医務室の大きなベッドに寝かされた神々廻先輩が、呼吸を荒くして苦しそうに悶えながら眠っている。
基地へ帰投してすぐコックピットから運び出され、専属医による検査が行われたけど、怪我や病気ではないことがわかるだけで、神々廻先輩の身に何が起きているのかハッキリとはわからないと告げられた。
原因は間違いなく、刺青のように全身に浮かび上がっている黒い茨の紋様。それはみんなわかってる。第五守護獣が死の淵に繰り出して来た最後の攻撃だろうってこともわかってる。
専属医の見立てでは、今のところ生命維持装置が必要なほどではないけど、確実に衰弱してきているということだった。医者としてこんな判断を下したくはないが生命力を蝕む呪いのようなものなのではないか、とも。
そしてこのまま悪化し続ければ、死に至る可能性もあると。
恐らくそれは事実だ。第五守護獣を撃破したことで『茨』の神威は俺に発現した。力の使い方はなんとなく理解出来る。痛み分け、権能封じ、そして魂に絡みつく死の茨。自身の絶命と引き換えに効力を発揮する最後の力。まさしく、呪い。
「こんなの、あんまりだ……!」
どうして神々廻先輩がこんな目に合わなきゃいけないんだ!
誰よりも長く戦ってた! 誰よりも孤独に戦ってたんだ! 誰よりも重圧を感じてたはずなんだ!
それでやっと、やっと終わったのに! 終われるはずだったのに! こんな終わり方なんて、あんまりだ……。
「桜台くんの『虚無』でもどうにもならないの?」
心配そうに神々廻先輩を見つめながら、火神先輩が泣き出しそうな震えた声で問いかける。
「何回も試しました。でも、この黒い茨は消えてくれないんです」
神々廻先輩の手を握ったり、紋様に触れてみたり、今も手を握り続けているように長時間接触したりと色々試してるけど、効果がない。どう考えても第五守護獣の神威である『茨』の影響なのに、無効化出来ない。俺の『虚無』は、魂にまでは届かないのかもしれない。
「共鳴神威でもか?」
「……ダメでした」
一縷の希望に縋るような神谷先輩の質問に、小さく首を振りながら答える。
俺たちパイロットの神威は女神と共鳴することで普段とは比べ物にならないほど強力になる。
だから当然、ムメイと共鳴した状態での『虚無』も試した。それでも茨は消えてくれない。
「じゃ、じゃあ神室先輩の共鳴神威はどうですか!? 呪いか何かわかりませんけど、進行を抑制できるんじゃないですか!?」
「……たしかにできるかも。ちょっと鏑木さんに相談して試して来る!」
普段の能天気にも思える明るさとは打って変わって必死な神楽坂の提案に、神室先輩が真面目な表情で名案だと頷いて大急ぎで医務室を出て行った。
「負けないで、神々廻くん。今までは拒絶されるのが怖くて言えなかったけど、僕は神々廻くんとも友達になりたい。もっと沢山お話したい。みんなで沢山遊んで、これからは楽しい思い出を作りたい。そこには君もいてくれなきゃ嫌なんだ」
「死んでもいいなんて絶対に思わないでください、神々廻先輩。まだ俺たちは、あなたのことを全然知らない。この戦いが終わったら、先輩が予知者としての役割を終えられたら、もっと沢山先輩と話をしたかったんです。あなたのことを知りたかったんです」
「先輩が死んじゃったら僕たち全然勝ったーって喜べないです! こんなに頑張って来たのに喜べなくなっちゃいます! 可愛い後輩を泣かせるつもりですか!? 呪いなんか跳ね除けていっぱい楽しいことしましょうよ!」
意識のない神々廻先輩には聞こえていないだろう。聞こえていたとしても、耳を傾ける余裕はないかもしれない。それでも、ほんの少しでも力になればと、弱気な心に負けないようにと、みんなが神々廻先輩に語り掛ける。
みんな神々廻先輩が頑張って来たことを知っている。一緒に行動する機会は少なくても、時間は短くても、それはこの戦いに勝つためだったことを知っている。この世界に平和を取り戻すためだったことを知っている。予知夢の真相を知らなくても、それでも先輩がたった一人でここまで繋いでくれたことを知っている。
「先輩は幸せにならなきゃいけない人です。こんなところで死ぬなんてありえません。絶対に、そんな結末は認めない。必ず助けてみせます。だから諦めないでください。最後にもう一回だけ、俺に先輩を助けさせてください」
先輩を鼓舞するのと共に、自分自身にも言い聞かせる。
そうだ、助けてみせる。
俺の『虚無』なら、まだ可能性はあるはずだ。
条件を変えてみれば、あるいは発想を変えてみれば、今まで試していないことを片っ端から試してみれば、この黒い茨を消す方法が見つかるかもしれない。
先輩は今、まさに抗ってる。俺が先に折れるわけにはいかない。
「みんな……、ありがとう……」
「神々廻くん!? 目が覚めたの!?」
「体調はどうですか? 特に辛いところがあれば摩りますよ?」
「うぅ、もう起きないんじゃないかって心配だったんですよー!?」
「神々廻先輩……」
いつの間にか目を覚ましていたらしい神々廻先輩が、弱々しい声で感謝を述べた。
ただ目が覚めたとは言っても、いつにも増して覇気がなく、目は虚ろで半開きで、言葉は途切れ途切れ。
事情を知らない第三者が見ても今にも死んでしまいそうだと思うだろうほどに、神々廻先輩は衰弱していた。
「だい……じょうぶ……。死ぬ気は……ない、から……。でも……、今は、ひとりに……して……。そのほうが……気が、楽……」
話すことすら辛いのだろうということは見ているだけでもわかった。
「う、うん。じゃあ、僕たちは出て行くけど、お医者さんを呼んでくるね」
「大勢でぞろぞろ、すいませんでした」
「気が滅入ったらいつでも僕を呼んでくださいね。『太陽』なら少しくらいは力になれるはずですから」
「あの時、助けてくれてありがとうございました。今度は俺が助けますから、待っててください」
最後にそれぞれ声をかけて医務室を後にする。
あの様子では確かに大勢で見舞いに来られても逆効果だろう。
一先ずは医者に任せて、俺は俺であの黒い茨をどうにかする方法を探る。
黒い茨に侵されたのは神々廻先輩と、機甲女神ミカサ。ミカサの装甲に刻まれた紋様もまだ消すことは出来ておらず、徐々に機体が風化するかのように損傷し始めているとのことだった。まずはミカサで色々実験してみて、有効そうな手段が見つかったら神々廻先輩にも試す。
・ ・ ・
先輩たちと別れて地下整備ドックにやって来た俺は、早速ムメイに搭乗して共鳴を開始した。
事情は鏑木さんに伝えておいたため、整備班やオペレーターさんも快く協力してくれた。
しかし肝心の黒い茨の除去は全く上手くいかない。共鳴率は相変わらず99%と最高水準を保っており出力的には問題ないはずなのに、『虚無』で無効化が出来ない。【神風】を使って更に出力を上げればあるいはとも思ったけど、自分の【神風】を『虚無』で抑えられるかは未知数過ぎて一旦保留している。自分だけじゃなくて基地全体に被害が出るだろうし気軽には試せない。
それ以外にも、接触面積を増やして『虚無』を発動してみたり、ミカサの機体にムメイの指をめり込ませて内部から『虚無』を浸透させてみたり、『虚無』を発動しながら黒い紋様の刻まれた表面を削ってみたりと様々な方法を試してみたけど、どれもうまくいかない。
『虚無』でどうにか出来るはずっていう前提がそもそも間違ってるのか?
専属医の言っていたように死に際の呪いのようなもので、神威とは異なるなんてことがあるのか?
嫌、でもミカサが黒い茨に呑み込まれた時、群がる茨の大半は『虚無』で消せたんだよな。ミカサや神々廻先輩に刻まれた分は、間に合わなかったって考える方が自然な気がする。だとすればやっぱり、『虚無』で消し去る方法はあるはず。あってくれなきゃ困る。
『ミカサと桜台くんで共鳴してみるのはどうでしょうか?』
「でも俺はムメイ以外とは……、いえ、やるだけやってみます」
うんうんと唸りながら頭を抱えている俺を見かねてか、オペレーターさんが実験の案を出してくれた。
俺はムメイ以外とは共鳴出来ないから意味はないかもしれないけど、それでも何もしないよりはマシだ。
搭乗リフトを介してミカサに乗り換え、リンクを完了して共鳴を始める。
以前、まだ俺がこの基地に来たばかりの頃に他の女神との共鳴は試している。
その時は神威が混じり合うような不思議な感覚を覚え、それを嫌がった女神に拒絶される形で共鳴は失敗した。
だから今回も女神が嫌がって共鳴を拒否してくるだろう。そう思っていた。
『っ!? 共鳴率は0%ですが茨が薄くなってきてます!』
「なっ!?」
以前のように女神は俺との共鳴を拒否せず受け入れた。けれどやはり共鳴は出来ない。起こるのは神威が混じり合うような不思議な現象。そしてその結果、オペさんの見間違いでなければ、紋様が薄まっている?
『そのまま続けてください桜台くん!』
「了解!」
やっと見つけた手がかりだ。言われるまでもなく、俺の方から共鳴を止めることなんてありえない。
ただ共鳴しているだけであるにもかかわらず、緊張で冷や汗が浮かぶ。時間の感覚がマヒしてきて、どれだけの間共鳴を続けているのか次第にわからなくなっていく。
けれど終わりはあっさりと訪れた。以前の焼き直しのように、女神が突然共鳴を拒絶したのだ。それによって神威が混じり合うような感覚も消えてしまう。
『い、茨の消失を確認……。整備班、機体の状況を確認してください! 急いで! 鏑木室長には私から速報を入れます! 桜台くんはそのまま待機していてください!』
茨の紋様が消えた……?
女神が突然共鳴を拒絶したのはそれが理由?
だとすれば、表面的に紋様が消えただけではなく、黒い茨の呪いそのものが消失したということ?
まだ結論はわからない。それはこれから、この機体の専門家たちが調べることだ。
だけど今の仮定が事実だとすれば、黒い茨を消し去った要因はなんだ?
共鳴が切っ掛けであることは間違いないけど、厳密に言えば俺とミカサは共鳴していない。共鳴とは別の現象。名づけるのであれば、混合? あるいは混交? とにかく神威を混ぜ合うこと。神威を混ぜ合わせることが出来れば、俺の『虚無』で茨を消せる?
もしかすると、神威の源泉は魂に近いところにあるのかもしれない。あるいは、魂そのものか。
神威を混ぜ合わせるという行為は、結果的に俺の『虚無』をそこまで届かせることになるのかもしれない。
そこまで辿り着いてようやく、黒い茨を消し去ることが出来るんじゃないか?
だけど、どうする? 女神と違い人間同士での神威の共鳴なんて出来ない。
神威を混ぜ合わせる方法なんて聞いたこともない。
神々廻先輩試せない方法ならわかっても意味がない。
「何か、何かないのか……!」
……いや、待て。なんか最近、どこかで似たような話を聞いた、もしくは見たような気がする。
いつだ? こっちに来てからのはずだ。なんか気になって調べ物をした時に……。
『神室せんぱーい! 『怠惰』はどうですかー!』
『試してみたけど、無理かも。泥沼の怠惰でも抑制出来なさそう……』
『そう、ですか』
いつの間にか神楽坂が管制室にやって来ていて、神室先輩と通信していたようだ。
神室先輩は医務室で言ってたように、女神に搭乗して共鳴神威を試してたみたいけど、結局それも効果はないらしい。
普段の神楽坂なら、使えませんね先輩! なんて生意気な冗談を飛ばしていただろうに、今回ばかりはそんな余裕もないようだった。
無理もない。俺たちパイロットの中で一番神々廻先輩と付き合いが長いのは神楽坂だもんな。
……、――! 神楽坂。そうだ、神楽坂だ! 神楽坂と話してた時だ! 思い出した!
(陰の気、陽の気……。うーん、僕たちの知りたい情報じゃなさそうです)
(気ってなんか神威に似てるような気もしますしね)
(共鳴は陰陽和合みたいなものですかね。だったら女神は男としか共鳴しないのも納得です)
そう、そうだ! 気は神威に似ているって話と、陰陽和合の話だ!
あの時は意味がわからなくて後で調べて、陰陽和合の本来の意味と、あの時神楽坂が言及していたであろう応用的な使い方を知ったんだ!
つまり、人間同士で神威を混ぜ合わせる方法は――