自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

22 / 35

 お待たせしました。


22話 余燼と交錯

 

 「一人で、倒しやがった……」

 

 呆然と佇みながら、ベートはポツリと呟いた。

 

 劫火で炙られ、黒く焼け焦げた岩肌からは白い蒸気が立ち昇り、深紅の炎がなおも広間を彩っている。

 

焦土と化したその空間の中心に佇む少年──夜。

その背を見つめる彼らは皆一様に息を呑み、ただじっと戦いの余韻に身を委ねていた。

 

 戦いが幕を閉じた今もなお、汗に濡れた手は固く握り締められ、胸を打つ早鐘は鳴り止まない。

 ただ、目の前で繰り広げられた一人の少年の冒険に胸を灼かれて、誰一人として視線を逸らすことができずにいた。

 

 

 英雄譚の一頁────。

 

 夜と漆黒のゴライアスの戦いは、幼い頃に幾度となく読み返した“英雄たちを綴った物語”を想起させた。

 何度も夢見て、何度も恋焦がれて、憧憬を灯してきた英雄たちの軌跡。

その情景を、彼らは夜の背中に幻視していた。

 

 忘れかけていた子供の頃の夢を呼び覚まされた彼らは、昂る高揚感とともに、その姿を双眸に焼き付ける。

 

 きっとこの光景を、彼らは生涯忘れることはない────。

 

 

 

 

 「────ごほっ……ッ」

 

 その時、何かを吐き出す湿った音が耳朶を打ち、幻想は無残にも引き裂かれる。

 

 皆が一斉に視線を向けた先で、血を吐いた夜が膝を折り、崩れ落ちるのが見えた。

 

 「夜──っっ!!」

 

 血相を変えたフィルヴィスが一目散に夜の元へ駆け出す。

 【ロキ・ファミリア】一行、そしてダフネとカサンドラもまた、その後を追うように走り出した。

 

 

 

 

 激戦の末、辛うじて勝利を掴み取った夜は、戦闘の終結と同時に張り詰めていた緊張の糸が切れた。

次の瞬間、ここに至るまで押し殺してきた痛みと疲労、そして精神疲弊(マインドダウン)の反動が一気に押し寄せ、思わず呻き声が漏れる。

 

 耐え難い苦痛と抗い難い倦怠感に逆らえず、夜は地面へと崩れ落ちた。

 

 裂けた傷口からは血が溢れ、既にその量は致死域に達している。

 内臓は幾つも損傷し、全身の骨は悲鳴を上げ、脚に至っては無理な駆動によって完全に砕け、筋肉も断裂していた。

 ──もはや、自力で立ち上がることすら不可能な状態だった。

 

 

 「夜……っ」

 

 駆けつけたフィルヴィスたちは、あまりにも痛ましいその姿に言葉を失う。

 

 歯を食いしばり、必死に痛みに耐える夜の口端から、力むあまり血が零れ落ちる。

 意識を失ってもおかしくない重傷でありながら耐えられているのは、夜の異常とも言える忍耐力と精神力の賜物だ。

 

 何より、今ここで意識を失えば取り返しのつかない事態になる。そのことを、夜自身が誰よりも理解していた。

 

 「リヴェリア、回復魔法を!」

 「……ああっ!」

 

 夜の容態を一目見たフィンが、即座に指示を飛ばす。

 

 「っ……カサンドラ、あんたもお願いッ!」

 「わ、わかったっ!」

 

 言葉を失い茫然としていたダフネは、我に返ると友の名を叫ぶ。

 

 指示を受けたリヴェリアとカサンドラは夜へと近づき、杖を掲げて詠唱に入ろうとした。

 

 その時。

 

 「……ま、て……ッ!」

 

 倒れ伏す夜が、掠れた声で制止をかけた。

 

 「おい、動くな! 今から回復魔法を──」

 「だめ、だ……ッ」

 

 痛みに耐えながら起き上がろうとする夜に、フィルヴィスが寄り添い、必死に制止する。

 だが夜はその手を振り切り、片膝をついて座る姿勢を取った。

 

 ふらつく身体をフィルヴィスに支えられながら、夜は静かに首を振る。

 

 

 「中途半端に、回復したら……後遺症が残る……」

 『──────!』

 

 ここまでの重傷を単なる回復魔法で完治させることは不可能だ。

都市最高の治療師(ヒーラー)と謳われるアミッドであれば、救命はできるかもしれない。だが、そんな彼女ですら欠損部位を修復することはできない。

 

 今ここで回復魔法を受ければ、命は繋がる。

 その代わり、失った右腕の切断面は固着し、二度と元に戻すことはできなくなってしまう。

 

 だからこそ、夜は拒んだ。

 

 

 「それは……っ。だが、今すぐ治療しなければお前が死んでしまう! 私は、お前に死んでほしくない……!」

 

 涙を流して訴えるフィルヴィスに、夜は苦笑を浮かべ、そっと彼女の頭に手を置いた。

 

 「…………っ」

 「落ち着け……俺は、死ぬ気など毛頭ない」

 「……本当か?」

 「ああ」

 「だ、だが……それなら、どうするんだ」

 

 刻一刻と迫る死。

 外部からの治療を拒む以上、残された選択肢は一つしかない。

 

 

 回復魔法の使用を止められたリヴェリアとカサンドラは、指揮官たちと視線を交わす。

返ってきたのは「大人しく見守る」という無言の指示だった。

 

二人は仕方なく一歩下がると、いつでも詠唱に入れる態勢のまま、夜を注視する。

 

 

 無数の不安と心配の視線を受ける中、夜は静かに座戦を組み、目を閉じた。

 

 その様子に皆が困惑の様相を呈する中。

 

 『──────!』

 

 魔力に敏感なエルフたちが、一斉に顔色を変える。

 

 広間に漂っていた魔力が、突如として夜の身体へと吸い込まれ始めた。

 

 

 「まさか……周囲に拡散している魔素を、意図的に吸収しているのか……?」

 

 夜が為そうとしている行為に一早く気が付いたリヴェリアが、驚愕に声を震わせる。

 彼女が保有する【妖精王印(アールヴ・レギナ)】というスキルにも同様の効果はあるが、それは自動起動(オートモード)に限られる。

 

 だが今、夜は手動起動(マニュアルモード)によって彼女のスキルと同等の行為を為そうとしていた。

 

 一体どれほど驚かせれば気が済むのか。

夜が為そうとしている行為の異常性を理解できる者たちは、もはや驚きすら通り越し、言葉を失っていた。

 

 

 

 現在、広間は潤沢な魔素で満ち満ちていた。

 夜とフィルヴィスの魔法、そして漆黒のゴライアスの咆哮(ハウル)によって魔素濃度は極限まで高まり、その純度は並の魔導士であれば即座に全快できるほどである。

 

 (……全快は、流石に無理か)

 

 しかし、夜の魔力総量は並大抵を超え、あの“馬鹿魔力(レフィーヤ)”をも凌駕している。

 故に、消費した魔力を全快することはできないが、それでも治癒に必要な分を賄うことは可能だろう。

 

 全身を苛む激痛に脂汗を滲ませながら、夜は必死に大気中の魔素を取り込んでいく。

 

 (……ぐ……っ……ぅう……)

 

 【発動】──【比翼抱慕】

 

 (───────)

 

 断続的に襲い来る精神異常は、スキルによって次々と鎮静化されていく。

 

 

 内臓の損傷、筋肉の断裂、骨の粉砕。血管と神経は寸断され、右腕は欠損している。

 単なる回復魔法では到底癒し切れぬ瀕死の重体であり、治癒には膨大な魔力と時間を要する。

 

更に魔力の回復は吸収だけでは終わらない。

取り込んだ魔素を魔力へと変換する工程を、同時並行で行わなければならなかった。

 

 それを、出血過多で意識が揺らぐ瀕死の状態で成し遂げる。そんな真似は正気の沙汰ではできない。

 

 ──少なくとも、自分には無理だ。

 夜を見守るリヴェリアたちは、誰もが同じ思いを胸に抱いていた。

 

 

 

 

 (……魔力の回復、完了……)

 

 激痛に苛まれながらも、夜はどうにか魔力を回復を終える。

 

 広間に漂っていた魔素を余さず吸収したことで、精神疲弊(マインドダウン)による倦怠感からは脱した。だが体力の消耗は依然として深刻で、むしろ魔力変換の負荷によって疲労は増している。

 

 呼吸は荒く、意識も決して安定してはいなかった。

 

 「夜……大丈夫か……?」

 「……はぁっ……はぁっ……問題、ない……」

 

 全身に脂汗を浮かべ、瞳から光を失いつつある夜は、痙攣する体に鞭打ちながら姿勢を整える。

 

寄り添うフィルヴィスは、止めたい衝動を必死に押し殺して見守る。

 ──失いたくない。その想いだけが、彼女の胸を締め付けていた。

 

 

 

 (まずは……内臓の修復からだ……)

 

 座禅を組み直した夜は、意識を体内へと沈め、治癒魔法を発動する。

 

 ──【治癒(ヒール)】。

 

 淡い光が灯り、暖かな魔力が体内へと流れ込んでいく。

 

 

 「え……?! 今、詠唱した……?!」

 「……していないわ、つまり……」

 「無詠唱、魔法……」

 

 詠唱を紡がずに発動した治癒魔法を目の当たりにした周囲は息を呑む。

 驚き、興味、関心、疑問────種々の感情を含んだ眼差しが夜へと注がれるが、今の彼に彼らの視線を気にかける余裕はなかった。

 

 満身創痍。いつ倒れてもおかしくない状況下で、ただ内蔵の修復に意識を集中させる。

 

暖かな魔力の波動が損傷箇所を満たし、裂けた傷を塞いでいく。

体内で溢れていた血は止まり、致命的な損傷が次々と癒されるにつれ、夜の顔色も僅かに持ち直していった。

 

 生命維持の安定化を果たした夜は、気道に溜まった血反吐を吐き出す。

 

 「ごほっ、ごほ……ッ!」

 「夜……っ?!」

 

詰まりを吐き出して気道を確保した夜は息を整えつつ、レッグホルスターから一本の高等回復薬(ハイ・ポーション)を取り出すと一気に呷った。

 

 青い液体が体内へと染み渡り、失われた体力が回復していく。

 

 「…………ふぅ」

 

 重りを背負ったような体の鈍さが、僅かに和らぐ。

 心に幾分かの余裕を取り戻した夜は、血を滴らせる右腕の断面へと視線を落とした。

 

 

 一度、静かに瞼を閉じる────。

 

 鼓動に意識を向け、雑念を排し、精神を研ぎ澄ませる。

 やがて規則正しさを取り戻した心拍を感じ取った夜は、ゆっくりと目を開いた。

 

 右腕の切断面へ、そっと手を翳す。

 

 「【治癒(ヒール)】」

 

 力強く唱えられた治癒魔法。

 掌から零れる木漏れ日のような暖光が、断面へと注がれていく。

 

すると、息を吹き返すかのように断裂した筋繊維が蠢いた──。

 

 『──────!!』

 

 そのあり得ない光景に、その場の誰もが縫い付けられたかのように目が離せなかった。

 

 溢れるほどに潤沢な魔力を養分に断裂した筋繊維が再結合すると、隙間を埋めるように再形成されていく骨と連動して新たな腕を再構築していく。

 

 まるで、漆黒のゴライアスが見せた自己再生のように失った腕を修復していくその光景に、皆一様に愕然とした表情を浮かべる。

 彼らの瞳には、先程までの興味や関心といった感情とは一変して、畏怖の念が浮かび上がっている。

 

 誰もが言葉を失い、ただ見ていることしかできない中で、夜は一人、欠損していた右腕の完全修復を終えた──。

 

 

 

 

 「…………ふむ」

 

 掌を開いては閉じる。

その感触を確かめながら、夜は治癒が成功したことに胸中で静かに息を吐いた。

 

 (……だが、流石に本調子とはいかないか)

 

 動かすことはできる。だが、力が入らない。

 当然と言えば当然であるため、落胆することもない。ただ、今日は右手を使用することは難しいとみるべきだろう。

 

 (新しい課題、だな)

 

 この先、また同じ状況に陥った時、片手が使えないのは致命的だ。

 一時凌ぎなら【オムニ・ジェネシス】で義腕を創ることもできる。

だが理想は、即座に欠損を修復し、常に万全の状態を保つこと。

 

 どんな状況においても万全を期したい。そのためにも、更なる修練を積まなければならない。

 夜は胸の奥に、次なる決意を灯した。

 

 その時、ふいに右手が誰かの両手に包まれた。

 

 視線を向けると、そこには瞠目しながら夜の右腕を茫然と見つめるフィルヴィスの姿があった。

 

 「……治って、いる……」

 

 白く細い指が、恐る恐る右腕に触れる。

 その指先越しに伝わる彼女の体温が、不思議と心地よかった。

 

 「治って……っ」

 

 やがて、もう一度、両手で夜の手を握り締めたフィルヴィスは、

 

 「よかった……本当に、よかった……っ」

 

 胸に溜め込んでいたものを吐き出すように、静かに涙を零した。

 

 

 

 「……心配かけて、悪かった」

 

 彼女の涙を見て、夜の胸に後悔が滲む。

 

 ──果たして俺は、彼女の思いを汲み取れていたか。

 そんな疑問が、否応なく胸を刺した。

 

 

 「いや……お前が謝ることではない」

 

夜の言葉に首を振った彼女は、俯いたまま懺悔するように言葉をこぼす。

 

「謝るとしたら、むしろ私の方だ。お前に助けられてばかりで、ずっと負担をかけてしまっていた……」

 

 消えそうなほどに弱々しい彼女の姿を見て、咄嗟に否定しようと口を開く。だが、寸でのところで思い止まった夜は、出かかった言葉を飲み込んだ。

 

 否定の言葉を送ったところで、彼女はそれを受け取らない。そう悟った夜は、代わりに別の言葉を送った。

 

 「それでも、フィルヴィスを護れてよかった」

 「…………!」

 

 咄嗟に顔を上げたフィルヴィスは、端正な顔を歪めると、堪えていた感情を一気に吐き出した。

 

 「お前はどうして、そこまでしてくれるっ! もしかしなくとも、死んでいたかもしれないというのに……っ! そんなにボロボロになってまで、どうして私を助けてくれるんだ……っ!」

 

 それは、心からの叫びだった。

 出会って間もない間柄。更に派閥(ファミリア)も違うというのに、どうして助けてくれるのか。どうして、命を懸けてまで護ってくれたのか。フィルヴィスには理解できなかった。

 

 そんな彼女の吐露した言葉を受け止めた夜は、落ち着いた声音で言葉を紡ぐ。

 

 「フィルヴィスの心が、泣いていたから──」

 

 原作を通して、フィルヴィスの過去と未来を知っている。

 彼女が受けた痛みと悲しみを、彼女が迎える悲惨な結末を。

 

 しかし、それはあくまで空想世界の、作り話の中での話だ。実際はどうなのか、それは夜にもわからなかった。

 

 だが、この世界に来て、彼女と出会った。そして、確かに視たのだ。彼女の心の奥底で、独り蹲りながら声を殺して泣く姿を。

 

 だからこそ、夜は土足で無遠慮に踏み込んだ。

 

 「その涙を拭うために、俺はここまで来た。……命を懸ける理由なんざ、それで十分だろ」

 

 いつだって、自分勝手だ。

 後で後悔するとわかっていながら、それでも夜は動いてしまうのだ。ただ、目の前の受け入れがたい現実を否定するために。

 

 「っ……お前は、馬鹿だ……っ! 私なんかのために、そんな無茶をして……っ」

 

 嗚咽交じりに声を震わせ、涙を零しながら、それでも彼女は夜の手を強く握る。

 

 やがて俯いていたフィルヴィスは、小さく「でも」と呟くと、夜の手を自らの目元へそっと添えた。

 

 顔を上げた彼女は、涙で目元を赤くしながらも、これまでで一番の晴れやかな笑顔を浮かべる。

 

 「……ありがとう。私を助けに来てくれて」

 

 花が咲いたようなその表情に、夜は一瞬、目を奪われた。

 

やがて、ふっと柔らかく微笑むと、

 

 「どういたしまして」

 

 穏やかな声音で、そっと彼女の言の葉に返事を添えた。

 

 

 

 

 「──そろそろ、いいかな?」

 

 フィルヴィスとの会話が一段落ついたところで、声をかけられた。

そちらへ振り向けば、フィンがどこか申し訳なさそうに眉根を下げ、苦笑を浮かべながらこちらに歩み寄って来た。

 

 「水を差すようで申し訳ないんだが、僕も君と少し話をしたくてね」

 「ああ……待たせて悪い」

 

 フィンの言葉の意図を察した夜は、徐に立ち上がり、簡潔に詫びる。

 

 彼らは遠征の最中だ。本来であれば、こんな場所で足を止めている場合ではないだろう。

 しかし、フィンは特に気にした様子もなく、むしろ柔らかな眼差しで首を振る。

 

 「いいや、構わないよ」

 「……それで、話ってのは?」

 「そうだね。……その前に、まずは自己紹介をしようか。僕はフィン・ディムナ、【ロキ・ファミリア】の団長を務めている」

 

 フィンの自己紹介を皮切りに、【ロキ・ファミリア】の面々が次々と名を告げていく。

 

 副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 アマゾネスの姉、ティオネ・ヒリュテ。

 アマゾネスの妹、ティオナ・ヒリュテ。

 狼人(ウェアウルフ)、ベート・ローガ。

 

 そして────

 

 「……アイズ・ヴァレンシュタイン、です」

 

 控えめな声で名乗ったヒューマンの少女。

 表情は乏しく見えるが、金色の双眸は真っ直ぐに夜を捉えていた。その視線は、獲物を狙う狩人のそれに近い。

 

居心地の悪さを覚えた夜は、思わず苦笑を浮かべる。

 

 「とりあえず、幹部以上の者たちだけでいいかい? 流石に全員となると時間が掛かるからね」

 「……そうだな。それで構わない」

 

 どうせ深く関わることもない。そう判断した夜は、素直に頷いた。

 

 「それじゃあ、次は君の名前を聞いてもいいかい?」

 「ああ……俺はツクヨミ・夜。所属は【ヘスティア・ファミリア】だ」

 

 夜が簡潔に自己紹介を終えると、【ロキ・ファミリア】の面々が顔を見合わせながらざわつきだした。

 

「んー、聞いたことがないファミリア名だね……。もしかして、最近できたばかりかい?」

「ああ、ちょうど二週間前にできたばかりだ」

 

 夜がそう答えると、フィン達は瞠目する。

 

 当然の反応だろう。二週間という期間は、あまりにも直近過ぎる。

 

 「なるほどね。それなら確かに聞いたことがなくて当然だ。……団員は君だけかい?」

 「いや、俺以外にも一人いる」

 「団員は二人か。まあ、まだ二週間だからね。団長は君が?」

 「いや、団長はもう一人の奴に任せた」

 「……そうなのかい?」

 「ああ、俺は縛られるのが好きじゃないんだ」

 

 団長が夜ではないことに驚いたフィン達だったが、その理由を聞いて今度は呆れ交じりの苦笑を浮かべた。

 

 「……確かに、団長になれば色々と融通が利かなくなるからね」

 「やっぱそうなのか」

 「ああ、毎日充実した日々を送っているよ」

 「忙しい日々の間違いだろ……」

 「あはは……確かにそうだね。でも、それも楽しいと感じる時があるんだ」

 「それは……良いことだな」

 「ああ、僕もそう思うよ」

 

 忙しい時間を楽しいと思えるということは、それだけその時間が充実した瞬間であるということだ。

 【ロキ・ファミリア】の評価は良いものばかりではない。だが、少なくとも居心地の良い場所であることは伝わってくる。

 

 ──いつか【ヘスティア・ファミリア】も、そんな場所になるのだろう。

 

そんな未来に思いを馳せ、夜は僅かに口元を緩めた。

 

 「……少し話が逸れてしまったね」

 「そうだな。時間もないし、先を進めよう」

 「ありがとう。……そうだね、君のレベルを聞いてもいいかい?」

 

 やはり、その質問はしてくるか。内心でそう思った夜は、一度考えた後、知られるのも時間の問題だろうと結論を出して素直に答えることにした。

 

 「レベルは1だ」

 「…………は?」

 「……どうした」

 「……あ、ああ。いや、すまない。……もう一度、いいかな?」

 「レベルは……1だ」

 「レベル……1……」

 

再度、告げられた夜の言葉を反芻するフィン。

 愕然とした面持ちで呆然と立ち尽くすフィンは、その聡明な頭脳を以ってしても夜の言葉を理解できていない様子だった。

 

 静まり返る広間。周りに視線を巡らせれば、誰もがフィンと同じような反応をしている。

 

 この後の展開を容易に予想できた夜は、そっと両手で両耳を押さえた。

 

 次の瞬間。

 

 

 『はぁぁぁああああああ!?』

 

 驚愕に満ちた叫びが広間に響き渡った。

 

 「Lv.1だと……?!」

 「うっそ! あれでLv.1ッ?!」

 「ありえないでしょ……!?」

 「てめぇ、しょうもねえ嘘ついてんじゃねぇよッ!」

 「……あの強さで、Lv.1……。どうして……」

 

 口々に思いを声に乗せながら、詰め寄って来る【ロキ・ファミリア】の面々。

 

 (やっぱ、こうなるよなぁ……)

 

 彼らの様子に、心底鬱陶しそうに顔を顰める夜。

 そんな夜を見かねたフィルヴィスは、【ロキ・ファミリア】の前へ躍り出ると、臆することなく声を張り上げた。

 

 「夜が困っているだろう! もう少し節度を保て!」

 

 清廉なその姿を見た夜は、

 

 (頼もしい……)

 

 と、心の中で感慨深げに思った。

 

 フィルヴィスの注意にハッとした【ロキ・ファミリア】の面々は、気まずそうに視線を逸らしながら数歩後ろへ下がっていく。

 

 「……うちの者がすまない。あまりにも予想外の答えに動揺してしまったみたいだ」

 「いや、気にするな。俺が貴方たちの立場だったら同じような反応をするだろうからな」

 「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 実際、鬱陶しそうにしていた夜だったが、彼らの気持ちも十二分に理解できるところだった。

 故に歓迎はしないが、拒絶するつもりもなかった。

 

 (まあ、煩わしい感情を向けて来るなら話は別だがな……)

 

 地球に居た頃、嫉妬や羨望といった気持ちを散々向けられてきた夜は、他者から向けられる感情には人一倍敏感だった。

 故に、今も自身に向けられる視線の中にそういった類の感情が混じっていることを夜は感じ取っていた。

 

 「……信じられないのも無理はないが、俺がLv.1なのは事実だ」

 「恩恵(ステイタス)を刻んだのは……」

 「二週間前だな」

 「……ファミリアを新設したのと同時期というわけか」

 

 再び、動揺が辺り一帯に広がる。

 

 「つまり……君は恩恵(ステイタス)を刻んでたった二週間で、潜在能力がLv.5はあっただろうあの黒いゴライアスを一人で倒した、というのか……?」

 

 唖然とした様子で問い掛けてくるリヴェリアに、夜は頷いた。

 

 「どうしても真偽を確かめたいのなら、貴女たちの主神である神ロキの前で言ってもいい」

 

 神に嘘は付けないからな。言外にそう告げる夜に、彼の言葉は真実であると否応なく理解させられた。

 

 夜が披露した数々の能力だけでも常識が崩れ去るような感覚に陥っていたというのに、ここにきて更に、音を立てながら瓦解していくのを皆が感じていた。

 

 

 「よ、夜……」

 

 重たい空気が漂う中、横から遠慮気味に声がかかった。

 視線を向けると、口にするか躊躇う様子のフィルヴィスがこちらを見ていた。

 

何か聞きたいことがあると察した夜は、「どうした?」と優しい声音で彼女に問いかける。

すると、意を決した様子で表情を引き締めた彼女が口を開いた。

 

 「お前は、怖くなかったのか……?」

 

 それは、何に対してか。そう聞かずとも、理解した。

 

 フィルヴィスが指したのは、全部だろう。

 

 怪物の宴(モンスター・パーティ)、二人で潜る中層、迷宮の雰囲気、通常のゴライアス、そして漆黒のゴライアス──その全てを冒険者になったばかりのLv.1という新人の身で経験することは、尋常ではない恐怖によって精神を擦り減らされた筈だ。

 

 実際、夜自身も内心では恐怖を抱いていた。

 

 「もちろん、怖かったよ」

 「……本当か? あまり、そうは見えなかったが……」

 「そりゃあ……恐怖で怯えていたらフィルヴィスを護れないからな」

 

 真剣な眼差しでそう告げると、視線を交わしていたフィルヴィスの頬がみるみるうちに朱に染まる。

そして、耐えきれないように俯いてしまった。

 

 (……可愛いかよ)

 

 この場における唯一の癒しに、自然と頬が緩んでしまう。

 

 すると、「んんっ」と咳払いが耳朶を打ち、そちらに振り向く。

 案の定、フィンだったようで、彼は苦笑していた。どうやら、フィルヴィスで和んでいる様を見られていたらしい。

 

 気持ちを今一度切り替えて、フィンと対面する。

 

 「……すまないね」

 「いや、別にいいよ」

 「……彼女は、確か【ディオニュソス・ファミリア】の子だよね?」

 

 フィルヴィスに視線を向けてそう聞いてくるフィンに、夜は首肯する。

 

 「君は、彼女とは昔からの仲だったのかい?」

 「いや、出会ったのはつい数時間前だ」

 「……つまり、君は出会って数時間の子のために命を懸けたというわけだ」

 「まあ……そうなるな」

 

 フィンとの会話を脳内で反芻させる夜は、動揺し始めた。

 

 (もしかしなくとも……実は俺って周りから見たら結構やばい奴……?)

 

 今更ながらに気付いた夜は、内心で頭を抱える。

 考えるよりも早く動いてしまったことが、裏目に出てしまった。

 

 とはいえ、思い悩んだところでもう遅い。

 ──後悔先に立たず。と言うし、何よりアニメなどの主人公も似たような行動をしていた筈だ。つまり、普通のことだろう。

 

 夜は、それ以上考えることを放棄した。

 

 その時、ふと横から視線を感じて振り向けば、フィルヴィスと視線が交わる。だが、それも一瞬のことで、すぐに逸らされた。

 彼女は先程と同様に、尖った耳の先端まで赤く染まっていた。

 

 (うん、可愛い)

 

 若干、知能指数が低下していると、

 

 「君は、すごいね」

 

 ふいに、称賛の声が耳に届いた。

 

 知能指数を戻してそちらを向けば、フィンが微笑みながらこちらを見ていた。

 その碧眼に宿るのは、興味と感心、それと微かな羨望──。

 

 「君は、派閥(ファミリア)同士の干渉は基本的にタブーとされていることは知っているかい?」

 「ああ、知ってる」

 「それついて、君はどう思う?」

 「そうだな……理解はできる。だが、律儀に守る必要もないと思う」

 

 夜は少し考え、思ったことを率直に述べた。

 

 「……理由を聞いてもいいかい?」

 「その規律ってのは、昔の連中が自分たちの都合で勝手に決めたものだろ? だったら、自分の感情や思いを押し殺してまでわざわざ守る義理はないだろ。それに、さっきも言ったが俺は縛られるのが嫌いなんだ」

 

 まるで聞き分けのない子供の言い分だ。

 大人が聞けば、呆れられるだけで、取り合ってはもらえないだろう。

 それは夜自身も理解しているし、その上で言った。

 

 無論、好き勝手やるために規律や規則を破る、というわけではない。

 ただ、いざという時に、誰かを護るためならば、夜はその誰かを優先する。というだけの話だ。

 

 

 さて、勇者(フィン)は何と返すか。少しの興味を胸に抱いていると、

 

「あ、はははははっ!!」

 

 大きな笑い声が広間に響いた。

 

 フィンが高笑いしている。その物珍しい光景に誰もが瞠目する。かく言う夜も、こればかりは驚きを隠せずに目を見開いた。

 

 少しして、落ち着きを取り戻したフィンは、愕然とする周囲の者たちに「すまない」と軽く謝罪をすると、再び夜へと目を向ける。

 その双眸は、一筋の光明を得たように確かな光を宿していた。

 

 「君は、勇ましいね」

 

 微笑みながらそう告げてくるフィンに、

 

 「……単なる子供の意地だよ」

 

 と夜もまた笑みを浮かべながら返す。

 

 夜の言葉を聞いたフィンは、「そうだね」と呟くと、再び楽しげに笑った。

 

 

 

 

 「こんなに笑ったのは久しぶりだ」

 

 一頻り笑ったフィンは、邂逅した時よりも晴れやかな表情をしていた。

 

 「それは、よかったな」

 

 笑わないよりは笑った方が断然いいだろう。そう思った夜は、無難に言葉を返す。

 

 「ああ、君のおかげさ」

 「特別なことは何もしていないがな……」

 「そんなことはないさ。君の言葉は、僕の心に響いたからね」

 「そうか……役に立ったのならよかった」

 

 ただ思ったことを言っただけなんだが……。と、心の中で思っていると、

 

 「夜」と名を呼びながら、フィンが正面までやって来た。

 

 「派閥(ファミリア)としても、そして僕個人としても……君とは友好的な関係を築きたい」

 

 そう言って、右手を差し出してくるフィン。

 

 またも周囲に動揺が走るが、流石に慣れた夜は気にすることなく、差し出された右手を見つめた後、迷いなく手を伸ばした。

 

 「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 そう言って、フィンの右手を力強く握る。

 

 

 勇者と呼ばれる男と、やがて頂点へと至る少年──本来、交わるはずのなかった二つの軌跡が、今この瞬間、確かに重なった。

 





 夜の奴、いつの間にかフィンといい感じになってるんだが……。


 いったい何があったんだ。



 皆さんは、ロキ・ファミリアは好きですか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。