自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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33話 栗鼠と友達

 

 「……ふぅ」

 

 体に溜まった熱を吐き出すように、俺は一つ息を吐く。

 

 激しい戦闘によって体は火照り、心臓の鼓動はいつもより強く脈打っている。

 体から流れる汗に涼しげな風が触れ、それがなんとも心地良い。

 

 そうして戦闘の余韻に浸りながら、俺は前方に目を向ける。

 

 乾いた鉄錆を思わせる茶の岩壁。そこに円状の穴がぽっかりと空いていた。

 先ほど俺が放った一撃、炎の収束砲(レーザービーム)によるものだ。

 穴の縁は高熱によって赤黒く変色し、ジュワッと蒸気を漏らしている。

 

 そんな攻撃を食らったミノタウロスはといえば……。

 

 視線を落とすと、すでに巨体なミノタウロスの姿はない。代わりに大量の灰が堆積し、その上に一つの魔石だけがポツンと残されていた。

 頭部を消し飛ばしたミノタウロスは、その肉体を崩壊させて灰燼に帰したのだ。

 

 

 そして。

 

 

 その亡骸からは影のような煙が立ち上り、助けを求めるような亡霊の声が聞こえる──。

 

 

 

 「【治癒(ヒール)】」

 

 自身の体に治癒魔法を施し、傷を治していく。

 目立つような外傷は受けていないので、すぐにすべての傷を癒し終えた。

 

 腕や脚の関節を動かし、念のために動作の確認をしていると、声がかかった。

 振り向くと、ベルがなにやら興奮した様子で駆け寄って来る。その後ろにはリリが続いていたが、その様子はベルとは対照的だ。

 どこか躊躇うような足取りは重たく、その表情は判決を待つ被告人のように硬い。

 

 ……もしかして俺と対面することを恐れているのか? いったいなぜ?

 

 リリの様子がおかしいことに疑問を浮かべていると、

 

 「さっきの戦いすごかったよ! まるで『アルゴノゥト』みたいだった!」

 

 目の前まで詰め寄ってきたベルが、こちらが気圧されるほどの勢いで言葉を捲し立てる。その瞳は憧れを見るようにキラキラと輝いている。

 

 

 …………いや、ちょっと待て。

 

 アルゴノゥトはおまえの前世だろ!!

 

 ベルの言葉に思わず突っ込みたくなったが、なんとか思い止まる。

 

 「そ、そうか」

 

 代わりに、曖昧に返した。

 

 

 しかし、『アルゴノゥト』か……。

 言われてみれば、確かに頷けるところはある。

 

 魔法然り。牛人然り。役柄然り。

 

 一人の女の子が牛人に襲われ、そこへ一人の少年が駆けつける。

 そして見事その牛人を倒し、女の子を救う。

 

 役者は誰もが異なっているが、物語の構成(ストーリー)はほぼ同じだろう。

 

 

 ──もっとも、俺はアルゴノゥトのような『道化』には成れないだろうが。

 

 あの英雄譚は、アルゴノゥトだからこそ成り得たものだ。

 彼が主人公だったからこそ──いや、彼が主人公となったことで、『悲劇』になりそうだった結末が、『喜劇』へと転結した。

 

 そんなアルゴノゥトを、俺は一人の男として尊敬している。

 

 

 

 「夜くーーん!!」

 

 その時、別の方向からまたも声がかかった。聞き覚えのある声だ。

 振り向くと、褐色肌の女の子が手を振りながらこちらへ駆け寄って来る。──ティオナだ。

 

 後ろには【ロキ・ファミリア】の面々がぞろぞろと続いてくる。

 二週間前に遭遇した遠征隊だ。中には初めて見る者たちもいた。

 

 

 「ティオナか。久しぶりだな」

 「うん! 久しぶり、夜くん!」

 

 軽く挨拶すると、ティオナも同じく返してくる。

 その声はこちらの疲れを吹き飛ばすほどに明るく、彼女の醸し出す雰囲気は陽だまりのようにあたたかい。

 

 『天真爛漫』という言葉がこれほど似合う人もいないだろう。

 

 彼女の純真さに当てられ、つい頬が緩むのを自覚する。

 たったの一声で、人に元気を与えることができる。それが彼女の魅力の一つなのだろう。

 

 

 「さっきの戦い、すごかったね! 私、思わずドキドキしちゃった」

 

 そう言って、ティオナはほんのりと頬を染めて微笑む。

 

 俺は彼女の後方へ視線を投げながら訊ねた。

 

 「全員で見ていたのか?」

 「うん! 私たちちょうど遠征の帰りだったんだー」

 「ということは二週間も潜っていたのか。すごいな」

 

 そう褒めると、彼女は「えへへ」と笑う。……護りたい、その笑顔。

 

 すると、ティオナの後ろから声が上がる。

 

 「さすがの戦いぶりだったね、夜」

 

 感心するようにそう言ったのは、遠征隊を率いる【ロキ・ファミリア】の首領、フィンだ。

 

 「ああ、おかげでいい経験値を積めたよ」

 

 俺がそう言うと、フィンは僅かに目を細め、

 

 「やっぱり全力ではなかったみたいだね」

 

 と、まるで確信していたように言った。

 

 「気づいていたのか?」

 「うん。なにしろ僕たちは君が漆黒のゴライアスと戦っている姿を直接見ていたわけだしね」

 「なるほど。確かにあの時と比べたら一目瞭然か」

 

 ユミルとの戦いは、文字通り命懸けの戦いだった。

 魔法とスキルを駆使し、()()()()()()()出せる限りの全力で挑んだ。

 

 ユミルがLv.5相当だったのに対し、先のミノタウロスはLv.3相当だ。

 さらに言えば、ユミルの時よりも俺自身のレベルは一つ上がっていた。

 

 今回の戦いは、修練の一環として非常に有意義なものだったと言えるだろう。

 もっとも、それはリリの救出に間に合ったが故の言い分だが……。

 

 

 もしもの話だ。本当にもしも間に合っていなかった場合、俺はどうしただろうか。

 

 

 きっと、答えは簡単だ。──ミノタウロスを瞬殺していただろう。

 

 リリを護れなかった己の不甲斐なさを当たり散らかすように、一片の慈悲すらなく。

 ただ存在を抹消するかのように、たったの一撃をもってして。

 

 だからこそ、そうならずに済んでよかったと心の底から思う。

 

 

 …………本当に、そう思うよ。

 

 

 *

 

 

 「──なるほど。そんなことがあったのか」

 

 俺たちは今、フィンたちから事の顛末を聞かされていた。内容はもちろん、どうして上層にミノタウロスがいたのかについてだ。

 

 フィンたちの言い分はこうだった。

 

 遠征の帰りに、十七階層にてミノタウロスの大群と遭遇した。

 そこで普通なら戦闘へと移行するはずが、なぜかミノタウロスたちは上層へと逃走したらしい。

 ここまでは“原作通りの流れ”だ。

 

 問題はここからだ。

 

 まず原作では、逃走したミノタウロスの一体が五階層まで到達する。そこでベルと遭遇し、襲うところで追いついたアイズに退治される。

 

 しかしこの世界ではミノタウロスは五階層に到達することはなく、六階層で()()遭遇した。

 『強化種』へと変わり、リリを襲っていた場面に。

 

 

 「これは単なる言い訳にしかならないが、まさか一体見逃していたとは思わなかったよ」

 

 フィンが己の至らなさを悔いるように言葉を零した。

 

 視線を床に落とすその姿は、心底自分に失望しているように見えた。それはフィンだけではない。この場にいる【ロキ・ファミリア】の大半の者たちがそれぞれ表情に翳を落としている。

 

 それはオラリオの双璧を担う者としての責務か。

 それとも強者となったことで慢心していた己への恥辱か。

 

 あるいはそのすべてか──。

 

 いずれにしろ、今の彼らが心中穏やかでいられるはずもない。

 

 通常、中層のモンスターを上層へ逃がしただけでも大事件だ。それが一体見逃していたとなれば尚のこと。

 さらにそいつは『強化種』へと変貌し、俺が駆けつけなければ確実に死人が出ていたのだ。

 

 この不祥事が世間に知れ渡れば、【ロキ・ファミリア】は恥をかくだけでは済まされない。

 彼らがこれまでに積み上げてきた権威も、名誉も、信頼さえも揺らいでしまう。

 どん底には落ちずとも、確かな不安感は誘発され、そしてそれを払拭することは容易ではない。

 

 

 ──つまり、彼らの命運は俺たちが握っているも同然だということ。

 

 

 まあ、それはさておき。

 

 

 「誰も見逃していたことを気づかなかったのか?」

 

 問題はそこだ。

 

 原作では一体も見逃すことなく対処できていた。それがどうしてこの世界では異なる結果を招いたのか。その真相を、俺は知らなければならない。

 

 俺の言葉に、彼らはそれぞれ顔を見合わせる。だが一様に口を噤んだままで、めぼしい答えは返ってきそうにない。

 

 「申し訳ない。どうやら皆気づかなかったみたいだ」

 

 フィンが答えた。

 

 今回のような過失があったとはいえ、彼らの実力は本物だ。一体でも見逃すとは考えにくい。

 

 ()()見逃してしまった。そんなご都合的な展開が現実として起こり得るはずもない。

 

 となれば、考えられる結論は一つ────。

 

 俺はすっと天井を仰ぎ見た。

 

 そこにあるのは不気味な薄暗さを醸し出す岩壁と、自らの存在を誇示するように淡く光る燐光。

 

 一見すれば、無機質な迷宮の壁に過ぎない。

 だが肌を刺すような圧迫感の奥に、俺は確かに()()()()()

 

 血管が脈動し、こちらの出方を窺うような、得体の知れない生命の胎動を。

 

 

 

 ────お前か、()()()()()

 

 

 声には出さず、ただそこに潜んでいるだろう“意志”へ、射抜くような視線を向けた。

 

 

 その時、ふと俺を呼ぶ声が聞こえ、深い思考の淵から意識を引き戻された。

 視線を向けると、そこには静かに頭を下げるフィンの姿があった。

 

 「礼を言わせてくれ。君がいなければ、間違いなく死人が出ていたはずだ」

 

 君に救われた、ありがとう。フィンは偽らざる本心で、そう告げた。

 

 あの時、俺はリリを救うことしか考えていなかったため、正直に言えば【ロキ・ファミリア】のことは視野に入れていなかった。

 だけど、今それを言うのは無粋だろう。彼らの礼は素直に受け取っておこう。

 

 「ああ、無事に事が済んでよかった」

 

 誰も死なない。その結末が一番いいはずだ。

 

 「今度、改めてお礼をさせてほしい。さすがに言葉だけの謝礼では収まらないからね」

 

 ……ふむ、お礼か。確かに道理だ。

 

 しかし、今の俺に金品や装備等は必要ない。どれも自分で調達できるものだ。となれば、

 

 「なら“貸し一つ”ということでいいよ」

 

 長期的な目で見れば、この要求が最も利益を得られるだろう。

 

【ロキ・ファミリア】に貸しを一つ作っておけるというのは、それだけの価値がある。将来的にも必ず役に立つはずだ。

 

 俺の要求を聞いたフィンは、困ったように息を吐く。

 

 「君に貸しを作るのは、いろんな意味で怖いね」

 

 そう言って苦笑する。

 

 いったいなにが怖いと言うのか。別に不当な要求をしたわけでもあるまい。まったく、失礼な奴だぜ。

 

 フィンの態度に心の中で呆れていると、彼はリリへと体を向けた。

 

 「君にも多大な迷惑をかけてしまったね。本当に済まなかった」

 

 そして俺の時と同じように紳士的な態度で頭を下げる。

 

 リリのような一介のサポーターに対し、都市最大派閥の首領が深く頭を下げるなど、本来であればあり得ない光景だ。

 

 リリは驚愕に目を見開き、わちゃわちゃと手を振り回しながら、

 

 「い、いえ、リリは夜様に助けていただいたので……。それよりも頭を上げてください!」

 

 と、焦った様子で声を上げる。

 

 しかし、それはフィンの矜持が許さない。

 自らの不手際を曖昧にするような不誠実な態度を、この小人族の勇者が取るはずもない。

 

 「いや、今回の件はすべて僕たちが招いた失態だ。だから、君に対してもできる限りの償いをさせてほしい」

 

 その碧眼の瞳には、有無を言わせない強い意志が宿っていた。

 

 フィンの態度に気圧されたリリは数秒ほど考え込んだ後、

 

 「……分かりました。それでは、リリも夜様と同じように貸し一つということにしておきます」

 

 俺にチラリと視線を向け、意を決したようにそう言った。

 

 それを聞いたフィンは一瞬呆けた後、「ははっ」となにが面白いのか笑みを零すと、

 

 「分かった。その日が来たら必ず、君たち二人には貸しを返すとするよ」

 

 先ほどまでの重たい空気とは一転して、晴れやかな表情で言った。

 

 

 *

 

 

 「夜様」

 

 リリが硬い声で呟いた。

 

 振り向くと、僅かに緊張した面持ちの彼女と目が合う。

 

 一拍の間を置いて、彼女は意を決したように口を開いた。

 

 「改めて……リリを助けていただき、ありがとうございました」

 

 言い終えると同時に、深々と頭を下げる。

 

 ……今日は、やけに人の旋毛(つむじ)を見ることが多いな。

 

 くすんだ栗色の髪を見つめながら、場違いな感想を心の中で零した。

 

 

 「頭を上げてくれ」

 

 そう促すと、彼女はおずおずと顔を上げた。

 

 髪と同じ栗色の瞳は、まるで彼女の心情を表すかのように微かに揺れている。

 

 どうしてそこまで怯えているのか。その理由に目星をつけながら、俺は言葉を継いだ。

 

 「アーデを助けたのは本当に偶然だ。だから、そう畏まらなくていい」

 

 今日、ミノタウロスが上層に出現するだろうことは予見していた。だが、俺たちが遭遇するよりも先に彼女が襲われるのは計算外だった。

 

 もし遭遇したのがもっと下の階層だったなら。

 もし『天眼』が発動しなかったなら。

 

 ──おそらく、俺は間に合わなかった。

 

 リリを助けることができたのは、本当に運が良かったのだ。

 

 

 すると、リリが突き放すような物言いで問いかけてきた。

 

 「……どうして、リリを助けるために駆けつけてくださったのですか。夜様とは初対面ですし、派閥も違います。助ける理由はないはずです」

 

 試すような視線が俺を射抜く。

 泥水のように濁った瞳の奥には、本人でさえ気づいていない微かな期待の残火が燻っていた。

 

 彼女は人を信じない。それは劣悪な環境で生き抜くために身に着けた、ある種の生存本能だ。

 過酷な半生で磨き上げられた洞察力は、俺の言葉から一滴の虚飾も見逃さないだろう。

 

 言葉の選択を誤ることは許されない。

 言葉の真意を偽ることも許されない。

 

 

 ──もっとも、嘘で着飾るつもりなど毛頭ないが。

 

 

 今、この場所に甘い綺麗事は不要だ。

 見せかけの空っぽな言葉に(おもね)るのではなく、剥き出しの本心で彼女の境界線を越えなければならない。

 

 その結果、たとえどんな関係性に成り果てようとも。

 

 

 俺はゆっくりと息を吐き出し、濁りのない言葉を紡ぎ始める。

 

 「アーデを助けたことに大した理由はない。そもそも襲われているのがお前だとは知らなかったからな」

 「え……そうなのですか?」

 

 予想外の答えだったのか、リリが瞬きを繰り返す。俺は淡々と頷いた。

 

 「あくまで俺は誰かがモンスターに襲われていることに気づいただけだ。それがどこの誰かまでは分からなかった」

 

 あの瞬間に見たのは、ミノタウロスに殺される小人族の少女の姿だった。しかし、その少女の正体まではさすがに分からなかった。

 

 「……では、夜様はその方がお知り合いだと思われたのですか?」

 「いや、全く」

 

 俺に小人族の少女の知り合いなどいない。

 別に積極的に人間関係を築こうとは思っていないし、その必要性も感じていないからだ。

 

 「なら……なら、どうして! どうして助けに向かったのですか!? 夜様には、リリを見捨てる権利だってあったはずなのに!」

 

 リリが悲鳴のような声を上げた。

 

 その姿は否定されることを望んでいるようで、けれど誰かに見つけてほしいと嘆いているようにも見えた。

 

 矛盾した感情に引き裂かれながら、彼女は泣いて自己主張する幼い子どものように、鋭い視線で俺を睨みつける。

 

 そんな彼女に対し、俺はただ本心だけを紡いでゆく。

 

 「さっきも言っただろ。大した理由はない。だが人が死ぬと分かっていて見捨てるほど、俺は冷徹な男ではないつもりだ」

 

 善悪問わず助けるほどお人好しではないが、小さな女の子を見捨てるほど薄情でもない。

 そいつが助けを求めていようといまいと、俺は俺の心に従うまでだ。

 

 

 俺の言葉を聞くと、リリは力なく俯いた。なんの反応もなく、ただ足元の地面を呆然と見つめている。

 

 やがて、彼女はゆっくりと顔を上げた。まだ納得しきれていないのか、その表情はやや暗い。

 

 「……声を荒げてしまい、申し訳ありませんでした」

 「気にしなくていい。助けられた理由を知りたいと思うのは自然なことだ」

 

 俺の言葉に「はい……」と弱々しく応じたリリは一拍置くと、覚悟を決めたように口を開いた。

 

 「リリは……夜様にどうお返しすればいいですか」

 

 お返し。その単語に、一瞬だけ返答が遅れる。

 俺の沈黙をどう受け取ったのか、彼女は切迫した様子で言葉を重ねた。

 

 「リリは、夜様に命を救われました。このご恩は、到底言葉だけで返しきれるものではありません」

 

 さて、どう答えたものか。

 

 ここで「お返しはいらない」と突き放すのは論外だ。そのような誠実さは、今の彼女は求めていない。

 

 彼女の提案は、純粋な善意からくるものではないだろう。

 身に余る恩という“負債”を清算し、この不安定な関係を終わらせたい。あるいは、借りのある状態そのものが、彼女には耐え難い不安なのだ。

 

 ならば、今の俺がすべきことは決まっている。

 彼女が納得できるだけの正当な“報酬”を要求することだ。

 

 

 いったいどんな過酷な要求を突きつけられるのか。びくびくと身を震わせるリリを見据え、俺は告げた。

 

 「なら──俺と友達になってくれないか」

 「…………え?」

 

 毒を食らう覚悟をしていたのだろうリリは、毒気を抜かれたように呆然と固まった。

 理解が追いつかないのか、円らな瞳がパチパチと瞬く。

 

 やがて、彼女はたどたどしく言葉を絞り出した。

 

 「友達……、ですか?」

 「ああ、そうだ」

 「ど、どういうことですか? リリはお返しの話をしているのですが」

 

 まるで意味が分からない、と言いたげな困惑。

 どうやら相当な混乱を招いてしまったようだ。俺は苦笑を交えて説明を足す。

 

 「悲しいことに、俺には友達と呼べる奴がベルくらいしかいなくてな」

 

 隣のベルに視線を向けると、彼は照れくさそうに、けれど心底嬉しそうに破顔した。

 

 「だから、アーデには俺の二人目の友達になってほしいんだ」

 

 俺の言葉を吟味するようにしばらく見つめていたリリだったが、やがて不安そうに口を開く。

 

 「……そんなことで、いいのですか?」

 「そんなことがいいんだよ」

 「でも……それだけじゃ、釣り合いが……」

 

 消え入りそうな声で呟き、リリは再び俯いてしまった。

 

 どうやら彼女の中の天秤を動かすには、今の要求は“値”が低すぎたらしい。やれやれ、欲張りな女の子だ。

 

 「なら、もう一つ追加だ」

 

 その言葉に、彼女の肩がびくりと跳ね、表情が強張る。

 

 ……別に過度な要求をするつもりはないのだが。

 

 いったい彼女は俺をなんだと思っているのだろうか。

 

 「今後、リリは俺のことを呼び捨てで呼ぶこと」

 「え……なっ、ええっ!? どういうことですか?!」

 「言葉通りの意味だ。リリは俺のことを『様』付けで呼んでいるだろ? それは今後禁止だ。代わりに『夜』と呼べ。それが俺の二つ目の要求だ」

 

 リリは他者の名前を呼ぶ時は「様」をつけている。それは過去の経験から身に着いた癖なのだろうが、それを取っ払う。

 理由は一つ。普段敬語の人がたまに出すタメ口、そのギャップみたいなものを俺は味わいたい!

 

 「そ、それは……」

 

 俺の熱い想いとは対照的に、リリは渋る様子を見せる。

 なかなかの粘り具合だ。しかし相手が悪かったな。

 

 俺は諦めの悪い男なんだ。

 

 「悪いが、これ以上の譲渡はしないぞ。絶対だ」

 「うっ……」

 

 もともと、なにかを奪う気などさらさらない。

 彼女の凝り固まった疑心の念を解くために、あえて『要求』の形を取っているに過ぎないのだ。

 

 リリは葛藤するように黙り込んだ。

 

 やがて、観念したように盛大なため息を吐き出すと、

 

 「……分かりました。その二つの要求を吞ませていただきます」

 

 心底不服そうに、けれどどこか吹っ切れたような顔で彼女は言った。

 

 

 「それじゃあ、これからよろしく、リリ」

 

 彼女が俺を呼び捨てるなら、俺も彼女の名を呼ぶのが自然だ。

 

 俺の呼び方に僅かな驚きを見せたリリだったが、やがてその表情をふわりと和らげた。

 

 「はい。こちらこそよろしくお願いします……夜」

 

 今日初めて、彼女の唇から柔らかな微笑みが零れた。

 

 

 




今回も読んでいただいてありがとうございます!

さて、活動報告のところで、

「原作キャラの中で救われて欲しいキャラとかいますか?」

という質問を設けておりますので、ぜひ回答ください!

待ってます!
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