Black Archive 作:アストラ連合学園中央生徒会
戦闘開始から8分が過ぎようとしていた。
崩壊した廃墟の土煙と大破した車体からのぼる黒煙が混じり、主要道路上に薄くもやがかかり、見通しを悪くしている。
中隊長とその小隊は、南側の建物から偵察を続けていた。敵の動きを追い、退路を塞ぐ瞬間を見計らいつつ、各小隊へ情報共有を続けている。
クルセイダーを一両失ったことで一時崩れていたヘルメット団の統率が、再び戻りつつあった。
主要道路上では、残存するクルセイダーとプーマが間隔を詰めて陣形を組もうとしていた。搭乗員が車両の間を行き来し、短い指示を交わしている姿が見えた。
同時に、道路脇の建物や瓦礫の陰から隠れていた団員たちが姿を現し、小規模な集団にまとめられていく。
彼女たちは車両と共に進むのではなく、車両の通れない細い路地や崩れた建物から北側へと進路をとる。
『03から01へ。敵歩兵部隊、路地側から浸透を開始した模様。機甲部隊は道路上で前進体勢を整えつつあります』
「01、了解。……敵も存外、頭が切れるらしい」
第01小隊03分隊から偵察の報告を受け、中隊長は短く返答し、無線機を手に取りつつ、そう呟いた。
「01より02、03へ。敵は機甲部隊を道路に整え、歩兵部隊を路地から浸透させてくる。各小隊は浸透を阻止しつつE-15まで後退しろ。
分隊で行動しつつ、隙があれば装甲目標の撃破も視野に入れろ、ただし押し返しすぎるな。奴らを逃す訳には、いかない。攻勢は戦車小隊と合流してからだ。
BMPは掩体防御を保ちつつ敵機甲部隊へ圧力をかけ続け、交互に援護しながらE-15への後退を開始せよ」
『02、了解』
『03、了解』
第02、03小隊、小隊長は即座に各分隊へ指示を下ろした。
「敵歩兵部隊が浸透を開始した。我々は浸透阻止しながらE-15へ後退する。01、02は路地側の浸透経路を封鎖。03は浸透経路上の建物へ移動し警戒。
隙があれば装甲も狙え、BMPの背後を取らせるな。
BMPは牽制を続けながら03小隊のBMPと連携して交互に下がれ」
『了解』
クルセイダーを撃破した小隊長直率の第01分隊は射撃後、直ぐに移動を開始しており、狭い通路と崩れた壁の影へと身を寄せていた。
対戦車要員は対戦車補佐員から成形炸薬弾頭を受け取り、投射器に装填してから背負い直し、カービン銃を構える。
補佐員も予備弾頭を包んだバックパックを背負い直すと、射手の斜め後ろにつき、小銃を構え直した。
「私が先頭だ、不意の遭遇に注意しろ」
「了解」
第01分隊は壁の影から、1人ずつ素早く走り出した。先頭の小隊長が瓦礫の陰で一度止まり、前方のT字路の通りを確認する。
瓦礫の切れ目から小銃を構え、僅かに身を晒す。まだ敵は現れていない。小銃のグリップを握ったままハンドガードから手を離し、後列へ前進するようにハンドサインを出した。
隊列2番目の
小銃手が配置に付いたのを確認した小隊長は、再びハンドサインを出し、隊列3番と4番を走らせる。
3番目の機関銃手は重量のある軽機関銃を物ともせず、向こう側の建物まで走った。100発入りの弾帯ボックスが音を立てるが、その音は従来のものと比べ小さい。
その後ろを走るのは機関銃補佐員だ。軽機関銃で使用する、予備の弾帯ボックスは分隊で分散して持つが、補佐員はその中でも特に多くの弾帯ボックスを持っている。
彼女たちは向こう側の建物まで到達すると、機関銃手は小銃手が張り付く建物の角から少し下がった壁際に伏せ、通りを射界に収めた位置でバイポットを立て射撃姿勢を取る。
機関銃補佐員は伏せた機関銃手の右側に移動し、弾帯ボックスをいつでも取り出せるようにしつつ、機関銃手の死角を警戒する。
機関銃手と機関銃補佐員が配置に付き、壁際張り付いていた小銃手は壁から離れる。小銃のグリップを右手に戻し、進行方向に小銃を向け側面を警戒する。
「敵が来たら少し早めに撃て、敵を反応させろ。敵が本格的に展開し出したら後退する」
『了解、早めに射撃します』
小隊長が通りを挟んだ向こう側の分隊員に指示を出した直後、主要道路の方で低い単発の衝撃音と、連続する重い破裂音が混じって聞こえてくる。
BMP-3M改の100mm低圧砲と30mm機関砲の射撃音だ。
それらに混じり微かな音が壁を反響して聞こえて来る、ブーツが地面を踏みしめる音、ガラス片を踏む音、蹴飛ばした瓦礫が壁に当たる音。
ぞろぞろと集団で歩く音が段々と近付き、通りの奥で一度止まる。やがて壁からフルフェイスヘルメットがひょこり現れる。
機関銃手は一瞬指に力が入りかけるが、トリガーを引く指を伸ばし、ゆっくりとトリガーに指をかけ直す。
ひょこりと壁から顔を出したフルフェイスヘルメットは軽く通りを見通すと、振り返り声を出した。
「誰もいない、行こうぜ」
「このまま進めば奴らのケツを叩けるんだよな?」
「隊長はそう言ってたぞ」
敵が居ないと分かると、やや抑えられた声量で会話をしながら通りを進むヘルメット団の団員たち。
4人目が通りに姿を現した瞬間、機関銃手がトリガーを引いた。
7.62mm弾は小銃の軽やかな銃声とは明らかに違う、重くて圧があり、ハンマーで鉄を連続で叩いているような、連発する機関銃の音が通りを満たした。
「ぐあっ」
「がふ」
瞬く間に3人が銃弾の雨に倒れる。4人目は3人目の陰に入っていた事もあり、直撃は免れたが倒れてきた3人目により押し倒されてしまっていた。
「01、エンゲージ」
『02、了解。まもなく接敵』
『03、了解。接敵なし』
4人目は3人目を押し退けると、壁まで這いずって移動する。
壁際で様子を窺っていた団員がこっちに来い、とジェスチャーをしていたが壁に撃ち込まれた7.62mm弾が壁を砕き、その破片が壁際の団員を強く打ち、堪らず倒れ込んだ。
「クソッタレ! ぐッ」
『02、エンゲージ』
第02分隊からの交戦報告と共に無事に這いずって移動出来た団員が、小銃だけを壁から突き出し、狙いも付けずに射撃する。
しかし、1人が行う
「射撃停止」
小隊長の無線を聞いた機関銃補佐員は、即座に機関銃手の肩を強く叩く。肩を叩かれた機関銃手は弾かれたかのように、トリガーから指を離した。
機関銃の連続した炸裂音が止むと、そう離れていない距離から、第01分隊と同じ機関銃の連続した炸裂音が響く。
機関銃を置いた地面には空薬莢と弾丸を繋ぐ、ポリマーリンク弾帯が多く落ちている。
分解式のポリマーリンク弾帯は、重量が軽く、機関部の左側から空の弾帯が垂れ下がり機動力を落とすことがない。
「移動するぞ」
機関銃手はいつでも動けるように意識しつつ、敵が壁から出てきたらすぐに射撃出来るよう、再びトリガーに指をかけた。
対戦車補佐員がPALSウェビングのポーチからリブの入ったレモン型の手榴弾を取り出し、壁際に近付く。
取り出した手榴弾を胸の前で握り、レバーをしっかりと押さえ込むと、左手で安全ピンのリングに指をかけ、一気に引き抜く。
「グレネード!」
僅かに壁から身を晒し、大きく振りかぶると同時に投擲した。彼女は手榴弾が放物線を描いて飛んでいくのを確認すると、すぐに体を壁に隠した。
機関銃手も投擲を確認すると素早く立ち上がり、壁に身を隠す。
投擲された手榴弾は、アスファルトの地面に落ちると硬質な音を立て2度ほどバウンドしてから地面を少し転がった所で爆発した。
通りを短く重い破裂音が空間を満たす。空気が瞬間的に押し出され、鼓膜を内側から叩くような衝撃が走る。
直後、無数の金属片が放射状に飛び散り、壁に当たる乾いた音、地面を削る鋭い音が続き、火薬の匂いが立ち込めた。
地面に累積した砂が爆発により巻き上げられ、通りの視界は一気に悪くなる。その隙に小隊長は、ハンドサインで後退を促す。
走り出すのは、機関銃手とその補佐員。その間、小隊長と通りを挟んだ向こう側の小銃手が僅かに壁から身を晒し、小銃を構える。
次に走り出すのは、対戦車要員とその補佐員、その後ろを走るのはもう1人の小銃手。
徐々に巻き上げられた砂煙が薄くなっていくが、薄くなる砂煙に向けて小隊長が小銃を放つ。
「うお!」
「まだだ、下がれ!」
それに合わせて小銃手もトリガーを引く。砂煙の向こうで慌てる声が響き、2人は声のする方へ銃口を向け、トリガーを引いた。
7.62mm弾よりも幾らか控えめな5.45mm弾の鋭い炸裂音が通りに響く。二方向から撃たれ、数発おきに止まるバースト射撃により弾切れの兆候を読むことが出来ず、慌てて壁まで戻るヘルメット団員たち。
『移動完了、掩護します』
「了解」
小隊長は小銃手にハンドサインを出し、互いに射撃を中止。後方に向かって低姿勢を取りつつ走り出す。
2人が走り出した数秒後、より後方から7.62mm弾が再び通りを支配する。
しかし、それも一瞬だけだった。2人が合流出来たため掩護射撃を止めたのだ。
この後退で第01分隊が下がったのは28m。これ以上、下がると2人で敵を食い止める事が難しく、掩護射撃が間に合わない可能性が高かった。
だが市街地戦において28mも下がれるというのは、ヘルメット団と第01分隊との練度の差が為せることでもあった。
「各自、残弾確認。マシンガンはリロードしておけ」
「了解」
移動した先の建物の中、弾薬を消費していないもう1人の小銃手と対戦車補佐員に警戒させ、消費した弾薬とマガジンを交換する。
「ほら、新しい弾だ」
「ああ、助かる」
補佐員が新しい100発入りの弾帯ボックスを差し出した。機関銃手は弾帯ボックスを受け取ると給弾カバーのロックを外し、大きく開く。
トレイに残っている弾帯を抜き取ると、新しいボックスを下部のマウントに押し込み、金属音とともに固定する。
弾帯の先端を引き出し、最初の弾薬を給弾トレイの正しい位置に乗せる。リムが給弾爪に掛かるのを確かめてからカバーを閉じ、チャージングハンドルを強く引いて装填を完了させた。
小隊長と小銃手も数発残っているマガジンを外しダンプポーチに入れ、腹部のマガジンポーチから新しいマガジンを取り出す。
マガジン前方の突起をマガジンウェルに引っ掛けるように差し込み、そのまま後方を押し上げて固定する。
チャンバー内に弾が残っているため、ボルトキャリアは引かずに装填を完了した。
装填を終えた小隊長は散発的な銃声が聞こえる外に意識を向けつつ、無線機のプレストークボタンを押す。
「01から02へ、応答できるか?」
『……こちら02、現在後退中』
僅かに間が空き、銃声の混じる応答が返って来る。
「01から03へ、02の位置は確認できるか?」
『こちら03。はい、02の位置を確認しました』
「支援に向かえ」
『03、了解。支援に向かう』
小隊長は迷いなく第03分隊へ支援に向かうように指示を出し、続いて第02小隊01号車へ無線を飛ばす。
「01から2-1へ、応答せよ」
『こちら2-1、感度良好』
「どこまで下がれた」
『現在、E-18付近まで後退しました。損害はなし。付近に敵歩兵の気配もありません』
「敵機甲部隊の動きは?」
『依然として鈍く、損害を嫌っているように見えます』
「中隊には?」
『報告済みです』
第02小隊01号車の砲手と小隊長の無線は、素早く簡潔に繰り返された。
「よし、そのまま続けろ」
『了解』
「━━隊長」
無線が終わるのを見計らい、通りを警戒していた小銃手が小隊長を呼んだ。
「動きはあるか?」
「先頭を押しつけ合ってますが、進んできてます」
「逃げ出さない程度には、士気を保っているようだな。数は減ったか?」
「いえ、
「
起きる、とは文字通り起き上がる事である。
キヴォトスに於いて銃撃による負傷は死に直結しない。それは陸上戦力が最大数から減らない事を意味する。
敵を減らすには銃撃により行動不能になった者を縛るか、武器を取り上げ無力化するしかない。
しかし、こう言った戦闘の場合、敵を縛ったり武器を取り上げる暇はない。
故に規模の大きな戦闘に於いて、敵の戦意を完膚なきまでに叩き潰す、士気を完全崩壊させる事がかなり重要になってくる。
「機甲部隊が敵の拠り所だな」
「ええ、そう思います。あれだけの数があれば気も大きくなるかと」
敵の機甲部隊が健在である限り歩兵部隊が、挫けることはないだろう。
だからこそグストフ632戦車小隊との合流、反転攻勢が重要になってくるのだ。
小隊長は手首の内側につけた時計を確認する、戦闘を開始してから16分が経過していた。