自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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 お待たせしました!


 いきなりですが、皆さんにお願いがありまして。

 僕はもっと文章力を上げたいと思っているのですが、主観では気付けない点が多々あると思います。そのために、皆さんには僕の小説を読んでみて良いと思った部分やここはもっとこう書いた方がいい、こう表現した方がいいといった点があれば、指摘していただきたいのです!

 よろしくお願いします!


6話 幸福と絶望

セレンさんと出会ってから、一か月の月日が経った。

 

 当初は、人間の生活環境に馴染めずに苦労していたセレンさんだったが、一カ月経った今ではそれなりに馴染めてきたように見える。

 

 この一か月間、彼女には文字の読み書きや人間の文化について色々と教えていた。というのも、彼女自身、人間の文化に興味があるらしく、彼女の方から頼まれたのだ。

 

そうして、俺が教えることのできる限りを教えた。その甲斐あってか、今の彼女は教養に乏しい人間よりも知識はあると思う。

さらに言えば、彼女は飲み込みが非常に早い。そのため、俺が教えたことはすぐに吸収し、今では自ら本を読んで学習しているほどだ。

 

本を読んでいる彼女の姿は女神に勝るとも劣らないほどの容貌も相まって非常に様になっていて、そんな彼女の姿を見たベルはいつも顔を赤らめている。

 

 あいつ、ハーレムを目指すとか言っている割には女耐性が皆無なんだよな。

 この前だって、セレンさんの裸を見た時なんか鼻血を出して気絶していたし。

 あの時のベルは本当に面白かった。スマホがあれば録画できたんだが、やはり地球の文明は偉大なんだとこちらの世界に来てからよく気付かされる。

 

 まぁ、ベルのことは一先ず置いておこう。

 

 現在は自主学習を進めているセレンさんは、俺が外出する時によく同伴してくる。

 理由を聞けば、どうやら俺の傍にいると学べることが多いのだとか。

 まぁ、確かに俺の為すことは彼女からしてみれば未知そのものであり、新鮮さがあるのだろう。もしも仮に俺が彼女の立場なら、俺も同じようにすると思う。

 

 そういうわけで、現在俺はセレンさんを連れて今ではすっかりと習慣化している狩猟採集へと赴いている。

 

 

 空を見上げる。

 すると、ちょうどセレンさんがこちらに下降してきている姿が視界に入った。

 

 「ヨルさん、動物を見つけまシタ」

 

 セレンさんから野生動物を発見した報告を受ける。

 

俺たちが二人で狩猟採集を始めてから、狩猟時はセレンさんが索敵をすることとなった。

彼女から何か役に立ちたいと頼まれたので、索敵をお願いすることにしたのだ。

歌人鳥である彼女は、反響定位(エコロケーション)による生物の感知が可能なため、彼女にぴったりな役回りだろう。

 

 

 「場所は?」

 「あちらデス」

 「オーケー」

 

 セレンさんから場所を聞き出した俺は、彼女が指さす方向へと魔力感知を広げる。

 だいたい500mほど広げた辺りで生体反応を感知した。

 

 「捕捉した。............これは鹿だな」

 

 脚が長く、しなやかな体型。そして、鹿特有の立派な角。

 魔力感知にて輪郭を把握した俺は、その正体が鹿であると推察する。

 

 「鹿、デスカ。確か、草や果実を主食とスル草食動物、デシタネ。............食べられマスカ?」

 「もちろん」

 

 鹿肉は、ジビエ料理として日本でも一部の地域では、レストランのメニューや郷土料理として提供されていた。

 俺はあちらの世界では一度も食べたことはないが、こちらの世界では何度かある。

 

 食べた感想は......とてもおいしかったとだけ述べておこう。

 

 「今日は鹿肉を使ってシチューにしよう」

 「ハイ! 楽しみデス!」

 

 どうやら今日の夕食はシチューで決まりのようだ。

 作るのは俺ではなくベルだが......まぁ食料を調達するのは俺たちなわけだし、勝手に決めても文句は言われまい。

 

 

 また一か月の月日が経過した。

 

 現在、俺はセレンさんと共に雲一つない晴れ渡った空を満喫中だ。

 

 「やっぱり空を飛ぶのは最高だなぁ!」

 

 晴天の下を自由に翔け回っている俺は、空を飛ぶことの素晴らしさに未だかつてないほどに胸を躍らせている。

 

 

 空を飛ぶ。

 これは、誰もが一度は憧れた光景だろう。

 

 ふとした瞬間に空を見上げた時、視界に入る空を飛ぶ鳥。

 羽を広げ、障害物が一切ない自由な空の庭園を思うがままに翔け回る鳥の姿を見る度に、自分も空を飛んでみたい、鳥のように自由になりたい、そう常々思ってきた。

 しかし、それらの願望は、所詮はただの戯言でしかなく、決して叶うことのない夢物語であった——こちらの世界に来るまでは。

 

 この世界には魔力が存在する。

科学では決して説明することのできない超常的な力。

地球に居た頃の常識など通用しないこの世界の法則。

それは、これまでは諦めることしかできなかった夢を叶えることができる力であった——。

 

 

 こちらの世界に来て魔力を得た俺だが、空を飛ぼうと思い立ったのはつい最近だ。より詳しく言えば、セレンさんが空を飛んでいるのを見て、俺も空を飛びたい! と思い立った。

 それまでは色々とやるべきことが多く、怒涛の日々を送っていたため、空を飛びたいという発想自体湧いてこなかった。

しかし、この世界で過ごすようになって早数か月。それほどの月日が経てば、心身ともにある程度の余裕も出てくる。そうして、セレンさんの飛んでいる姿を見たことがきっかけとなり、空を飛ぶに至った。

 

とはいえ、一口に空を飛ぶと言っても、そう簡単に飛行能力を身に着けることができるわけではない。

誰かに教えを乞うことができればよかったのだが、生憎とそんな知り合いはいないし、俺の知り合いに飛行能力を有している者がいるのかと聞かれたならば、セレンさんが挙がるだろう。しかし、セレンさんと俺とでは根本的な種族的差が存在する。

彼女の飛行能力は、彼女の種族的特性である羽によって成り立っている。一方で、俺には彼女のような羽はない。そんな俺が飛行能力を身に着けるためには、魔力を活用するほかない。そのため、結局のところ、俺は自力で会得するしかないのだった。

 

 そうして俺は、セレンさんに協力してもらいながらも飛行練習の日々を送った。

最初はとにかく浮遊することから始めた。そこから少しずつ滞空時間を延ばしていき、ある程度まで持続時間を延ばすことができた段階で、空中移動の練習へと移行した。

 

飛行練習は、決して生ぬるいものではなかった。

魔力を緻密に制御する技術力、その技術を行使する際に求められる精神力。少しでも精神を乱してしまえば、すぐに制御力を失って地に落ちてしまう。だが、これまでの魔法の練習等を通じて魔力制御や精神力は鍛えられてきたので、その点に関しては然程問題なかった。

 

 

飛行練習において、問題点となったのは「イメージ」だ。

 例えば、火を出したり、水を出したりするのは、地球に居た頃に道具を使ってならばできていたので比較的イメージはしやすかった。

 しかし、空を飛ぶことに関してはイメージすることが難しかった。というのも、そもそもの話、空中に浮くというものをどうすればできるのかがなかなか想像できないのだ。

 

地球に居た頃で、空を飛ぶ手段として挙げられるものの一つは飛行機だろう。しかし、生憎と俺は飛行機に乗ったことはない。また、飛行機以外にも空を飛ぶような体験ができるものは探せばいくらでもあるだろうが、俺は一度も体験したことがなかった。

 そういったことを諸々踏まえて空を飛ぶ感覚をイメージできない俺は、飛行練習に悪戦苦闘した。

 

 

 実際、本当に難しかった。過去一で難しかったかもしれない。

しかし、結果的に俺は飛行能力を会得することができた。

ポイントは、やはりイメージだった。しかし、イメージの仕方はこれまでとは異なった手法を用いた。具体的に言えば、これまでは火を出すにしろ、水を出すにしろ、自身が直接魔法を行使するイメージをしていた。

しかし、今回に限って言えば、自身が空を飛ぶイメージをしても、なかなか上手くできないでいた。そこで、自身が空を飛ぶイメージをするのではなく、第三者——セレンさんが空を飛んでいる姿をイメージし、その空を飛んでいるセレンさんの状態を自身に落とし込んでトレースするやり方へと変更した。彼女と俺とでは空を飛ぶ手段に違いはあるものの、空を飛ぶという行為自体は同じであるため、彼女が羽をはばたかせて空を飛ぶ様を俺は魔力で代用する形でイメージへと落とし込んでいった。

今回の飛行練習ではこの発想が功を為したと言える。なにしろ、自身が空を飛ぶイメージはゼロスタートなのに対し、セレンさんが空を飛んでいる状態をトレースするのは一スタートだと言える。

ゼロからスタートなのと、一からスタートでは難易度は全く異なる。事実、イメージの仕方を変えてからは、これまでの苦労が嘘のように練習が捗った。

 

そうして、数週間という期間で飛行能力の会得へと至ったのだ。

 

 

 

 「フフッ、ホントウニ楽しそうでスネ」

 

 空を飛ぶに至った経緯を思い出していると、同伴していたセレンさんが俺の様子を見て微笑ましそうに笑みを湛えながらこちらを見てくる。

母親が自身の子供に向けるような温かく、愛おしそうにするその目を向けられた俺は、少しはしゃぎ過ぎていたと自覚して顔を赤らめる。

 

 しかし、頬を撫でる温かな風によってすぐに熱は落ち着きを取り戻し、空を飛んでいる現状に再び子供心が蘇る。

いや、蘇るも何も俺はまだ13歳の子供なんだがな。

俺は心の中で自分の発言に突っ込みを入れる。

 

 「空を飛ぶのは小さい頃からの夢だったからな」

 

 「そうだったのデスネ」

 「あぁ、というか、多分人間は誰しも一度は夢見る光景だと思うぞ」

 

 再三言うが、空を飛ぶのは万人に共通する夢だと思う。

 脚の無い生き物が地上に憧れを抱くように、翼の無い生き物は空に憧れを抱く。

 俺もまた、空に憧れを抱いていた存在の一つである。

 

——そして、俺は今、その憧れを実現している。

 

 

 「ソウなのデスカ?」

 「多分な。でも、セレンさん達異端児も地上に憧れを抱いているだろ? それと似たようなもんだと思うぞ」

 

 彼女ら異端児は共通して地上や人類に対する憧憬を持っている。その思いは、前世の記憶が要因だと原作で言われていたような気がする。

 

 原作と言ってもしっかりと見ていたのはアニメぐらいで、小説は一切見ていない。

『ダンまち』は漫画も連載していたがそちらもほとんど見ていない。

他にもゲームもあったが俺自身やっていたわけではないし、ゲーム内でしか見ることの出来ないストーリーがあったが、それに関してはYouTubeで載せている人が居たからそれを見たりしていた。

 

 まぁ、要するに俺の知識は相当偏っていると言えるだろう。

 とはいえ、重要な場面に関しては記憶としてあるため、これから先何が起こるのかはだいたい把握している。

 

 だが、ここで留意しておかなければならないのは——俺が持つ原作知識が絶対ではないということだ。

 俺という異端者が居る時点で既に史実からは逸れているため、この先の展開は未知数だと言える。しかし、史実から逸れてはいるものの、恐らくだが物語自体は史実に沿って進むと個人的には考えている。

 だが、俺がこの世界に来たことで史実にはなかった出来事が起こる可能性は十分に考えられるし、その逆もまた然り。

 

まぁ、要するに、この先の未来は不完全な未知が故に、原作知識を前提に考えるべきではないということだ。

 

 

 「ナルほど。それならば納得デス」

 

 思考に耽っていた俺は、セレンさんの返答が耳に入ってきたことで意識を現実へと戻す。

 

 「......ワタシもかつては地上に憧れを抱いていまシタ。しかし、ニンゲンに捕まって売られそうにナッタ時......その思いは間違いだったと感じまシタ」

 

 隣で並行しながら飛翔するセレンさんは顔を俯かせ、その表情に翳りが深まっていく。

 当時のことを思い出したのだろう。彼女の表情からは色が褪せていき、そんな彼女を見た俺は出会った当初の記憶が脳裏を過る。

そして、彼女のその様子を見た俺は、まだ彼女を救うことはできていないと痛感し、己の無力さに自然とこぶしは強く握り締められる。

 

 「デスガ——」

 

 自身の不甲斐なさに打ち拉がれていた俺の耳に、心地の良い音色を纏った声が透き通る。

 俺はその声の主へと視線を向ける。すると、声の主であるセレンさんと目が合ったかと思うと、彼女は目尻を下げて、まるで愛おしい人を見つめるようにその瞳に熱を孕みながら、頬を赤色に染めて言葉を紡ぐ。

 

 「アナタがワタシを救い出してくれた——」

 「っ、それは......」

 

 セレンさんが向けてくる視線に、言葉に俺は何も返せない。いや、返す言葉を持ち合わせていない。

確かに俺は彼女を助けたのだろう。あのまま俺が間に入らなければ、今頃彼女はどこぞの貴族に想像すらしたくないような仕打ちを受けていたはずだ。そのことを踏まえたならば、確かに俺はイルジン達から彼女を救い出したと言える。

しかし——

 

 「ケレド......アナタはワタシを救えたとは思っていない、イエ、思えないかもしれまセン」

 

 セレンさんの言葉に、内心でドキッと胸が跳ねるように驚いてしまう。そして、同時に言い知れぬナニカを感じ取り、背中に嫌な汗が流れる。

 彼女はいったいどこまで俺のことを理解しているのか。彼女のこちらを見透かすかのような瞳に耐えられずに視線を逸らす。

 しかし、そんな俺の反応すら愛おしいと感じているのか、ふふっと上品な笑みを湛えながら言葉を続ける。

 

 「アナタと出会ってから数か月。ワタシは常にアナタの傍で......アナタを見てきまシタ」

 

彼女の声の湿度が増す。

こちらを包み込むような優しさを湛えた声は、しかしこちらを捉えて離さないとでもいうかのように粘り気を帯びて俺の身体に絡みつく。

 

 「ダカラ——アナタがナニヲ考えているのか......少しずつデスガ解ってきまシタ」

 

 彼女の絡みつくような熱を湛えた声は俺の耳朶を刺激し、脳裏へと到達すると思考が侵され纏わりつく。

 

 「............そう、か......。それは......よかった」

 「ハイ——」

 

 本能が理解した——彼女から逃げることは不可能だと......。

 

 

 一時はセレンさんの異様な気配に慄いたものの、それ以降は普段と変わりない様子であったため、一先ずの安堵の息を漏らす。

 

 先ほどの彼女の様子は気にはなるが、触れるべきではないと俺の直感が警報を鳴らすので触れないでおく。

 触らぬ神に祟りなし、というからな。決してビビっているわけではない。

 

 

 「......そろそろ戻るか」

 

 現在の時刻は、昼前。

 もう少しで昼ご飯の時間のため、そろそろ家に帰ろうかと思い言葉を零す。

 

 「そうデスネ。もしかしたらベルさんが料理を作り終えてワタシたちを待っているかもしれませんし」

 「......たしかにな」

 

 セレンさんの言葉を受けて俺は頷く。

 出会った当初は俺よりも数段劣っていたベルの料理スキルだが、今では俺に迫るほどに料理スキルに磨きがかかっている。

 当然、料理を作る速度も速くなっているわけだから、彼女の言う通り既に料理が完成しているかもしれないな。

 

 そうとなれば、早く帰るとしますか。

 

 「それじゃ、とっとと帰る——」

 「うぅぅわわああああぁああぁああああああッッッ!!!!」

 

 俺が言葉を発し終えるその瞬間、けたたましい叫び声が耳に届いた。

 

 というか、この声は——。

 

 「ヨルさん! 今の声はッ!」

 

 「あぁ、急ぐぞ!」

 

 セレンさんの言葉に簡潔に反応した俺は、今出せる最高速度で声の元へ翔けだした。

 

 

 「うわぁぁああぁああ!!」

 

 喉が張り裂けるほどの叫び声をあげ、恐怖によってか涙で瞳を潤ませながら草木が生い茂る森の中を必死に走る少年——ベル・クラネルの姿がそこにあった。

 

 現在、ベルは一匹の獣型モンスター——ヘルハウンドに襲われていた。

 ヘルハウンドは、「放火魔(バスカビル)」の異名を持つ、仔牛ほどの大きさをした黒い犬の姿をしたモンスターである。

体躯の大きさに反して俊敏な動きと跳躍力を発揮するヘルハウンドは、一度目を付けられてしまうと逃げ切るのは難しい厄介なモンスターである。しかし、このモンスターの真に恐ろしいのは口から放つ強力な火炎放射である。この火炎放射こそがヘルハウンドの異名の所以である。

しかし、たった今ベルを襲っているヘルハウンドは、火炎放射を放つ素振りは見せず、ひたすらに逃げ回るベルを追いかけ回している。

ベルが相手ならば自身の牙だけで十分だと思っているのか、はたまたオラリオ外のモンスターであるため火炎放射を放てるほどの力はないのか。いずれにしろ、火炎放射に対する対抗手段を持ち合わせていないベルにとっては幸運だと言えるだろう。

 

 

 「死にたくない死にたくない死にたくないッッ!!」

 

 数十秒前から開始した犬と兎の追いかけっこ。

 字面だけを見れば微笑ましくも感じる光景だが、実際には凶悪な犬が泣きべそをかいている兎を食い殺さんとしている微笑ましくもなんともない光景だ。

 

 「夜ぅぅううう!! 助けてーーッッ!!」

 

 生存本能に身を任せて必死の形相で走りながら、最も信頼している友達の名を叫ぶベル。

 逃げ足の速いベルだが、それでもヘルハウンドには速度も持久力も敵わない。次第に両者の距離は縮まっていく。

 

 「ガゥゥウオオァアアッッ!!」

 

 この距離ならば行けると判断したのか、ヘルハウンドは自慢の脚力を以てして飛びかかる。

 

 「うぅわあああぁああ!!」

 

 絶体絶命のピンチ。

 ヘルハウンドの牙がベルの命を食い殺さんとしたその瞬間。

 

 ビュンッと風を切る音と共に、細長い青白い何かが上空から飛来した。

 

 「キャウゥンッッ」

 

 飛来した物体はヘルハウンドの右目を抉って地面へと突き刺さる。

 痛みに悶えるような声を発したヘルハウンドは、ベルを襲うことなく森の奥へと引き返していった。

 

 「——えっ? ......え?」

 

 状況を理解できていないベルは、逃げていくヘルハウンドと先程飛来して地面に突き刺さっている氷でできた槍との間で視線を行き来している。

 

「——何とか間に合ったな」

 

 状況が理解できずに困惑していたベルの耳に突如として聞こえてくる聞き覚えのある声。その声を聞いたベルは反射的に声がした上空へと顔を向ける。

 

そこには——ベルが最も信頼している助けを求めた男が居た。

 

 

 あぶねぇ。ギリギリだったが何とか間に合ったな。

 

眼下で呆けた顔をしているベルを見ながら心の中でそう呟く。

 あと少しでも遅れていたらベルは間違いなく重傷を負っていただろう。そう考えた俺は、間に合ったことに安堵の息を漏らす。

 

 やはり、氷の槍を生成して投擲したのは正解だったな。

 あの距離ではさすがに直接叩くのは間に合わなかっただろう——。

 

 

 

 

叫び声を拾った俺とセレンさんは、全速力で声の下へ向かった。

 叫び声を上げた者——ベルの正確な位置を知るために、魔力感知を最大限に広げてベルの捕捉を図る。

 

魔力感知にてベルを捕捉した俺は、その地点に向かって一直線に飛んでいく。その間も魔力感知は切らずに状況の把握をしていたのだが、辿り着く前にベルが危機的状況に陥っていることを認知した俺は間に合わないと判断して即席で氷の槍を作りベルを襲っているモンスターに投擲した。

 

 

 

モンスターは仕留めることかなわず、逃がしてしまった。できれば今後の安全のために追いかけて仕留めたいところだが、今はベルの安否確認が重要であるため諦める。

 

 「ベル、無事か?」

 

 未だに呆けた顔をしているベルに声を掛ける。

 というか、いつまで呆けているんだよ、こいつ。

 

 「おい、いつまでそのアホ面でいるつもりだ」

 「イダッッ」

 

 反応を示さないベルに業を煮やした俺は、ベルのデコに全力のデコピンをおみまいする。

すると、ベルは奇声を上げながらデコを摩り悶える。

 

 「痛い! いきなり何をするのさ!」

 「お前が呼び掛けても反応しないんだから仕方ないだろ」

 「だからって別にデコピンすることはないじゃん!」

 「知らん。反応しなかったお前が悪い。俺は悪くねぇ」

 「夜のバカ!」

 「バカはお前だ、バカベル。どうして一人でこんな所にいた?」

 「うっ、それは......」

 

 どう考えても反応しなかったベルに非があるだろ。

 人によっては反応するまで呼び掛けるのだろうが、俺はそんな手間のかかる面倒なことはしたくない主義だ。

 

 故にデコピンをおみまいしてやったわけだが、あろうことかこいつは俺にバカだと言ってきた。

 バカはどう考えてもお前の方だろう。俺は内心呆れながらベルを見る。

 そして、魔物や狂暴な野生動物が生息している危険な森になぜ一人で入ったのかを尋ねる。すると、ベルはバツの悪そうな顔をして視線を逸らす。

 

 ベルのその様子を見た俺はため息を吐き出す。

 目の前で縮こまっているベルは、俺のため息を聞いてさらに身を小さくする。

 

 ビビりすぎだろ......。

 

 まるで兎が狼に食われそうになって怯えている様を彷彿とさせるベルの姿を見て若干顔が引き攣る。

 

 一応俺はこいつを助けた側だよな。それなのに、なんで俺がこいつを怯えさせているような構図になっているんだよ。

 

 今の俺たちの姿は、傍から見てみればどう考えても俺が悪役だろう。

 

 俺ってそんなに怖いか?

 傍から見たら俺は怖く映っているのではないかと思った俺は心によく分からないダメージを受ける。

 

 「アナタは怖くなどありまセンヨ。むしろ......カワイイと思いマス」

 「え?......そ、そうですか」

 「えぇ、フフッ」

「ア、 アハハ」

 

 いや、アンタはこえぇよ......。

 セレンさんに向かって心の中で突っ込みを入れる。

 

 なんでセレンさんは俺の心の中で思っている事が解るんだよ。

 別に俺は声に出していたわけではない。それなのに、彼女はまるで俺の思っていることが解るかのような反応をする。

 そんな芸当、神ですら不可能だぞ。

 

 うん。シンプルにこのヒトコワイ。

 

 そこで俺は考えることを放棄した。

 だって怖いし。めちゃめちゃ怖いし。

 

 「ナニカ変なことを考えていまセンカ?」

 「......イヤ、ベツニナニモカンガエテイマセンヨ」

 「そうですか、フフッ」

「ア、 アハハ」

 

 だからこえぇって......。

 

 

 「あ、あの」

 「ん? あぁ、そう言えばお前居たんだったな。完全に忘れてたわ」

 

 セレンさんに怯えていると、先程まで兎のように縮こまっていたベルから声を掛けられる。

 やばい。完全にこいつの存在を忘れてた。

 まぁ、ベルだしいっか。

 

 「えっ!? ちょっと、ひどい!」

 

 ベルだし仕方がないと思っていたら、ベルからひどいと言われてしまった。

 いや、まぁそうだよな。確かにひどいかも。

 これは素直に謝っておこう。

 ベル本人も本気で気にしているわけではないだろうが、反省して謝罪すべきところはしなければならないしな。

 

 「悪か——」

 「スミマセン。ワタシも忘れていまシタ」

 

 セレンンンンンンンンンン

 

 今俺が謝ろうとしたのに何で言葉を重ねてくんの?

 

というか、アンタも忘れてたのかよ......。

 

 「えっ!? セレンさんまで?!」

 

 それな。心の中でベルに同意する。

 

 「うぅ~......二人とも、ひどい......」

 「あぁ......まぁ、なに......どんまい?」

 「そういうトキもありマス。元気を出してクダサイ」

 「二人が悪いんだよね!? なんでそんな自分は何もしてないみたいな顔してるの!?」

 

 それはそう。ベルの言葉に心の中で頷く。

 いや、でも一応俺はちゃんと反省してるぞ。セレンさんはどうか分からないが、少なくとも俺はしっかりと反省してる。だから、うん。俺は大丈夫。

 

 「俺はちゃんと反省してるぞ?」

 「ワタシも反省してマス」

 「絶対嘘だ!」

 「俺はガチ。セレンさんは知らん」

 「ワタシもガチです。ヨルさんと永遠に一緒デス」

 「何言ってんだおめぇ」

 「セレンさんは何を言ってるの!?」

 

 ホントに何言ってんだ、セレンさん。

 永遠に一緒ですって言った時、なんというかすごいしっとりとした感じで滑り気があったぞ。しかも、顔は赤らめて目は若干黒く澱んでたし。

 

 やっぱり怖いぞ、セレンさん。

 

 

 「......はぁ、なんだか僕ものすごく疲れたよ」

 「......同感だ。さっさと家に帰ろう」

 「ソウデスネ。ワタシとヨルさんの家へ」

 「ちょっとセレンさん?! あの家は一応僕の家だからね!?」

 

 ベルのやつ、さっきから突っ込みしかしてないような気がする。

こいつも大変だな......。

 

 「......はぁ、さっさと帰るぞ」

 

 そう言って俺は、俺たちが暮らす家へと歩を進めた——。

 

 

 さらに二か月の月日が経過した。

 

 現在、俺は村の中心部へと馬車で向かっている。

 俺が居候しているベルの家は村のはずれに位置し、村の中心部から丘を少し登った先にある。そのため、普段は村の住人との交流はほとんどない。

 

 村の中心部へと赴いたことはこれまでに一回きりだ。そして、その時に初めてこの村の住人と接触した。

 今回中心部へ赴く理由は、前回と同様の理由である。

 

では、その理由とは何か。その答えは荷車に積まれている「土人形」にある。

 

 俺はこちらの世界に来てから基礎体力作りや魔力制御の鍛錬等を毎日欠かさず行っていたわけだが、それと並行して土人形の製作も行っていた。

 

土人形を制作していた理由——それは金だ。

どの世界にも共通して言えること、それは生きていくためには金が必要だということだ。

 

俺がこちらの世界に来てまず必要だと感じたのが衣服と日用品だ。

こちらの世界には裸一貫の状態で来た。おまけに、こちらの世界に来た際に着ていた衣服は雷によって炭と化していた。そのため当時は、衣服はベルのものを借り、歯ブラシなどの日用品は予備のものを借りていた。

 

 しかし、借りるだけ借りて返さないというのは性に合わない。

 そもそも俺自身、借りを作るという行為自体があまり好きではないからな。

 故に、借りた分の金は返し、尚且つ自分の物は自分で調達できるように金を必要とした俺は、金を稼ぐ商材として思い付いたのが土人形というわけだ。

 

 土人形とは、土魔法で作ったフィギュアのことだ。

 俺が目指したのは、地球用語でいう「商業フィギュア」だ。

 この世界に商業フィギュアの概念があるかは定かではないし、精巧な人形が既に実在しているかも不明瞭だ。しかし、俺が目指している到達点に至った土人形の精巧さと独創性はこの世界には存在しないと考えている。

 そして、この土人形製作だが、他にもメリットがある。それは魔力制御の鍛錬になるということだ。

 一般的に、土人形は精巧であればあるほど価値が生まれる。誰だって粗末な物よりも精巧な物の方がいいだろう。故に、精巧な作りの土人形を目指して製作するわけだが、そうなってくると当然魔力の緻密な操作が求められる。そして、それこそが魔力制御の鍛錬へとつながるのだ。

 

 

 俺は毎晩寝るまでの時間を土人形の製作に充てた。

 俺が土人形の製作に取り掛かっている間、ベルは隣で俺の作業を毎日見ていた。

 

ベルにどうして毎日見ているんだと聞いたことがある。こちらとしては横から凝視されていれば気が散るし、正当な理由がないならば止めてもらおうと思って質問をした。そしたら、土人形の製作に興味を惹かれたから、と答えが返ってきた。俺はその気持ちに共感できたため、致し方なく見学を許した。

まぁ、あいつはもともと魔法に興味があったみたいだから、土人形の製作に興味を持つのは当然と言えば当然だ。土人形の製作は歴とした土魔法の一種だからな。

 

 

 話が少し逸れてしまったが、究極目的である「金稼ぎ」のために始めた土人形製作だが、第一回の商売は見事に成功し、数カ月に一度村に訪れる商人に製作した全ての土人形を売り捌くことができた。

 

 商人に聞いたところ、商業フィギュアという概念はこの世界にはないようだ。ただ、フィギュア自体はないわけではなく、場所によっては取り扱われていたりもするようだ。

しかし、そのフィギュア自体は俺が製作したフィギュアほど精巧な物ではないようで、そのおかげで俺の商売は成功を為した。

 

そして、今回もまた前回同様に土人形を商材として商売を行う。

前回と違っている点と言えば、より土人形が精巧になっている点だろう。これは俺の魔力制御の練度が向上したことを意味している。

また、価値も同様に上がることになるだろう。そうなれば、手元に入ってくるお金はより多くなるため、経済的余裕が出てくる。

 

丁度欲しかった物もあるし、この機会に買うとしよう。

 

 懐が潤い、尚且つ欲しい物が手に入ることを想像した俺は、心を躍らせながら村の中心部へと向かった。

 

 

 「おっ、土人形の坊主じゃねぇか!」

 

 村の中心部に到着した俺は、人だかりができている小さな市場と化した場所へ馬車を引きながら歩を進める。

 すると、前回と同様の商人のおっちゃんが俺を見て挨拶代わりの言葉を投げかけてくる。

 

 ていうか、土人形の坊主ってなんだよ。まんまじゃねぇか。

 

 商人のおっちゃんが勝手に付けた呼び名を聞いた俺は、あまりにも捻くれのない呼び名であったため呆れる。

 だからと言って捻りすぎている呼び名は、それはそれで嫌だが......。

 

 まぁ、別に呼び名くらい余程変でなければなんでもいいんだがな。

 

 そこで一度思考を止めた俺は、商人のおっちゃんに向かって挨拶を返す。

 

 「......どうも」

 「おいおい、相変わらず覇気のねぇ奴だなぁ! 子供ならもっと元気を出しやがれ!」

 

俺の挨拶を聞いたおっちゃんは、笑いながら背中をバシバシと叩いてくる。

 

言いたいことは分からないでもない。実際、俺くらいの年齢の子供ならもう少し元気が溢れているものだろう。

 しかし、生憎と俺はそんな元気溢れる子供ではない。ぶっちゃけ無理に元気を出そうとしたら疲れる、精神的に。

 

 そういうわけで残念ながらおっちゃんの期待には答えられそうにない。そもそも期待に応える気すらないが。

 

 「......へいへい。その内な」

 「かぁー! 前回もそう言っての今回だろうが! さてはおめぇ、口だけで端からやる気がねぇな!」

 「よく分かったな」

 「やっぱりか! たくっ、可愛げのねぇ野郎だなぁ、坊主は!」

 

またしても笑いながら背中を叩かれる。今度は強めのを一発だけ。

 

 なんというか、このおっちゃんは距離感が近いような気がする。

 距離感というものは商人にとっては重要なファクターの一つだろう。

 消費者と生産者の間を取り持つ商人は接し方を間違えれば最後、そこでその商売は終わってしまう可能性だってある。

 だからこそ、距離感を図る技術というものを商人には求められる、と個人的には思っている。

 

 実際、距離感は近いものの不快ではない。それは、このおっちゃんが放つ独特の雰囲気や態度も関係があるのだろう。そして、それらをひっくるめての距離感というものをおっちゃんは上手く取れているんじゃないかなと素人目線で考えたりする。

 

 人との関わり方がど素人な俺には難しい話だな。

 おっちゃんを見ながら、そんなことを考える。

 

 

「......それよりも早速商売を始めようよ、おっちゃん」

「おっと、そうだな! それじゃ、坊主が持ってきた商品を見せてもらおうじゃねぇか!」

 「あぁ、これが今回俺が用意した商品の全てだ」

 

 世間話もそこそこに、さっさと商売を始めたい俺はおっちゃんに話を促す。

 俺の言葉に同意を示したおっちゃんは、まるで俺の商品へ期待を寄せるかのように目をキラキラと輝かせながらこちらを見ている。

 前回俺が販売した土人形はおっちゃんに好評だったし、この反応は頷ける。

 今回は前回よりも完成度は高まっているため、おっちゃんの期待に応えられることだろう。

 

 おっちゃんがどんな反応を示すのか、内心わくわくさせながら俺は商売の時間へと身を投じた——。

 

 

 「——むふふ」

 

 大金がはち切れんばかりに詰め込まれた巾着を見ながら、俺は柄にもなく深い笑みを浮かべる。

 

 当初に想像していた通り、前回よりも高い値段で売ることができた。さらに販売した個数も前回よりも増加していたため、現在の俺は地球に居た頃には想像もできないほどの大金を手に入れた。

 

 地球に居た頃は、商売というものには縁もゆかりもなかった。

 しかし、こちらの世界に来てからはこうして自らでお金を稼いで生計を立てている。それもアルバイトのような雇用形態ではなく、自身で商品を一から作り、それを自分自身で販売する。

 

 今までに経験などしたことのない「仕事」。

 決して簡単なものではなく、誰かに頼ることもなく全て一人でこなさなければならない。そのことに不安がないはずもなく、表面上は気高に振舞ってはいたが内心では常に不安と緊張が付き纏っていた。しかし、それと同時に少しばかり楽しくもあった。

 

地球に居た頃は全身全霊で何かに取り組むことはなかった。しかし、この世界に来てからは全身全霊の毎日だったように感じる。

あれほど死にたいと思っていたのに、今では生きたいとさえ思っている。そしてなにより、生きることが楽しいと、生きていることが幸せだと感じている自分がいる。

そのどれもがこの世界に来てから感じたことで、この世界に来なければ感じることのなかった思いでもある。

 

 体験する一つ一つがどれも新鮮で、そのどれもが魅力的で心惹かれてしまうものばかりだ。だからこそ、その全てにおいて全身全霊で挑まずにはいられない。

 

 見ている世界が彩られていく。

 色の褪せていた人生(キャンパス)が、少しずつ少しずつ色を取り戻していく——。

 

 

 ガタゴトと規則的な音を鳴らしながら、帰路に着く馬車に揺られる。

 いつも以上に煌めいて見える晴天を見上げながら、これからの人生がどのように彩られていくか。

俺は未知なる未来に想い馳せていた——。

 

 

 この世界に来てから十カ月が経過した。

 

 もう少しで一年が経つ。

それはつまり、原作が始まる刻が近付いてきたことを意味する。

 

 ここまで来ると否が応でも不安や緊張、期待や興奮といった様々な感情が胸中から湧き出てくる。

 刻一刻と訪れるその時を待ちわびているかのように全身の細胞が歓喜に打ち震えている錯覚すら覚える。

 

 そんな感情の奔流が蠢く心情の中、現在俺はベルとセレン——二人と共にピクニックに出かけている。

 

 

 「今日は晴れてよかったね!」

 「だな。ここんところは雨続きだったし......」

 「ソウデスネ。まさにピクニック日和デス」

 

 俺たち三人は天候に恵まれた今日にそれぞれの感想を零す。

 

 ここ最近は雨続きの悪天候だった。

 天気予報の概念が恐らくはないであろうこの世界では、明日の天気を推察できない。

 

ピクニックをするきっかけは、少し前にセレンがしてみたいと言い出したことがきっかけだ。しかし、如何せん天候不良が相次いだため、なかなかできないでいた。

そんな中、昨日は曇り空ではあったものの雨は降っていなかったため、今日晴れたならば結構しようという話になったのだ。

 

そうして訪れた今日、天候はこれまでが嘘のように晴れ渡っており、セレンが言った通りのピクニック日和となった。

 

 

 「......そんなに楽しみだったのか?」

 

 俺の隣を歩いているセレンに向かって言葉を零す。

 今の彼女の表情は、一言で言い表すならば——綺麗。その言葉に尽きる。

 翳り気一つない、まるで花が咲き誇るかのように美しく、幻想的な彼女の笑顔は見るもの全ての視線をくぎ付けにするほどに魅力的だ。

実際、ベルは彼女の笑顔に惚けている。かくいう俺も、人のことは言えないがな。

 

 改めて彼女の容貌を見て、美しいが過ぎると感じてしまう。

 顔の造形は女神と見紛うほどに美しく、それでいてプロポーションも完璧。

 しかし、目が惹かれるのは何も容姿だけではない。

 

彼女は一つ一つの所作に至るまで美しいのだ。絵になるという言葉は彼女のためにあるのではないかと思うほどに美しく、気品のある女性と言える。

 

 そんな彼女の満面の笑みを見た俺は、このピクニックがそれほどまでに楽しみだったのかと内心驚いて質問をした。

 

 「ハイっ。ピクニックというものは初めてデスから......デスガ——」

 

 視線を感じた俺はセレンへと目を向ける。

 赤らめた頬、熱を帯びた瞳。そのどれもがただの友人には決して見せるものではないことを俺は知っている。

 ベルには一度たりとも向けられたことのないその表情。

 

 自惚れでないのならば、彼女が俺に向けるその感情が何かを俺は理解している。

——それを俺が信じるかどうかはさておき......。

 

 彼女は色気の混じる妖艶な表情で言葉を紡ぐ。

 

 「ヨルとこうして一緒の時間を共有スル。その刻が他のどんなコトよりも楽しいのデス」

 

 俺との時間の共有。

 セレンはそれが何よりも楽しいと言ってくれる。

 

 なるほど。確かにそうかもしれないと俺も共感を覚える。

 セレンと、そしてベルと過ごすこの何気ない日常は他のどんなものにも代えがたい瞬間のように感じる。

 

 「ヨルはどうですか?」

 「——ん?」

 「ヨルは......ワタシと共有スル時間は楽しいと感じていまスカ?」

 

 先程とは一転。

 今度は不安を湛えた表情をこちらに向けてくる。

 瞳孔は揺らぎ、澱みのある黒で塗りたくられていく。

 

 感情の浮き沈みが激しい奴だな、と余計な思考がそんな感想を抱く。

 

 そんな感想は、今は片隅に放っておく。

 

 俺は視線を逸らすことなく彼女を見ながら、本心を吐露する。

 

 「楽しいよ」

 「っ、本当ニ?」

 「あぁ、俺はセレンと共有する時間は好きだよ——これは紛れもない俺の本心だ」

 

彼女が求めていた応えが何か予想はついても断定はできない。

 だから、俺は俺の中にある本音を口にした。

 

 彼女は俺の本心を聞いて、瞳を潤ませる。

 涙で煌めく彼女の瞳には、先程までの澱みは既に消えていた。

 

 

「......あ、あの~」

「ん?」

「一応僕もいるんだけどな~......なんて、アハハ」

 

 一旦の会話が終了した俺とセレンにベルが遠慮気味に声を掛けてくる。

 

 既視感を感じる。

 この場に流れる雰囲気にそう思った。

 しかし、今回もまた俺たちが悪いなと思った俺はベルにも本心を告げておくことにした。

 

 「ベル」

 「......なに?」

 「俺はお前と過ごす日々も楽しいって思ってる」

 「っ、うん! 僕も夜と過ごす毎日が楽しいって思ってるよ!」

 「......そうかい」

 

 俺が本心を吐露すれば、ベルもまた同様に返してくる。

 純粋な笑顔で思いを告げてくるベルに、俺は自然を笑みを浮かべる。

 

 

 「......ベルさん」

 「ん? 何ですかセイ......ンさ、ひっ......!」

 「いくらアナタでもワタシから奪うというのでアレバ容赦はしまセンヨ?」

 「う......う、うう、奪いません奪いません......!」

 

 

 セレンの表情を見たベルは、先程の純粋な笑顔が一瞬で鳴りを潜める。そして、急速に顔が青ざめていき、その瞳に涙を浮かばせる。

 ベルは無罪を主張するかのように両手を上げながら、顔を横に振って必死に言葉を紡ぐ。

 

 ビビりすぎだろ......。

 ベルの反応を傍から見ている俺は胸中でそんなことを思う。

 

 しかし、そう思いながらも俺自身内心はベルと同じ反応だったりする。

 実際、今のセレンの雰囲気と......何よりも表情がめちゃめちゃ怖い。

 

 今のセレンの表情は、分かりやすく言えば感情の失せた能面。

 それだけでも十分に恐怖を覚えるのだが......問題は目だ。

 彼女の目がとにかく怖い。まず一切の光が失われている。そして......暗い。とにかく暗い。まるで彼女の心情がそのまま瞳に宿ったかのように黒一色に染まっている。

 

 そんな彼女が容赦しないといった。

あれは......ガチだ。冗談でも何でもない。ガチで躊躇なくベルを殺す。そんな雰囲気がひしひしと感じられる。

 

 

 とりあえず落ち着かせよう。

 ヤンデレやメンヘラは好きだが、今じゃない。確実に今ではない。

 いったん彼女には冷静になってもらおう。そうでなければ、気が気ではない。

 それに俺よりもやばそうなのが隣にいるからな。

 そう思いながら俺の隣で震えあがっているベルに視線を向ける。

 

 隣のベルは、それはもうめちゃめちゃビビっている。生まれたての小鹿のように脚をがくがくと震わせている。

 何なら漏らすんじゃないかってほどにビビっている。いや、絶対に漏らすなよ。さすがにパンツの替えは持ってきてないぞ......。

 

 ベルが漏らすんじゃないかと冷や汗をかきながら、俺は必死にセレンを宥めた——。

 

 

 

 

 

 

 「——セレンッ! 飛べッ!」

 

 

 

 

 

 

ソレは何の前触れもなく現れた——。

 

 あまりにも常軌を逸した速度に、常時魔力感知を展開していたにもかかわらず、夜は反応が遅れる。

 しかし、それでも感知した瞬間に瞬時に指示を出したことは英断だったと言える。

セレンは夜の指示に従って空へ飛び上がり、ベルは夜が抱えてその場から飛び退くことで灼熱の業火から何とか逃れた。

 

 ほんの数秒前まで楽しく談笑しながら昼食を楽しんでいたその空間は——たった一度の咆哮によって焦土と化した。

 

大地は焼け焦げ、草木はその熱量に耐えられずに炭と化す。

 

あまりにも急激な状況の変化についていけずに未だ困惑の中にいる三人——いや、たった一人、夜だけは状況把握に全力で脳をフル回転させる。

 

 

 夜のこめかみに汗が伝る。

 状況把握に努めていた夜は、魔力感知にて感じる圧倒的なまでの存在感に本能が警鐘を鳴らす。しかし、それ以上に打ち震える心臓の鼓動が警鐘を遮って意味を為さない。

 心臓の脈動が全身に伝播するかのように身体中の細胞が沸き立つ。されど、沸き立つのは歓喜などではなく、絶望的なまでの恐怖からだ。

 これまでに出会ってきた存在など霞んで見えるほどの圧倒的な恐怖。それをこの場の誰よりも先に一身に感じ取った夜。

 

 ドシンドシン、と大地を揺らす音が森に木霊する。

 重量を感じさせるその音がまるで死へのカウントダウンであるかのように次第に大きくなっていく。

 

先程の業火によって立ち上る煙にシルエットが浮かび上がる。

 そのシルエットを見て、その場にいた三人は誰もが息を呑む。

 

 ——巨大。

 あまりにも大きい。

 

 やがてそのシルエットは煙から顔を出し、姿を現す。

 

 ソレはやはり巨体だった。身長は2mを超えており、全長は4m程度。

 巨狼の風貌をしたソレは全身を漆黒の毛で覆われており、口から覗かせる犬歯は簡単に人間を噛み殺せるほどに鋭く尖っている。

 睥睨するその双眼は夜をじっと見つめる。その眼光には復讐の色が滲み出ている。

 巨狼の風貌はどこを取って見ても異質と言える。しかし、その中でも最も目が行くのが右目に刻まれた一筋の傷。

 一生消えることのない傷跡がずきりと痛むのか表情を歪ませる巨狼。その痛みに呼応するように眼光は鋭く、重圧感が増していく。

 

 

「——ウォォォォォオオオオオッ!!」

 

巨狼の咆哮によって大気が震動する。

 

大地は震え、木々は揺らぎ、生物はその身を委縮する。

 

 そんな絶望が支配する中、たった一人の少年だけはその瞳に闘志を宿す。

 恐怖で震え上がる身体を無理やり奮い立たせ、矮小なる身でありながら圧倒的強者に闘気をぶつける。

 

 

——今この瞬間、運命の帳が下ろされた。

 

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