け(アルガ)】ッ!」

 

 接触の瞬間に詠唱を唱えることで、瞬間火力を生み出して漆黒のゴライアスの硬質な肉体を焼き削ぐ。

 

 夜は召喚魔法を使用せず、独自魔法によってアリーゼの魔法を模倣している。故に、この魔法は炎属性の付与魔法でありながら、攻撃魔法として発動している。

 その為、【起源魔導】の効果が十全に発揮された影響で、本来の魔法効果の倍以上に威力が増幅されていた。

 

 

 削ぎ落した個所は焼け焦げたことで、夜の狙い通りに細胞が壊死している。しかし、漆黒のゴライアスは魔力を燃焼させることで無理やり治癒能力を高めて損傷部位を再生させた。

 

 「─────っ」

 

 夜の攻撃は間違いなく通用している。しかし、漆黒のゴライアスの自己再生は、夜の火力を上回る程の驚異的な能力を発揮する。

 

その異常性は、確実にこちらの精神を蝕み、絶望を与えてくる。

 

 (……だが、それがどうした)

 

 相手が強いことは端から知っている。

 その脅威度も、その異常性も、絶望的なまでの彼我の実力差も、すべて己の未熟さが知っている。

 

 (それでも、諦めてたまるかよ────)

 

 今一度、刀を力強く握り直した夜は、眦を決した双眸で漆黒のゴライアスを睨み付ける。

 

 「たとえどれだけ強かろうと、俺はお前を超えていく……ッ!!」

 

 地面を陥没させる程に力強く踏みしめた夜は、雷速の弾丸と化して瞬く間に漆黒のゴライアスへ接近する。

 

 『オォォオオオオオオ────ッッッ!!!』

 

 両腕を大きく振り上げた漆黒のゴライアスは、重力を乗せて夜へ叩き落とす。

 地面が轟然たる破砕音を響かせながら爆ぜると同時、衝撃波と岩塊が周囲へ散開する。

 

 跳躍して回避した夜は空中で身を翻すと、漆黒のゴライアスの周囲を取り囲むように魔力を張り巡らせる。

 

 「【障壁──多重展開】」

 

 そう呟いた途端、漆黒のゴライアスを中心に円盤型の障壁が無数に展開される。

 

 突然、自身を囲むように現れた幾つもの障壁に驚愕する漆黒のゴライアスを視界に捉えつつ、刀に更なる炎を纏いながら足裏に展開した障壁を蹴立てて肉薄する。

 

 「【花開け(アルガ)】」

 

 紅く発光する紅蓮の刀を通り過ぎ様に横薙ぎへ一閃。

 

 灼熱が漆黒のゴライアスの肉を焼却して壊死させる。しかし、途端に魔力を燃焼させて裂傷を再生していく。

 

 展開済みの障壁の足場に身を翻して着地した夜は、瞬時に跳躍して漆黒のゴライアスの硬質な肉体を通り過ぎ様に焼き斬ると、進行方向に展開されている障壁へ着地する。

 

 そして、間を置くことなく再び漆黒のゴライアスへ斬りかかった。

 

 

 漆黒のゴライアスを倒す方法は、主に二つだ。

 一つ目は、一撃で屠る方法。再生の隙を与えることなく必殺を以ってして肉体を消し飛ばし、魔石を破壊する。

 二つ目は、治癒能力が機能しなくなるまで損傷(ダメージ)を与え続ける方法。漆黒のゴライアスの自己再生の本質は、“魔力を燃焼させることで治癒能力を向上させる”というもの。つまり、魔力が枯渇するまで削り切れば、それ以上再生することはできない。

 

 効率的な討伐方法は、間違いなく前者だろう。しかし、その為には魔力を畜力(チャージ)する必要があるが、そんな暇を与えてくれる筈もない。

 

 つまり、現状で夜が取れる討伐方法は────。

 

 

 「再生できなくなるまで斬り刻むッ!」

 

 魔法とスキルを最大稼働して速度を限界以上に引き上げていく夜は、無数に展開した障壁を足場に縦横無尽に飛び跳ねながら通り過ぎ様に漆黒のゴライアスを斬り刻んでいく。

 

 視界を上下左右と行き来する夜を捉えることのできない漆黒のゴライアスは、攻撃を当てることができずに一方的に損傷を負っていく。

 

 傷を負い、再生する。傷を負い、再生する────。

 

 負った傷の具合が軽傷程度であれば、再生する必要はない。しかし、重傷には至らないものの、夜の攻撃は確実に漆黒のゴライアスの肉体に損傷(ダメージ)を与える上に、傷を負ってから次の傷を負うまでの間隔(スパン)が余りにも早い。

 その為、再生させなければ瞬く間に全身の肉を焼き削ぐ裂傷で刻まれる。

 

 だから、再生せざるを得ない。そして、それこそが夜の戦法であった。

 

『立体起動高速戦闘』。

 

読んで字の如く、展開した障壁を足場として、戦場を三次元で立体的に作り出し、高速跳躍を繰り返す戦闘方式。

 

 速度がなければ次の足場へ辿り着けず、空間把握能力がなければそもそも成り立たない。

 更に言えば、この戦法は範囲攻撃を持たない相手にしか通用しない。非常に使いどころが限定された戦法だ。

 

 だが、こと今回に限って言えば、この戦法は有効だ。

 

 

 攻撃が当たらないことに業を煮やした漆黒のゴライアスは、大口を開くと魔力を収束させていく。

 臨界点に到達した魔力の奔流を解き放とうと『咆哮(ハウル)』を上げた、その直前。

 

 「────させるかよ」

 『オォ───ッ───!!』

 

 紅蓮の一閃が漆黒のゴライアスの喉元を迸ると、肉を削ぎ斬られて鮮血を噴き出す。

不発に終わったことで行き場を失った魔力の奔流は、制御下を離れた暴走して爆発した。

 

 

 叫喚を上げて悶える漆黒のゴライアスを視界に捉える夜は、止まることなく斬撃を見舞っていく。

 その度に返り血を浴び、視界を赤に染めながら、速度を緩めることなく更に上げていく。

 

 再生を終えた漆黒のゴライアスが巨大な眼球を上下左右に振り動かすが、あまりの速度にもはや捉える事すら叶わない。

 

 夜の速度上昇に従って、漆黒のゴライアスが負う傷の数も増えていく。その度に再生させていくものの、その速度は着実に鈍化していっている。

 

 (まだだ……もっと速く!)

 

 しかし、魔力を枯渇させるにはまだ足りない。

 更に速度を向上させていく夜。しかし、あまりの速度に肉体が悲鳴を上げる。

 

 ブチブチッと筋繊維が断裂し、負荷に耐えられずに血を噴き出すが、それでも夜は止まらずに駆け続ける。

 

 『咆哮(ハウル)』では通用しないと悟った漆黒のゴライアスは、今度は純粋な力で捻じ伏せようと両腕を高らかに持ち上げる。

 

 その瞬間、漆黒のゴライアスの上腕へ凄まじい勢いの一閃が迸る。

 

 猛烈な速度を乗せたその一撃は、硬質なその肉体に深い裂創を与えて、支える筋肉を失った両腕は垂れ下がる。

 

 (攻撃の隙は与えない────)

 

 漆黒のゴライアスに一切の攻撃を許さず、夜は斬撃の嵐を繰り広げていく。

 

 全身の至るところに裂傷を与えられていく漆黒のゴライアスは、治癒能力を最大稼働して修復していくが、その再生速度は確実に落ちている。

 

 「─────っ」

 

 一方で、着実に漆黒のゴライアスを追い詰めていく夜の表情は、苦悶に歪んでいる。

 

 既に夜の体は限界を迎えており、全身の筋肉が無理やり上げた速度に耐えられずに断裂を起こしていっていた。

 全身を自身の血と漆黒のゴライアスの返り血で濡らし、意識が朦朧と揺らいでいく。

 

 やがて、漆黒のゴライアスの正面、魔石と同じ高さで身を翻した夜は障壁に両の足裏を這わせる。

刀を水平に持ち直し、漆黒の瞳が漆黒のゴライアスの魔石に狙いを定める。

 

 そして、障壁を踏み蹴ろうとしたその瞬間、足に力が入らずにガクンと体を揺らすと、口から血を吐き出した夜は重力に従って落下する。

 

 その瞬間を好機と捉えた漆黒のゴライアスは、魔力を昂らせると宙を舞う夜へ『咆哮(ハウル)』を炸裂させる。

 

 「がはっ────!」

 

 無抵抗の状態で直撃を受けた夜は、衝撃によってフィルヴィス達の眼前まで吹き飛んだ。

 

 「夜ッ──!!」

 

 地面を数度跳ねたのち、眼前で停止した夜の元へ弾かれるように駆け寄ったフィルヴィスは、その体を優しく抱き上げると。

 

 「夜っ! 返事をしろ!」

 

 悲痛な声で懸命に呼びかける。

 

 「っ……ぐっ……フィル、ヴィス……っ」

 「っ、ああ……っ! 私はここにいるぞ!」

 

 瞼を開いた夜は、流れる血で視界を赤く染めながら、震える手をフィルヴィスへ伸ばす。

 その手をそっと握り締めるフィルヴィスは、潤む瞳から涙が零れ落ちるのを必死に堪えて、言葉を紡ぐ。

 

 「…………っ」

 「おい、立たなくていい! もう、それ以上無理をするな……っ」

 

 至るところから血を流す満身創痍の夜は、呼吸を荒々しく刻んで体を震わせながらも歯を食いしばって何とか立とうと上体を起こす。

 そんな痛ましい姿の夜に堪え切らずに涙を零れ落とすフィルヴィスは、夜を止めようと震える声を上げる。

 

 だが、フィルヴィスの制止の声を振り切って、全身を激烈な痛みに犯されながらも夜は立ち上がる。

 

 「……はあっ……はあっ……はあっ……」

 

 立ち上がるだけでも息を絶え絶えに吐き出す夜は、それでも力を振り絞って足を進める。

 その先には、全身に傷を負った漆黒のゴライアスが荒々しく息を吐きながら佇んでいる。

 

 「待てっ!」

 

 すると、フィルヴィスは背を向けて歩き出す夜の腕を掴むことで咄嗟に止める。

 

 「……行くなっ。……頼むっ、行かないでくれ……っ」

 「…………」

 「お前はもう、十分に頑張っただろっ」

 「…………」

 「これ以上は、お前の体が持たない……っ!」

 

 フィルヴィスは必死に夜へ訴える。

 今にも消えてしまいそうな夜を手放さないように、彼の腕を掴む手に力を込めて離さない。

 

 やがて、沈黙が訪れた後。

 

 夜はゆっくりと口を開いた。

 

 「俺は……強くなりたい……」

 

 『──────!』

 

夜の言葉に、その場の全員が瞠目する。

 

 「……フィルヴィスを、皆を護るために……俺は強くなりたいんだ……」

 「…………っ」

 

 その揺るぎない信念には、確かな火が灯っていた。

 それは、決して消えることのない不滅の炎。

 温かくも猛々しく燃え盛るその炎は、波紋のように広がってフィルヴィス達の心にも小さく灯る。

 

 やがて、ゆっくりとフィルヴィスに振り返った夜は、

 

 「だから、最後まで俺に戦わせてくれ」

 

 確たる光をその漆黒の瞳に宿しながら、力強く告げた。

 

 

 「お前は……卑怯だ……っ」

 

 双眸から涙を流すフィルヴィスは、額を夜の胸に預けて言葉をこぼす。

 

 「そんなことを言われたら、止められないじゃないか……っ」

 「……すまない」

 

 力なく胸を叩いてくるフィルヴィスに、夜は苦笑を浮かべながら謝罪を口にする。

 

 「……勝てるのか」

 「勝つさ」

 「……本当だな?」

 「ああ」

 「………………わかった」

 

 夜の意志を汲み取ったフィルヴィスは、少し間を置いた後、夜の胸から頭を上げると一歩下がる。

 俯いた顔を上げて夜を見上げるその表情は、泣いたせいで目元は赤く染まり、瞳は涙で潤んでいるものの、先程よりも幾分かすっきりとしている。

 

やがて、その晴れやかな美貌に柔らかな微笑を浮かべたフィルヴィスは、

 

 「──勝ってこいっ!」

 

 そう言いながら、握り締めた拳を夜の胸へ押し当てた。

 

 不意を突かれ、一瞬だけ瞠目した夜は、その表情に勝気な笑みを浮かべると、

 

 「ああ!」

 

 短く、だが力強く返事を返すと、踵を返して前を向いた。

 

 フィルヴィス、そしてフィン達の視線に背を押されながら、夜は確かな足取りで歩みを進めていく。

 

 漆黒のゴライアスもまた、痛みで震える巨躯を奮い立たせながら、低い地鳴りを響かせてゆっくりとした足取りで歩みを進める。

 

 やがて、両者は同時に歩みを止め、真正面から視線をぶつけ合う。

 

赤い双眼と漆黒の瞳が交差した瞬間、広間の空気はまるで張り詰めた刃のように震え上がる。

 

 

 夜は左足を引いて半身に構え、腰を据えると、刀を掲げて詠唱を紡ぐ。

 

 「【父神よ、許せ、神々の晩餐をも平らげることを──】」

 

 それは、かつて陸の王者ベヒーモスを屠った英雄の必殺。

 最強に名を連ねた男の歌を、強敵を討つ為に今ここで呼び起こす。

 

 一方、漆黒のゴライアスもまた、巨腕を大きく振りかぶり、地を抉るように腰を落として必殺の巨拳を構えた。

 

 「【貪れ、炎獄の舌。喰らえ、灼熱の牙──】」

 

 夜の詠唱に呼応するかのように魔力が轟々と唸りを上げると、炎の奔流は夜が掲げる一本の刀へと吸い込まれるように収束していく。

 

 限界まで圧縮された灼熱は刃へと凝縮され、大気を歪ませる程の膨大な熱量が紅蓮の光を煌めかせる。

 

 互いに睨み合い、緊張が最高潮に達した、その瞬間。

 

 

 「【レーア・アムブロシア】ッッッ!!!!」

 『オォォオオオオオオオオ──ッッッ!!!』

 

 極大の焔と巨大な拳が激突する。

 

 眩い光が弾けた、次の瞬間──一帯を劫火が呑み込み、広間全体を赤々と染め上げた。

 

 

 

やがて、立ち昇る煙がゆっくりと晴れていく。

 

そこに残っていたのは、骨すら焼き尽くされ、ただ魔石のみを残した漆黒のゴライアスと、静かに佇む夜の姿。

 

 

 漆黒のゴライアス──討伐、完了。

 

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