Black Archive 作:アストラ連合学園中央生徒会
広大な砂漠に呑まれつつあるアビドス自治区。
その広大な土地の一つにアストラ連合学園アビドス
方面統括局がある本拠地の大多数の施設は、地中に埋め込まれたように建てられており、砂嵐の頻繁に起こる地上には僅かな建物が顔を覗かせる程度である。
分厚いコンクリート壁に囲まれ、建物内部が受ける外気の影響を最小限に抑えられている。室内は常に空調が効いており、外気を完全に遮断していた。
本拠地の中央セクターに位置する司令室。そこには複数のデスクとモニターが並び、それぞれオペレーターが部隊と連絡を取りつつドローンを操作し部隊に指示を出していた。
方面統括局の司令官である藤崎ローザは、デスクの前に座り、積み上がった報告書に目を通していた。
彼女はアストラ連合学園保安局の将官であり、アビドス方面統括局の総指揮を任されている立場にあった。
この施設は、過酷な砂漠環境を利用した兵器の実験や、特別な訓練を行うための拠点として機能している。
しかし、ここ数週間……いや、気付けていないだけで、もっと前からかも知らないが“何か”が動き始めていることを感じていた。
「……また、ヘルメット団の動きが活発だな」
ローザは小さく呟いた。そこへ部下の一人が、別の報告書を手に近づいてくる。
「司令。最新の情報です。アビドス高等学校周辺で、ヘルメット団の小規模な集団が確認されています。以前より明らかに頻度が増えています」
「カイザー側の動きか」
「可能性は高いです。ただ、直接的な証拠はまだ掴めていません」
彼女は報告書を受け取り、ざっと目を通した。
アビドス砂漠は、L.R.N.社にとって重要な資源地帯である。
砂漠の砂を精製してガラスやレンガ、モルタルにコンクリートなどの建築資材に加工し販売している。
建物の損壊率の高いキヴォトスにおいて建築資材の需要は途切れることはなく、平均して高い売り上げを叩き出している。
その他にも高い技術力を利用し、砂から高純度シリカを取り出し還元反応を━━ローザには理解出来ないがとにかく、砂からシリコンを精製して半導体原料にし、そこからシリコンウェハーに加工後、自社のオートマタ兵の製造に使用したり、シリコンウェハー単体を販売したりしている。
このシリコンウェハーの需要は非常に高く、ドローンやらロボットやら機械製造の盛んなミレニアムサイエンススクールへの輸出が大多数を占める。
これらの事業はL.R.N.社の収益源の一つであり、L.R.N.社からも警備のためのオートマタ兵が配備されているが、アビドス方面統括局はその権益を守る役割も担っていた。
幾度となくカイザーコーポレーションとは武力衝突を繰り広げてきたが、ここ最近は、アビドス廃校対策委員会に対する不良生徒の動きが活発であるという情報も入っていた。
「カイザーめ、本気でアビドスを食い潰す気か?」
ローザの僅かに怒気を含んだ独り言が漏れた。そのとき、別の通信が鳴った。
「司令。パトロール部隊から緊急報告です」
「繋げ」
通信機から、現場にいるパトロール隊員の声が響いた。
『こちらリトヴィノフ332。詳細は行動記録を確認されたし。現在、アビドス高校付近で、ヘルメット団によるアビドス校舎の襲撃を確認。
ヘルメット団の構成員と、対策委員会の小競り合いが勃発。しかし、いつものような弾薬を節約する素振りを見せず、観察を続けたところ校舎内にシャーレの顧問と思しき人物を確認した』
「なんだと? 少し待て」
ローザの眉が上がり奇怪そうな顔になる。彼女は鍵の付いた引き出しの鍵を開け中の書類を取り出す、そこに書かれているのは保安局から共有された情報だ。
書類には、シャーレの監視報告の抜粋と前日にほぼ手ぶらで外出してからシャーレビルに戻っていない、という報告書。
「手ぶらでアビドスに来たのか!? この砂漠に!?」
「な、なんと……」
ローザと彼女の部下が驚くのも無理はない、アビドス砂漠は非常に過酷な環境である。昼は灼熱の太陽が照らす酷暑地、夜は凍てつく寒さが支配する酷寒地。
外に出れば嫌でも理解する過酷な環境、故に実働部隊に所属する誰もが経験する極限環境下の戦闘訓練。
過酷な環境では体の動きは鈍くなり、思考も纏まらなくなる。そんな状態で訓練をして意味があるのか、そう思う者も少なからずいた。
だが戦闘時における最良の状態は一瞬だ、その後は疲労や蓄積したダメージにより体の状態は悪くなっていく一方。
これは最も疲労した状態での戦闘力、判断力を鍛えるための訓練。そして極限の中で倒れる仲間に手を差し出せるか、という訓練でもあった。
L.R.N.社が主導して行う極限環境訓練。しかしアストラ連合学園においてこの訓練中に辞退者、脱落者は過去に遡ろうとも一度も出ていない。
さておき。
訓練でさえ厳しいこの環境を、装備も十分に持たずに移動するなど、彼女たちには到底理解できない暴挙だった。
「こちらHQ。リトヴィノフ332、その人物はシャーレの顧問で間違いない。状況はどうなっている?」
『こちらリトヴィノフ332。現在、アビドス校舎からヘルメット団を制圧。ヘルメット団は敗走し対策委員会は追討戦に移行。
シャーレの顧問は対策委員会の1名と共に校舎にて待機、どうしますか?』
直接的に介入すれば、対策委員会との関係がさらに悪化する可能性もある。彼女は腕を組み深く考える。
元々、アストラ連合学園とL.R.N.社に対する対策委員会からの印象は良いとは言えない。彼女たちからすればカイザーコーポレーションもL.R.N.社もアビドスで好き勝手する企業にしか見えないからだ。
確かにアストラ連合学園は、
だが、アストラ連合学園の基本原則として“廃校出身生徒の保護”となっており、廃校寸前ではあるものの廃校となっていないアビドス高校を大々的に支援することはできない。
さらに言えば、アストラ連合学園の生徒は全て廃校出身者。
廃校にならないために努力する対策委員会の面々に「廃校になれば助けてあげられる」などと軽々しく言えるはずもなかった。
「偵察の強化に留めろ。アビドス高校周辺と、ヘルメット団の動きを重点的に監視する。直接的な接触は、まだするな」
『了解』
通信が切れると、ローザはデスクに深く身を沈めた。
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━━同時刻 アビドス砂漠
廃墟と化したアビドスの郊外を一列で走る大型輸送車が三両。
その側面を囲むように四両のタイフーン-U改が並走し、車列の前後にニ両ずつのタイフーン-L改。更に側面を囲むタイフーン-Uの間にBTR-82A改が一両ずつ並走していた。
小型、中型合わせて
車両の側面にはLost Rest Notの文字が刻まれており、この車列の全てがL.R.N.社のものであることが分かる。
厳重に守られた大型輸送車、その積荷はシリコンウェハーである。製造するための技術が非常に高く、生産数も決して多くはない。
その販売価格も同様に高く、さらに言えばL.R.N.社製のシリコンウェハーは平坦度が限りなくゼロに近いため品質が非常に高い。
製造難易度はとても高いが、販売価格も高い。となれば、盗んで売れば大儲けだ! と考える輩は多い。
「いけー! 車を止めろ!」
「撃て撃て! トラックには当てるなよ!」
「いくぞぉー!」
「おお!」
ヘルメットを被り顔を保護した武装集団。
ヘルメット団は民間用ピックアップトラックの荷台に対空砲用の銃架付き14.5mm重機関銃を取り付けたテクニカルトラックを操り、車列に向かってくる。
銃架付きテクニカルトラックは機関銃手を含めた4人乗りが六両、荷台に8人の人員を乗せた人員輸送車型が四両。総勢64名の大所帯である。
多過ぎて一人当たりの取り分が減りそうだが、生憎と一両の大型輸送車が手に入れば、64人で山分けしてもまだ余裕がある程度には儲かるのだ。
「10時方向、所属不明武装勢力、接近」
「警告射、開始」
護送部隊の指揮車でもあるBTR-82A改、その車内にはオートマタ兵しか乗っていない。そもそもL.R.N.社の通常部隊編成にはオートマタ兵しか存在しない。
ヘルメット団の射撃する14.5mmの大口径が豪快に車列へ放たれるが、まだまだ遠く複合装甲を採用したL.R.N.社の車列に対しダメージを与えられない。
やや近づいて来ると同時にBTR-82A改の砲塔が旋回しテクニカルトラックへ向く、砲塔に搭載された7.62mmの同軸機関銃がヘルメット団の先頭車両へ放たれる。
「おいおい! そんなんじゃ当たらねーぞ!」
放たれた弾丸は煌びやかな軌跡を描きテクニカルトラックの前方へ流れていった。射撃が外れたことでヘルメット団を勢い付かせたが、煌びやかな軌跡━━曳光弾は射手に様々な事を教えてくれる。
「弾道確認、砲撃角度調整……調整完了」
「AP弾、装填」
「AP弾装填……装填完了」
「発射」
BTR-82A改の砲塔から伸びる主砲の30mm機関砲が発射され重く低い音を響かせる、射撃した砲身がわずかに後ろに後退し元に戻る。
弾頭が発射されると同時にマズルブレーキからオレンジ色の火炎が大きく噴き出し、砲塔後部から真鍮色の薬莢が勢いよく弾け飛んだ。
砲口からは白い煙が立ち上るが、車速により後ろに流され後方を走るタイフーン-Uの車体に当たり四散する。
放たれた砲弾は真っ直ぐに飛翔。勢い付くヘルメット団の先頭車両のボンネット、その中にあるエンジンブロックに到達する。
エンジンブロックはわずかな抵抗を見せたものの貫徹され、即座に駆動力を喪失。惰性のみでタイヤが回転し、やがて失速していく。
先頭車両の運転手は訳もわからずアクセルを踏むが、駆動力を生むはずのエンジン内部は綺麗に撃ち抜かれ反応がなかった。
「え、え、あれ?」
運転手は何度もアクセルを踏み直し、スピードを出そうとするがアクセルとエンジンの繋がりは完全に切れ、ただただ足元の板を踏みつけるだけ。
更にステアリングが重くなり、懸命に回そうとするがエンジンブロック内部の破損によりパワーステアリング機能が喪失し、ハンドル操作すら困難になる。
「なんだ!? どうした!?」
失速していく事に違和感を覚えた荷台の機関銃手が声を張り上げるが、運転者にはどうにも出来ない。
助手席に座るヘルメット団員が双眼鏡を覗き込み、追い越していく仲間の車両を目で追う。
次の瞬間、仲間の車両はやや大きく揺れ失速していく。
「ま、まさか……!」
「だからどうしたんだよっ!?」
言葉を切り、絶句したヘルメット団員に痺れを切らした機関銃手が怒鳴りつける。ついに車両は完全に停止し、ピクリとも動かなくなった。
「エンジンを撃ち抜かれたんだ……」
「何をバカな事を言ってる、お前の整備が……え、これ……」
荷台から飛び降りた機関銃手はエンジンルームを開けようとボンネットに近づき、脚が止まる。
フェンダーの側面には穴が空いていた。機関銃手が恐る恐る覗き込むと穴からは向こう側の景色が見える。
穴の空いたエンジンは静まり返り、隙間からエンジンオイルが垂れて車体下部を伝って砂漠に茶色い染みを作っていた。
「こんな事が、ありえるのか……?」
エンジンが破壊されたと言うのに乗っていた自分たちは無傷、ただの奇跡━━などということはない。
品質の高いAP弾でエンジンブロックを過貫通させ、駆動力のみを奪う。理論上は可能であろうそれを熟してみせる練度の高さを物語っていた。
「今の見たか?」
「ああ、信じられんな」
L.R.N.社の車列から遠く離れた廃墟、そこで本格的な観測装置を使用して戦闘の一部始終を監視する者たちが居た。
装備品には三角形にタコのデザインを模したものが描かれている。
特徴的なそれは、カイザーコーポレーションのグループ企業であり、ほぼ私兵となっているカイザーPMCのものだ。
「まったく、惚れ惚れするな」
「曳光弾を使った観測射撃からの正確な砲撃、教本通りで素晴らしいよ」
「は。互いに時速100km前後で走行中の観測射撃で当てられるなら、是非その教本を見たいぜ」
「違いねぇ」
互いに笑い合うカイザーPMCの兵士たち、しかしそこには嘲笑や侮蔑の感情はなく、尊敬と憧憬の念が強い。
彼らはPMCであり金さえ払ってもらえれば戦う荒くれ者だ、だがその中には金以外に戦う意味を見出しているものもいる。
そういった者は兵士であり、戦士でもある。
任務の完遂は当然ではある、だが欲しいのは金だけではない。
名誉と忠誠だ。
困難な任務を完遂し、組織のために戦い、決して仲間を見捨てない。だが仲間のために自らを犠牲にできる。
自らを犠牲にしてもいいと思える背中、仲間の危機に現れ敵を倒し、仲間を救う。彼のためなら弾除けになってもいい、そう思える人物がL.R.N.社にはいる。
カイザーPMCの兵士たちは、L.R.N.社の戦闘部隊と交戦するたびに、どこかで胸を借りるつもりで戦っていた。
彼と交戦したこともある、その度に彼の背中を追えたなら、と。
金のためだけではなく、名誉と忠誠。そして規律高い彼らの在り方に、憧憬を抱いている。
少なからず、この場にいるカイザーPMCの兵士たちは皆そう思っていた。