TS機甲戦記 =無名の神話=   作:ペンギンフレーム

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ep19 神谷憂斗③

 8月1日 火曜日 PM9:00 トレーニングルーム

 

 あんなアクシデントがあった翌日でも、訓練は予定通りに実施された。

 勝利の宴を開くのは全ての戦いが終わってからということなんだろう。

 残る敵は三体。まだ半分も倒せていないことを考えれば、浮かれている場合じゃないというのも理解できる。

 

 今日の訓練は主に『渡河』と『繁栄』を習熟するための個人メニューだったが、『繁栄』の方は使い物にならないってことがわかった。

 ムメイを分裂させることは出来るけど、肝心のパイロットが搭乗していないため共鳴が出来ず戦力にならないのだ。

 デコイとして使うくらいは出来るかもしれないけど、『虚無』や『渡河』に比べると見劣りする印象だ。

 なお、『繁栄』を使っても俺自身が分裂することは出来なかった。どうやら『渡河』や『繁栄』などの守護獣から奪った、あるいは学習した神威は共鳴時にしか発動出来ないらしい。

 

 そんなわけで本日の訓練は終了したわけだけど、俺が絶対に助けるなんて啖呵を切った手前まさか足手まといになるわけにはいかないため、今日も今日とて仮想訓練シミュレーターで自主練を行っている。

 第一守護獣は『虚無』がぶっ刺さり、第二守護獣は『渡河』で虚を突いたからあっさり討ち取ることが出来たけど、まだまだ俺の操縦技術は先輩たちに及ばない。

 第三守護獣は多分俺の出番はないって話だけど万が一ってこともあるし、その次の第四守護獣は俺の存在が勝利の鍵になるらしいから、できる限りのことはやっておきたい。

 

「お疲れ。毎日飽きないな」

 

 稼働時間が終了したところでシミュレーターの外に出ると、いつものように神谷先輩が差し入れを持って立っていた。

 最初に話をした日以来、神谷先輩とはここで鉢合わせすることが多い。シミュレーターを使う時間帯が被ってるみたいだから当たり前っちゃ当たり前だけどな。

 

「先輩だって人のことは言えないじゃないですか」

「俺は日課だからな」

「じゃあ俺もです。ありがとうございます」

 

 軽口を叩きつつ、飲み物を受け取ってグイッと一息にあおる。

 いつも悪いなとは思いつつ、先輩がくれるってんならありがたく受け取っておくのが良き後輩だろうと正当化しているのである。

 

「こっちこそありがとな。神室を助けてくれて」

「フォローするって約束しましたし、仲間なんだから当然です」

「……当然、か。俺はもう無理だって決めつけて諦めてた。だから最後まで神室のことを諦めないでくれて、本当にありがとう」

「【神風】でしたっけ? 俺の虚無で抑えられるかは賭けでした。俺にも結果はわかってなかったです。だから先輩の判断が間違っていたとは思いません」

 

 もしかしたら神室先輩諸共俺も死んでいたかもしれないし、神谷先輩のことを薄情だなんて言うつもりはない。

 

 ただ俺が、親しい相手が自死を選ぶ姿を、その結末をもう見たくなかっただけなんだ。

 

「それから、神室に二度と馬鹿な真似するなって言ってくれたことも」

「聞いてたんですか?」

 

 神谷先輩が言ってるのは昨日の屋上の件だろう。

 

「悪い、盗み聞きするつもりはなかったけど、出て行くタイミングが掴めなくてな」

「なんか用でもあったんですか? 神谷先輩めちゃくちゃキレてたって神室先輩は言ってましたけど」

「感情的になりすぎたから、もう一回ちゃんと話そうと思ったんだ。でも、多分俺じゃあいつの本音は引き出せなかった。だから桜台が諭してくれて助かったよ」

 

 ……まあ、たしかにあんな赤裸々な話は神谷先輩相手には出来ないよな。

 俺が同じ立場でも、何か一つでも良いから勝ちたいと思うほど嫉妬や劣等感を抱えていて、けれどそれでも一番の友達だと思っているなんて、そんなの気恥ずかしくて本人に対して言えるわけがない。

 

 神谷先輩に聞かれていたという事実は胸に秘めておくことにしよう。

 

「隣の芝は青いってやつなのかな。俺はあいつのことが羨ましかったのに、あいつは俺が羨ましかったなんてな」

「神谷先輩も神室先輩に勝ちたいと思ってるんですか?」

 

 神室先輩の話が本当なら、何をやっても神谷先輩の方が上らしいけど何を羨ましがるんだろうか。

 

「神室と勝負するのは好きだけど、正直勝ち負けはどっちでも良いんだ。あいつと一緒にいるのは楽しいから」

「じゃあ何が……、あ、言いたくないなら聞かないですけど」

「いや、桜台には知っておいてほしい。神室が本音を話したのも何かの巡り合わせだと思うから」

 

 神室先輩と違って神谷先輩はいつも真面目な感じだが、今はいつにも増して真剣な面持ちをしている。

 巡り合わせってなんだよと思ったけど、ここはツッコミを入れず真面目に聞いた方が良さそうだ。

 

「俺が羨ましいと思ってたのは、神室の家族のことなんだ」

「家族、ですか」

「俺の家族は仲が悪くて家の雰囲気も悪かったから、いつも仲が良くて暖かい神室の家族が羨ましかった」

「そう、だったんですか」

 

 知識として世の中にはそういう家庭があることは勿論わかってるけど、ウチも仲が良い方だと思うから神谷先輩がどんな思いでそう言っているのか、気持ちはわかるなんてとても言えない。

 

「自分の努力だけじゃ絶対に手に入らない。もう元には戻らない。過去の体験を変えることも出来ない。同じ年で、同じ名前で、同じ趣味で、なのにあいつだけ俺のほしいものを持ってた。優しくて仲の良い家族に囲まれて、沢山の友達に囲まれて、何の悩みもなく楽しく過ごしてるんだと思ってた」

 

 苦々しい表情で、けれど憎悪や嫌悪とは違う、いくつもの感情が混ぜこぜになったような声音だった。

 

「だけど、違ったんだな」

 

 きっと神谷先輩も同じなんだ。

 妬ましくて、羨ましくて、恨めしい。

 だけどそれと同じくらい、大切に思ってる友達なんだ。

 

「神室とずっと一緒にいると、俺は駄目になると思ったんだ。いつか友情より暗い感情が大きくなる気がして。だから違う高校に進学して距離を置いた。時間がいつか解決してくれるって信じて」

 

 何だかんだいって似た者同士なんだな、先輩たちは。

 それぞれ抱えてる悩みは違っても、自分の意思でそれを乗り越えようとしてたんだ。

 

「まさかこんなところでも一緒になるとは思わなかったけどな」

「神室先輩は、神谷先輩のご家族のことは知らないんですか?」

「離婚して父親しかいないのを知ってるくらいだな。神室の家族にはよく世話になってたから」

 

 どれだけ親しい友人だとしても、相手の全てを知れるわけじゃないよな。

 神室先輩の本音を神谷先輩が知らなかったように、神谷先輩がどんな思いで神室先輩と一緒にいたのか、きっと神室先輩は知らないだろう。

 

 もしも友達の心の中がわかるなら、俺だってあんな思いはしなくて済んだ。

 

「……桜台に聞いて欲しかったのはさ、もしも俺に何かあった時神室に伝えてほしいんだ。お前の一人相撲なんかじゃなかったって。お前も人から羨ましいと思われるくらい、沢山のものを持ってる人間なんだって。そんな人たちを悲しませるなよって」

 

 そういうことか。

 神室先輩が俺に本音を話したからって神谷先輩まで俺に話す理由にはならないと思ったけど、つまりこの人は俺をメッセンジャーにしようとしてるわけだ。

 

 そんなの、

 

「お断りです」

「えぇ……? ここはわかりましたって言うところじゃないか?」

「俺を死ぬときの言い訳にしようとしないで下さい」

 

 昨日の神室先輩みたいな絶体絶命のピンチに陥った時、本音を俺に託したことで安心して死ぬつもりなんだ。悔いを残さないようにしてるんだ。

 

「昨日の話、聞いてたんですよね? だったらわかりますよね? 俺は仲間が死ぬのなんて絶対認めない。たとえ拒絶されたって無理矢理助けてやります」

 

 実際に自死しようとした神室先輩とは違うから怒鳴りつけはしないが、それでも怒っていることを隠さずにまくし立てる。

 

「悔いを残してください。死んでも死にきれないと思ってください。最後の最後まで諦めずに足掻き続けてください。死んでもいい理由じゃなくて、死ねない理由を作ってください」

「お、おい桜台、近いぞ」

 

 一言告げるごとに一歩前に踏み出して、後ずさりする先輩を壁際にまで追い詰めて、足りない身長は背伸びして、触れ合いそうなほどの距離まで近づいて

 

「この戦いが終わったら神室先輩に全部話すこと! 神谷先輩の本音も、神室先輩の本音を聞いちゃったことも! 良いですね!」

 

 一方的に約束を押し付けた。

 

「お前それ、死亡フラグだろ」

「これみよがしに立てたフラグは叩き折られるのが昨今の流行りです」

「……わかった、わかったよ、降参だ。その時が来たら自分で話すよ」

 

 やっぱり、なんだかんだ言って似た者同士なんだよな。

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