Black Archive 作:アストラ連合学園中央生徒会
開いたハッチから覗かせたのは、手だった。それも銃を持った手だ。
小隊長は、即座に射撃を命じようとして止まる。ハッチから伸びた手が左右に振られた後、銃が投げ捨てられたからだ。
「01から各車へ、射撃停止」
『02、了解』
『03、了解』
ハッチから伸びた手は一度引っ込められ、恐る恐るといった体でフルフェイスヘルメットを被った生徒が出てくる。
ヘルメットを被った生徒、ヘルメット団の団員は周囲をキョロキョロと見まわし首を捻っていた。どうやらグストフ632戦車小隊の存在を全く確認できなかったらしい。
「各車はそのまま待機。……砲塔は奴に固定、前進させろ」
第02、03戦車分隊へ指示を出した後、インターコムに切り替え砲手と操縦手にも指示を出した。
T-72B3改はゆっくりと岩陰から姿を現し、遅れてヘルメット団団員も戦車に気が付いた。更にその砲塔側面のエンブレム、交差する2本の旗と先端に火を灯す燭台を見つけ後ずさった。
「アストラ連合……」
こちらに向かって来る戦車の砲口が、自分に向いている事を理解した団員は、慌てて両手を頭上に挙げるホールドアップをした。
第01戦車分隊は距離を詰めながら停車し、砲塔を団員に向けたまま停止した。小隊長はハッチを開け、キュポーラから半身を乗り出す。
「他に銃は? それが全てか?」
団員は小さく頷き、声を絞り出した。
「……はい。もう、持ってません」
「何人乗ってる」
団員はちらりとフラックパンターに視線を移した。
「中に、4人。まだ動けません」
小隊長はしばらく無言で相手を観察した。ヘルメットのバイザー越しでも、その動揺は見て取れた。
「お前ら、誰に雇われた」
団員は一瞬口を噤み、それからぼそりと答えた。
「……私たちは、あの校舎が欲しかっただけで……」
「カイザーだな」
団員は何も言わなかった。しかし、その沈黙は肯定に等しかった。
小隊長は眉を僅かに寄せた。カイザーコーポレーションがグループ企業のカイザーローンを通し、アビドス廃校対策委員会に融資を行っているのは把握している。
だが金を回収できなくなると分かっているはずなのに、なぜ妨害行為を行っているのか。その点がどうしても理解できなかった。
しかし、今は追求する場面ではない。そもそも、雇われの下っ端ではロクな情報も持っていない。
「中の連中を引っ張り出してやれ」
「……いいんですか」
団員は勢いよく顔を上げた。声がわずかに上ずっており、バイザー越しでも、その戸惑いが見て取れた。
「ただし、変な真似をしたら撃つ」
団員は何度も頭を下げ、大破したフラックパンターの砲塔側ハッチへと手をかけた。小隊長は無線機を手に取りプレストークボタンを押す。
「01から各車へ。目標無力化確認。これ以上の交戦は不要だ。中隊と合流しろ」
『02、了解』
『03、了解』
無線を切った小隊長は、改めて大破したフラックパンターに視線を向ける。
爆発でめくれ上がった装甲板の断面や、引きちぎられた履帯の破片を観察すると、いくつかの部品に不自然な跡があった。
本来なら刻印されているはずのシリアルナンバーが、意図的に削り取られたような痕跡だ。ヤスリで丁寧に消されたのか、熱で焼かれたのか。
いずれにせよ、正規の部品ではない可能性が高かった。寄せ集めか、あるいは非正規の経路で入手した部品で組み上げたものかもしれない。
小隊長は小さく息を吐き、腰のポーチから水筒を取り出した。
フラックパンターの周囲で、倒れている仲間を引き出そうとしている団員に向けて、水筒を放り投げる。水筒は砂の上で転がり、団員の足元で止まった。
「水だ。他の連中が動けるようになったら、さっさとここを離れろ」
団員は水筒を拾い上げ、何度も頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
「礼はいらん。次に見かけたら撃つぞ」
小隊長はそう言い残すと、ハッチの中に身を沈めた。ハッチが閉まると先行した二両に追いつくために速度を上げ、走り去っていく。
残された団員は仲間を外に出すと、順番に大破したフラックパンターの影に並べた。砂漠の強い陽射しの中での作業は酷く暑く、彼女の象徴であるフルフェイスヘルメットは既に脱ぎ捨てられていた。
ようやく全員を引っ張り出した団員は、自身も影に入り座り込む。ひと息つくために受け取った水筒の蓋をあけ水を口に含む。
口に含むと同時に団員の眉が上がる。ただの水だと思っていたが、飲み込むと強い塩味の後に僅かな甘みを感じた。
汗をかいたからか、強い塩味がちょうど良く、体の怠さが和らいだように感じていた。
「いいな……私も、あんな風になりたいな」
団員は、小隊長の顔を思い出していた。ゴーグル越しでも分かる自信に満ちた瞳、頼りに出来ると感じる凛とした態度。自分とは大違いだった。
勉強についていけなくなり、嫌になって投げ出して、ずるずると流れ着いたのは、誰かの足を引っ張り日銭を稼ぐ仕事。
投げ渡された水筒に視線を落とす。水筒にはベルトに通すためのループがついたカバーがついている。
そこに刺繍されているのは砲塔側面のエンブレムと同じ、交差する2本の旗と先端に火を灯す燭台。
「……こんな自分は嫌だな」
無意識のうちに指がエンブレムをなぞった。
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リトヴィノフ63機械化歩兵中隊は、中隊長率いる第01小隊を別働隊とし、第02、03小隊を本隊とする二つに別れて行動している。
目標であるヘルメット団の主力部隊は、廃墟化した市街地で広く散開していた。しかし、散開というほど組織的には見えず、各々が好きなように散らばっているようだった。
また警戒心が薄いのか、あるいは怠慢か、ロクな警戒網が張られていない。同じく機甲部隊もまとまりがあるように見えず、転々と無造作に停められていた。
中隊長は南側の崩れた建物の窓枠越しに戦闘区域を見下ろす。第02小隊と第03小隊が、所定の位置へ移動中だった。
第02小隊はメイン通りの北西方面の廃墟群に部隊を展開させ、BMP-3M改の車体は瓦礫と崩落した外壁の影に隠し、砲塔だけをヘルメット団が散開する方向、南東へ向けている。
降車した各分隊は僅かに先行し、それぞれ別の建物に分散、
第03小隊はメイン通りを挟んで北東方面の広場跡を見下ろす位置を取り、同じくBMP-3M改を瓦礫などを掩体として利用し射界を南西方向に集中させている。
『02、03配置完了』
「了解。待機せよ」
無線から簡潔な報告が入り、中隊長も簡潔に返答した。
敵の機甲戦力は転々と纏まりはないが、中央のメイン通りから南側にかけて広く展開している。恐らく狭い路地や道路を通るのを嫌ったからだろう。
クルセイダーが四両、プーマが八両。車両の近くに居るのが搭乗員、周囲の建物には歩兵が散開しているのが見て取れた。
敵は未だに、こちらの接近に気づいていない。
「隊長、グストフ632から無線が入っています」
「繋げ」
通信担当は、背負った大型通信機の周波数を中隊長に合わせ、転送する。
『グストフ632からリトヴィノフ63、聞こえるか』
「こちらリトヴィノフ63、感度良好」
グストフ632戦車小隊からの距離は離れていたが、通信機能の高い指揮車が中継を取ることで無線からの声は鮮明だった。
『フラックパンターは無力化した。現在、グリッドEに前進中、30分後に到着予定だ。合流地点に変更はあるか』
「グリッドEの北側、E-10地点から南に主要道路が延びている、そこを進んでくれ。上手く行けばE-15付近で交戦中の02、03小隊と合流できる筈だ」
『了解、グリッドE-10の主要道路を南下する』
無線が切れると中隊長は通信担当を下がらせ、中隊無線に切り替えた。
「こちら01。02、03へ通達、最終後退ラインはE-15、そこまでは徐々に下がりつつ散開した敵を誘引。攻勢が強くなってきた時点で、我々が後方から攻撃を仕掛け、退路を潰す。
戦車小隊が到着し次第、掃討戦へ移行。02、03は戦車小隊と共に前進し敵を叩き潰せ。行動開始!」
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グリッドE-20、北西方面。
「02、了解」
中隊長から号令を受けた第02小隊の小隊長は、素早く分隊へ指示を飛ばした。
「射撃しろ」
命令を受けた第02小隊のBMP-3M改の三両が100mm低圧砲を放つ。音速を僅かに超える程度の初速から放たれる砲弾は、高初速のものと比べ低く重い音が腹の底に響く。
まるで大きな扉を叩いたような鈍くて重い射撃音を伴い、3発の100mm榴弾が発射された。
プーマの車体側面に着弾した榴弾は、鈍く重い爆発の衝撃を与え、装甲表面を激しく叩き、車両の周辺に居た搭乗員を容易く吹き飛ばした。
炸裂した金属片が装甲表面を内側へ強くたわませ、車輪と懸架装置を容赦なく叩き潰す。タイヤが破裂し、車体が傾く。
間髪入れずに2発目が命中した。
損傷した装甲が今度は耐えきれず、爆風と金属片が車内へ侵入する。強い衝撃と金属片は、機器類や重要区画を次々と破壊していく。
プーマは車体の随所から白煙が上がり始め、動く事なく破壊された。
3発の榴弾は、固まっていた8人のやや手前の地面に着弾。炸裂した榴弾の破片が放射状に飛散し、団員たちを薙ぎ倒し行動不能にする。
第03小隊も同時に射撃を開始。同様の攻撃を行い、プーマ一両と団員7人を行動不能にした。
「て、敵襲! 敵襲!」
「早く集まれ!」
「何人やられた!?」
「いいから、撃て! 反撃だ!」
文字通り蜂の巣をつついたように慌て出す団員たち。隊長格の団員は、慌てる一般団員たちに大声で指示を出し、まとめようとする。
だが、奇襲の混乱により統率が乱れ、反撃を優先する個々が突出する。そこへBMP-3M改の30mm機関砲が、連続する鋭い射撃音と共に火を噴く。
突出した団員たちの足元を30mmの弾が、短い間隔で連続して叩き込まれる。鋭い破裂音と共に、コンクリートと人体が同時に弾かれる。
「ぐあっ!
「あだ!」
「や、やばッ」
先頭を走っていた一人が、上半身を大きくのけ反らせ、吹き飛ばされた。続けてその後ろにいた数名も、弾着に合わせて次々と吹き飛ばされ気を失った。
破片と粉塵が舞い、突出した一団はあっという間に前進を止められた。近くに居たものは慌てて物陰に飛び込み、破片から身を守った。
「バカ! 前に出るな! クルセイダーを前に出せ!」
隊長格の団員は、突出した団員たちを罵りつつプーマより装甲の厚いクルセイダーを呼び寄せた。
一両のクルセイダーが、その快速性を持って素早く団員たちの前に飛び出す。30mm榴弾はクルセイダーの正面装甲に当たると、甲高い金属音を立てた。
火花が放射状に散り、弾は装甲の表面で潰れるように変形しながら斜め上方へ弾き飛ばされていく。
榴弾の炸薬が外側で起爆し、爆風と破片が車体正面を激しく薙いだ。だが装甲は持ちこたえた。凹みを残しながらも、弾を中に通さなかった。
クルセイダーの砲塔がゆっくりと回転し始める。狙いは瓦礫から砲塔だけを覗かせるBMP-3M改だ。
狙われたBMP-3M改の砲手は、照準器越しにクルセイダーの砲塔の動きを読み取り、素早くインターコムに手を伸ばした。
「後退」
砲手は瓦礫の山にぶつからないように砲塔を車両前方に回転させると、ハッチを開け上半身を乗り出した。
「後4m下がれ」
『了解』
遮蔽にしていた瓦礫から移動し、すぐにハッチに身を沈めると、先程まで隠れていた瓦礫が爆発し、細かな破片が周囲に撒き散らされる。
クルセイダーの2ポンド砲の40mm榴弾が瓦礫を吹き飛ばしたのだ。しかし、砲手により瓦礫の加害半径からも抜け出していたBMP-3M改に損傷はなかった。
『こちら2-3。まだ2-1を狙っている、頭を出すな』
「2-1、了解」
第02小隊3号車の情報により、1号車はその場に留まる事になる。なかなか頭を出さない1号車に、痺れを切らしたクルセイダーがゆっくりと前進を始めた。
前進するクルセイダーを盾にしながら、団員たちも前進する。ここに来てようやく統率が戻りつつあった。
「撃て」
廃墟に身を潜めていた第02小隊01分隊の擲弾手は一瞬で後方のクリアランスを確認し、崩れた窓側へ半歩寄った。
体を斜めに構え、口を軽く開けて息を整えながら引き金を引く。バックブラストが室内に広がり、廃墟に堆積した粉塵が舞い上がる。
対戦車擲弾投射器から射出された
弾頭はクルセイダーに向かって一直線に飛び、砲塔天板に直撃する。弾頭が砲塔天板に食い込んだ瞬間、信管が作動し成形炸薬を起爆した。
弾頭内部の銅のライナーが収束し、音速の20倍を超える超高速のメタルジェットが装甲を貫いた。
細い貫通孔が開き、高温の金属片と装甲の破片が車内に吹き出した。
「おわぁぁぁ!」
「あ、あつっ!」
クルセイダーから白煙が登り、搭乗員が慌てて車外へと逃げ出した。数秒後には黒煙に変わり、火の手が上がった。
「上だ! 建物の中を撃て!」
一両のプーマが廃墟に向けて主砲を放った。廃墟は爆発に耐えることが出来ずに瓦礫となって崩れ落ちるが、擲弾手を含めた01分隊は射撃と同時に廃墟から移動していた。
もっとも強化を受けてるのはクルセイダーだと思うんですよ。