自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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5話 紹介と仁愛

ガタガタと揺れる馬車を操縦しながら、帰路に着く。

 

 先程までいた戦闘場には道路のない森を突き抜けてきた。しかし、現在は馬車があるため、荷物を置いてきた森に引き返すにしても道路を利用しなければならない。少し遠回りしてしまうことになるが、馬車を手放す選択肢は俺の中にはないので仕方なく迂回することにした。

まぁ、先の戦闘で俺の身体はだいぶ疲労が溜まってしまっているし、こうしてのんびり帰るのも悪くはない。

 

「......にしても、案外馬車の操縦は簡単なんだな。馬も暴れることなく従ってくれるし」

 

「馬車ヲ操縦するノハ初めてなのデスカ?」

 

初めてする馬車の操縦に心躍らせていると、俺の呟きを拾ったセレンさんが質問を投げかけてきた。

 

「あぁ、これが初めてだな」

 

「ソウなのデスカ。ソレにしては、随分とお上手デスネ」

 

「だろ?」

 

セレンさんからの称賛を決め顔で受け取る。

 

地球育ちの俺は、馬車の操縦なんてものは当然習ったことはない。そのため、操縦できるか不安だったのだが、いざ操縦してみるとその杞憂はすぐに解消された。

 

 

「ところで......そのコート、暑さとかは大丈夫か?」

 

 俺は、セレンさんが羽織っているフード付きのコートを見ながら問いかける。

 

 「ハイ、今のところハ特に問題ありまセン」

 

 「そうか。それならいいが、何かあったらすぐに言えよ?」

 

 「フフッ、ハイ。気ヲ掛けてクダサリありがとうございマス」

 

 「......おう」

 

 現在、セレンさんはイルジン達の所有物であったコートを身に纏っている。できれば、彼女に害をなした野郎共の私物を身に着けさせたりしたくはなかったのだが、生憎と彼女の姿を隠せるものがそのコートしかなかったため、仕方なく身に着けてもらっている。

 

 改めて言うが、セレンさんは種族的にはモンスターに分類される。

 そのため、人間に姿を見られるわけにはいかない。

 もしも、彼女の姿を他の人間に見られてしまえば、そいつらは間違いなく彼女を殺そうとするだろう。

また、それと同時にモンスターである彼女と一緒にいた俺に疑いの目を向けられるのは想像に難くない。とはいえ、別に俺自身は他人にどう見られようが構わない。しかし、俺に対する疑いの目がベルにまで向けられるのならば話は別だ。

できればこれ以上ベルに迷惑をかけるようなことはしたくない。

 

まぁ......これから厄介事を持ち帰ろうとしている時点で迷惑もクソもないんだがな......

 

それはともかくとして、セレンさんの姿を他人に見られることは避けたい。そのために、彼女にはコートを身に纏ってもらっているのだ。

 

 

「アノ」

 

「......ん?」

 

俺が一人で思考に耽っていると、セレンさんから声を掛けられる。

 

「今更なのデスガ......ワタシを見てナニも思わないのデスカ?」

 

「............本当に今更だな」

 

セレンさんからの問いかけに、呆れ交じりの言葉を返す。

 

とはいえ、彼女の問いかけは最もであり、彼女を目の前にして変わらぬ態度で接している俺が異常なのは俺自身理解している。

しかし、俺が異常なのはこの世界の常識と照らし合わせることによって導き出される認識である。よって、この世界の常識を基に育てられてきたわけではない俺によっては、彼女を前にしたところで態度が変わったりはしない。

 

「セレンさん......あんたはモンスターであり、それは疑いようのない事実だ」

 

「......ハイ」

 

俺の言葉を聞いたセレンさんは目を伏せながら頷く。

 

「だが、セレンさんがモンスターというだけで俺の態度が変わることは絶対にない」

 

「......! それは......ドウしてですカ?」

 

俺の揺るぎない意思をのせた嘘偽りのない言葉に彼女は勢いよく顔を上げると、目を見開きながら俺を見つめる。

そして、瑠璃色の綺麗な瞳を潤ませ、声を上ずらせながらも俺に懇願するように言の葉を零す。

 

「どうして、か......。そうだな......理由ならいくらでもあるが、一つ挙げるとしたら......俺は他者を種族ではなくそいつの人柄を見て判断しているから、だな」

 

「人柄......デスカ」

 

俺が言っている言葉の意味を上手く咀嚼できていないのか、要領を得ていないといった様子を見せるセレンさん。

 

「あぁ、人間の中にも良い奴もいれば悪い奴もいる。セレンさんを捕らえていた奴らなんかは典型的な悪い人間だな。そして、俺もまた常識を持ち合わせていないおかしな人間なんだろう。つまり、人というのは千差万別なんだ。そして、それはモンスターにも同じことが言える」

 

「......それは」

 

俺の言葉に思い当たる節があるような態度のセレン。

おそらく、セレンさんは今、自分を含めた異端児のことを想起したのだろう。

彼女らは皆モンスターである。その一点にのみ焦点を当てれば同じと言えよう。しかし、一人一人性格や考え方が異なれば、抱いている憧憬だって異なる。

 

つまり、千差万別。一人一人が全く異なる存在なんだ。

 

「セレンさん、この世界のほとんどの人間はセレンさんのことをモンスターの一体としてしか見ないだろう。だが、それはある意味では仕方のないことなのかもしれない。古の時代より、この世界では人間とモンスターは決して相容れない関係性であり、それがこの世界の常識だからな」

 

この世界において、セレンさん達は正しく異端だ。

だから、彼女らが許容されることはない。

そして、おそらくは——。

 

 

「セレンさん」

 

俺はセレンさんの名を呼ぶ。

すると、再び俯いていた顔を上げて揺れる瞳孔を俺へと向けてくる。

 

「貴女がこれまで歩んできた足跡を俺は想像することしかできない。そんな俺が貴女に言えることなんてたかが知れている。だが、それでも断言できることが一つだけある」

 

「............それは、一体」

 

「貴女を拒絶する人間がほとんどのこの世界で——それでも貴女のことを受け入れ、寄り添ってくれる人間は確実にいる」

 

「————っ」

 

「たとえその他大勢の人間が貴女を見てくれなくても、たった一人——その一人が自分のことを見てくれているのなら......俺はそれでいいと思う」

 

たった一人でも自分のことを見てくれる人が居れば、きっと彼女は救われるだろう。

まぁ、俺を見てくれる人はいなかったからそのことに関しては断言できないが......。

 

でも、きっと救われると思う。

そう、俺は願っている。

 

そして、もしも叶うのならば——

彼女を救うことのできる人間が俺であればいいなと、そんな分不相応な願望を抱く。

 

 

「——ならっ!」

 

突然隣から発せられた大きな声に思考が途切れ、現実へと強制的に引き上げられる。

そして、声の主へと目を向けると、そのヒトは今にも泣きそうな顔で懇願するような瞳で俺を見ていた。

 

「ならっ、アナタがワタシのことを見てくれるのデスカッ!? 誰もワタシのことを見てくれナイッ、誰もワタシのことを見つけてクレナイッ! そんな世界でアナタはワタシのことを見ていてくれるデスカッ!」

 

彼女の悲痛なまでの叫びが俺の耳に木霊し、心臓を締め付けられるような感覚を覚える。

 

——あぁ、馬鹿か俺は。

 

ついさっき、彼女を救うと誓ったばかりだろ。

それなのに俺は自分じゃ不釣り合いだと、自信の無さを言い訳に彼女の気持ちを汲み取ることなく勝手に自己完結してしまっていた。

 

本当に俺はどうしようもない奴だ。

一番に考えるべきなのは彼女の気持ちのはずなのに。

 

 俺は自分のことばかり考えてしまっていた。

 

 自分のことを棚に上げるわけではないが、自信の無いことは仕方のないことだと思う。

 そういう環境で育ってきたのだから。

 

自信とは精神の在り方である。

 そして、精神というのは幼い頃から形成されてきたものだ。

 故に、既に自身の根底に形成されて根付いてしまっているものを簡単に変えることはできない。

 

 だが、だからと言って自信の無いことを言い訳にするのは言語道断だ。

 それは臆病さではなく、単なる現実からの逃げだ。

 

 彼女を救えないかもしれないという可能性に対する自己保身、自己防衛。

 

 そんな自分のことばかり考えてしまう醜い己自身に自己嫌悪してしまう。

 

 

俺は、伏せていた顔を上げて彼女へと目を向ける。

すると、彼女もこちらを見ていたため目が合った。

 

彼女の瑠璃色の瞳は、涙で潤んでいるからか煌めいていて、そしてその瞳に宿る思いはどこまでも純粋だった。

 

あぁ、眩しいな——。

 彼女の瞳を見て、そう思わずにはいられなかった。

 その穢れなき瞳を見てしまうと、どうしても判断が鈍ってしまう。

俺の薄汚れた手で彼女を救えるのかと。

 

 だが、俺は一度、彼女を救うと誓ったんだ。

 なら、その言葉の責任は取らなければならない。

 

 「——あぁ、俺が貴女を見ている」

 

 もう一度誓おう。

 こんな優柔不断な俺だけど、せめて彼女だけでも俺が救ってみせると——。

 

俺の言葉を聞いたセレンさんの瞳から一滴が零れ落ちる。

その一滴を皮切りに、彼女の瞳から涙が溢れ出す。

その涙を見た俺は、自分の不甲斐なさに胸が締め付けられる。

しかし、それと同時に彼女から目を背けることはしないと強く決意する。

 

「なら......ワタシのことを見ていてくだサイ。コレからずっと......ワタシから目を離さなイデ——」

 

「あぁ——」

 

俺の肩に額を当てて、涙を流すセレンさん。

彼女の涙が止むまでの間、俺は片手で彼女の柔らかな髪をそっと撫で続けた。

 

 

 「......ごめんなサイ」

 

 「気にするな」

 

 涙を拭いながら謝罪の言葉を口にするセレンさんに気にする必要がないことを伝える。

 

 「......ヨルさん」

 

 「ん?」

 

 「コレからヨルさんのご友人の家へ向かうのデスヨネ?」

 

 「あぁ、だがその前に俺の荷物を取りに行く」

 

 「荷物、デスカ?」

 

 「あぁ、セレンさんの下へ駆けつける前までは森で食料調達をしていてな」

 

 「そうだったのデスネ............ワタシを助ける為に......」

 

 俺は難聴系主人公ではないため、しっかりと彼女が零した言葉を拾っている。しかし、おそらくは独り言だろうから反応はしないでおく。

 

 「まぁ、それで食料調達をしている最中に嫌な予感がしてな。急いで駆けつけるためには荷物は邪魔だったからその場で置いてきたってわけだ」

 

 「ナルほど」

 

 それにしても、あの感覚は何だったんだ。

 落ち着いた今、話の中で思い出したあの嫌な感覚を思い出す。

 別に声を拾ったわけではないし、殺気などの感覚を感じ取ったわけでもない。

 

 ただ、いきなり悪寒が全身に襲い掛かってきた。

 まるで警報のように突然に......。

 

 考えられるとしたら、フィンやアリーゼのような“感”の類だろう。

 だが、これまで生きてきた中であのような感覚は今まで感じたことはなかった。

 とすれば、十中八九こちらの世界に来てから得た後天的なものだろう。

 

 現時点で解るのはそれくらいだ。

 それ以上は予想の域を出ない。

 とはいえ、この感覚自体はおそらく悪いものではない。

 この直感がこちらの世界に来てから後天的に身についたものだと言うのなら、今後もその直感が働くことはあるだろうし、それから考えていけばいい。

 

 とりあえず、今は早くベルの家へ帰るとしよう。

 

 

 「——お、見えてきた」

 

 「アレがヨルさんのご友人であるベルさんという方の家デスカ」

 

 「あぁ」

 

 あの後、モンスターや凶悪な野生動物に遭遇することもなく荷物を回収し、無事ベルの家まで帰ってくることができた。

 

 「緊張するか?」

 

 「......ハイ。ここに来るまでにベルさんという方がどういった方なのかはヨルさんから聞きましたが、それでも......」

 

 道中、ベルのことはセレンさんに伝えておいた。予め知っておいた方がいいだろうし、話題にはもってこいだったからだ。

 

 とはいえ、いくら俺の口からベルのことを聞いたとしても、実際に会って自分の目で確認しないことには判断することもできないだろう。

 なにより、セレンさんは人間に恐怖を抱いている。

 これまでの彼女の軌跡を思えば、それは当然のことと言える。

 そんな彼女に人間と会わせるようなことは極力避けた方がいい。

 

 だが、これからセレンさんが地上で生活していく上で拠点は必須だ。

 そして、地上において最も安全な場所はベルの家だ。

 だから、無理を通してでも彼女にはベルと対面してもらわなければならない。

 

 「もし何かあれば俺が間に立つから。だからというわけではないけど安心していい」

 

 俺はセレンさんの緊張を解す為に彼女の頭を撫でる。

 どうやら、俺に頭を撫でられると落ち着くらしい。

 道中でそんなことを言っていたので、早速実践してみる。

 

 「ハイ。ありがとうございマス」

 

 どうやら少しは緊張が解けたらしい。

 先ほどまで震えていた身体が少しだけ落ち着きを取り戻している。

 

 

 ベルの家の前まで馬車を走らせた俺は、馬車からセレンさんと荷物を下ろす。

 そして、馬の手綱を土魔法で作った柱に括り付ける。その際、逃げられないように柱の先端部分を円盤状に広げておく。厚さもしっかりと確保したので、壊れることもないだろう。

 

 

 一通りの作業を終えた俺は、荷物を抱えるとセレンさんに声を掛ける。

 

 「こっちは準備できたぞ。そっちはどうだ?」

 

 「......ハイ。ワタシも大丈夫デス」

 

 緊張で声を震わせているが、セレンさんの瞳は覚悟を宿した色をしている。

 その瞳を見た俺は、彼女の強さに心の中で感嘆する。

 

 セレンさんの覚悟を蔑ろにしないために、俺自身も覚悟を決める。

 

いくらベルが優しいとはいえ、モンスターを目の前にすれば恐怖で拒絶反応を見せる可能性は十分に考えられる。

そんなベルを説得して間を取り持つのが俺の役目だ。

 

「......よし、それじゃ行くか」

 

俺の言葉にセレンさんは一つ頷く。

それを見た俺は、家の扉の把手を回して、扉へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「ただいま」

 

セレンさんを連れて家の中へと入った俺は、帰宅の挨拶を口にする。

 

 「あ、おかえり、夜——えっ、モ、モモ、モンスタァァアーー!! 夜ッ! 後ろにモンスターがッッ!!」

 

 奥から姿を現したベルは挨拶を口にしようとしたが、俺の後ろに控えていたセレンさんを見て言葉を詰まらせる。

 そして、彼女の正体を理解した途端、後退りながら彼女に指をさし、必死の形相で俺に知らせてくる。

 

 まぁ、こうなるよな。

 ベルが見せた反応がだいたい予想通りだった。

 

 慌てる必要性がないことを理解している身としては、正直ベルの様相は面白くてつい笑ってしまいそうになる。

 だが、ベルからしてみれば自分の家にモンスターが侵入してきているわけだから、ここはぐっと堪えて平静を装う。

 

 「落ち着けベル。彼女は悪いモンスターじゃない」

 

 俺は努めて冷静に、できる限り穏やかな口調と声音でベルを諭す。

 

 「——えっ、えっ? で、でも、モンスター——」

 

 「あぁ、お前が言いたいことは分かる。この世界において、モンスターとは人類の敵であり、凶悪な存在だ。だが、冷静に考えてみろ。もしも、本当に彼女が凶悪な存在なら、どうして背を向けている俺を襲わない?」

 

「——! そ、それは、たしかに......でも......」

 

 「まずは一旦落ち着くために深呼吸をしろ」

 

 ベルが言わんとすることを理解した俺は、言葉を重ねることでその先を遮り、無理やり俺のペースへと持ち込む。

 そして、セレンさんが俺を襲う気配がないという現状を説明することで、ベルが冷静な思考を取り戻すよう促す。

 

緊張と恐怖が精神を支配している状況下では、思考はマイナスへと振りきってしまい、こちらがどれだけ説明したところで理解を得ることは難しくなってしまう。

そのため、まずは冷静に判断ができるように、ベルには落ち着いてもらう。

 

 「落ち着いたか?」

 

 幾度かの深呼吸を終えたベルに確認をする。

 

 「う、うん。ごめん、取り乱して」

 

 「いや、その反応は普通のことだし、お前は悪くない。むしろ、謝るのは俺の方だ。こうなることが分かっていながら連れてきたんだからな。だから、俺の方こそ悪かった」

 

 セレンさんを見たベルが取り乱すことは想定していた。

 それでもベルならすぐに受け入れてくれるかもしれないという淡い期待を抱いてしまっていた。

 

どうやら、いつの間にか俺はベルに甘えてしまっていたみたいだ。

 

——これはよくないことだ。

勝手に期待して、勝手に自分の解釈を押し付けて、ベルを都合のいい様に利用してしまっている。

そんなものは友情とは程遠い欲望だ。

俺はソレを忌み嫌っていたはずだ。それなのに、その醜い欲望を俺はベルに押し付けてしまっていた。

 

また、繰り返すのか——。

 

 俺の思考が時を巻き戻すかのように過去の出来事を想起させる。

 しかし、俺は頭を振って無理やり思考を戻す。

 

 そして、醜い欲望を押し付けてしまったこと、無断でセレンさんを連れてきてしまったこと、二つの意味を込めて謝罪し、頭を下げる。

 

 「マ、マッテください! ヨルさんは悪くありまセン! この方はただワタシを助けようとしてくださっただけなのデス!」

 

「え——えっ!? モ、モンスターが喋ったぁぁあああ?!」

 

 俺がベルに頭を下げて謝罪をすると、後ろに控えていたセレンさんが話に割り込んでくる。そして、俺を庇うようにベルへと懇願する。

 

 しかし、ベルはセレンさんの言葉の内容に言及することなく、彼女が人語を口にしたことに驚きを露にする。

 

まぁ、そこに反応するよな。

なにしろ、この世界のモンスターは言語を発することはないと思われているし、現に人語を話す異端児は表舞台には出てこない。

そのため、今ベルはさぞかし驚いている事だろう。実際、今のベルはすんごい顔をしている。驚いている顔が面白すぎて噴き出しそうだ。

 

 

 「えっ、えっ? ど、どういうこと......?」

 

 「ベル」

 

 未だに混乱しているベルに呼びかける。

 俺に呼ばれたベルは困惑の色をその表情に浮かべながら、こちらに目を向ける。

 

 「彼女がどうして俺を襲わないのか、どうして人語を話せるのか、彼女の正体は何なのか、そういったことを諸々説明したいからとりあえず座らないか?」

 

 「そ、そうだね。うん、とりあえず、座ろっか」

 

 このまま玄関付近で立ったままでは話が進まないため、ベルに座ることを提案する。

 俺の言葉を聞いたベルは同意を示して、椅子のある方へと移動する。

 俺もまた、ベルの後を追うようにして、セレンさんを連れて移動する。

 

ベルとセレンさんが椅子に座ったのを確認した俺は、お茶を用意するために台所へ向かおうとする。

 

 「——ぁ」

 

しかし、背後から聞こえてきたセレンさんの微かな声が俺の歩みを止めた。

 俺は、セレンさんの元へ行き、そっと彼女の髪を撫でる。

 

 「大丈夫。すぐ戻ってくる」

 

 「......わかりマシタ」

 

 穏やかな表情と声音でセレンさんに言の葉を送ると、彼女は渋々ながら頷いてくれた。

 

 彼女らを二人きりにするのは空気的にはよくないだろうが、今は二人とも一人で考えを整理する時間が必要だろう。

 

 背後から二人の視線を感じながらも、気付いていないふりをしてお茶の用意を進める。

 

 

 

 「おまたせ」

 

 お茶の用意を終えた俺は、二人の下へと向かう。

 すると、俺の言葉に反応した二人は目に見えて安堵で表情が和らいだ。

 

 どれだけ緊張してるんだ......と思ったが、当たり前かと納得する。

 少しだけ罪悪感が芽生えたが、仕方のないことだと割り切って、湯気が立ち上る三つのコップをそれぞれの前へと置いていく。

 

 「あ、ありがとう」

 

 「......アリガトウございマス」

 

 「はいよ」

 

 二人からの感謝の言葉に返事をしながら席に着く。

 

 「さてと、とりあえずは彼女の紹介からするか」

 

 そういって俺はセレンさんを一瞥する。

すると、こちらの視線に気づいた彼女と目が合う。

俺が頷くと、その意味を理解したのか彼女も頷きを返してくれる。

それを確認した俺は、ベルへと向き直り説明を始める。

 

「彼女の名はセレン、見ての通り種族は歌人鳥で......お前の言う通りモンスターだ」

 

「っ......やっぱり......」

 

「あぁ、だが、彼女は普通のモンスターとは全く異なる存在なんだ」

 

「どういうこと?」

 

俺の説明を聞いたベルは、意味が分からないと言った様子で首を傾げる。

 

 「そうだな。まず、通常のモンスターは理性と知性を持ち合わせていない、本能のままに獲物を食い殺さんとする無垢な怪物だ。それは理解しているよな?」

 

 「うん。実際にモンスターとは遭遇したことがあるからね」

 

 「で、だ。一方のセレンさんは理性と知性を有している。だから、俺たち人間を目の前にしても襲わないし、人語を理解し話すこともできる」

 

 「理性と知性を有するモンスター......そんな存在聞いたことがない」

 

 彼女がなぜ俺たちを襲わないのか、なぜ人語を理解し話すことができるのか、その理由を聞いたベルは驚きで目を見開きながら、しかし現実を受け止められないのか困惑の色を浮かべている。

 

 「聞いたことがないのは当然のことだ。彼女らは皆ダンジョン内でひっそりと暮らしているからな」

 

 「そっか。それなら納得............彼女ら......?」

 

 「あぁ、セレンさんのように理知を備えた者は複数存在する。そして——彼女らは総じて『異端者』と呼ばれている」

 

 「......異端児」

 

 セレンさんのような存在が他にもいたことに驚愕の色を表情に宿すベル。

 

 「............ねぇ、夜」

 

 「なんだ?」

 

 数秒の沈黙の後、ベルは俺の名を呼ぶ。

 

 「さっき夜はセレンさん達はダンジョン内でひっそりと暮らしているって言っていたよね?」

 

 「あぁ、確かに言った」

 

 「それなら、どうしてセレンさんはここにいるの?」

 

 ベルの質問に、やはりそこに疑問を抱くよなと一つ頷く。

 同時に話すべきか一瞬の逡巡が脳裏を駆け巡る。

 

 しかし、セレンさんに関しては俺個人の問題であり、そこにベルを巻き込みたくはないという俺の身勝手な思いが話すことを思い止まらせる。

 

 ベルは正義感の強い男だ。

 そのため、これまでの経緯を話せば、彼女を助ける為に協力してくれるのは想像に難くない。

 しかし、そこでベルが無茶をして、もしものことがあれば俺は一生自分のことを恨むことになる。

 ならば、ここで話さないことがベルのためであり、何よりも俺自身のためでもある。

 

 

 大丈夫。

何も問題はないはずだ。

 これまでだって一人で何とかしてきたんだ。

 ならば、これからも一人でやっていけるはずだ......。

 

 俺は、胸中に訪れる言い知れぬ悪寒を無理やり抑え込んで自らを騙す。

 それが正しい選択だと信じて——。

 

 

「——る、——よ...る、——夜ッ!!」

 

「——え......あ、どうした......?」

 

 思考に耽っていた俺は、ベルからの呼びかけにより現実へと引き戻される。

 

 「それはこっちのセリフだよ! 黙り込んだと思ったら、難しい顔をして。何かあったの?」

 

 どうやら気付かぬ内に内感情が表に出ていたらしい。

 

「......いや、少し考え事をしていただけだから大丈夫だ」

 

 「......そっか。それならいいけど。でも、何かあったら言ってね? 僕は夜みたいに強くはないけど、それでも力になるから!」

 

 ベルは純粋な笑顔で、そう言ってくる。

 その笑顔と、こちらを思ってくれている言葉を聞いた俺は、自分の偽りだらけの仮面に自己嫌悪する。

 

 しかし、元より自分はこんな奴だと無理やり納得して思考を切り替える。

 

 「それで話を戻すが、確かどうしてセレンさんがここにいるのか、だったか?」

 

 「うん。ダンジョン内で暮らしているはずのセレンさんが地上にいるのはなんでかなって思って」

 

 「そうだな。それはもっともな疑問だ。セレンさんがなぜ地上にいるのか、それは——」

 

 そこから俺は、事実ではない虚偽のストーリーを作って、それをベルに真実と織り交ぜて説明した。

 

 異端児とは何か

彼女らは通常のモンスター達からは「裏切者」と認識されている

 それ故に見つかれば命を狙われる

 通常のモンスターに遭遇し、襲われた

 逃げた先がダンジョンの入り口付近だった

 その時は偶々冒険者の出入りが少なかった

 セレンさんはコートを着ており、尚且つ当時の時間帯が丁度夜で辺りは暗がりだったため、地上へと逃げた

 しかし、オラリオは人が多く危険なため、オラリオ外へ逃走

 そうして、彷徨っているところに狩りをしていた俺と遭遇

 そして、現在に至る

 

 地上にいる理由の説明としては、少しばかり無理が過ぎるが、説明する相手がベルであるため、まぁ大丈夫なはずだ......多分。

 

 

「......そっか、そんな理由が......」

 

 俺の説明を聞き終えたベルは、納得した様子を見せる。

 

 即席の突っ込み箇所満載のストーリーだったが、ベルは信じたらしい。

 

 よかった。ベルが純粋な阿保で。

 

 ベルが信じてくれたことに安堵した俺は、セレンさんの今後についてベルに話を持ち掛ける。

 

「それでなんだが......できればセレンさんをこの家に匿ってあげたい。セレンさんの敵は人間だけでなくモンスターも含まれる。極論、世界そのものがセレンさんの敵と言ってもいい。そんな現状化で、彼女を地上で一人にさせるのは危険すぎる。だから、ベルにまた負担を強いることになってしまうんだが——」

 

「——いいよ」

 

 俺が尻すぼみになりながら言葉を紡いでいると、そこに被せるようにベルが言葉を紡いできた。

 

 「............いいのか......?」

 

 「うん。夜の説明を聞いてセレンさんを一人にするのは危険だってことは理解できたし、何より僕は夜の力になりたいからね!」

 

 そう言ってくるベルの表情は、まるで太陽のように温かく、こちらを優しく包み込んでくれる抱擁さを兼ね備えていた。

 

 全く、叶わないな——。

 

 ベルの優しさに触れる度に己の醜い部分を理解させられてしまう。

 ベルの純粋さを浴びる度に己の中の不純が浮き彫りになる。

 その度に自己嫌悪し、醜い嫉妬心を抱いてしまう。

 

 どうしようもないほどに薄汚れた己の精神がまた一段と深淵へと溺れていく。

 

 俺は——

 

 思考の渦に吞み込まれそうになっていた俺の背に、温かい何かがそっと添えられた。

振り向くと、金色の綺麗な毛並みを備えた片羽が俺の背中を優しく撫でていた。

 

 「大丈夫デス。アナタが誰よりモ優しいことをワタシは知っていマス」

 

 「......セレンさん」

 

 セレンさんは、まるで俺の心情を察しているかのように言の葉を送ってくる。

 

 「......アナタのその優しさにワタシは救われまシタ」

 

 だから大丈夫、そう告げてくる彼女。

 

 

 どうして俺みたいな日陰者に、こんなにも温かく、優しい人が集まるんだ——。

 

俺は、込み上げてくる感情の奔流を表に出さないように必死に抑えつける。

そうしなければ、今にも涙が零れそうになる。

いや、もしかしたら手遅れかもしれない。

温かい何かが頬を伝っている感覚がする。

 

俺は自身の顔が見られないように俯き隠す。

 

 

先程まで感じていた負の感情はいつの間にか霧散しており、今はただただ彼らの熱が心地良い——。

 

いつまでもこの熱に溺れていたい。

それでも、一つだけ言っておかなければならないことを思い出した俺は、未だに溢れて止まない感情を押し留めながらも言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう——」

 

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