自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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お待たせしました。



活動報告のところで、

「原作キャラの中で救われて欲しいキャラとかいますか?」

という質問を設けておりますので、ぜひ回答ください!


34話 更新と発現

 

 

 「──それじゃあ、そろそろ地上に戻ろうか」

 

 俺とリリのやり取りが一段落したのを見計らい、フィンがそう切り出した。

 

 長々と話し込んでしまったが、ここはダンジョン──モンスターの巣窟だ。安全とは無縁のこの場所で、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

 

 周囲を見回せば、先ほどのミノタウロスとの戦いでついた傷も順調に修復を始めている。あと数分もすれば修復が完了し、再びモンスターが生まれるだろう。余計な戦いを避けるためにも早々にこの場を立ち去るべきだ。

 

 

 団長の指示に【ロキ・ファミリア】の面々は頷き、それぞれ荷物を持ち直す。

 二週間という長期間にわたる遠征なだけに、彼らの荷物は相当に多い。団員の多い大手派閥だからこそ可能な物量だ。

 

 

 すると、不意にフィンがこちらに振り向き、

 

 「夜たちも一緒に行くかい?」

 

 と提案してきた。

 

 俺は隣のベルたちに「どうする?」と視線で問う。二人は少しばかり考えた後、静かに頷いた。フィンの提案に乗るようだ。

 

 時刻はすでに夕刻に差しかかっている。

 探索を切り上げるにはちょうどいい時間だ。なによりミノタウロスから決死の逃走を繰り広げたリリの疲労は限界だろう。

 

 そうと決まれば【ロキ・ファミリア】に同伴し、安全に地上へ戻るとしよう。──が、その前に俺にはやるべきことがある。

 

 しかし、それをするには些か人目が多すぎる。できればまだ隠しておきたいし、まずは一人になる必要がある。

 

 「ベル、悪いがリリと一緒に先に行ってくれるか」

 

 俺からの突然の申し出に、ベルは目を丸くする。だがミノタウロスの亡骸を見て俺の意図を察したようで、慎重に頷いた。

 

 そこへリリが口を挟んできた。

 

 「夜は一緒に行かないのですか?」

 「ああ、ちょっとやることがあってな」

 

 俺の言葉に、リリは考える素振りを見せる。

 

 やがてリリは顔を上げると、

 

 「それでしたら、お手伝いしましょうか?」

 

 と期待を込めた眼差しで言った。

 

 やはり先ほど俺とした交渉に不満があったのだろう。

 命を救われた対価に、『友達申請』と『呼び捨て』では不十分だったようだ。今回のお手伝いの申し出も、その不十分に対するわだかまりを解消したいとみえる。

 

 だが残念ながら、今回はリリの思いに応えてやることはできない。

 これから俺がやろうとしていることは、現時点ではまだ秘匿しておきたいことだからだ。

 改心したリリならともかく、今のリリに信を置くことは難しい。

 

 俺は若干の申し訳なさを抱えつつ、リリからの申し出を断る。

 

 「ありがとう。けど、大丈夫だ。やることと言っても人手がいるわけじゃないからな」

 「……そうですか。分かりました」

 

 リリは落胆するように顔を伏す。

 

 そのあからさまな態度に思わず苦笑してしまう。

 しかし、こちらにも事情があるのだ。リリには悪いが、諦めてもらうほかない。

 

 とりあえず彼女の気を取り直すのはベルに押し付け──もとい、任せるとしよう。

 

 「ベル、リリを頼んだぞ」

 「うんっ、任せて!」

 

 俺の言葉に、ベルは張り切った声で頷いた。

 

 

 「──というわけだ。二人を頼んだぞ、フィン」

 

 俺はそう言って、待ってくれていたフィンに視線を送る。

 

 すると、フィンを含め【ロキ・ファミリア】一同は皆、一様に怪訝そうにこちらを見ていた。

 それは明らかに俺を探るような視線で、正直に言えば少し不快に感じる。

 だが彼らに非はない。リリの申し出を断った俺の発言は、裏があると勘繰られても仕方のないものだった。

 

 それでもフィンたちが追及してくることはなかった。俺とリリのやり取りを見て、詮索は無意味だと判断したのだろう。

 

 「任された」と頷いたフィンを先頭に一人、また一人と広間を去っていく。

 

 その際、ふとアイズと目が合った。

 先ほどからひと際鋭い視線を感じていたが、どうやらその正体は彼女だったらしい。

 

 なにか用でもあるのかと見つめ返すも、特に反応はない。

 

 ただじっと、俺を見つめてくる。

 

 

 それは湿度を帯びた、粘つくような眼差し。

 

 なにかに焦がれているような、あるいは深淵を覗きこもうとするような、形容しがたい熱を孕んだ視線が、俺の意識を吸い込むように奪っていく。

 

 

 

 そんな彼女の金色の瞳の奥に、ふとなにかが見えた。

 それはなにもない暗がりに独り、蹲って溢れそうな涙を必死に堪えている──幼い一人の少女の姿をしていた。

 

 

 *

 

 

 「“起きろ”」

 

 

 そう命令を下すと、ミノタウロスの亡骸から黒い煙が渦を巻くように勢いよく立ち上る。

 解き放たれた魔力は暴風のように荒ぶり、その圧迫感がひしひしと肌に伝わる。

 

 やがて、黒い煙は一つの形へと集束していく。

 

 3M(メドル)を超えるほどの巨体は鮮血のように赤く、体の至るところに黒い切り傷が刺青のように刻まれている。一対の太い角は常闇のように黒く、右手に持つ大戦斧は禍々しい存在感を放っている。

 

 そいつは戦斧を地面に突き立てると、恭しく片膝をついて首を垂れた。

 

 

 これでまた一つ戦力が増強された。

 心地よい充足感が胸の内に広がるのを感じながら、俺は眼前で跪くミノタウロスに名を与える。

 

 「今日からお前は──『ゴズ』だ」

 

 主に仏教において地獄の番人とされる牛頭(ゴズ)から頂いた名だ。なんの捻りもないが、分かりやすくていいだろう。

 

 俺が与えた名に満足したのか、ゴズは「ブルル……」と嬉しそうに唸った。

 

 

 それにしても、まさかこんなところでミノタウロスの『強化種』と戦うとは思わなかったが、結果的に嬉しい誤算だったといえる。

 なにしろゴズの能力値は、Lv.3の中位。フェルと同等の強さだ。即戦力と言っても差し支えないだろう。

 

 現時点での俺の戦力は、Lv.5相当のユミルと、Lv.3相当のフェルとゴズ、そして俺。単純な総戦力で言えば、そこらの派閥よりも上だろう。

 だが武力が強さのすべてではない。情報力、適応力、経済力、協調性、などなど一口に強さと言ってもその要素は様々だ。

 それ以前に、今の俺には他者よりも“経験”という点において圧倒的に劣っている。

 

 今後も己の力に慢心することなく、常に向上心と探究心を胸に前進していこう。

 

 

 

 「さてと、それじゃあ戦利品(ドロップアイテム)の回収といきますか」

 

 俺はゴズが消滅した後に残った灰の中から、ひと際鈍い光を放つ魔石を拾い上げた。

 

 「さすがは『強化種』だな。通常個体と比べて純度も大きさも段違いだ」

 

 これほどの質ならば、相場は通常の一・五倍はあるかもしれない。

 【ロキ・ファミリア】のような大手派閥ならまだしも、俺たちのような弱小派閥にとっては大きな収入となる。

 これ一つで、ベルが一日かけて稼いだ収入を上回るだろう。

 

 冒険者とは、それだけ実力が物を言う職業なのだ。

 

 

 「この魔石は後で彼女に渡すとして……」

 

 腰に下げた魔石袋にそれを放り込み、革紐を固く締め直す。袋の中にはここに来るまでに倒したモンスターの魔石も入れているため、今にもはち切れそうだ。帰ったらサイズをもう少し大きく創り直すとしよう。

 

 

 魔石の回収を終えた俺は、次に広間の一角へと目を向ける。

 

 そこにはゴズが使っていた大戦斧が、まるで新たな所有者を待つように地面に刺さっている。

 

 「こうも存在感を放つ武器は初めて見るな」

 

 この大戦斧は、はっきり言って異様だった。

 存在感という意味で、通常の武器とは根本的になにかが違う。

 

 職人が打った武器には魂が宿るという。

 それは物理的な意味ではなく、彼らのこれまでの研鑽が、意志が、記憶が、情念が“重み”として蓄積される。

 

 そして、目の前の大戦斧には──。

 

 「……魔力が宿っている」

 

 魔力が宿った武器。それは通称“魔剣”と呼ばれる類のものだ。

 それは一握りの熟練した鍛冶師にしか造れず、魔法と同等の効果をもたらすことができる。

 

 この大戦斧は内に魔力を保有し、まるで生きているかのように脈動している。妙な存在感の正体とは、魔力だったのだ。

 

 「ダンジョンは魔剣まで生み出せるのか」

 

 俺は新たな未知に心をざわつかせながら、その大戦斧の柄を左手で握る。その瞬間、

 

 「これは……!?」

 

 全身に力が籠り、体がわずかに軽くなる。

 まるで身体強化を施したかのような感覚だが、もちろん俺は魔法なんて発動していない。

 

 それに俺の使用する身体強化よりも魔法強度が劣っている。だいたい“小アップ”といったところか。

 

 どうしていきなり身体能力が強化されたのか。その原因は間違いなく左手に握る大戦斧だろう。

 

 左手に意識を集中させれば、掌を通じて大戦斧から魔力が流れ込んできているのが分かった。

 

 「……なるほど。この大戦斧は、使用者の身体能力を強化させる魔剣というわけか」

 

 違和感ならあった。

 いくら魔石を食べたからといっても、たったの数時間でLv.2からLv.3中位まで強化できるものなのか。魔石を大量に取り込んだならば、不可能ではないかもしれない。ただ現実的ではないだろう。

 

 そう思っていたのだが、どうやらその原因はこの大戦斧にあったらしい。

 

 「ということは、ゴズの素の能力値はLv.3下位くらいかな」

 

 大戦斧の強化倍率は、およそ小アップ程度。それでも破格の性能だが、武器なしではフェルに劣るだろう。相性を考慮しても、やはり遠距離攻撃を持つフェルに軍配が上がる。

 

 未だ眼前で跪くゴズに目を向ける。

 右手に持つ大戦斧は、この魔剣で間違いない。影の兵士になってもしっかりと引き継いでいるようだ。

 

 「……しかし、身体能力を強化する魔剣か」

 

 魔法やスキルと同等の効果をもたらす武器。それは凄まじい価値を発揮する。

 この情報が世に出回ったならば、奪い合いに発展するのは火を見るよりも明らかだ。

 

 今はまだ世に知らせるべきではない。俺だけに留め、有効活用するとしよう。

 

 俺の魔法【オムニ・ジェネシス】を用いれば、量産も可能だろう。いや、量産に留まらず、より高性能な武器へと昇華させることもできるかもしれない。

 それも身体強化だけではない。様々な性能を付与した武具を作製することも……。

 

 

 この大戦斧たった一つで、俺の可能性は何倍にも跳ね上がった。

 それは単なる戦力の増強に留まらない。文明の進歩すら加速させかねない、巨大なパラダイムシフトの種火だ。

 

 そのきっかけをもたらしたのは、奇しくもダンジョンが生み出したであろう産物だった。

 

 「……なあ、ダンジョン。お前は敵か、それとも味方か?」

 

 暗闇に支配された天井を見上げ、独り言を零す。

 

 

 世界は、英雄に試練を与えるという。

 

 ──ならば、ダンジョンはどうだ。

 

 お前は、異世界人たる俺になにを与える?

 

 

 恩恵か、それとも災厄か。

 

 繫栄か、あるいは滅亡か。

 

 覇道か、はたまた瓦解か。

 

 

 あるいは────。

 

 

 

 「“戻れ”」

 

 そう短く命令を下すと、跪いていたゴズは俺の影の中へと沈むように吸い込まれていく。

 

 左手に持った大戦斧を『影の倉庫』へと放り込み、俺はいくつもの想念をその場に残して、広間を後にした。

 

 

 

 

 俺たちが地上に出たのは、ちょうど夜を迎えようとしている頃だった。

 西の空は茜色に染まり、薄暗い街並みは魔石灯がぼんやりと照らしている。

 

 バベルの塔から出た先の広間には、多くの冒険者の姿があった。彼らの中には喜びを表情に浮かべる者もいれば、肩を落として落胆に沈む者もいる。

 どのような冒険をしてきたのか、それは彼らの様相がすべてを如実に物語っていた。

 

 

 

 「それじゃあ、僕たちはこれで失礼するよ」

 

 フィンは俺たちに向かって穏やかにそう告げると、団員たちを引き連れて北のメインストリートへと消えていく。

 

 その時、こちらをチラリと振り返ったアイズと目が合った。とりあえず手を振ってみると、彼女はぎこちないながらも小さく手を振り返してくれた。

 

 

 「リリも、ここで失礼しますね」

 

  フィンたちの背中が人波に溶けるのを見届けてから、リリはそう言って頭を下げる。

 

 「ああ、またな。それと──ほら」

 

 俺は『影の倉庫』にしまい込んだ戦利品とは別の、ある物をリリへ投げ渡した。

 

 「わわっ」

 

 不意を突かれ、リリは慌てて両手を伸ばす。なんとかそれを胸元で受け止めた彼女は恨めしげに俺を一睨みしてから、手の中の物体に視線を落とした。

 

 「……魔石、ですか。それも大きい……」

 「あのミノタウロスの魔石だからな」

 「ええっ?!」

 

 リリの驚いた声が広間の喧騒に紛れる。

 彼女は目を見開き、手の中にあるゴズの魔石を食い入るように見つめた後、怪訝そうな顔で俺を見上げる。

 

 「どうして、これをリリに?」

 「あのミノタウロスのせいで荷物をすべて失ったと言っていただろ? それ一つで補えるとは思わないが、なにもないよりはましだろう」

 

 ミノタウロスから逃げている際、バックパックごと荷物を失ったとリリは言っていた。

 サポーターである彼女は、大量の荷物を持っていたはずだ。そのすべてを失ったというのだから、その損失は相当に大きいだろう。

 

 

 しかし、リリは戸惑ったように首を横に振った。

 

 「そ、それはそうですが……。ですが、これは受け取れません! あのミノタウロスは夜が倒したのですから、この魔石は夜が受け取るべきです!」

 

 もっともな主張だ。

 戦利品の所有権は、倒した者に帰属する。それが冒険者間での不文律だ。

 

 「確かに、その魔石の所有権は俺にある。けれどそれは同時に、倒した者に戦利品の使い道を決める権利があるともいえる」

 「うっ……それは」

 俺の反論に、リリは言葉を詰まらせ、不満げに口を噤んだ。

 

 「別に深く考える必要はない。それは生き延びたことに対する、俺からの報酬とでも思ってくれたらいい」

 「報酬……」

 

 リリはその言葉の響きを確かめるように、静かに繰り返す。

 

 やがて彼女は大きくため息をつくと、納得がいかないという顔を隠しもせずに口を開いた。

 

 「……分かりました。そこまで言われるのでしたら、ありがたく頂戴します」

 

 不服そうではあるが、ようやくその手は魔石を強く握りしめた。

 

 

 

 「では、リリもこれで」

 

 再度頭を下げ、踵を返すと、彼女は雑踏の中へと消えていった。

 

 

 「それじゃあ、俺たちはギルドに行くか」

 「そうだね。今日稼いだ分を換金しなくちゃ」

 

 リリの背中を見届けた俺たちは、二人並んでギルドへと向かった。

 

 

 *

 

 

 「ただいま帰りましたー!」

 「ただいま」

 

 古びた教会の地下、その隠し部屋へと続く石造りの階段を下りきったところで、俺たちはそろって帰宅の挨拶をする。

 すると奥からドタドタと小気味よい足音が響き、一人の少女が弾かれたように駆け寄ってくる。

 

 「──おっかえりー、二人とも!!」

 

 黒髪のツインテールを激しく揺らしながら、我らが主神──ヘスティアが満面の笑みで俺たちの胸元へと飛び込んできた。

 

 「うわっ!」

 「おっと」

 

 俺たちはなるべく衝撃を殺すように彼女を受け止める。

 その際、ふわりと花の甘い香りが鼻腔をくすぐった。どうやら俺たちが帰ってくる前に風呂を済ませたようだ。

 

 ヘスティアは俺たち二人にしがみついたまま、上目遣いで顔を覗きこんできた。

 

 「今日の探索はどうだったんだい? 怪我はないかい?」

 

 その問いに、ベルは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせると、堰を切ったように話し始めた。

 

 「聞いてください、神様! 今日、夜がすごかったんですよ! 実は──」

 

 身振り手振りを交え、興奮気味に言葉を重ねるベルの勢いに、ヘスティアは目を丸くする。だがその表情はすぐに慈愛に満ちたものへと変わり、穏やかな相槌を打ち始める。

 

 そんな睦まじい二人からそっと抜け出し、俺は汚れた体を洗うために一人風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 風呂を済ませた俺が居間へ向かうと、ヘスティアが歩み寄ってきた。その手には【ステイタス】が記された一枚の紙。どうやら俺が体を洗っている間に、ベルは【ステイタス】の更新を済ませたようだ。

 

 「ベル君から聞いたよ。ミノタウロスの『強化種』と戦ったんだってね」

 

 ヘスティアは真剣な面持ちでそう訊ねてきた。

 

 ……もしかして、心配させてしまっただろうか。

 

 だがいくら『強化種』といっても、ユミルほどの脅威度ではなかった。瀕死に至るほどの重傷を負ったわけでもないし、なによりヘスティアは俺の力を把握している。

 

 ベルの視点から見ても、俺は心配されるような戦いぶりではなかった……はずだ。

 

 「ああ、『強化種』なだけあって強かったよ。けど、無茶はしていない」

 

 彼女の目を真っ直ぐ見つめ、俺は言った。

 するとヘスティアは困ったように眉を下げて微笑んだ。

 

 「それは分かっているよ。ボクは君を信じているからね」

 

 その言葉に、俺は安堵の息を吐く。

 てっきりまた説教を食らう羽目になるのかと身構えていたが、どうやら杞憂だったみたいだ。

 

 しかし、ならばどうして硬い表情をしているのだろうか。

 

 要因が俺にないのだとすれば、考えられることは一つしかない。俺はヘスティアが持つ【ステイタス】用紙を指し示す。

 

 「……ベルの【ステイタス】に、なにか発現したのか?」

 

 俺の発言に、ヘスティアは目を丸くする。当たりのようだ。

 

 彼女は感心するように一つ息をつき、

 

 「君は本当にめざといね。……これを見てくれ」

 

 ベルの【ステイタス】が書かれた用紙を差し出された。

 俺は内心の緊張を悟られぬよう平静を装って、それを受け取る。

 

 ──やばい、本当に緊張してきた……。

 

 心拍数が上昇し、血液の巡りが加速していく。

 力が抜けそうになる足を力ませ、地を踏みしめる。

 

 そうなる理由を知らない者からすれば、たかが【ステイタス】を確認するだけだろうと鼻で笑われるかもしれない。しかし、事はそう軽いものではないのだ。

 

 改めて言うが、今日は原作が開始される日だ。

 主人公であるベルが英雄街道を進むためのスキル──『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』を手に入れる契機となるのが今日だ。そして、そのスキルは“アイズとの出会い”がきっかけで発現する。

 

 だが、その出会いは果たされなかった。

 それはスキル獲得の契機を逃したということであり、ベル・クラネルの物語が始まらないことを意味する。

 

 成長促進系スキルがない状態では、ベルは──。

 

 

 俺は消沈する気持ちのまま、用紙に視線を落とした。まずは『基礎アビリティ』の欄に目を向ける。

 

 

 ベル・クラネル

Lv.1

力 :H105→H107

耐久:H186→H190

器用:H111→H113

敏捷:H164→H171

魔力:I0

 

 

 そこに記された数値は、ベルがこれまで積み上げてきた経験を如実に表していた。

 

 現時点での【ステイタス】は原作の同時期よりも高いはずだ。それは紛れもなく日々の鍛錬の成果であり、なによりベル自身の努力の賜物だ。

 だからこそ、素直に称賛したい。……だが。

 

 今回の探索で得た【経験値(エクセリア)】の加算値は──合計で15。

 

 これは、なんというか……普通だ。あまりに平凡な数値、もはやそれ以上の言葉が出てこない。

 

 ……参ったな。

 

 やはりアイズとの出会いが訪れなかったせいで、肝心のスキルが発現しなかったのか。

 

 原作には存在しない展開。その片鱗が少しずつ顔を覗かせ始めている。

 原作の乖離を引き起こしている原因は……間違いなく俺だ。俺という異分子が紛れ込んだことで、この世界の因果に亀裂が生じたのだろう。俺一人にそこまでの影響力があるとは信じたくないが、それ以外の可能性は思い当たらない。

 

 少なくとも今、その歪みのしわ寄せをベルが受けてしまっているのだから。

 

 とはいえ、この変質が【ステイタス】の根幹にまで及んでいるのかどうか。その判断を下すのは、最後の欄まで目を通してからでも遅くはない。

 俺が確認したのは『基礎アビリティ』のみ。『魔法』と『スキル』はまだ見ていない。……いや、正直に言えば、見ることに抵抗がある。怖いのだ。俺という存在が原因で、ベルの物語が始まらないかもしれないから。

 

 だけど、見なければならない。これは彼らと関わると決めた俺の責任だから。

 

 それに先ほどのヘスティアの反応からして、『魔法』か『スキル』のどちらか、あるいはその両方でなにかしら発現したのは間違いない。

 

 ──頼むぞ。

 

 そう心の中で祈りながら、視線を下へと滑らせる。

 

 まず視界に入ったのは……『魔法』の欄。そこには空白が一つあるだけ。文字は一文字もない。発現したのは魔法ではなかった。

 

 ならば──。

 

 次に、俺は『スキル』の欄へと目を向けた。

 

 果たして、以前まで空白だったその場所には、新たな“文字”が刻まれていた。

 

 

 《スキル》

 【英雄憧憬(ラニムス・フレーゼ)

 ・早熟する。

 ・想いが続く限り効果持続。

 ・想いの丈により効果向上。

 

 

 「…………よかった」

 

 肺の奥に溜まっていた(おり)をすべて吐き出すように、俺は小さく呟いた。

 

 スキルが一つ、ベルに発現していた。それも原作の『憧憬一途』と同等の効果を持つ成長促進系スキル。

 

 これで物語の前提が崩れる最悪の事態は免れた。ひとまず安心だ。

 張りつめていた糸が切れた途端、ずしりと重い疲労が肩にのしかかる。どうやら自分が思っていた以上に緊張していたらしい。

 

 俺は乱れた心身を整えるため、軽く深呼吸を繰り返す。

 

 すると、不意にヘスティアが訊ねてきた。

 

 「なにが“よかった”んだい?」

 

 先ほど俺が零した発言についてだろう。しっかりと聞かれていたみたいだ。

 

 ここで「ベルに成長促進系スキルが発現して安心した」などと馬鹿正直に答えるわけにはいかない。そんな発言をすれば、神の追及は免れないだろう。

 そもそも神を相手に真っ赤な嘘は通用しない。ここは「事実の一部」だけを切り取って答えるべきか。

 

 「ベルにスキルが発現したことだよ。あいつ、俺にスキルが発現したと聞いた時、羨ましがっていたからな」

 「あぁ、確かにね。あの時のベル君はおもちゃを欲しがる子どもみたいで……可愛かったなぁ」

 

 ヘスティアは頬を赤く染め、愛おしそうに目を細める。

 

 ……だめだ、こりゃ。完全に惚けてますわ。

 

 ヘスティアの反応に呆れつつも、ひとまず疑念の目を逸らせたことに安堵する。

 

 ベルの可愛さにトリップしてしまった主神を横目に、俺はもう一度スキルへと視線を戻した。

 

 『英雄憧憬』。

 

 原作の『憧憬一途』とは名称が異なるが、“憧憬”というキーワードは共通している。

 

 『スキル』は本人の本質や望みが影響されるという。それは名称においても同様だ。

 つまり、このスキルはベルの想いを表していると見て取れる。

 

 そして、もう一つの単語──“一途”ではなく“英雄”。

 この一語の差は、ベルの想いが向かう「対象」の変質を意味していた。

 一途が指したのはアイズ・ヴァレンシュタイン。ならば、英雄が指すのは──。

 

 

 「スキルの名称にある英雄……。それって間違いなく夜君のことだよね」

 

 不意に告げられた核心を突く言葉に、俺は顔を上げる。

 そこにはトリップから戻ってきたヘスティアが、慈愛と揶揄いの混じった目で俺を見ていた。

 その眼差しが妙にこそばゆく、俺はたまらずそっぽを向く。

 

 「まったくぅ、君たちだけずるいなぁ」

 

 ヘスティアは不貞腐れたように唇を尖らせると、俺の頬を細い指でつんつんと突き始めた。

 

 「……やめろ、鬱陶しい」

 「えぇー? もしかして照れているのかい?」

 

 ほれほれー、と調子づいた彼女の指先攻撃は止まらない。

 

 ……こいつ。

 

 どうやら、ヘスティアには人の神経を逆なでする才能があるようだ。

 

 俺は無言で彼女の顎の下に手を滑り込ませると、そのまま柔らかい頬を鷲掴みにした。

 

 「ぷぎゅっ?!」

 

 変な悲鳴とともに、小ぶりな唇がさらに突き出る。なにそれ、ウケる。

 

 「にゃ、とちゅじぇんなにをしゅるんだ……!!」

 

 抗議の声を上げるヘスティアを無視し、俺はそのまま彼女をベッドへ連行する。

 

 「は、はなしぇーー!!」

 

 両手でポカポカと叩いて抵抗してくるが、下界の住人と変わらない彼女の力はとても弱い。

 

 さてと。

 

 「ヘスティア、次は俺の【ステイタス】を更新してくれ」

 

 ベッドの傍に着いたところで、ようやく手を放して頼み込む。

 

 彼女は少し赤くなった頬を両手で摩りながら、恨めしげに俺を睨みつけてきた。

 

 「……ほっぺた、痛いんだけど」

 「…………気のせいだろ」

 

 ふいっと視線を逸らすと、彼女は怒りを溜め込むようにググッと体を縮こまらせ──

 

 「そんなわけあるかぁーーー!!!!」

 

 怒声とともに、背後から全力の頭突きをかましてきた。

 

 だが、甘い。

 

 『天眼』を有する俺に、死角から届く攻撃など存在しない!

 

 ヘスティアからの突撃を難なく躱すと、彼女はその勢いのままベッドへダイブした。

 

 「ぶへっ!?」

 

 顔面から勢いよく突っ込み、彼女はシーツに深く沈みこむ。

 図らずも、それがヘスティアにとっての“初キッス”になった。お相手がベッドとは、なんとも不憫な。お可哀想そうなこと。

 

 初体験を済ませて呆然としている神を放置して、俺は着ているシャツを脱ぐ。

 それを脇のナイトテーブルの上に無造作に置き、

 

 「ほら、ヘスティア。ちょっとどいてくれ」

 

 「うぅー、ボクの初キスがぁぁ」とシーツ相手に絶望している彼女を横へずらし、俺はうつ伏せで横たわった。

 

 「はぁ……。そんなことでいちいち泣くなよ」

 

 呆れ交じりの俺の言葉に、ヘスティアはガバッと上体を起こす。

 

 「なにぃ!? 元はと言えば君のせいだろ──」

 「責任ならベルに取ってもらえばいい」

 

 その一言で、ヘスティアは一瞬にして硬直した。

 

 やがてその顔に清々しいほどの笑みを浮かべると、

 

 「ふふっ、しょうがないなぁ。今回だけは特別に許してあげる、ぜっ!」

 

 そう高らかに宣言し、グッと親指を立ててみせた。

 

 ──ふっ、チョロいぜ。

 

 俺の内心など露ほども知らないヘスティアは、ギシッとベッドを軋ませながら俺を跨ぐと、柔らかな重みが太腿辺りに下りる。

 

 彼女はナイトテーブルの引き出しを開け、小さな針を取り出した。それを自身の人差し指の先へと突き立てる。

 

 刺した箇所から滲む血を俺の背に一滴垂らすと、彼女はその血をなぞるように指を滑らせる。まるで一筆一筆、丁寧に絵を描くかのように。

 

 ぬるりとした血の感触と、指先の微かな圧。

 それが背筋を伝うたび、ぞくりとした感覚が脊髄を駆け上がる。

 

 不思議と不快ではない。むしろ……妙に心地いい。

 

 意識がそこに引き寄せられていくのを感じていると、

 

 「またずいぶんと溜め込んだね……」

 

 頭上から呆れを含んだ声が降ってきた。

 

 その言葉で、微睡みかけていた意識が現実へと引き戻される。

 

 ヘスティアの言う通り。ランクアップを果たした二週間前から一度も【ステイタス】を更新していない。この期間に経験した戦闘の数を考えれば、相応の【経験値】が蓄積されているはずだ。

 

 背中をなぞっていた指の動きが、ふっと止まる。

 どうやら【神の血(イコル)】による情報の抽出は終わったらしい。

 

 ヘスティアは初日よりも慣れた手つきで、新たな【ステイタス】を用紙へと写し始めた。

 

 「ほい、お待たせ。これが君の【ステイタス】だよ」

 

 上からひらりと、一枚の用紙が差し出された。

 

 俺はうつ伏せのまま、その用紙を受け取り、視線を落とす。

 

 

 ツクヨミ・夜

 Lv.2

 力 :I0→A894

 耐久:I0→C654

 器用:I0→S932

 敏捷:I0→S997

 魔力:I0→SS1075

 

 《発展アビリティ》

 幸運:I

 魔導:H

 天眼:H

 

 《魔法》

 【万物創造(オムニ・ジェネシス)

 ・創造魔法

 詠唱式:【生成(クリエイト)

 解除式:【解体(デモリッション)

 

 【アカシックレコード】

 ・召喚魔法

 ・行使条件は詠唱文及び魔法効果の完全把握

 詠唱式:【世界の記憶よ、顕現せよ】

 

 【アヴァロン】

 ・神聖魔法

 詠唱式:【癒しの雫、光の園、永久の聖域】【律界より来たりし我が身は、天の法典を喰らう】【古より定められし約定、神より賜わりし恩恵。なおも届かぬというのなら、自ら照臨を導こう】【血の海に浮かびし、灰の世界】【剣は眠り、杖は鎮まる】【止まらぬ涙、散る慟哭。誓いは既に告げられた】【常世へ誘いし故郷を生贄に、果てなき願望を現世にて唄おう】【訪れし終焉より、未来は俺が護る】【さぁ、旅に出よう】【今は遠き理想郷】

 

 《スキル》

 【起源魔導(アルケイ・マギア)

 ・発展アビリティ『魔導』の常時発現。

 ・魔法効果超域増幅。

 ・攻撃魔法のみ、強化補正倍加。

 ・魔法発動に対する詠唱破棄実行権。

 

 【冥魂招来(シェオル・ヴァルグラーヴ)

 『影の抽出』

 ・命が尽きた身体から魔力を吸い取り、影の兵士にする。

 ・対象が死亡してから長時間が経過していたり、対象が持つ能力値が高いと抽出失敗確率が高くなる。

 ・抽出可能な影の数0/643

 『影の保管』

 ・影の兵士を術者の影の中に吸収し、保管しておける。

 ・保管した兵士は術者が望む時にいつでも召喚したり再吸収できる。

 ・保管した影の数301/543

 『影の領域』

 ・範囲内の影の兵士の全能力を超高強化。

 『影の交換』

 ・指定した影の兵士と今いる場所を交換する。

 『影の倉庫』

 ・術者の影にアイテムを収納及び管理が可能。

 

 【比翼抱慕(セレン・コンコルディア)

 『常時発動』

 ・発展アビリティ『天眼』の発現。

 ・状態異常無効化。

 『任意発動』

 ・基本アビリティ『器用』の高強化。

 ・基本アビリティ『敏捷』の超高強化。

 ・懸想の丈により効果向上。

 

 【無窮砲焉(ヴァナクリフ)

 ・早熟する。

 ・渇望の丈により効果向上。

 ・渇望が続く限り効果持続。

 

 

 

 『魔法』と『スキル』に大きな変化はない。強いて言えば、【冥魂招来】の『影の抽出』と『影の保管』の上限数が増えている程度。

 

 あとは『基礎アビリティ』の熟練度がいい具合に伸びていた。

 リューさんとの苛烈な稽古、中層での実戦、そしてゴズとの戦い。わずか二週間ばかりではあったが、早熟スキルの補正を加味すればこの加算値も妥当といえる。

 

 「ランクアップできるけど、どうする?」

 

 自身の【ステイタス】について自己分析していると、頭上から声がかかる。

 

 ……ふむ、ランクアップか。

 

 ランクアップに必要な条件は、『偉業の達成』と『任意のアビリティがD以上』であることの二つ。

 前者に関してはLv.1の時にすでに満たしている。後者に関しても見てのとおりだ。

 

 しかし──。

 

 「……そうだな。ランクアップはまだしないでおく」

 「いいのかい?」

 「ああ、もう少し上げておきたい」

 

 現在、最も高い評価は『魔力』のSS。次いで『器用』と『敏捷』がS、『力』はAで、『耐久』に至ってはCだ。

 客観的に見れば十分すぎる数値だが、少々心許ないというのが正直なところだ。

 

 俺は自らに一つ、絶対の規律を課している。

 それはすべてのアビリティをSSSまで至らせること。それがランクアップする上での最低条件だ。

 

 

 俺には叶えたい理想がある。そのためにも、一切の妥協は許されない。

 

 強さを渇望する限り、俺はどこまでも強くなれるのだから。

 

 

 「……そっか」

 

 不意に、俺の頭に柔らかな感触が触れた。

 温もりのある小さな手が、髪を梳くようにゆっくりと、慈しむように動かされる。

 

 「ボクは君の、君たちの頑張りを知っているつもりだ」

 

 頭上から紡がれる言葉には、確かな熱と想いが籠っていた。

 

 「その上で言わせてもらうよ」

 

 そう呟くと、ヘスティアは俺の背に両手を優しく置いた。ぐっと体重がかかり、彼女の温もりが背中越しに伝わってくる。

 上体を伏せ、顔を近づけてきているのだろう。

 

 艶やかな黒髪がさらりと俺の頬を撫で──。

 

 「ボクは、君たちをずっと見守っているからね」

 

 耳元で、甘く囁かれた声。

 微かにかかった熱い吐息に、ゾクッと肌が粟立つ。

 

 思わず身を逸らすようにして、背後を振り返る。

 

 そこには普段の幼い仕草からは想像もつかない、見る者すべてを虜にするような、魅惑的な微笑みを浮かべた女神の姿があった。

 

 そんな彼女を見て、不覚にも心臓の鼓動が早まる。

 

 

 

 …………そのギャップは、反則だろ。

 

 

 

 





 ゼラニウムの花言葉…「真の友情」「信頼」「尊敬」
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