乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第23話 我儘なお嬢様は悪魔に囁かれる

 気が付けば少女はそこにいた。

 

「……どこ、ここ──?」

 

 周囲をいくら見渡せど、彼女の瞳に映るのは深く黒い闇。何も写さないし、照らしもしない深淵であった。

 

 少女──アリサ・アロガンシアは困惑する。先ほどまで彼女は森の中をひた走り、確かに月明かりに照らされた林の中にいたはずと。だが、堪えきれずに溢れ出た涙を一生懸命に拭っているうちに、彼女はいつの間にかこんなところに……闇に飲まれていた。

 

 闇が自然と、彼女を無意識のうちに洋館から離れた森の深くまで誘っていた。予想だにしていなかった状況にアリサは困惑し、思わず助けを呼ぼうとする。

 

「だ、誰かいないの!? お父様! お母様!! セス──」

 

『誰もいないさ。いつもそうだったでしょう?』

 

「……え?」

 

 果たして、少女の不安に震える叫びに答えたのは酷く存在が曖昧な軽薄な声だった。

 

 けれど、どういう訳かその声はアリサの耳から離れず、酷く聞き入ってしまった。

 

 誰もいない? なぜ? どうして? と、困惑してしまった。

 

『こんな特別な日に、キミのお父様とお母様は仕事で大忙し。どうやらキミは大好きな両親から愛されていないらしい』

 

 そんなアリサの心を見透かしたかのように、軽薄な声は姿も見せずに言葉を続けた。だが、彼女はすぐに否定した。まるで、現実から目を背けるように。

 

「ち、違う! そんな」

 

『違わないさ──』

 

「ッ……」

 

 けれど残酷な事実を突きつけるようなその声に、少女の勢いはみるみる衰えて、ついにはもう目を背けても無駄なのだと悟ってしまった。そんな、酷く傷心した様子のアリサを気にも留めずに声は言葉のナイフを振りかざす。

 

『──現にそうじゃない。大切な、キミが一年で一番楽しみにしていたはずのパーティーに二人は来なかった。君のお父様とお母様もキミの気持ちをちゃんと理解していたはずなのに……それが何よりの証拠だよ。娘であるキミなんかよりも、書類仕事の方が大事なんだってさ。本当に、酷い話だね』

 

「違う、違う違う違う違う違う……チガウッ!!」

 

 後ずさり、否定するように頭を振るが、それを軽薄な声は冷酷に冷徹に決して許すことはない。

 

『そうやって駄々を捏ねるのはもうやめにしようよ。誰よりも、キミが一番そのことを自覚しているはずだ──アリサ・アロガンシア』

 

「──」

 

『両親から本当に愛されてないと思ったから、キミは我儘で傲慢になったんだろう?  周りを困らせれば構ってもらえると、大好きな両親が振り向いてくれると思ったんだろう?』

 

 その通りだった。だから彼女は周囲を傷つけ、痛めつけ、不幸を振りまいた。

 

「いや……やめて……」

 

『けど結局、キミの両親はそれでも振り向いてくれなかった。適当にモノを与えて問題を解決しようとした。それで解決できている気になっていた。実際は何も解決なんてしてないのにね。本当に酷い話だ』

 

「やめて……」

 

 反論の余地はなかった。全て、軽薄な声の言う通りだった。それでも、少女は真実(ほんとう)が怖くて、目を背けようとした。

 

『やめないよ。普段の行いの所為で、身の回りの世話をしてくれている使用人たちからは厄介者扱い。許嫁の王子様も良くない噂が絶えないキミとの婚姻に辟易している。周囲の人がみんなキミを厄介に思っている。目を背けちゃだめだ。現実を直視するときが来たんだ。だから何度でも言う、この世界には誰もキミを愛してる人なんていないんだ。実際に、キミがいなくなっても追いかけてくれる人なんて、一人もいないじゃない』

 

 けれどやっぱり、軽薄な声は少女の身勝手な甘えを許すことは決してない。気が付けば、彼女の蒼く澄み渡る綺麗な瞳は光を失っていた。

 

「……」

 

『まぁ自業自得だよね。そうなって当然、キミは誰かに愛されるような人間じゃないんだよ』

 

「誰も、愛してくれない……」

 

 今まであれほど苦痛であった軽薄な声も、気が付けばすんなりと飲み込める。

 

『そんな世界を生きてて、キミは楽しい?』

 

 今まで苦しかったことが脳裏にフラッシュバックし、自然とその華奢な身に染みわたり、受け入れられるような錯覚さえ覚える。

 

「たのしく……ない──」

 

 そうだ、少女はこんな愛のない世界に辟易としていたのだ。

 

『だよね!? だからさ、一緒にこんなくだらない世界を壊そうよ!』

 

「一緒……に?」

 

 軽薄な──悪魔の甘美な声が少女に囁く。

 

『そう一緒に! 私が君の心の寂しさを埋めてあげる! 君を愛してあげる!!』

 

「あい、して……」

 

 希望を与えてあげると、救いを齎してあげると、優しく囁く。

 

『だからね? キミのその才能にあふれた素晴らしい体を、私にも使わせてくれないかな……?』

 

「つか、わせる……」

 

 けど、当然なんの代償もなしに少女の望むものを提供するはずもない。

 

 なにせ、それは悪魔との契約なのだ。

 

 アリサの心はズタズタに引き裂かれ、もう悪魔の言葉が全てであるようにしか思えなかった。

 

 ──そうだ。誰も愛してくれない。誰も側にいてくれない。一人は寂しい。悲しい。そんなの嫌だ。どうして私は誰にも愛されない。誰も愛してくれない? 私だけが悪いのか? 我儘なのか? 愛されたいと思うことはそんなにいけないことなのか? ……それなら。

 

「こんな世界、いらな──」

 

 次に放たれる少女の言葉を悪魔は契約成立のカギとしようとした。

 

 だが、少女が紡ごうとしたこの世界への怨嗟は途中で、強制的に遮られた。

 

「ふざっけんなこのクソ悪魔ぁああああああああああああああああああ!!」

 

 周囲の空間が罅割れる亀裂音。瞬間、少女の周囲に蔓延っていた闇が怒号と共に晴れた。

 

「ッ──!?」

 

『な、なんだ!?』

 

 そうして、気が付けば少女の前に一人の、平凡で、凡庸な、なんてことの無い小間使いの執事が一人。

 

「お迎えに上がりましたお嬢様」

 

 主を迎えに来たその少年は、這い寄る闇を打ち払いに来た。

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