TS機甲戦記 =無名の神話=   作:ペンギンフレーム

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ep3 パイロット

 7月25日 火曜日 AM7:00

 

 目を覚ました瞬間、見慣れない天井に違和感を覚えた。

 昨日まで過ごしていた世界——自宅の自室でもなければ、高校の教室でもない。

 けれど知らない場所というわけじゃない。ここは防衛省守護獣特別対策室が所有する基地の一室。ビジネスホテルのような内装の個室だ。

 昨日、小篠塚さんから色々説明を聞いた後、今後はここで暮らすように案内されたのだ。

 

「……夢じゃなかったんだな」

 

 ベッドの中で呟くと、自分の声が以前より少し高く、柔らかくなっていることに改めて気づく。それがまた、受け入れがたい現実を突きつけてくる。

 試しに大きく膨らんだ胸を触ってみると、柔らかく温かな脂肪が掌を押し返してきた。

 ベッドから起き上がってズボンの中を覗いてみれば、相変わらず男の象徴は行方不明のままだった。昨日風呂に入った時にも確認してわかっていたことだけど、これも夢じゃなかったか。

 

「意味がわからねえ……」

 

 異世界に転移してロボットに乗ることになったというのは、百歩譲って良しとしよう。

 昨日、一通り説明を受けた後、護衛付ではあったけど自分の家や学校があったはずの場所を訪ねて、そこにあるべきものがなく、いるべきはずの人がいないことを確認した時、ここが異世界などだという冗談のような話をようやく呑み込むことは出来た。

 

 その上で、性別が変わっていることは本当に意味がわからない。

 例えばあの機甲女神が女しか乗れないとかそういう法則があるんだったら、女神に乗るために女になったのかもしれないと納得できる。そういう宿命を課せられたのかもしれないと。

 だけど実際はその逆。小篠塚さんの説明によれば、女神に搭乗して戦えるのは男だけ。女は本来女神を操ることは出来ない。つまり必然性の話をするなら求められる性別は男であるはずなんだ。

 

「なんて言っても、なっちまったものはしょうがねえしな……」

 

 朝の準備をするため部屋に備え付けられた洗面台の前に立つと、驚くほどの美少女が眠そうに眼をこすっている姿が鏡に映った。昨日も思ったが、元の俺とは似ても似つかない姿だ。

 短かったはずの髪は肩にかかるくらいまで伸び、髪色はなぜか明るい緑色になっている。大きな瞳の色も髪色と似たり寄ったりで、初めて自分の姿を見た時はやっぱりここはアニメの世界なんじゃないかと思った。小篠塚さん曰く、女神に乗った人間は強大な神威の影響で外見に変化が生じるらしい。あの神々廻とかいう奴も日本人とは思えない見た目だったしな。

 

 唯一身長だけは元の姿と大きく変化はないため、大体160くらいだろう。今までは平均より下くらいと自認していたが女子としては平均より上だろうか?

 

「クソ、胸邪魔だな」

 

 シャワーを浴び、昨夜渡された対策室の制服に袖を通す。男性用のジャケットはやや余裕があり、サイズは概ね合っているが胸のせいでボタンが微妙に引っ張られる。見た目はともかく、動きにくい。

 

 慣れないブラの装着に手間取ったせいもあってか、思っていたより身支度に時間がかかってしまった。余裕をもって目覚ましをかけたつもりだったのに、時計を見ると集合時間が迫っている。今日は朝からブリーフィングルームに集合して他のパイロットと顔合わせを行う予定なのだ。

 

「……本当にいた」

 

 慌ただしく支度を終えた俺が少し急ぎ足で部屋を出ようとしたところ、俺が開けるより先に勝手にドアが開き、その先にいた神々廻が驚いたような表情でこちらを凝視していた。

 

「お前! 昨日はどこに――」

「ずっと探してた。ようやく見つけた」

 

 昨日、一方的に話を打ち切ってどこかへ行ってしまったことを糾弾しようと口を開くと、唐突に神々廻が近づいて来て俺のことを抱きしめた。

 

「なあっ!?」

「幻じゃない……、夢じゃない」

「なにわけわかんねーこと言ってやがる!? はなせー!」

 

 あまりにも突然のことだったため一瞬硬直してしまったが、すぐにその腕から逃れようと全力で抵抗すると、神々廻は素直に手を離して一歩下がった。

 

 なんだってんだ一体!?

 

「不思議くんも大概にしろや! 俺は男だぞ! 変態かテメーは!」

「そういうつもりはない。驚かせたならごめん」

 

 相変わらず何を考えているのかよくわからない無表情のまま謝罪の言葉を口にし、神々廻は小さく頭を下げた。

 だったらどういうつもりだったんだこの不思議くんがよー!

 

「つーかこんなことやってる場合じゃねー! お前も呼ばれてんだろ!?」

「もうそんな時間なんだ」

「ボケっとしやがって、急ぐぞ!」

 

 これから上手く協調してやって行こうってところにいきなり遅刻なんざ冗談じゃねえ。

 俺は神々廻を先導するように、昨日案内して貰った施設の構造を思い出しブリーフィングルームへ向かって小走りに歩き出した。

 

 こういうのは普通先輩が新参者を案内してくれるもんだと思うんだが、これじゃあ立場が逆じゃねえか。

 

 そうして時折職員とすれ違いながら歩くこと数分。

 無事時間内にブリーフィングルームに到着すると、既に先方は集まっていて俺たちが最後らしかった。

 部屋の中には事務的な長机と折り畳み式の椅子が几帳面に並べられていて、その内四つに年若い少年たちが腰かけ、正面奥の教壇のようなポジションに小篠塚さんと50~60代程度に見える男が座っている。

 

「失礼します!」

「思っていたよりは元気そうだな。私は守護獣特別対策室長の鏑木だ」

 

 どこか畏まった空気を感じて、思わず職員室に入る時のように挨拶をすると、鏑木さんは強面に似合わない穏やかな声音でそう言った。

 

「昨日はメディア対応で挨拶も出来ずすまなかったな。今後は共に戦う仲間としてよろしく頼むよ、桜台くん」

「はい、よろしくお願いします」

 

 結構ちゃんとした人のようで少し安心した。

 不思議くん全開の神々廻はともかく、小篠塚さんもどこか胡散臭い雰囲気のある人だったからな。 

 

「神々廻くんも一緒なのは意外だったが、丁度いい。全員揃ったことだし早速自己紹介を始めようか。まずは――」

「はいはい! トップバッターは俺ね!」

 

 四人の中で一番リラックスしている様子でだらしなく座っていた男が、勢いよく立ち上がりながら名乗りを上げた。

 

「俺は神室《かむろ》 遊斗《ゆうと》16歳! ムツのパイロット! 学年は二年だから敬語でよろしく! 気軽に先輩って呼んで良いよ! にしても可愛いね勇ちゃん! 元の世界では男子だったってマジ? 性自認が男だったとかじゃなくて? まーどっちでも今が可愛い女の子なら俺的にはオッケーなんだけどー!」

「は、はあ……」

 

 金髪パーマ頭の先輩の元気すぎるノリに、思わず半歩引いた。

 というかこっちの事情は共有されてるんだな。まあ事前に知っておいた方が話はしやすいか。

 

「その辺にしとけよ神室。引いてるぞ」

「マ? 懐の広い俺格好良くない?」

「それを口に出すのはダサいだろ。俺は神谷《かみや》 憂人《ゆうと》。ナガトのパイロットだ。このバカがウザかったら俺に言ってくれ」

「どうも」

 

 神室先輩を制するように名乗りをあげたのは濃い青髪をアップバングにしている男子。口ぶりから察するに神室先輩と同い年で気のおけない友人なんだろう。神々廻や神室先輩と違って常識的な感じだな。

 

「先輩、お先にどうぞ!」

「えっ!? ぼ、僕から!? あ、えっと、火神《かがみ》 命《みこと》です。ムサシのパイロット、です。よ、よろしくお願いします……」

「よろしくな」

 

 縮こまった姿勢でオドオドした様子の男子は、濃紺色のボサっとした髪の毛で目元がほとんど隠れていて顔がよく見えない。あれで本人はちゃんと周りが見えているんだろうか。ただ結構タッパはあるらしく、猫背の割に存在感はある。

 

「僕は神楽坂《かぐらざか》 日向《ひなた》、ヤマトのパイロットです! 桜台くんと同じ一年生だから仲良くしてくれると嬉しいです! ちなみに先輩は三年生です!」

「僕のことはもういいから……」

「よろしく……、お前ほんとに男なのか?」

「もちろん女神のパイロットですから! 例外は桜台くんだけですよ。それより昨日の戦闘は凄かったですね! 訓練も受けてないのに一人で守護獣を倒しちゃうなんて驚いちゃいました!」

 

 赤髪をツインテールにしたその少年は、パイロットは全員男だという事前情報がなければ女と見違えるほどに可憐で華奢な見た目をしていた。女になってしまった俺の目から見ても女子に見えるレベルだ。

 

「神々廻くん、君もだ」

 

 鏑木さんが視線を向けると、神々廻は小さく頷いて口を開いた。

 

神々廻(ししば) 歩夢《あゆむ》、17歳。ミカサのパイロット。神威は予知。普段は別行動が多いけど、戦いには出るよ」

「やっぱり予知者ってのはお前だったのか」

 

 昨日話した感じで何となく察しはついていたが、予想通りだ。

 

 そして最後に、部屋の空気が自然とこちらへ向いた。視線の重みを感じながら、俺は一歩前へ出て口を開いた。

 

「最後は俺ですね。桜台《さくらだい》 勇《いさみ》です。こっちの事情は聞かされてるっぽいすけど、俺は多分異世界から来ました」

 

 特段驚いている者はいない。

 ひと呼吸置いて、話を続ける。

 

「俺の女神、ムメイの出所もわかってません。あと元は男子だったけどなぜか女子になってます。原因も理由もわかりませんけど、元の世界に帰る方法を見つけるまで死ねないんで、一緒に戦わせて貰います。迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」

 

 この人たちは神々廻を除き、長くて二年、短くても一年、女神パイロットとしての訓練を受けているらしい。それと比べれば昨日初めて女神に乗った俺なんて素人同然だろう。足を引っ張らないように死ぬ気で食らいつかなくてはならない。

 

 ムメイというのは対策室の面々が仮で付けた名前だ。

 機甲女神の機体名は旧日本海軍の軍艦から取っているようだが、これは名前だけ拝借しているわけではなくちゃんと理由があるらしい。そのうえで俺の女神はムメイと名付けられた。

 

 例外なのは俺だけでなく俺の女神についてもらしい。

 この世界では名無しの権兵衛のような存在である俺には、相応しい女神なのかもしれない。

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