TS機甲戦記 =無名の神話=   作:ペンギンフレーム

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ep28 桜台勇③

 8月15日 火曜日 AM9:00 ブリーフィングルーム

 

 どんちゃん騒ぎのパーティーも終わって翌日、俺たちは第五守護獣戦に向けた訓練スケジュールの説明を受けるためブリーフィングルームに集合していた。

 

「第五守護獣の情報は一切ない。今朝、予知夢の更新はあったか神々廻くんに確認したが、やはり第四守護獣戦以降の未来は視えないようだ。よって、今後は基礎的な訓練を重点的に行い、練度を少しでも高めることを目標とする」

 

 今までは神々廻の予知によって守護獣の戦い方や弱点がわかっていたから、それに合わせた対策訓練を行って来たわけだけど、第五守護獣戦は対策のしようがないから基礎訓練ということらしい。

 

「第五守護獣襲来のタイミングは、恐らく21日の月曜日。今までもきっかり一週間ごとの襲来だったことを考えればそうなるだろう。だが絶対ではない。いつでも戦えるよう覚悟はしておいてくれ」

 

 鏑木さんの重々しい言葉を受けて俺たちパイロットも静かに頷いた。

 事前情報のない守護獣との戦い。今までも命がけの戦いであったことは変わりないけど、その危険度は跳ね上がる。覚悟をしておけというのは、そういうことだろう。

 

「最も警戒すべきはどのような神威を持っているか。これについては、出現時の神話をよく聞いておけばある程度の予想は立てられる。今までは出現と同時に出撃していたが、今回は神話の語りが終わるまで出撃は待機だ」

 

 例の脳内に直接語り掛けてくる創世神話のことか。たしか第四の時はこんな感じだったな。

 

 

いまだ時も名もなき創世紀。

彼方よりも遠く、何処にも記されぬ深淵に、ただ二柱の神のみが在った。

 

一柱は《創造》を司る神、これもまた名なきまま、始まりと命脈を紡ぐ者。

一柱は《虚無》を司る神、名を持たず、ただ終わりと消滅を宿す存在。

 

世界は静謐であった。

二柱は言葉なくとも交わり、虚無のただなかに充ち足りた永劫を漂っていた。

だがある時、虚無の神の言葉が静寂に響いた。

 

「母よ、果てなき無には飽いた」

 

創造の神は答えず、ただ微笑み、自らの身を裂いた。

血は星となり、肉は大地となり、髄は海となった。

髪は風と雲に、眼は太陽と月、そして心臓は命となりて、万象を織り上げた。

かくして宇宙は生まれ、世界は始まり、虚無にかすかな調べが響いた。

 

創造の神の手には、なお五指が残されていた。

彼女はそれぞれの指より、秩序を守護する五つの獣を生み出した。

 

――小指より生まれしは、《渡河の神威》を持つ獣。流転と運命を知り、切り開く者。

――薬指より生まれしは、《繁栄の神威》を持つ獣。命を芽吹かせ、実らせ、地を満たす者。

――中指より生まれしは、《矛の神威》を持つ獣。争いと力を司り、絶対の矛と化す者。

――人差指より生まれしは、《盾の神威》を持つ獣。平穏と安寧を司り、絶対の盾と化す者。

 

 

 一戦ごとに最後の語りが増えていて、その増えた部分が守護獣の持つ神威を表していた。

 順当に考えれば、次は親指から生まれた守護獣の語りが増えるはず。それを聞けば、神威の名称だけは知れるはずということだろう。

 

「この神話を信じるのなら、守護獣との戦いは次が最後になるはずだ。出し惜しみはしない。神々廻くん、火神くん、神室くん、神谷くん、神楽坂くん、桜台くん、全員に出撃して貰う」

 

 鏑木さんは異論を問いかけることはせず、断言した。

 全員覚悟は出来ている。今までの戦いを見ればそれは明白だからだ。

 

「さしあたり、まずは破損した女神の修復をする必要がある。ムメイは『繁栄』の応用で既に修復済みのため、神楽坂くんにはミカサの修復をしてもらう」

 

 昨日の第四守護獣戦でミカサは全身穴だらけにされているため、それを直すのが最優先ということだ。

 第二守護獣戦の時のムツと比べると破損はそれほど大きくないから、あまり時間はかからないだろうとのことだった。

 

 ちなみに鏑木さんが言った通り、ムメイは既に修復済だ。

 ムメイは俺以外と共鳴出来ないため、不滅の太陽(イモータル・サン)で手っ取り早く直すことは出来ず、整備班の人たちに直して貰うしかないと思ってた。ただ、ふと『繁栄』で欠損した部分を生成することで補えないか試したところ、あっさり成功してしまった。一度定着させれば『繁栄』を解除しても補った部分が消えるようなことはなく、そのうえで『虚無』を発動しても消えなかった。完全に直ったということだ。

 使い道がないと思ってた『繁栄』だけど、意外なところで役に立ってくれた。

 

「神楽坂くん以外は屋外演習場で共鳴神威の訓練だ。第四守護獣のように神威そのものを遮断するような相手でなければ、権能は非常に強力な武器になる。神楽坂くんも修理が完了次第合流してくれ」

 

 こちらの手札は既に出し切ったから、もう隠す必要もないというわけだ。

 新たに獲得した『盾』の性能を試す必要もあるし、それも兼ねた訓練なんだと思う。

 

「私からは以上だ。最後に、桜台くんから一つ報告がある」

 

 鏑木さんからの指名を受けて俺は立ち上がる。事前に話を通して、みんなに伝える場を作って貰ったのだ。

 昨日は楽しい空気に水を差したくなかったから言わなかったけど、こういうことは早く言っておいた方が良い。

 

「第一守護獣から奪った『渡河』が、多分次で本来の力を取り戻せます。だから、第五守護獣を倒せたら、俺は元の世界に帰れると思います」

 

 守護獣から奪った神威が、戦いを経て成長していることはみんなにも共有している。

 いずれ『渡河』が成長しきれば帰れるかもしれないというのもみんな知ってる。

 俺がこの世界から帰ることを目的に戦ってたこともみんなわかってる。

 

「えー!? やったじゃん勇ちゃん!」

「ご家族とかお友達が待ってるんだもんね」

「だったら尚更負けられないな」

「あわわ、早く探検隊の結果を出さなくちゃじゃないですか!」

 

 よく考えてみれば、みんながこうして祝ってくれるのは当たり前だった。

 良い人たちだからこそ、俺が帰りたがっていたことを知っているからこそ、別れを惜しむのではなく祝福してくれるのは当然だった。

 

 寂しいとか悲しいとか、なんだかんだ言っても結局帰るつもりでいる俺が言えた義理じゃないとはわかってるけど、ちょっとくらい別れを惜しんでくれても良いのにと、そう思ってしまう自分がいた。

 

 はぁー、なんか、俺ってこんな面倒くさい奴だったのか……。

 

 そうだよな。帰れるのはめでたいことだよな。

 先輩たちと会えなくなるかもしれないのは確かに寂しいけど、俺は絶対この戦いを忘れない。忘れられるわけがない。

 例え誰と語り合うことも出来ないとしても、輝かしい思い出の1ページとして、俺の胸にずっと刻まれるはずだ。それだけで十分なんだ。

 

「……はい! だから絶対、第五守護獣をぶっ倒しましょう!」

 

 誰一人欠かさず、この世界を守り抜き、そして笑顔で別れる。

 おセンチな気分になるのは全部終わってからでいい。

 

 

・ ・ ・

 

 

 8月15日 火曜日 PM20:00 神々廻の個室

 

 今日の訓練も終わり、パイロット組で固まって夕食をとっていたところ、神々廻がパイロットだけで話したいことがあるから夜に自分の部屋に来て欲しいと言い出した。

 ちなみに今まで神々廻は食事も俺たちと一緒になることはなかったのだが、予知夢が機能しなくなってからは時間的余裕も出来たのかちょいちょい一緒に食べるようになっている。

 

 食後と風呂を済ませて神々廻の部屋を訪ねれば、既に先輩たちは全員揃っていて俺が最後のようだった。

 

「お待たせしました」

「俺もついさっき来たとこ!」

「遅刻じゃないからセーフだな」

「狭いから神々廻くんもうちょっとそっちに寄って」

「ん」

「それで、パイロットだけで話したいことって何なんですか神々廻先輩?」

 

 火神先輩が神々廻を移動させて空けてくれたスペースに腰を落とすと、神楽坂が早速本題を切り出した。

 平日だからゲーム機もないし、時間を潰せるようなもんがないから後回しにしてもしゃーないしな。

 

「【神風】を使う気があるか、確認しておきたい」

 

 同世代で緩く駄弁っているような空気感が漂っていた雰囲気が、その瞬間確かに切り替わるのを感じた。緊張感を孕んだ空気が部屋の中に満ちて行く。

 

「鏑木さんたちは使うなって言う。だけど必要な時が来れば僕は使う。今まではみんなにもその覚悟があると思ってた」

 

 神々廻の視線が一瞬俺に向けられた気がした。

 

「でも反対の人もいるみたいだから、念のために聞く。追い詰められた時、どうしようもない時、死が迫った時、みんなは【神風】を使う?」

「俺は使わないねー」

 

 神々廻の問いかけに真っ先に答えたのは神室先輩だった。

 

「……どうして? 遊斗は一度使った。君は使う側の人のはず」

「もう使わないって約束しちゃったから。それにどんなピンチでも絶対助けてくれるらしいしね!」

 

 神室先輩が俺に向けてパチンとウインクしながら言った。真面目な話をしているというのに相変わらずだな先輩は。でも、約束を守ってくれるのは素直に嬉しい。

 

「そういうわけだからさ、悪いね神々廻先輩!」

「俺も使いません」

 

 神室先輩の言葉に続けて口を開いたのは神谷先輩だった。

 

「……なんで?」

「死ねない理由があるからです。最後まで足掻かせて貰いますよ」

 

 そうだ。神谷先輩は最後まで生き残って、神室先輩と本音ぶつけ合いバトルをするんだ。死んでもいい理由じゃなくて、死ねない理由があるんだ。

 

「僕も使わないですね」

 

 三番目は神楽坂。

 

「そう」

「ちょ、なんで僕には理由聞かないんですか!?」

「日向は死なないから」

「なんか扱いが雑じゃないですか!?」

 

 そもそも神楽坂は不死身だからよっぽどのことがないと【神風】を使うような状況にはならないだろう。それに以前に鏑木さんが言ってた通り俺たちが負けた場合生き残りを先導して旅を始めるのは多分不死身の神楽坂なんだから、逆説的に【神風】は使わないことになる。

 

 それに神楽坂は、自分はみんなの太陽だから沈むわけにはいかないと言っていた。

 小賢しい理屈をこねるまでもなく、神楽坂は使わないとわかっていた。

 

「僕も使わないよ」

 

 最後は火神先輩だ。

 

「一応聞くけど、理由は?」

「僕を必要としてくれた人が悲しむから」

 

 火神先輩は必要ない人なんかじゃない。そのことを火神先輩自身も認められたんだ。もう自分の命を粗末に扱ったりはしない。

 

「うん、わかった。じゃあみんなは使わなくて良い。もしもの時は僕が使う」

 

 俺の答えは聞くまでもないと判断したのか、神々廻はみんなの答えを聞いて特に怒るでもなくそう結論付けた。だけど俺はそれで納得してやるつもりはない。

 

「駄目だ。使うな」

「……君は、どうしてそんなに【神風】に拘るの? 戦いで命を落とす覚悟は出来てるはず。守護獣に殺される可能性は理解してるはず。そのうえで女神に乗っているはず。なのにどうして、【神風】にだけは過剰に反応するの?」

「覚悟と容認は違う。【神風】は自殺の容認だ」

 

 戦いの結果命を落とすことも守護獣に殺されることも、良いとは言わない。覚悟はしていても容認はしていない。そんなことにはならないよう最善を尽くして、最後の最後まで諦めないつもりだ。

 そのうえで、【神風】は自分の命を諦める行為だ。死を受け入れることであり、自殺の容認なんだ。だから絶対に認められない。俺は認めない。

 

 鳴り響く警報音の中、疲れたように笑いながら、自ら踏切に入って行ったあいつの姿が網膜に焼き付いて離れない。

 あんな姿はもう見たくない。あんな思いはもうしたくない。あんな、あんな……!

 

「友達の自殺は何があっても許さない。これは俺の我儘だってわかってる。だけど俺は、絶対認められないんだよ……!」

「友達? 僕と、君が?」

「そりゃ気に食わねーところはあるけど、命を預け合って戦ったんだから俺たちはもう仲間だし戦友だろ」

「……君は不思議な人だね」

 

 不思議くんはお前の方だろーが!

 

「言いたいことはわかった。それでも、僕は必要なら使うよ」

「お前の方こそなんでそんなに拘るんだよ。今まで散々予知で貢献して来たんだろ?」

 

 前に神谷先輩が、予知夢のために人より長い睡眠をとっていて、それで得た情報を対策室に伝える必要があるから神々廻は別行動が多いと言っていた。

 でもそれって今に始まった話じゃなくて、この戦いが始まる前からのはずだよな? 神楽坂はもう2年ほどここで訓練してるらしいし、だとすると準備の期間も含めればもっと前から対策室は動きだしていたことになる。

 そしてその切っ掛けは神々廻の予知であるはずであり、だとすれば予知夢のために神々廻が犠牲にしてきた生活はかなり長い期間になるはずだ。

 

「そもそもお前がいなければ戦うことすら出来なかったはずなんだ。【神風】を使わなくたって、誰も文句なんか言わない。なのにどうしてそんなに拘ってるんだよ」

 

 『予知』の神威を持っているとは言え、神々廻だって俺と二つしか変わらない十代の男子だ。

 にもかかわらず、なぜそんな執念にも似た覚悟を持っているのか。

 

「お前は、何のために戦ってるんだ」

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