TS機甲戦記 =無名の神話=   作:ペンギンフレーム

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ep31 ▶神々廻歩夢

 消灯が近いこともあってか、寮の廊下は静寂に包まれており薄暗い。

 どこか不気味にも感じる夜の気配の中、俺は「神々廻歩夢」というネームプレートが貼り付けられた扉をコンコンと軽くノックした。

 

 先輩たちとも話したいことはあったけど、俺は神々廻歩夢という人間を知らな過ぎる。

 神々廻が語ってくれた予知夢についても気になることがあったし、もし、しっかりと話し合える時間が今しかないのであれば、俺は神々廻と話をしたいと思った。

 

「どうしたの?」

「ちょっと話があるんだけど、入ってもいいか?」

「そう……、いいよ」

 

 予想外の出来事だったのか僅かに逡巡する様子を見せた神々廻だが、一呼吸間を置いたかと思えば扉を大きく開いて俺を招き入れた。

 内装は俺の部屋と大差はない。ただ、最近入寮したばかりの俺と比べても随分殺風景な部屋だった。持ち込み制限があることもあり、パイロットの部屋には私物があまり置かれていないことが多いが、それを加味してもなお質素な部屋だ。目につくのは机の上に積まれた大量のノートくらいだった。

 

「それは予知を残しておくためのものだよ」

 

 俺がノートの山に視線を向けていることに気づいたのか、聞いてもいないのに教えてくれた。

 何度も守護獣の弱点を探したり対策を立てるために何度も繰り返し予知夢を見ているという話らしいし、そりゃ頭の中で覚えておくのは無理があるよな。こうして記録されているのは言われてみれば当然だった。

 

「なんでわざわざ紙なんだ? 電子データの方が共有するのも楽だろ?」

 

 神々廻は予知で得た情報を出来る限り対策室に共有していると神谷先輩が言っていた。だったらノートよりテキストファイルなりの電子データの方が良いような気がする。

 

「子供の頃は自分のパソコンもスマホもなかったから。ノートに書くのに慣れて、今でもそのまま」

「ああ、なるほどな」

 

 今日聞いた話じゃ、予知に目覚めたのは小学校に入学してすぐということだったか。

 たしかにその年頃で記録をまとめようとすると手段は限られるのかもしれない。

 

「それ、ちょっと見てみても良いか?」

「……ダメ」

「なんでだよ」

「機密情報だから」

「部外者ってわけでもないんだし別に良いじゃねえか」

 

 何にも知らない一般人ならいざ知らず、俺は思いっきり巻き込まれてる当事者だぞ。

 

「この予知にもう価値はないよ。明日の戦いのことは何も視えてないから」

「そうじゃなくて」

 

 そのノートを見てみれば、もう少しお前のことがわかるような気がするからと、そう思った。だけど今まで一方的に冷酷な奴だと思い込んでいて、真っ向から啖呵を切った相手に正直にそれを伝えるのは気恥ずかしくて、言葉に詰まってしまう。

 

「何か話をしに来たんだよね。本題は?」

「……今日、予知夢の話をしてた時言ったよな。夢を見るように未来が視えるって。それが『予知』の神威によってもたらされる予知夢だって」

「そうだね」

 

 夜寝る度に夢を見る。

 普通の人ならそれは記憶の整理なのか何なのか、摩訶不思議で支離滅裂な内容だったりする。

 それに対して神々廻の場合はハッキリと未来で起きる出来事が視えると言っていた。

 

 だけど、多分そうじゃない。

 こいつの予知夢は、そんな生易しいものじゃない。

 

「夢でも幻でもない」

「――!」

「俺が初めてこの寮で朝を迎えた時、お前はそう言った」

 

 あの時は何を言っているのか意味が分からなかった。

 謎の言動を繰り返す不思議な電波野郎だと思っていたし、いきなり抱き着いてきたこともあって冷静に考えている余裕なんてなかった。

 だけど今にして思えば、あの時は神々廻も冷静ではなかったんだと思う。

 

「お前の予知は、ただ未来が視えるなんて単純なものじゃない」

 

 ズカズカと部屋の中に踏み込んで、駄目だと言われたのもお構いなしに一番上のノートを開く。神々廻はそれを制止しようとはしなかった。ただ俺の行動を見守っているだけだった。最早隠すことは出来ないと諦めたのかもしれない。

 

 確信があったわけじゃない。だけどこのノートを見て、俺の予感は正しかったのだと思った。

 

 じっくりと読み込むまでもなく、パラパラと流し読みするだけでもそこに書きこまれた情報の密度は読み取ることが出来た。

 夢で断片的に未来視をしているとはとても思えないほどに細かく、些細なことまで書き留められていて、それはまるで日記のようだった。

 

 そう、実際に体験した出来事を書き留めた日記のようなんだ。

 

「お前はただ未来を視てるんじゃない。予知夢を本当のことみたいに、現実みたいに体験してるんだ。違うか?」

「そうだよ。よくわかったね」

 

 勿体ぶるようなことはなく、神々廻はあっさりとそれを認めた。まるで何でもないことのように。

 だけど、だとしたら、ここまで来るのに神々廻は一体どれだけ

 

「何度、繰り返してるんだ……?」

「数えきれない」

 

 いつもと変わらない、何の感情も抱いていないような淡々とした声だった。

 けれどそれが今は、冷酷であるが故にではなく、擦り切れてしまったのではないかと思える。

 

 小学校入学から17歳まで毎日と仮定すれば10年。日数にして3650日。

 いくつかノートを開いて見てみれば、予知夢は現在時点から神々廻が死ぬまでの間続くことがわかる。つまり自死するようなことがなければ、守護獣が出現する西暦2045年7月24日までは確実に。それが、数千回。

 

 まともな感性を失うには十分すぎる時間だと感じた。

 

「僕からも一つ質問する。そんなことを知ってどうするの? 何の意味があるの? 君には関係ないことなのに」

「関係なくなんかないだろ……!」

 

 そりゃ最初は話の通じない意味わかんねえ奴だと思ってたし、その後だって血も涙もない冷酷な奴だと思ってた。だけど、それでも、共に命を懸けて戦場に立てば頼れる奴だと思えた。ちゃんと話をしてみればこいつが勝利に拘る理由も理解出来た。悪い奴ではないと思えた。こいつだって紛れもなく俺たちの仲間だって思ったんだ。

 

「俺たちは仲間だろ!? 苦しんでるなら、悩みがあるなら、力になりたいと思って当然だろ!? 助けたいって思うに決まってるだろ!?」

 

 こいつは、神々廻歩夢は、そんなことすらわからないほど擦り切れちまったって言うのかよ!

 

「うん。だから僕はもう、十分君に救われてる。他の誰でもなく、僕を助けてくれたのは君だった。だからこれ以上、君が関係ないことで重荷を背負う必要はない」

 

 ……? どういうことだ? 第四守護獣を撃破するのに貢献したことを言ってるのか?

 

「君が介入した未来は予知夢では視れない」

 

 そういう話だった。だから第五守護獣の予知夢も視れない。第四を突破するには俺の『虚無』が必要だから。

 

「わからない? 逆に言えば、君が出てこない夢は夢だってわかるんだ。今自分が居る場所が現実じゃないってわかるんだ」

 

 ……待て、ちょっと待ってくれ。それじゃあまるで

 

「予知夢を視てる間はそれが夢だってわからなかったのか……?」

「わからないよ。ずっとわからなかった。僕は今夢の中にいるのか、現実にいるのか」

 

 なんだよ、それ……。

 神々廻は、夢だからと割り切ることも出来なかったって言うのか?

 ずっと、いつも今いる場所が現実かもしれないと思って戦い続けていたのか?

 

「最初は死に戻りしてるのかと思ってた。だけど女神と共鳴して、自分の神威が『予知』だって知って、背筋が凍った。死に戻りなら何度だってやり直せる。何回だって本番を繰り返せる。だけど」

 

 それが予知夢なら、本番は、

 

「現実の戦いは、一度しかない」

「そしてそれが今なのかもわからない」

 

 いつだって全力で戦わなければならない。

 情報収集を優先して今回は捨てるなんて、そんな選択は出来るはずもない。

 もしその捨てた()が現実だとしたら、それまで積み上げて来た何もかもが無意味に終わってしまう。

 

「守護獣と戦って死ぬ度に、どうかこれが夢であるように祈ってた。目覚める度に安堵して、記録を残してた。次に眠るまでの間だけは、絶対に現実のはずだったから」

「……はずだった?」

「僕は予知夢の中でも予知夢を視る。それに気づいたのは、守護獣に負けて目が覚めた当日にまた戦った時。絶対に現実のはずの戦いで負けて、僕はもう一度目を覚ました」

 

 それじゃあもう、その二度目の目覚めの時でさえ現実かわからない。

 その目覚めさえ予知夢の中なのかもしれないから。

 

「その時僕は現実を見失った。いつ終わるかもわからない戦いが何年も、何十年も、何百年も続いたよ」

 

 そんなの、あんまりだ。

 神々廻は予知夢で何度も未来を視て、凄惨な結末を目の当たりにして、本当の意味では誰にも理解して貰えない苦しみを背負っているんだと思ってた。

 だけど俺が思っていたよりもずっと、比べ物にならないくらい遥かに、過酷な運命を背負って戦っていたんだ。

 

 何度も、何度も、何度も、数えきれないほど何度も、今回が負けられない戦いなのかもしれないと思いながら、戦って、今に繋げたんだ。

 

 それなのに俺は、勝手に勘違いして神々廻のことを冷酷だなんて決めつけて……。

 

「ごめん……、ごめんなさい。俺、何も知らなかったのに……」

「どうして謝るの? だから、そんな僕を君が救ってくれたんだよ? 言ったよね、ようやく見つけたって」

 

 それは俺がこの寮で目覚めた日の朝、夢でも幻でもないという言葉の前に、たしかに神々廻が、いや、神々廻先輩が口にしていた言葉だった。

 

 ずっと探してた。ようやく見つけた、と。

 

「ずっと探してた。何か現実と夢を見分ける方法がないか。君が僕の導になってくれた。絶対に負けられない現実がどこなのかを教えてくれた。それだけじゃなくて、遊斗を助けてくれたし、手詰まりだった第四守護獣を倒せたのだって君のお陰。みんなともう一度仲良くなれたのも。だから僕はもう、何度も君に救われてる。ありがとう、僕を助けてくれて」

 

 そう礼を述べた神々廻先輩は、ほんの一瞬だけ微笑みを浮かべた。

 すぐにいつもの無表情に戻ってしまったけれど、たしかに笑っていた。

 

 俺には自覚なんてなかったから実感がわかないけど、俺という存在は確かに先輩の助けになっていたんだ。

 

「だったら、あと一回俺に助けられてください」

「……どういうこと?」

「絶対先輩に【神風】なんて使わせません。俺が絶対、第五守護獣をぶっ倒します」

 

 そして絶対に生き残って、今まで誰よりも頑張って来た分幸せになって貰う。

 

「うん、期待してる」

 

 喧嘩腰だったあの日と同じ言葉。

 だけど今回はそれが煽りなんかじゃなく、本心からそう言ってくれているように思えた。

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