That others may live -オルクセン王国外典-   作:yuto milgrum

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第1話 Sky is the limit

飛行機が空の主役の座を大鷲と争うようになってしばらくのこと。

 

 

 

バーニーズ山岳種の若者が、ポスターをみて唸っていた。

 

ふさふさの毛をしまい込んで膨れ上がった作業服の胸に、航空兵の証たる大鷲のバッジはない。

 

代わりに整備特技の証たるドライバーとスパナの徽章があり、そこに付けられた蹄鉄から上級、高い技能を持つ専門整備士であることをうかがわせる。

 

 

 

コボルト航空兵の要件は飛行機の発明、それに続く輸送機・大型爆撃機の出現でずいぶん緩和されたものだが、類似種の山岳犬同様に極めて大柄な彼の身体はその条件を満たしてはいなかった。

 

 

 

しかし彼は空を飛びたかった。だからこそ潜り込むチャンスを得んと、できたてほやほやの航空機整備部門に潜り込んでいる。大柄な彼の身体は整備の上では役に立った。帆布張りの翼を足場なしに繕ったり、操縦索に張力をを掛けながら動翼に結びつけたりと、彼の活躍の場となる大仕事、力仕事は多い。彼も期待に応えている。だからこその蹄鉄付き徽章であった。

 

 

 

それでも空への憧れは捨てられない。

 

黎明期の部隊特有の緩さに助けられて複座機のコクピットにもぐり込みテスト飛行にくっついていったこともあるが、無理のある姿勢で身体を固定していたせいで着陸降機してからしばらくろくに動けなくなってしまった。

 

 

 

幼いころ、家業の手伝いで登った雪山。短い晴れ間から覗いた抜けるような青空と、その空を突っ切った大鷲、その背にしがみ付き空を征くコボルトたち。

 

目蓋に焼き付いたその光景だけを目指し、努力を積み重ねてきた。ヘレニック語で山を意味する語から由来を持つ家の一族として、幼少のころから雪山に暮らしてきたアルベルト・オレオ兵長は、そういう牡であった。

 

 

 

だが昼の休憩時間、筋力鍛錬のため体育室に向かっていた彼が見つけて眺め、唸っているのは航空兵の募集ポスターではなかった。

 

大鷲の翼が雪に彩られた独立峰を囲むポスターの下部に記された募集要項。

 

 

 

”求む若者“

 

“要件 種族不問 強靭な体力 水泳能力 極寒 酷暑 高度への耐性”

 

“新設部隊につき詳細は機密”

 

”国軍航空軍団“

 

 

 

それは要件だけ見ても何もわからない、謎に満ちたものであった。

 

 

 

突然、スピーカにノイズが走った。

 

『オレオ兵長 オレオ兵長 飛行隊室へ 繰り返します オレオ兵長 飛行隊室まで出頭を。飛行隊長がお待ちです』

 

 

 

 驚きにしっぽを跳ね上げたオレオ兵長は一目散に走りだした。

 

 

―――――――――――

 

 

「アルベルト・オレオ兵長。航空軍団志願第44期。成績は主席だが、体格要件から航空兵ではなく整備兵。航空機整備、大鷲支援、装具整備、すべて優秀。体力も常に優等。素晴らしい実績だな」

 

「過分なお言葉です」

 

「ふむ、そして一つ確認しておきたい。君は山岳行動ができるね」

 

「家業ですので」

 

「そうか、となると陸軍第13山岳師団参謀のネイト・オレオ大佐は」

 

「母方の叔父になります」

 

 

ふむふむ、と頭を揺らした大鷲族の飛行隊長はイーゼルに広げた人事文書を器用にくちばしでめくった。脇に控える整備隊長は手持ち無沙汰にしている。

 

戦中に受けた対空射撃によって風切羽の一部が欠け、山一つ分の高さまで上昇できなくなったことで事務方に収まった飛行隊長は、ベレリアンド戦争からの古株である。

 

「実のところ、彼から私のところに推薦状が来てね。ぜひ君に、この計画に行ってもらいたいというんだ」

 

「はぁ、しかし私は航空兵ではありませんが……」

 

「うむ、実のところ航空兵を養成する課程ではない。それは申し訳ないがね。ただ彼の言によると、君は一族で最も優秀なクライマーだと聞いている」

 

 オレオ兵長は鼻で息を吸い、吐いた。複雑な感情が吐息に籠る。

 

 

「行ってくれんか。君の力が必要だと、君の叔父が言っている。私も彼の言を信じるよ。飛行隊としてもあまりにも痛い損失だが、一つ保障しよう」

 

 

 

この計画は、多くの命を救うのだ。

 

 

 

眼鏡の奥からまっすぐにオレオ兵長を貫いた隊長の鋭い眼光に、彼は姿勢を正して首を縦に振っていた

 

 

 

 

 

----

 

バーニーズ山岳種はコボルト族の中でも数奇な運命をたどった種族である。

 

彼らは元々、エトルリア北方に広がる山脈を故地とし、人間族と共存して羊を飼って暮らしていた。

 

羊を飼うことと同じくらい彼らが古くから行ってきた生業が、山岳救難である。

 

山岳に迷い込んだ生命を人魔問わずに捜索、救出し、麓に返す。歴史の始まりから彼らはその伝統を堅守し、遭難者ありとの一報あらば老若男女、付近の同族も挙げて、遭難者の気付薬である酒樽を腰に下げて繰り出し、山中に消えんとしていた多くの生命を救ってきた。また、種族の若者達は自らを鍛えるべく、山脈の険しい岩肌や、大雪壁に挑んできた。

 

人魔の蜜月は永くは続かなかった。星暦500年代に、聖星教庁が主導した魔種族狩りの災禍が真っ先に襲ったのがエトルリア北方山脈であった。

 

500年代初期においてこそ、「雪中の聖人の遣い」として魔種族狩りから除外され、ときに巨狼やドワーフ、その他魔族たちを狩る人間たちの先導すら為してきた山岳コボルト族も、600年代に入ってからは「山中に迷う人間を幻惑し喰らう魔物」として狩られるようになった。

 

山脈に居られなくなったコボルトに手を差し伸べたのが、当時魔種族間の連帯を掲げ始めたばかりのオルクセン王国であった。彼らは平地のコボルト族自由都市連盟であるフンザ同盟と、既に移住していたエトルリア系巨狼族・大鷲族を経由してオルクセン王国への移住を勧め、多くの山岳種コボルトたちが致し方なしとしてその勧めに従い移住を果たした。

 

 なお余談ながら、800年代に入ってから人間族の間で登山が流行した折に、エトルリア北方山脈に未踏峰といえるものがほとんどないことが知られるようになった。ほとんどがバーニーズ種をはじめとする山岳コボルト族により踏破されていたのである。

 900年初頭には、人間族が最後の未踏地・最難関とみなしていたある山の北壁ルートについて、オルクセンに移住していた老コボルトが「そこならもう登ったぞ」と言い出して大問題になったことがある。世界の山岳界を巻き込んだ大論争の末、結局、老コボルトの証言通りにルート及び山頂に残されていた当時の酒入小樽を、同じルートからの登頂を果たしたアスカニア隊が回収して決着がついた。

 

 

閑話休題。

いずれにせよ、バーニーズ山岳種の伝統は人命救助にこそある。彼らは現代においても消防隊、山岳警察等で人命救助のため縦横無尽の活躍を見せているのだ。

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