Black Archive 作:アストラ連合学園中央生徒会
「ゆっくりと後ろを向け」
まだ距離があったが、小隊長から発せられる言葉の圧に黙って従う団員たち。
背後で小さく足音がなる。ともすれば聞き逃してしまう程の僅かなノイズ。
「ぅおっ」
「動くな」
団員は背後から腕を掴まれ、思わず驚愕の声が漏れたが、背後から聞こえた冷たい声と共に、腕を後ろ手で縛られ、拘束される。
小隊長は分隊員が拘束するやや後方で警戒しながら、無線機に手を伸ばす。
「01から02、03。敵歩兵部隊、計13名を拘束中。進捗を報告せよ」
『こちら02。03と共に計22名を拘束中、抵抗はありません』
「捕虜を連れて中隊に合流する。拘束が終わり次第、移動しろ」
『02、了解』
『03、了解』
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旧市街地外縁
指揮車に搭乗する藤崎ローザは、各隊からの無線内容を聴きつつ作戦の推移を確認していた。
そしてつい先ほど、中隊長から敵主力部隊の排除に成功したという報告があった。
敵部隊の指揮官は、所持していた生徒手帳の情報からゲヘナ学園を中退した生徒、片島カタネと判明した。
彼女を含めたカタカタヘルメット団の主力部隊115名は武装解除の上で捕縛することとなった。
「こちらCP、ガラノヴァ応答せよ」
『こちらガラノヴァ、待機中。異常なし』
「味方部隊が旧市街地を制圧した。グリッドE-10から主要道路に入り味方に合流し、補給を開始せよ」
『ガラノヴァ、了解。E-10から進入し、味方と合流する』
ローザは補給部隊に指示を出した。
一息付き、無線機を手から離そうとしたが、再び無線機が鳴る。
『CP、CP、こちらリトヴィノフ611。応答されたし』
「こちらCP」
リトヴィノフ63機械化歩兵中隊が市街地入りした時点で、機甲部隊の監視任務を終了し、作戦区域外から敵の増援を見張る任務に移行していたリトヴィノフ611小隊だった。
『小型のトラックが1両、戦闘区域に向かっています。ヘルメット団の物と思われますが、対策委員会が乗っているようです。
我々で停車させましょうか?』
「……いや、通せ。私が直接対応する」
『リトヴィノフ611、了解』
無線を切り、ローザは指揮車を対策委員会が近づいてくる方へと移動するように指示を出した。
砂漠の熱気が起こす蜃気楼の向こう、陽炎と巻き上がる砂塵の中に1台の古びたトラックがこの旧市街地方面に近づいてくる。
早めに指揮車を停めさせ、待機する。
ヘルメット団から鹵獲したトラックは、砂漠の砂を巻き上げながら、ローザの搭乗する指揮車が停まる場所から、距離を開けて停車した。
砂漠の砂を運ぶ風の音だけが響く中、砂に埋もれた道路に残されているのは、エンジンをアイドリングさせるトラックと指揮車のみであった。
ローザは砲塔上部のキュポーラから身を乗り出し、車体から飛び降りる。地面の砂が硬いブーツで踏みしめられる音が鳴る。
同時に、車体後部の扉が開き、2名の指揮補佐官もローザと共に降車し、護衛を務めるべくその背後に佇む。
補佐官はローザと同じL.R.N.式205Cのグリップは握っていたが、トリガーに指は掛かっておらず、トリガーガードに添えられていた。
ローザも愛銃を所持していたが手には持たず、スリングを通してぶら下げているだけだった。そのまま、歩調を崩さずに彼女たちの前へと進み出た。
対策委員会の面々もトラックから降りる。しかしホシノが先生へ軽く耳打ちをし、先生はトラックの近くで待機となっていた。
「アストラ連合学園保安局、アビドス方面統括区司令、藤崎ローザだ。……アビドス廃校対策委員会の諸君」
ローザは後ろに手を組み対策委員会を視界に入れつつ、トラックの近くにいる先生に聞こえるように声を張る。
「並びに連邦捜査部シャーレの顧問、で間違いないな」
砂塵防護用ハーフマスクのフィルターに遮られ、僅かに声がくぐもっていたが、芯のあるローザの声はしっかりと聞き取れていた。
「うへ~、なんだか随分と物々しいお出迎えだねぇ」
「ん」
「ダメですよ〜、シロコちゃん」
ホシノが、眠たげな目を僅かに細めて、ローザとその後ろに控える補佐官と、さらに後方に控えるBMP-3K改を一瞥する。
その隣では、シロコが、ずいと前に出ようとした所をノノミに止められていた。
「現在、作戦行動中につき、この先への立ち入りを禁止している。速やかに退去しろ」
ローザは、淡々と告げた。
「そっかー、作戦行動中かぁ。実はおじさんたちはさ、攫われたウチの可愛いセリカちゃんを助けにきたんだよー。そしたら戦車が壊されてて、おじさんびっくり」
「そうか」
核心には触れず、両者の間には殺伐とした空気が流れつつあった。
「そこで見つけたのがスタブケース。司令官ちゃんの所のものだよね?」
「我々への脅威を排除した、それが問題か?」
「いいやー?」
決定的なことを言わない会話。シロコが両者を見つめながらゆっくりとセーフティに指が伸びる。
シロコの動きを察知した、補佐官の指もトリガーガードからセーフティへ伸びる。
その張り詰めた空気を遮るように、ホシノたちの背後。トラックの陰から先生が手を振りながら静かに歩み出てきた。
その気の抜けた登場にローザのゴーグルの奥の瞳が、僅かに動く。
後ろに控える補佐官も、トリガーガードに指を戻しながら、その無防備な姿をただ静かに注視した。
先生の姿は、保安局からの共有情報の通り、随分と身体が華奢*1で、小銃どころか、拳銃の一挺すら持っておらず、ボディアーマーですら身につけていない。
にもかかわらず、先生はアストラの歩兵戦闘車と重武装した生徒たちの前で、怯える素振りを見せず、柔らかい微笑みを浮かべてローザを見つめていた。
ハーフマスクの奥で小さく息を吐いたローザは、先生の姿を捉えたまま、問いかけた。
「シャーレの先生。報告は受けている、準備もせずにアビドス砂漠に来たのは本当か?」
“うん、そうだよ。まさか、こんなに広いとは思わなくてね。コンビニとか自販機もあると思ったんだよ”
柔和に笑いながら話す先生に、ローザの眉が僅かに動いた。
「あなたの体は私たちとは違う。なぜそうだと分かっていながら私たちの前に立つ?」
“先生だからかな”
迷いなく放たれた言葉に、何処か既視感がよぎる。
『大人だからな』そう言って大きな背中を見せ、最前線に立つ人を。
銃を持たない大人が発した、その言葉。一見すれば単なる返答だが、形は違えど覚悟とその重さが似ていた。
その泥臭く、しかし一切のブレのない瞳の奥の輝きは、自分たちが見てきた背中と、どこか重なるものを放っていた。
ローザの口元が僅かに弧を描き、笑みが溢れる。
「……ふ、なるほど。ならば私からは何も言いません、あなたの意思を尊重しましょう」
“ありがとう、ローザ”
瞬間、ローザを含めた3人の眉が僅かに上がった。
しかしローザは、誤魔化すように自動小銃のスリングを肩に掛け直し、背後の補佐官にハンドサインで撤収を促した。
補佐官も僅かに戸惑いつつ、対策委員会と先生へ無言で目礼し、そのままBMP-3K改の後部ドアへと身を滑り込ませていく。
履帯の転輪を足場に
「ねぇ、司令官ちゃん。……手を貸してくれてありがとね」
ローザは一瞬だけ動きを止め、キュポーラに身を沈める前に短く言葉を返した。
「私たちは、任務を遂行しただけだ」
キュポーラのハッチが閉まり、微かな金属音と共にロックがかかる。
BMP-3K改のディーゼルエンジンが重く力強い唸りを上げ、左右の履帯が砂を噛みながら互い違いに回転し、その場で車体を転回させる。
巻き上げた砂塵を気にも止めず、旧市街地の中心部へと速度を上げて走り去っていった。
残されたトラックの傍らで、先生と対策委員会の面々は、細かく舞い上がる砂塵に消えるBMP-3K改を見つめていた。
ディーゼルエンジンの重低音が遠くの旧市街地の方へと吸い込まれ、砂漠には砂を運ぶ風の音だけが戻ってくる。
ホシノは小さく息を吐きながら振り返った。
「うへー、おじさん、もうへとへとだよ。それじゃー学校に帰ろうか。セリカちゃんも、随分と疲れちゃっただろうしね」
「な、何言ってるのよ! 私は全然へっちゃらよ、あんなヘルメット団の安物の檻なんて、ちょっと本気を出せばいつでも壊せ━━」
セリカはいつものように声を張り上げ、右手を振ってみせた。だが、言い切る前に彼女の言葉が不自然に途切れる。
「あっ」
セリカの膝から力が抜け、視線が地面へと泳いだ。
拉致される際、フラックパンターの砲撃をまともに受けた彼女の肉体には、本人が思っている以上に、ダメージと疲労が蓄積していた。
緊張の糸が切れた瞬間に、強烈な怠さと痛みが彼女に襲いかかる。
セリカの身体が砂の上にふらりと傾いた瞬間、その身体を、シロコが咄嗟に支えた。
「セリカ。強がりはダメ」
「シ、シロコ先輩……離してよ、私は本当に、なんとも━━」
『ダメです! セリカちゃん! シロコ先輩、セリカちゃんをトラックの荷台に』
「わかった」
シロコはセリカの反論を無視し、彼女の腰に手を回し抱き上げると、トラックの荷台へと飛び乗った。
続けてノノミも荷台に上がり、中に積まれていた毛布を座席に掛け、シロコと共に手際よくセリカを寝かせる。
「はい〜、大丈夫ですよ〜。よしよし」
「……もう、みんなして子供扱いしないでよ……」
セリカは拳を握り締め、小さく不満を漏らした。
だが、トラックの座席に背中を預けた瞬間、急速に意識の輪郭が薄れていく。
彼女は数秒と経たずに、深い眠りへと落ちていった。
「ふふ、よく頑張りましたね、セリカちゃん」
ノノミがその寝顔を優しく見つめてから、荷台を降りて運転席へと回り込み、ドアを閉めた。
「さぁ先生、みなさん、私たちの学校へ帰りましょう〜」
ノノミの朗らかな声と共に、トラックのエンジンが始動する。
夕暮れに染まり始めたアビドス砂漠を学校へと向けて走っていくトラックの影が、地平線の向こうへとゆっくりと小さくなっていった。
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連邦捜査部シャーレオフィス
学校に戻ったあと、目を覚ましたセリカと交わした会話が脳裏をよぎる。初対面の時のような攻撃的な言葉遣いではなくなっていた。
少しは信頼してもらえただろうか。先生は無事を確認できた彼女の元気な声を思い出しながら、ペンを動かした。
シャーレのオフィスには、LED照明の白い光が室内を煌々と照らし、空調の微かな作動音とペン先が紙を滑る音だけが響いている。
先生のデスクには、自分がアビドスに行っている間に、溜まりに溜まっていた膨大な書類が山のように積まれていた。
“……よし、これで一つの区切りかな。やっぱりオフィスを離れてると、書類仕事が恐ろしいスピードで積み上がっていくなぁ”
『もう! 先生! 他人事みたいに言わないでください! 先生が留守にしている間に、こんなにたくさんのお仕事が届いていたんですよっ!』
タブレットの画面の中から、アロナが頬を小さく膨らませて、ペンを持ったままの先生をキッと睨みつける。
そんな可愛らしい姿に苦笑いしながら、ペンをデスクの上に置き、背もたれに体を預ける。
ついでと言わんばかりに両手を上げ背筋を伸ばすと、ポキポキと背骨が鳴る。
“ごめんごめん、ちゃんと片付けるよ。……ところでアロナ、昼間にアビドスで出会った、アストラの生徒たちのことなんだけど”
『アストラの生徒さん、……ローザさんたちですね?』
“うん。彼女たちが所属しているアストラ連合学園や、ホシノが言っていたL.R.N.社について、少し気になってね。データベースにはどう記録されているのか、調べられる?”
『はい! ちょっとだけ待っててください』
アロナは画面の奥で真面目な顔になり、小さな指を動かして、学園データベースの検索を開始した。
数秒の後、彼女の周囲に情報が出力され、青白い光が先生の顔を照らす。
『むむ、これは……。先生……アストラ連合学園という学園は連邦生徒会のデータベース上には存在しませんでした……』
“ん? どういうこと?”
先生は伸びをやめ、姿勢を正しながらアロナを見つめた。
『アストラ連合学園は通称になっています。正確には、
“なるほど、どうしてそんな風になったの?”
『ええ、と……! デジタルデータで追えるのは……数十年以上も前、北方の過酷な環境にあった複数の学校が集まって作られた学校連合体、ですね……。
かつては治安が非常に悪く、不良生徒たちの存在や、深刻な食料不足に苦しんでいた時期もあったそうです。うぅ、大変な歴史があったんですね……。
ですが、独自のインフラを整備したことで、現在の規模まで成長したとあります。そして……その活動を全面的に支援しているのが、複合軍事会社であるL.R.N.社、ですね』
“北方の学校連合体……”
先生はアロナがいる
“L.R.N社についてもう少し教えてくれる?”
『正式名称はLost Rest Not Co.ですね。創設は……こっちも数十年以上も前になってます。アストラよりも少し古いですね。
元々は輸送警護を主軸とした
この頃からアストラ連合学園と関係があるみたいなのですが、記録が古くて連邦生徒会のデータベースには詳細がありません。
それ以外だと……トリニティで治安活動の一部を任されていますね。更にその委託としてアストラの生徒さんもトリニティの治安活動に協力しています』
“あぁ、ハスミやスズミが言ってたね。他にはある?”
『えっと……他には……。ミレニアムサイエンススクールとの定期的な取り引きがあるみたいです。これは……シリコンウェハーですね』
“シリコン、ウェハー?”
聞き慣れない言葉に思わず、聞き返す先生。
『はい、シリコンウェハーです。あっ、えっと……半導体の素材です! 先生が使うパソコンにもたくさん使われてます』
“そうなんだ。今度、ユウカに聞いてみようかな。ありがとうアロナ”
『えへへ! どういたしまして! それはそうと、あしたもアビドスに向かうんですよね? なら、もうお休みした方がいいですよ、先生』
先生は、オフィスに掛かる時計に視線を向けた。時刻は深夜1時過ぎ、明日もアビドスまで移動し活動する事を考えれば、もう休んだ方がいい。
“そうだね、そうしよう”
疲労を自覚すると、酷く足が重くなっていたが、軽くシャワーを浴び、仮眠室のベッドに入ると間もなく深い眠りについた。