Black Archive 作:アストラ連合学園中央生徒会
1話
俺の人生は、紙と数字に潰された。
朝から晩まで、社畜として上司の無茶な要求をこなし、誰もいないアパートに帰る。
冷蔵庫には賞味期限間近の調味料、机には未処理の書類。心臓が締め付けられるような痛みが走ったのは、世間が寝静まった深夜だった。
胸を押さえ、床に倒れる。冷たいフローリングの感触が、俺の最後の記憶だ。誰も来ない、誰も気づかない、孤独死。
社会の歯車として使い潰され、結局一人で消えた。
なんでそうなる。
意識が戻った時、俺は部屋の中にいた。生きていたのかと思ったが、体は床の上に冷たく転がっている。
今は幽霊のようなものなのだろうか。
ただ自分の転がる死体を呆然と見つめていると、胸の奥からマグマのような沸々とした憤怒が湧き上がってきた。
真面目に働いてきたのに、この仕打ちか……。誰も看取らず、誰も思い出さず、ただ使い捨てられた。許せない。絶対に許せない。
こんな事は許されない。あってはならない!
湧き上がる憤怒が溢れ出すと共に途轍もない痛みが頭に走る。
視界は閉ざされボコボコと何かが沸き立つ音とバキバキと骨の軋む様な不快な音が周囲に響き、自分の頭が変質していくのを感じる
その怒りと痛みに震えていると、突然目の前に白い光の裂け目が開いた。
裂け目の向こうに映っているのは――雪に埋もれた寂れた学校の床で、孤独に倒れている1人の少女の姿だった。
誰にも看取られず、誰にも助けられず、ただ静かにその小さな命が消えようとしている。
……俺は大人だ、過労死が原因ではあるが、自分で選んだ企業がブラックだったなら辞めると言う選択肢もあった。
でもあの子は違う。選択肢なんてない子供が、同じように一人で死ぬなんぞ……到底、あっていい筈がない。
「くそっ……!」
先程の怒りとは違う怒りが全身を突き動かし、俺は迷わず、光の裂け目へ手を伸ばした。伸ばした手が光に触れると一層輝き出し光に飲み込まれた。
目を開けると、小高い丘のような場所だった。ここは……?
暗い空を見上げると、幾つかの大きな円環が浮かんでいる。不気味なはずなのに、どこか美しい。
何気なく顔に手を伸ばす。大して柔らかさのなかったこけた頬は肉の感覚すらなく、硬く硬質な質感に変わっていた。
側頭部辺りから俺の性格の様に捻れた2本の角が生え、頭を支える筈の首はなくなり暗い闇色の霞が漂い、骨だけになった頭は宙に浮いている。
しかも人間の骨ではない、鼻の長い動物の頭蓋骨のようだ。
憤怒が支配したあの瞬間、確かに俺は人間を辞めたのだろう。呪いを振り撒く悪魔にでもなろうとしていたのかもしれない。
もし悪魔だというのなら、山羊の骨かもしれないな。
遠くに街の灯りが見える、人が居るかもしれない。
ひとまず歩き始める、人間じゃない体でどうやって人に会うのかと思うと皮肉な笑いが漏れる。
「ただ働いていただけなのに、なんでこんな化け物になっちまうかね……」
思いの外遠かったようで街に着いた頃、夜は深まり、街灯だけが寝静まった街を照らしていた。
道の真ん中を歩くほど無警戒にはなれず路地裏を進むと、足元に真鍮製の筒が散乱していた。
その一つを掴みヘッドスタンプを確認すると9mmの薬莢である事が分かった。
薬莢は散乱しているというのに血痕もなければ遺体もない。まるで薬莢だけを残して掃除されたみたいだ。
「随分と現実的な武器を使う世界だな……」
よく分からない現象によって来たこの世界、現実的ではないと思っていただけに現代武器の登場に少し驚く。
空薬莢の散乱した地面に別の物が落ちていた。
MP-443、ロシア製の9mm拳銃だ。確かグラッチと言ったか、人間だった頃はそう言うのを見たり集めたりするのが趣味だったな。
そんな現代武器だがピンクとホワイトのツートンカラーで一見オモチャに見えなくもない。
だが手にするとずっしりと重い、冷たい金属の感触。
……と、思った瞬間。派手なツートンカラーは初めからそうであったかの様に色を失っていった。
剥がれ落ちた塗装は地面に染みを作る事もなく空気に溶け、瞬く間に錆止めの黒一色に戻る。
「ふん……不思議な事もあるもんだな」
俺は小さく鼻を鳴らす、よくわからない現象過ぎて反応に困る。
マガジンを抜き、残弾を確認する。18発中8発。
ハンマーは起き、セーフティもかかっていない。スライドを引き、チャンバー内の弾を回収。
マガジンに詰め直し、ズボンのポケットに突っ込む。
マガジンはポケットに入れたままコッキング。トリガーを引くと、カチン!と硬質な金属製ハンマーの音が路地に響く。
「いい音だ」
俺は小さく笑う。誰もいない路地で、銃の感触だけが人間であった頃の共通点だ。
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何も考えずに進んでいると、周囲の建物が古くなっていることに気づいた。草や蔦に覆われ、完全に倒壊したビルが増える。
爆発炎上したのか、フレームしか残っていない車、ひっくり返った装甲車、砲塔が吹き飛んだ戦車が道路に点々と残っている。
この地区で大規模な戦闘があったんだろう。
残骸の合間には、円形の外装に2門の小型ガトリングガンを装備したドローンや、人型のロボットが破壊されて横たわっている。
ロボットは銃器を持っていたようだが、経年劣化か破損かで使えそうにない。
何気なく空を見上げると、夜が白み始めていた。随分歩いたが、相変わらず疲れはない。見ての通り、周りは廃墟ばかり。
最初は街に何がいるのか気になって来たのに、今や誰一人いない廃墟にまで来ている。
「一体どういう世界なんだ、これは」
街から離れたとは言え、夜通し歩けば来られる距離だ。車を出せばもっと早くに辿り着ける位置に紛争跡がある。
戦車は現代風な感じだがドローンや人形ロボット、何処かSFチックだ。周囲を観察しながら歩いていると空から妙な音が聞こえてきた。
空気を裂く甲高い音だ。
発生源を探すため、周囲に視線を巡らせる。音の方向に、円形のドローンが3機。さっきの残骸と同じ型だ。こちらに向かって飛んでくる。
「まずいか?」
慌てて道の真ん中から移動し、歩道と右車線を塞ぐように擱座した戦車の陰に隠れる。
だが、ドローンはすでに俺を感知していたのか、1機が戦車の上を悠々と飛び越え、くるりと反転。2門の小型ガトリングガンを俺に向けた。
「おいおい! 問答無用かよ!」
銃口が向けられると同時に、左右合わせて10本のバレルが小さめの駆動音で高速回転を開始する。マズい。だが体は動かない。
頭では判っているものの、咄嗟の動きなんてできるわけがない。
ガトリングガンの回転が一定になり、弾丸が射出される。
15メートルもない距離。避けるのは不可能だ。数十発の弾丸が飛んでくる。流石ガトリングガンだと、謎に感心してしまう。
「グッ……ん?」
初弾は左胸、心臓に近い。致命傷だ。続く数十発は胸から腹、腕、脚、頭とバラけて当たる。痛い。
痛い?……と思い疑問符が頭に浮かぶが、痛みがまだ続く。
頭に当たると特に痛い。だが、この痛み……例えるなら、軽く小突かれた様な痛み、だろうか。
そもそも痛いというよりその衝撃で、体が揺らされる方が不快だ。
「ん?……ん??」
銃撃音が止む。撃たれた場所を触り、掌を確認。血どころか、服に穴すら空いてない。頭を触っても、骨が欠けてない。
いや、そもそも俺は死んでたな。
そんなことを考えながら全身を見ながら訝しんでいると、軽い金属音と共に、地面に箱状の物が転がる。
弾薬箱に似てるな、なんて雑な思考を辞め視線を戻すと、ドローンが予備弾倉に切り替えているところだった。
ハッとしてベルトからグラッチを引き抜き、トリガーを引く━が、ピクリとも動かない。
「クソッ、セーフティだ!」
左手をグリップに沿わせ、セーフティを解除。
今度こそトリガーを引くが、弾が出ない。
「ちくしょう!」
毒づきながら、左手でスライドをめいっぱい引き、離してコッキング。
プレスチェックの余裕なんぞ欠片も無く、トリガーを引く。
ガトリングに比べればチャチャな音と程よい衝撃が腕に伝わる。だが、弾はドローンの右に飛んでいった。
「ヘタクソがッ!」
自身への罵声を叫びながら、2回連続で発砲。命中なし。
残弾5発。焦る俺とは裏腹に、ドローンが再びバレルを回転させ、掃射。鉄の嵐が戦車を削る。
「クソッ、ハッハッハ! 畜生め!」
次々と来る衝撃を受けながら、何故か笑いが漏れる。
焦りもあるが、心なしか楽しい。
撃たれながら、両手でグラッチをしっかり保持。アイアンサイトを覗き、2連射。
ドローンの右側の円形部━羽か?━に2発が吸い込まれ、ぐるぐると回転しながら弾丸をばら撒き、地面に激突。
ボディがひしゃげ、爆発。
破片や熱が飛んでくるが、痛みも熱さも大したことない。破片に混じって、箱状の物が目の前に飛散。
ドローンの予備弾倉だ。中を覗くと、20発も残っている。
「これは、9ミリか? 使えるか?」
グラッチのマガジンを取り出し、予備弾倉の弾と比べる。見た目は同じだが……迷っていると、後方からバレルの高速回転音と炸裂音。
しまった、ドローンはあと2機!
背中を蜂の巣(非貫通)にされながら、マガジンに弾を込める。装弾数18発とチャンバー内の1発で19発。
「リアルカウントだ! 楽しくなってきた!」
残り数発の弾をポケットに突っ込み、背中の痛みを無視して振り返りざまに4連射。1発が外装を掠め、ドローンがよろける。
射線がズレ、鉄の嵐が止む間に立ち上がり、射撃姿勢をとる。
2連射を2回、計4発。2機目のドローンは左側の外装から煙を出し、ガトリングガンが停止。
不安定に飛行しながら、右側の弾倉を再装填し始める。
再度2連射を2回、4発消費。ようやく2機目を撃ち抜き、擱座した戦車の上に墜落、小さく爆炎を上げ地面に転がる。
「右の弾倉は未使用のはず……後で確認だな」
3機目はどこだ?
戦車の端からドローンが飛んできた方向を覗く。3機目は来た道を戻っている。
「逃げる? いや、威力偵察か?」
無線通信くらいできそうだが、なぜ戻ったのか、検討もつかない。
取りあえず、2機目の予備弾倉を掴み、ドローンを追いかけることにした。