あの後、神楽坂以外のパイロットの神威を見せて貰ったり、自分の神威を任意でオンオフ出来るか試したり、他のパイロットの神威も無効化してみたりと、様々な実験や訓練を行っている内にあっと言う間に時間は過ぎていき、夕食と入浴を終えて現在は自由時間だ。
この世界の日本は現在夏休みシーズンであるため、一週間の内平日は朝から夕方まで訓練、土日は休日と言うスケジュールになっているらしい。消灯時間は一律で22時のため、平日も訓練が終わってから消灯を迎えるまでは自由時間というわけだ。
この自由時間をどう過ごすかは名前の通り自由であるためパイロットによって様々なようだけど、俺はトレーニングルームの一画に設置されている仮想訓練シミュレーターを使用して自主練を行っている。
このシミュレーターは、球形の筐体に乗り込むタイプの訓練機だ。見た目はゲーセンのロボットゲームに似ているけど、中に乗り込むことで女神の手動操縦、思考操縦、それから自動操縦をベースに部分的に思考操縦を割り込ませるなど、様々なパターンを再現した訓練が出来るようになっている。守護獣の情報も神々廻から聞き取った内容を基に組み込まれているようで、女神の操縦訓練だけではなく守護獣の動きや能力をある程度予習出来たり、これまでの訓練で取得したデータを基に各女神の情報も登録されているため疑似的な連携訓練が出来たりと、非常に高性能で便利なトレーニングマシンだ。
元々俺は先輩たちと比べれば出遅れてるし、加えて今日鏑木さんから聞かされた俺が勝利の鍵だという話。あんなことを言われて何もせず休んでいられるほど俺のメンタルは強くない。
正直、俺が虚無の使途だとかいう話は完全には信じてない。希望を持つために無理矢理こじつけているようにも感じられた。
ただ、俺が権能を無効化する神威を持っているのは本当で、それによって俺が関与する未来が視えないってのも多分本当。だとすると、俺が未来を変える、勝利を掴み取るための鍵だっていうのも本当なんだ。
だからちょっとでも強くなれるように、勝利という未来を切り開けるように、こうして訓練に励んでいる。
『ビー! 21:00となりました。本日の仮想訓練は終了となります。お疲れ様でした』
喧しい通知音と共に現在時刻が目の前に表示され、感情のない機械音声がそう告げた。
シミュレーターとの神経接続が強制解除されたようで、先ほどまで目の前に広がっていた市街地は消え失せ、お疲れさまでしたと表示された大きなモニターが視界に映る。
訓練に熱中するあまり身体を壊しては本末転倒だということで、このシミュレーターの使用可能時間は21:00までと決められている。事前に職員さんからその説明は受けていたのだが、いつの間にか随分時間が経ってしまっていたらしい。全然気づかなかった。
「よう、訓練初日から精が出るな」
「神谷先輩」
神経接続用の機器を外してシミュレーターの外に出ると、同じくパイロットスーツに身を包んだ先輩がスポーツドリンクの缶を両手に一つずつ持って立っていた。
「電子機器とはいってもほんとに身体を使ったみたいに疲れるだろ? ほら」
「ありがとうございます」
神谷先輩から差し出されたそれを受け取ると、今しがた自販機から買って来たばかりなのかキンキンに冷えていた。
たしかに傍から見るとゲームでもしているようにしか見えないのに、結構汗もかいたし疲労も感じている。断る理由もないし、お言葉に甘えていただくことにする。甘い。
「先輩もここで訓練してたんですか?」
ドリンクを飲みつつ尋ねる。トレーニングルームには体力づくりのための筋トレ器具もあるし、仮想訓練シミュレーターも複数台設置されている。何かしらのトレーニングをしていたのだろうか。
「俺は20時くらいからだけどな。毎日1時間、仮想訓練するのが日課なんだ」
「あ、もしかしていつも使ってる席奪っちゃいました?」
「そういうこだわりはないよ。珍しく人がいるから誰か気になってちょっと待ってただけだ」
「珍しく? 神室先輩たちは使わないんすか?」
「神室と神楽坂が使ってるところは見たことないな。火神先輩はもう少し早い時間に自主練してる。まあ、自由時間にまで訓練しようって奴の方が少数派なんじゃないか?」
神室先輩はイメージ通りっちゃイメージ通りだけど、神楽坂は真面目そうなのに少し意外な気もするな。
でも神谷先輩の言う通り、自由時間にまで訓練しようって方が少数派なのか?
「神谷先輩は真面目なんすね」
「俺より早く来てたやつの言うことじゃないな」
「俺は、だって、早く先輩たちに追いつかなきゃですし……」
鏑木さんは、先生の代わりに来たのが俺だったのはマイナスじゃないと言ってくれたけど、単純なパイロットの腕だけで見ればどう考えたってマイナスなはずだ。なにせ向こうは、人類が衰退した未来で守護獣と戦いながら生き残ってる歴戦の戦士だったんだ。神威が違う以上単純に比較は出来ないのかもしれないけど、だからと言って俺が手を抜いて良い理由にはならない。
「あんまり思いつめるなよ。お前は巻き込まれただけで、本当は戦う責任なんてないんだ。別に自主練なんてしなくたって俺たちはお前を責めたりしない。『虚無』の神威を持ってきてくれて、その上で一緒に戦ってくれるってだけで十分なんだからな」
「……ありがとうございます」
戦う責任なんてない、か。
そう言って貰えると、何か少しだけ気が楽になったような気がする。
でも責任がどうこうなんて言い出したら、先輩たちだって一般の子供だったんだからそんな責任ないような気がするけどな。いくら自分の世界のこととはいえ、まずは軍人とか大人が命を張るのが先だろ。
「先輩は、どうして戦うことを受け入れたんですか? 強制ではなかったんですよね?」
「あー、俺は……。桜台は元の世界に帰って、家族とか友達を安心させてやりたいから、だったっけ?」
「はい。ほんのちょっとだけ、俺にしか出来ないならって気持ちもありますけど」
鏑木さんに言われた、俺が勝利の鍵だという言葉が頭に焼き付いて離れない。
もし俺が帰れるようになったら、戦いが終わる前に帰ったら、この世界は再び勝ち筋のない未来を辿るのかもしれない。
神谷先輩は責任なんてないって言ってくれるし、俺もそうだと思うけど、でも、そんな簡単に割り切れない。
「こっちだけ知ってるのもフェアじゃないよな……。他のみんなはどうだか知らないけど、俺は罪滅ぼしのためだ」
言いたくなさそうにしながらも、どこか寂し気な表情で先輩はそう答えた。
「罪滅ぼし、ですか?」
「俺の神威は聞いただろ。『不和』の神威。周囲の人間に不和を撒き散らして、人間関係を崩壊させるクソみたいな神威だ。俺はこの神威で不幸を生み出した分、俺にできることをしなくちゃいけない」
「そんなの、先輩のせいじゃなくないですか? たまたま先輩が、その神威を持ってたってだけで」
「そういう議論は俺の中でもう終わってるんだ。俺がそうするべきだと思ってるから、俺は戦う。それだけだ」
「……そうすか」
先輩がどう考えてその結論に至ったのかは、会ったばかりの俺にわかるはずもない。知ったような口を利けるほど先輩のことを知らない。だから何となく理不尽だなと思っても、先輩が納得してるならそういうものかと呑み込むしかない。
「おかしいな、あんまり重圧を感じるなって励ますつもりだったのにむしろ空気が重い。神室みたいにはできないか」
「……フッ、フフッ、んなことないっすよ。ちょっとは気が楽になりました」
空気が重いと感じていながらどこか空気の読めない発言に思わず笑ってしまった。
たしかに、プレッシャーばかり感じて暗くなっててもしょうがないよな。
「なら良かったよ。それじゃあ、明日も早いし俺はひと風呂浴びてから寝ることにする。桜台も夜更かしするなよ」
「俺も風呂入りたかったんですよね。汗かいたし。一緒に大浴場行きましょうよ」
「別に良いけどお前は女風呂だぞ?」
「あ、そういやそうでしたね」
旅行先で友達と一緒に大浴場に入るのと同じ感覚でいたが、そういえば今は女の体だった。折角先輩と仲良くなれた感じがするのに、締まらないな。