TS機甲戦記 =無名の神話=   作:ペンギンフレーム

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ep5 共鳴

 7月25日 火曜日 守護獣特別対策室作戦基地・地下整備ドック

 

 鉄骨むき出しの無機質な天井に、作業中を示す緑のランプが回っていた。

 湿気を帯びた空気に油の匂いが混ざり、広いドックの中に重機の駆動音と冷却ファンの風切り音が重なり合って響く。

 

 桜台勇は搭乗リフトの上で、支給された霊装スーツの着心地を確かめるように身体を軽く動かしている。

 黒と金を基調にした流線型のフォルムは女神との共鳴率向上のためにデザインされたものだ。皮膚に密着しボディラインを浮き彫りにするそのスーツは流石の勇でも羞恥を感じるのか、平気そうな表情をしているが顔がリンゴのように真っ赤になり耳の先まで染まっている。

 

『テストパイロットの女性用スーツが残っていて良かったですね』

「準備完了、リンクテストを始めてください」

 

 整備士の一人が端末を確認しながら、インカム越しに管制室へ告げた。

 対策室で開発された女神ではないにも関わらず、機甲女神ムメイの構造やシステムはミカサやムサシなどの対策室製女神に酷似していた。パーツや設計、デザインに多少の差異はあれど、技術的には対策室の技術者でも扱える範囲だ。

 

『やれそうですか、桜台くん』

「当然!」

 

 緩やかに上昇していく搭乗リフトに立った勇が、インカムから聞こえた小篠塚の問いに勢いよく答えながらコックピットに乗り込んだ。

 

 羞恥心を吹き飛ばすかのような勇ましい声だった。

 

『桜台勇、機甲女神ムメイと接続します』

 

 スーツに搭載されたリンクポートにコックピットのコネクターがカチリと嵌まり、神経を拡張するように女神の感覚がパイロットへと流れ込む。

 

『桜台勇、機甲女神ムメイ、接続完了。神威共鳴率、91パーセント──安定しています!』

 

 他のパイロットの平均的な共鳴率が70%台あることと比較すると、非常に優秀であると同時に安定していた。

 

『生命維持系統、良好! 神経インターフェース、オールグリーン!』

 

 コクピットの周囲が青白い光で満たされ、勇の視界が一瞬曖昧にぼやける。しかし次の瞬間、まるで、勇自身の眼がムメイの眼となったかのように一気に視界が広がった。映っている景色は狭苦しいコックピットの中ではなく、無機質で広々とした整備ドックだ。

 

(これは……世界が違って見える)

 

 空気の流れ、床の微振動、稼働する機会の熱量。

 ありとあらゆる情報が、人としての勇の五感ではなく、女神としてのムメイの五感を通して流れ込む。それは人間と女神の境界を超えた共鳴。

 

(この鉄の体は俺じゃない。だけど、俺だ)

 

 女神と一体になる。

 それが女神のパイロットとして戦うということだ。

 

 

・   ・   ・

 

 

 管制室では、オペレーターが各パイロットと女神の数値を常に把握し、リンクテストの状況や共鳴率などの情報を矢継ぎ早に司令官へ報告している。

 司令官兼対策室長である鏑木は読み上げられる報告に意識を割きつつ、今のところ異常は出ていないことを確認しながらモニターに映る女神ムメイの姿を見守っている。

 

 これまで、ミカサ、ヤマト、ムサシ、ナガト、ムツの五機による模擬戦や戦術演習は飽きるほどに繰り返して来た。

 今更彼らが訓練で致命的な失敗を起こす可能性は低いが、今回は桜台勇と機甲女神ムメイというイレギュラーの初参加だ。何が起きても即座に対処できるように目を光らせているようだった。

 

「模擬戦用に出力制限もかけていますし、滅多なことはないと思いますが」

「何もなければそれで良いが、用心に用心を重ねすぎるということはない。彼らは我々と違って替えが利かない存在だ」

 

 女神のパイロットは、視覚で神威の有無や強弱を知覚できる神々廻の協力によって選ばれている。

 選ばれているとは言っても強制ではないため、素質のある者を探しているという表現の方が適切と言える。

 神威を宿しているという条件だけであれば、実を言うと男女問わず100人に1人くらいの割合で存在しそこまで貴重というわけでもないのだが、守護獣と戦えるレベルで女神と共鳴するには、ただ神威を有しているだけでは足りない。

 日常生活にまで権能の影響が及ぶほどの強力な神威。そのうえで、穢れなき男子でなければならない。女神は女性と共鳴しないからだ。

 条件をここまで絞ると途端に該当者は激減し、現在確認できているのは国内でも僅かに17人。その中で、信じがたい話を信じ、命を懸けた戦いに臨むことを承諾したのは、神室、神谷、火神、神楽坂の四名だけだった。

 

 幸いだったのは、彼らが候補者の中でもとりわけ優れた神威の持ち主であり、それぞれが各守護獣に対して有効となり得る神威を宿していたことだろう。

 

「それにしても神々廻くんが全体訓練に参加するのは珍しいですね。予定にはなかったと記憶していますが……」

「神々廻くんの要望で急遽決まったんだ。桜台くんの権能に関して、予想を確信に変えたいらしい」

「予知夢で確認してなかったんですか?」

「その辺りは明言してくれなかったよ。今更秘密主義に転向ということがないと嬉しいんだがな」

「ほとんどの情報は神々廻くんの予知頼りですからねぇ」

 

 臍を曲げて非協力的になられるような状況は避けなければならないため、神々廻の要望はよっぽどのことがない限り通る。

 とはいえ、これまで神々廻はあまりにも一般常識から乖離した要求をしたことはない。

 他のパイロットたちとの交流よりも単独行動を優先したり、突貫スケジュールの兵装製造・改装の依頼を出したり、無茶な動かし方をして女神を派手に損傷させたりということは度々あったが、それらは全て未来を変えるための必要な試行。

 ゆえに口では困ったようなことを言っている鏑木室長や小篠塚も、予知夢についての明言を避け直接確認しようとしているのは未来を変えるためなのだろうと理解している。

 

「ルールを改めて確認します。第一、第二演習地域にて1対1の模擬戦を行います。残る1名は見学です。制限時間は15分。武装及び権能の使用は全て禁止されています。共鳴した神威エネルギーでの無手格闘訓練と考えてください。訓練目的は機体制御と神威制御の向上です」

 

 神々廻について話をしている二人をよそに、オペレーターの1人が感情を排した淡々とした声でルールを読み上げ始めた。

 

『手札は隠しておくんじゃなかったんですか?』

『小篠塚さんの言ってた手札は権能のことだ』

『ほんとは俺の超すげー権能も披露したかったんだけど残念だなー!』

『戦術演習とかは流石に屋外じゃないと難しいですから、数はもう知られちゃってると思います』

 

 通信で問いかけた勇の疑問に、比較的口数の多いパイロットたちが口々に答えを返す。火神と神々廻の二人はだんまりを決め込んでいた。

 

 『敵』が人類のことをどこまで把握しているのかは対策室も神々廻もわかっていない。常に人類を監視して隠そうとしている権能まで把握しているのかもしれないし、守護獣が出現した時しか情報を得られないのかもしれない。そのため、必要最低限の線引きを決め、出来る限り情報を外部に漏らさないようにしていた。

 なお、来るべき日まで人目や衛星に女神が補足されないよう、演習地域は人気のない場所に用意され悪天候の際のみ屋外演習は行われてきたが、既に隠す必要はなくなったため今日の空模様は晴天だ。

 

「第一戦のみミカサも参加します。マッチングは、ムメイ(桜台勇)VSミカサ(神々廻歩夢)ムツ(神室遊斗)VSムサシ(火神命)ナガト(神谷憂人)VSヤマト(神楽坂日向)です」

 

 オペレーターの案内を待っていたかのように、整備ドックのランプが一斉に青い光へ変わり回転を始める。次の瞬間、床面が震えるほどの重低音が響き、それぞれの女神を乗せた台座がゆっくりと前方へとスライドを始めた。移動先は、格納庫の先にある出撃用リニアカタパルト――演習地域へと続く専用の出撃ルートだ。

 

『てか不思議くんズルくな~い? 抜け駆けして勇ちゃんとやろうってのに俺らとは遊んでくれないなんてさ~』

『一々突っかかるな。いつものことだろ』

『君たちと模擬戦をしても意味がない』

『神々廻先輩言葉足らずすぎです。僕たちの情報はもう知ってるからってちゃんと言ってください』

 

 からかうように軽口を叩いた神室を神谷が窘めるが、続いて神々廻から返された言葉に少しだけ空気が凍る。しかしすぐにフォローに入った神楽坂のお陰で、ギスギスとした空気にまで至らない。

 そんな様子を見て、勇はこいつマジかと神々廻の壊滅的なコミュニケーション能力に衝撃を受けていた。

 

「カタパルト接続を確認!」

「カタパルトゲート開放確認!」

 

 若干微妙な空気を察してか、オペレーターが声量を上げて告げる。

 

 台座が完全に停止すると、格納シャッターが左右に大きく開き、目の前にリニアレールが延びた長大な射出通路が姿を現した。滑走用の補助機構が足元で固定され、エネルギー充填の低い唸りが女神の感覚を通じてパイロットの耳へ届く。

 

「リニアカタパルト、エネルギー充填率80……90……100パーセント。機甲女神全機、発進準備完了」

 

 オペレーターの変わらぬ冷静な声が、騒音の中で透き通るように響き、全ての準備が終了したことを伝えた。

 そしてその声を合図に、パイロットたちが六人六色の答えを返す。

 

『神室遊斗! いつでもオッケーでっす!』

『神谷憂人。問題ありません』

『か、火神命! 大丈夫です!』

『神楽坂日向! 発進します!』

『神々廻歩夢。出ます』

『桜台勇! 行けます!』

 

「射出カウントを開始します。3……2……1――」

「機甲女神、発進!」

 

 鏑木司令官の命令が発進の引き金となる。

 風切り音と共に、ムメイを乗せた乗せたカタパルトが真っ先に射出され一気に地表へと飛び上がった。

 続く五機の女神たちも、リニアレールの先端から一機、また一機と矢継ぎ早に空へと駆けていく。

 その轟音は地下施設全体を震わせ、振動と共に、神々の出撃を告げていた。

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