ところで皆さん。
あおやなぎという方をご存じですか?
コスプレイヤーさんなんですけど、彼女のリューさんコスめっちゃいい!
@aonag_cos でTikTokで調べてみてください!
「——見えてきたぞ」
ガタガタと規則的な音を鳴らしながら走行する馬車を操縦していた俺は後ろの荷台に言葉を送る。すると、荷台に据え付けられた長椅子に身を預けていたベルが顔を出す。
「わぁっ! あれがオラリオ!」
ベルは前方に見える巨大な都市を見てその瞳を輝かせる。
遠目からでも圧倒されるほどに巨大な市壁。それを遥かに凌駕する白亜の摩天楼施設『バベル』。その高さはまさに圧巻の一言であり、雲を突き抜けるほどだ。
ベルの様子に俺は一つ頷く。
気持ちは分からないでもない。実際、俺自身も内心興奮している。
こちらの世界に来て初めての都市であり、何よりダンまち世界において様々な物語が繰り広げられる主要舞台でもあるのだ。興奮するなという方が無理である。
そして、主人公(ベル・クラネル)の登場。それすなわち原作開始の合図。
ここからダンまちの物語が始まる。
それを間近で見ることができる。一ファンにとってそれほど喜びと興奮と楽しみが湧き上がる現実はないだろう。
事実、俺も実感している。しかし、昂る高揚感とは別に冷静な自分も居る。
これは遊びではない。これは空想ではない。
これから始まるのは心躍る英雄譚ではない。
もっと薄汚れた、血腥い生死を賭けた物語。
油断も怠慢も怠惰も傲慢も赦されない。
それらは足枷でしかなく、悲劇を生み出す爆薬でしかない。
——あぁ、分かっている。
二度と同じ過ちは犯さない。二度と同じ悲劇は繰り返さない。
新たな誓いを胸に、覚悟を決める。
強くなる。誰よりも強くならなければならない。
せめて大切な人たちだけはこの手で守れるように。
星を散りばめたように瞳を輝かせながらオラリオを見つめるベルを横目に、俺は静かに決意を心に灯した。
*
「次の者!」
「……やっと俺たちの番か」
「結構待ったね」
制服に身を包んだ門番から声が掛かる。
ようやく俺たちの番がきたらしい。
オラリオの門前に到着した俺たちは、検問待ちの行列に並んで待っていた。時間にして小一時間程度。
やはり『世界の中心』と言われるだけあって多くの人が訪れているようだ。俺たちと同じ冒険者志望の者はもちろん、商人や観光客らしき者も多く見受けられる。
これだけ多くの来訪者を目の当たりにしただけでも、これから入門する場所の規模を思い知らされる。
「通行許可証はあるか?」
門番がそう聞いてくる。
しかしそんなものは持っていない。なにしろ俺たちは地図にすら載っていない辺鄙な田舎からやって来たのだ。持っていないのは仕方がない。
それにおそらくは必要ないだろう。
隣であたふたと動揺しているベルを横目に、俺は素直に答える。
「俺たちは二人とも持ってない」
「そうか。……見たところ旅人ではないようだし……君たちは冒険者になるために来た、ということで合っているか?」
「あぁ」
「なら大丈夫だ。君たちのような冒険者志望の人間は、何百人、何千人とこの都市にやって来る。それを素直に取り締まっていたらキリがないんでな。とりあえず『神の恩恵』の有無だけ確認させてもらう。背を向けてくれ」
そう言って門番は検問道具を持ち出してくる。
俺たちは門番の指示に従って背を向ける。
あれは魔道具(マジックアイテム)か。
門番が手にしている道具を見た俺は童心を擽られる気持ちになる。
魔道具自体はベルの故郷に居た頃に、村にやって来た商人が持っているものを見たことがある。
当時、創作世界の中でしか見聞きしたことのなかった魔道具を見た俺は、内心興奮状態であった。
魔道具とは、いわば魔法を道具化したものだ。それを目の当たりにして興奮するなという方が無理である。
故に、門番が使用している魔道具を目の前にして好奇心を昂らせる俺は悪くないだろう。
「……よし、問題ないな」
俺が一人、内心で好奇心を爆発させていると、いつの間にか検問は完了していた。
門番の作業が早かったのか、あるいは俺が思考に意識を割き過ぎていただけなのかは定かではないが、俺たち二人とも検問に引っかかることもなく問題はなかったようだ。
「あの道具一つで『神の恩恵』の有無が判るってすごいね」
「そうだな。できればその仕組みを知りたいところだが……」
「残念ながらそれについては教えてあげられない」
やはり無理なようだ。
まぁ分かっていたことだし、元から期待はしていなかったが。
それにおおよその見当はつく。
『神の恩恵』の有無が判る魔道具。その本質はおそらく『神血(イコル)』に反応を示すというもの。
『神の恩恵』とは『神血』を媒介にして刻まれる。故に俺の解釈は間違ってはいない、多分。
正解を知れない以上は、推測の域を出ない俺の答案は意味を為さない。
けれど、こうして思考を奔らせるのは嫌いではない。
「無理に聞く気はない。けど、代わりに他の質問をしてもいいか?」
「応えられるかは分からないが、かまわないぞ」
「ありがとう。俺の質問は一つだけ。安全性と機能性に優れていて、信用のできる宿屋を教えてくれ」
「なるほど、宿屋か。確かに、これから冒険者を目指すなら活動拠点は必要だしな」
門番の言う通り、目下の課題は活動拠点の確保だ。
まず、冒険者になるためには冒険者登録をする必要がある。そして、冒険者登録をするためには神のファミリアに入団して『神の恩恵』を授からなければならない。
しかし、入団できるファミリアを一日で見つけることができるかは分からない。そのため、あらかじめ活動拠点となる宿屋を確保しておく必要があるのだ。
まぁ、俺たちの場合は入団するファミリアはすでに決まっているがな。
入団先は『ヘスティア・ファミリア』。史実においてベルが入団したファミリアだ。
ベルには言っていないが、ヘスティア・ファミリアに入団することは確定事項だ。つまり、俺たちの任務はヘスティアを探すこと。ヘスティアが居るであろう場所は、屋台が多く並ぶ東区画だと思う。もしそこに居なければ、最悪はヘスティアが拠点にしている廃教会に直接出向けばいい。その場合、怪しさ満点だが、まぁ何とかなるだろ。
とにかく、入団するファミリアが決まっているとはいえ、ヘスティアを一日で探し出せるかは分からない。そのため宿屋は確保しておくべきだ。
そして、宿屋の選定条件は安全性と機能性、そして信用。この三点を抑えられているかどうか。その場合、値は張るだろうが問題はない。俺には土人形で稼いだ金があるからな。
「そうだな……君が今出した条件に合う宿屋は東区画にある『モイラ』という宿屋が一番いいだろう。値段は少し張るが、その分確かだ」
「そうか、ならそこにするよ。ありがとう」
「これも仕事の一環だからな。気にするな」
東区画か。丁度いい。
俺は今後の行程を頭の中で組み立てていく。
門番に再度お礼を述べた俺たちは、門をくぐってオラリオへ足を踏み入れた——。
*
「……すごい」
そこはまさしく別世界。
目の前に広がる光景に感嘆の息が漏れる。
隣のベルも同様に眼前の光景を見て驚きで口をぽかんと開けている。
石畳でできた街道。その左右に佇む石造りの家々。往来する多くの亜人種(デミ・ヒューマン)。飛び交う声々。地球に居た頃には感じたことのない活気溢れる景観がそこにはあった。
流石は異世界ファンタジー。
オラリオの街並みはまさしく中世を彷彿とさせる構造だ。
ヨーロッパに行けば似たような外観を御目に掛かれるのだろうが、生憎と俺は日本の田舎育ち。故にこういった外観は写真等でしか目にしたことがない。
「それにしても……」
視線の先には多くの亜人種。
エルフ、ドワーフ、パルゥム、獣人、アマゾネス……。どの種族も初めて目にする。
素晴らしい。その一言に尽きる。
亜人種は、魔法と同様に異世界の象徴だ。
初めて魔法を発動した時に抱いた感動と高揚感が再熱して胸を焦がす。
俺はこの光景を一生忘れることはないだろう。
沸き立つ鼓動を何とか沈めた俺は、先程練り上げた行程を進めるためにベルへ声を掛ける。
「ベル」
「ん? どうしたの?」
「ここからは一旦別行動にしよう」
そうベルに提案する。すると、
「え!? どうして?!」
ベルは目に見えて驚きと動揺を見せた。
やっぱりその反応になるよな。ベルの反応を予想していた俺は心の中でそう呟く。
しかし、別行動を提案したのにはしっかりとした理由がある。
「俺はやる事があるし、それを済ませようと思ってな」
目下やる事は三つ。
一つ目はライスシャワーと馬車の止めておける場の確保。
ライスシャワーとは、俺が連れている馬の名前だ。名前がないと不便なので付けた。
オラリオの街道は馬車が走れるほどの広さがある。しかし、走るのは表通りのメインストリートが主であり、路地裏等の入り組んだ道は通れない。つまり馬車では小回りが利かないのだ。
これからの行動を考えると、移動手段に馬車は不適切。そのため、どこか人気のない空き地に止めておこうと考えている。
そして、空き地の候補としてヘスティアの拠点である廃教会付近がいいと考えている。理由は、その廃教会が今後の俺たちの活動拠点になると思うのでその近くに止めておくべきだというのが一つ。また、廃教会付近は荒地で人気がないことも理由の一つだ。これはあくまでも憶測だが、アニメの描写的には荒地で人気がなかったように思う。
とりあえず行ってみれば分かることだ。
二つ目は拠点の確保。門番が言うには東区画にある『モイラ』がおすすめとのことなのでそこで部屋を取ろうと思う。
『モイラ』は三階建て構造で、外壁は深紫色と暗紅色のツートンで彩られているとのことだ。
比較的目立ちやすい外観のため、すぐに見つかるだろう。
三つ目はヘスティアの捜索。
これに関しては別に今日じゃなくてもいいが、早いに越したことはないだろう。
まずは馬と馬車を廃教会付近に置いたついでに廃教会にヘスティアが居ないか確認する。居ればそこで入団の意思を伝え、居なければ東区画に向かう。東区画は宿屋の件もあるし、ヘスティアが働いているじゃが丸君の屋台も東区画にあると思う。
正直、ヘスティアの捜索に関してはついでという感じで進める気であるため、そこまで考えることでもない。
見つかればラッキー程度の気持ちだ。
以上の三つが、これから俺がやる事だ。
初めはベルと一緒に行けばいいかとも考えたが、別に面白くも何ともないことに付き合わせるのは申し訳ない気がする。
だったら、別行動にしてベルにはオラリオを満喫してほしい。
そう思って提案したことなんだが、
「なら僕も付いていくよ!」
ベルならそう言うと思っていた。
「いや、俺一人で十分だ。それにせっかくのオラリオだぞ? 明日からは忙しくなるだろうし、今のうちに楽しんどけ」
思っていたことを素直にベルに伝える。
「でも、僕だけが楽しむなんて……」
しかし案の定、ベルは一人だけ楽しむことに対する罪悪感、後ろめたさがあるらしく、頷く様子を見せない。
気持ちは分からないでもない。俺がベルの立場ならば、同じような思いを抱くだろう。
——これは、違うよな。
俺がしていることは単なる配慮の押し付けだ。これは優しさでも思いやりでもない。
ベルのことを考えるならば、ベルのしたいことをさせてあげるべきだよな。
一度かぶりを振った俺は今一度ベルと向き合う。
「……やっぱり一緒に行くか」
「……え?」
「だから……一緒に行くかって」
「ぇ、あ……うんっ!」
俺の言葉を受けたベルは満面の笑顔で頷く。
そこまで嬉しがられるとこっちが照れるんだが……。
俺は内心で一方的に押し付けたことを反省しつつ、ベルの純真さに当てられたことによって生じたむず痒さを誤魔化すために首を擦る。
そこで、ふと思い出したことをベルに訊ねる。
「……そういえば、『冒険者墓地』には行かなくていいのか? 行きたいって言ってただろ?」
オラリオに向かう道中、ベルが言っていたことだ。
『冒険者墓地』とは、ダンジョンで散っていった人が埋葬される冒険者の眠る場所。本にも描かれている英雄たちの安息の地。
英雄が大好きなベルは、そこに行きたいと言っていた。
故にそのことを尋ねたのだが、
「また今度夜と一緒に行くから大丈夫!」
と笑顔で返される。
……こいつの笑顔はまるで太陽だな。
見ているだけで心が温まる。
本当に……俺にはもったいない友達だ。
「……そうかい」
「うんっ!!」
傍から見れば両極端に見える俺たちは、足並みを揃えて街道を進む。
照り付ける太陽とは別の熱を心に灯しながら——。
*
「……ここか」
「わぁ、何というか……すごいね」
今俺たちが居るのは北西のメインストリートと西のメインストリートに挟まれた区画に位置する場所だ。
過去の遺跡の成れの果てと思しき建造物が幾つも存在しているこの場所で、その中の一つを前に俺たちは佇んでいた。
剥がれかけの漆喰、ひび割れたステンドガラス、苔むした外壁——かつて多くの者が祈りを捧げ、生命の息吹を感じ取ることのできたであろう教会、その成れの果てが静寂と共に切なげに存在していた。
これがヘスティアの拠点としている廃教会か。
少なくとも外観を見ただけでは人が住んでいるとは到底思えないだろう。しかし、ヘスティアが暮らしているのはこの廃教会の地下にある隠し部屋だ。正直、そこも本当に人が過ごせる空間なのか疑問に思わなくもないが、雨風を凌げるのであれば最低限の生活は遅れるということだろう。
それに隠し部屋というのは男心を擽られるものがある。おそらくこの認識は全男子共通のはずだ。
俺も小さい頃、秘密基地になりそうな場所を探したりしたことがある。
だからこそ気になる。画面越しからでしか見たことのないその隠し部屋が果たしてどのようなものなのか。
純粋な好奇心が沸々と湧き上がってくる。
しばらく廃教会前に佇んでいた俺は、好奇心という名の衝動に駆られて教会の中へ入ろうと足を動かした——。
「——!」
しかし、その前に魔力感知が反応を示したことよって出しかけた足は元の場所に引き返す。
「夜? どうしたの?」
ベルからの質問を沈黙で返す。
無視するのは心苦しいが、今は勘弁してほしい。
状況が理解できず戸惑うベルを下がらせて前へ出る。
反応源に意識を向ければ、輪郭的に人型であることが解る。
しかし、気配は人間とは似て非なる感覚がする。
これは……神か?
オラリオには多くの神々が暮らしている。
往来でも何度かすれ違ったりもした。その者が神だと判ったのは明らかに漂う気配が人間の『それ』とは違うからだ。
神威——それは神が発する気配。そして魔力感知が示す反応の源から同様の気配を感じ取る。
ここには神が赴く理由はない。
もしもあるとすれば、それは——。
「んんー? どうしてこんな所に子供が居るんだい?」
やはりか。
身長はベルよりもさらに低く、一見すれば幼女と見間違うほどだ。しかし、彼女から漂う気配がその認識を否定する。存在感から女神だと解る彼女の容姿は非常に端麗であり、黒髪のローツインテールが歩みに合わせて揺れている。しかし揺れているのは髪だけではない。豊満な双丘もまた同様に存在感を主張している。
そんな彼女は胸元の開いたホルターネックの白いワンピ―スに身を包み、左二の腕から胸の下を通して身体を巻き付けるように青いリボンが結ばれている。露出度がかなり高く、一瞬痴女という言葉が脳裏を過るが表情には出さない。
「……女の子? どうしてこんな所に」
「ベル……あれは神だぞ」
「えぇ?! か、神様!?」
ベルが気付かないのも無理はない。
神々は普段、神威を抑えて生活しているらしいからな。
それに気付けるのは相応の実力者か、あるいは気配に敏感な奴だけだろう。
「あぁ、そうさ! ボクはこう見えても神なんだぜ!」
自分で“こう見えても”って。言ってて恥ずかしくないのか、この神は。心の中でそう呟く。
自身に親指を向けて決め顔をする彼女を一瞥した後、俺はベルへと視線を向ける。
唖然とした様子で固まるベルに笑いが込み上げてくるが、何とか耐える。
俺は一つ咳払いをした後、ベルを再起させるために声を掛けた。
「ベル、元に戻れ」
「はっ! ご、ごめん夜。びっくりしちゃって」
「だろうな」そうベルに返答した俺は、再度彼女へ視線を向ける。
「俺はツクヨミ・夜。こっちがベル・クラネル。あんたは?」
簡潔な自己紹介をして、彼女に名を尋ねる。
一見すれば失礼だと思われる俺の態度。しかし、そんな態度を受けた彼女は怒るでもなく、困るでもなく、可憐な花のような笑顔を湛えてながら——
「ボクの名前はヘスティアさ! よろしく頼むよ! 夜君! ベル君!」
とおおらかに名を告げた。
ようやく邂逅した。いや、むしろ計画していたよりも早かったな。
本来であれば、今日は宿屋で一泊して明日探そうと思っていた。けれど、まさかの今日中に出会うことができるとは。
流石はベル。幸運の兎と言われるだけはある。
「ヘスティアはどうしてここに?」
ヘスティアと挨拶を交わした俺は質問をする。
質問内容はすでに知っていること。
この廃教会が彼女の生活拠点である以上、ここに居るのは当然だ。むしろ、俺たちの方が怪しさ全開だ。
しかし、自然な会話を成り立たせるためにはこの質問は最善だろう。
若干の不安要素はあるが、それをおくびに出すことはしない。
「え!? ちょ、ちょっと夜! 神様を呼び捨てなんて失礼だよ!」
神が相手ということで少し気を張っていたら、突然の横槍が入る。
横を見ると、慌てた様子のベルが居る。
こいつはいつも元気だな。そんな場違いの感想を抱きつつ、どうしようかと思考を巡らせる。
神を呼び捨ては不敬。その考えは分からないでもない。
しかし、俺には信仰心なんてないし、神であろうと敬うとは限らない。それに、
「ボクは別に気にしないぜ、ベル君!」
ヘスティアなら気にしないだろうと思っていた。
「で、でも……」
けれど、ベルは気にするようで。
ベルは神という存在を特別視し過ぎている気がする。それが悪いことだとは言わないし、そういう人種が一定数居ることは理解している。それも神が実在するこの世界であればなおさらだ。
しかし、俺が元居た地球に神は実在しなかった。だからこそ、俺とベルとの間で神に対する認識の差異が生じているように思える。
神が居る世界で生まれたからこそ抱く神に対する崇拝。
神が居ない世界で生まれたからこそ抱く神に対する無頓着。
改めて、俺はこの世界にとって異端なのだと思い知らされた。
「何ならベル君もボクのことを呼び捨てで呼んでも構わないぜ!」
「そ、そんなの無理ですよ!」
俺が一人思考に耽っていると、ヘスティアとベルが何やら言い合っている。
早速仲良くなっているな。
まぁ、二人ともコミュ力高いしな。それに好かれやすいオーラみたいなのも放出してるし。俺には無理な芸当だ。
「一旦ストップ」
これでは何時まで経っても話が進まないと思った俺は、間に入って話を止める。
「あぁ、ごめんよ」
「ごめん、夜」
「別にいいよ。それでヘスティア、さっきの質問に答えてもらってもいいか?」
二人の謝罪の言葉を受け取った俺は、改めてヘスティアに向き直る。
「あぁ、そうだね。えっと、ボクがここに居るのはこの教会で暮らしているからさ!」
そう言って廃教会を指さすヘスティア。
「……へ?」とベルが言葉を漏らして固まっているが置いておこう。
「この教会、生活はできるのか?」
と自然な質問を投げかける。
「確かに見た目はアレだけど、この教会には地下があってね。そこは隠し部屋になっているからボクはそこで暮らしているって感じかなぁ」
「なるほど……」
やはり隠し部屋があるらしい。
事前知識通りであったことに一つ頷く。
ところで、それを会ったばかりの俺たちに話してもいいのか?
別に何かするわけではないが、警戒心の薄さに心配になって来たぞ。
「逆に君たちこそなんでこんな所に居るんだい?」
ヘスティアからの質問に、「やっぱ聞くよね、それ」と内心呟く。
この質問は俺だけでなくベルにもされている。しかし、ここでベルが答えれば何かしらボロを出すかもしれない。
ここは俺が答えるか。
「ライスシャワーと馬車を止めておける空き地を探していたんだ」
「空き地、かい?」
「あぁ、俺たちはつい先ほど都市外から来たんだ。んで、移動にこの馬車を使っていたわけだが、流石に都市内では使わないからな。かと言って、このまま売るっていうは名残惜しいし」
「なるほど、それで空き地を」
納得した様子のヘスティアに、「そういうこと」と返答する。
都市内での移動は、基本的には徒歩で十分だろう。何より馬車を使う機会がそもそもないと思う。それに馬車を使うなら走った方が恐らく速い。
そういうわけで用途不要になったライスシャワーと馬車。
しかし、売るにはあまりにも長い時間共に居すぎた。イルジン達の戦利品として貰い受けてから数カ月間一緒に過ごした。その年月は、情が湧くには十分な時間。
だから売るという選択肢は取ることができなかった。
「君は優しいんだね」
「……は?」
いきなり言われた言葉を脳が上手く処理できずに疑問符を浮かべる。
優しい?誰が?
…………俺が?
ヘスティアの目は節穴か?
俺のどこが優しいんだ。
「……俺は優しくなんかねぇよ」
「ううん、君は優しい男の子さ」
「……何を勘違いしているのか分からないが、俺は売れるなら売ろうと思っていた」
俺がライスシャワーを売らないのは優しいからではない。
情が移ってしまったから。可哀そうだと思ったから。
その思いは優しさではない。
俺が抱いたのは憐みだ。
憐れみと優しさは同義ではない。憐みは相手を下に見ているからこそ抱く気持ちだ。
そこに優しさなどという善性に溢れた思いは介在しない。
「だから……優しくなんかないさ」
「違うよ」
「……なに?」
「ボクが言っているのは君が彼女を売らない動機についてではないよ。ボクは彼女に対する思いを抱くまでの過程の話をしているのさ」
ヘスティアの言葉が不思議と耳に入ってくる。
聞きたくなくても聞こうと脳が勝手に聴覚を過敏にする。俺の制御下を離れた聴覚が聞き逃さまいと神経を研ぎ澄ませる。
「君が売りたくないと思ったのは、それだけライスシャワー君を大切にしていたからだろう? だからこそ、君は彼女に情を移してしまった。もしも君が彼女のことをどうでもいいと思っていたのなら、名残惜しさを感じたりはしないよ」
反論できない。
ヘスティアの言葉に納得している自分が俺の中に居る。
確かに俺はライスシャワーを大切にしていた。
何しろ動物を飼うのなんて初めてだったから。
だから大切に育てようと……そう思っていたのは事実だ。
「だから、君が彼女を売らない理由が不純なものであったのだとしても、君の彼女に対する想いは純粋なものだとボクは思うよ。だって、彼女はそんなにも君のことを慕っているんだから」
ライスシャワーが頬擦りをしてくる。
彼女に視線を向ければ、彼女もまた俺に視線を向けてくる。
彼女の瞳からは確かなぬくもりを感じた。
それは信頼かもしれないし、愛情かもしれない。あるいは両方。
少なくとも彼女は俺を慕ってくれているのだと、それだけは分かった。
「……ヘスティア」
ヘスティアの名を呼ぶ。すると彼女は、
「なんだい」
まるで子を見守る母親のように、優しげに俺を見てくる。
俺はその視線にむず痒さを感じつつも、伝えなければならないことを伝えるために視線を合わせる。
「ありがとう」
感謝の気持ち。
ヘスティアのおかげで俺はもう一度ライスシャワーと向き合うことができた。本当の意味で彼女と心を通わすことができたように思う。
だから、ありがとう。
誠心誠意の感謝の気持ちを彼女に送る。
「ふふっ、どういたしまして!」
ヘスティアは、満面の笑みでそう言った。
なんで俺の回りはこんな純粋で優しい奴らばっかりなんだか。
彼女の花が咲いたような満開の笑顔を見てそう思ってしまう。
いい神だと心底思った。
ヘスティアのような神はそうは居ないだろう。
彼女が主神のファミリアは、きっと幸せな居場所になると思った。
単純な奴だと自分でも思う。
人を信用できないとか言っておきながら、簡単に絆されている。
けど、思ってしまったんだからしょうがないだろう。
感情とはそういうものだから。
俺は誰に言うでもなく胸の中で言い訳を吐露する。
「……なぁ、ヘスティア」
「なんだい?」
「俺たちを……貴女の【ファミリア】に入れてほしい」
「えっ!?」
「えっ?! 夜?!」
「勝手に決めて悪い。けど、俺はヘスティアの【ファミリア】に入りたい」
勝手に決めたことをベルに謝罪する。
原作通りとはいえ、俺の我儘を勝手に押し通そうとしている。
その身勝手さに自己嫌悪と罪悪感を抱きつつも、俺の意思は変わらない。
「……い、いいのかい? 本当に、ボクの【ファミリア】なんかで?!」
「あぁ、むしろヘスティアの【ファミリア】だからこそ入りたい」
そう言って、俺はベルへ視線を投げる。
俺の視線を受け取ったベルは、決意を瞳に宿して俺に続く。
「僕も神様の【ファミリア】に入らせてください!」
ベルの言葉を聞き終えたヘスティアや俯いて肩を震わせる。
そして、その次の瞬間——
「っ~~~~~!! やった―――――っっ!!!」
その場で大ジャンプ。
何度もその場で飛び跳ねて、喜びを全身で体現するヘスティア。
しかし、そんなに飛び跳ねたら……
「あ、あわわわわ――ッッ」
ベルは顔を真っ赤に染めながら手で覆い隠してそっぽを向く。
原因はヘスティアの胸部にある。
豊満な二つの果実が飛び跳ねるごとに揺れまくっている。
それはもう擬音の幻聴が聞こえてしまうほどに。
数秒してようやく落ち着きを取り戻したヘスティアを確認した俺は、話を再開させる。
「それで、俺たち二人は入団させてもらえるのか?」
その答えは先ほど身体全体を使って表していたが、念のために聞いておく。
「もちろんだとも! 二人とも全力で歓迎するさ!」
「や、やったー!! 夜! 僕たちこれで冒険者になれるよ!」
「あぁ、よかったな、ベル」
「うんっ!!」
ベルと喜びを分かち合う。
表面上はベルほど喜びを露にしてはいないが、内心はしっかりと俺も喜んでいる。
【ファミリア】の入団。これは額面以上に嬉しく感じている。
胸の内から沸き立つ感情が全身の細胞を高揚させる。
「夜君! ベル君!」
「ん?」
「は、はい!」
興奮冷め止まぬ俺とベルに声が掛かる。
視線を向けると、こちらも同じく心躍らせたヘスティア。
「二人とも、これからよろしくっ!!」
「はいっ! よろしくお願いします!!」
「あぁ、よろしく」
二人の笑顔を瞳に焼き付けた俺は、心に燈火を宿す。
ここから始めるんだ——俺の物語を。