乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第24話 モブ執事は悪魔と対峙する

「セス、ナ……?」

 

「お迎えに上がりましたお嬢様」

 

 呆然と自身の名前を呼ぶ少女の声は弱々しく、どこか衰弱しているようにも感じた。

 

 見上げるようにこちらを見た彼女は今にも泣きだしそうで、俺は安心させるように優しく微笑みかけた。

 

「──さあ、一緒に帰りましょう」

 

「ッ……!!」

 

 何とか、本当にギリギリのところで間に合った。

 

 主を不安にさせぬように平静を装って見せるが、内心は焦燥感で埋め尽くされそうであった。何せ、ここまで来るのに本当に死に物狂いだったのだ。とにかく、無限にも感じる足止めが想像以上に、こちらの体力を疲弊させた。

 

 ──詰まるところ、粘りどころってやつだ。

 

 その拳は無限に沸き続けた悪魔の眷属を屠ったことにより血を吹き出し、いつもはキッチリと整えていないと叱られてしまう執事服もえらく乱れている。

 

 それだけで俺がここに来るまで、どれほど必死だったのかは語るまでもない。何より焦ったのが、お嬢様が悪魔の結界に隔離され接触するのに手間取ったことだった。

 

 ダリアの人探しの魔術によって、お嬢様の位置は呆気なく割り出せたが、結界の所為で位置関係が捻じ曲げられていたのだ。そこにいるはずなのに、実際に現地に来てみればそこは何もいない夜の森が広がるばかり……本当に、これには時間を食った。

 

 ──流石はゲームのラスボスを作り上げた元凶ってところか……。

 

 異次元の高位魔術を平然と扱ってくる。俺一人ならば確実に、お嬢様を助けに行くことはできなかった。それもこれも、肩に留まった鳩の使い魔──黒輝の錬金術師のお陰であった。

 

「いやぁ、間に合ったね。よかったよかった」

 

 緊迫した場に、なんともそぐわない間延びした女性の声。ダリアが結界の解析と解除をありえない速度で終わらせたときは目を疑った。流石は作中屈指のチートキャラと言ったところか、その恩恵はゲームの時よりも如実に感じられた。

 

「本当に、助かりましたダリアさん」

 

「気にすることないわ。後でちゃんと対価は支払ってもらうから」

 

「お手柔らかにお願いします……」

 

 逆にこの魔女にできないことはないのではないかと思わせる神業だ。

 

 ──本当にコネを作っといてよかった。

 

 自分の過去のナイスプレイを称賛していると、おずおずとお嬢様が口を開く。

 

「どう、して……?」

 

 その表情にはまだ絶望と困惑が色濃く残っており、どうして助けが来たのか信じられないと言った様子だ。

 

 あの悪魔の性悪さを知っていれば、自分がここに来るまで奴に何を吹き込まれたのかは何となく察しが付く。だからこそ、俺は胸を張って答えた。どんなに大げさだろうと、全てを諦めたような、死んだ表情をしている今の彼女には絶対に必要な言葉だから。

 

「お嬢様は私の大切な主です。どこにいようとも、必要とあれば馳せ参じるのは当然でございます」

 

「で、でも……」

 

「誰に何を言われたのかは分かりませんが、ご安心を。私は決してお嬢様を一人にはしません。病める時も、健やかなるときも、この一生をかけて、お側で仕える所存にございます。だから──そんな悲しそうなお顔をしないでくださいませ」

 

 今にも零れ落ちそうな涙を優しく拭い、俺は懐から小箱を取り出す。

 

 その中に入っているのは一つの首飾り。貴族の御令嬢に送るにはちんけで地味なそれは、世界一の錬金術師手製の一点ものだ。それを、不敬とは分かっていながらも、彼女の首元に掛ける。

 

「なに、これ……?」

 

 突然の俺の行動にお嬢様は当然ながら困惑する。

 

 けれども俺は誤魔化すように、朗らかに笑みを湛えて答えた。

 

「僭越ながら、私からお嬢様への個人的なプレゼントでございます。たまにでも、身に着けてもらえると嬉しいです。お誕生日、おめでとうございます──アリサお嬢様」

 

「ッ──!!」

 

 この緊迫した状況で宣うには明らかに場違いな俺の言葉に、お嬢様は目を見開き、そして逸らすように顔を俯かせる。

 

 ──流石に、無理やり過ぎたか?

 

 必要な事とはいえ、無断で首飾りを首に掛けるのは不味かったかと内心ビクついていると、今にも消え入りそうなお嬢様の声が耳朶を打った。

 

「ありがとう……だい、じにするわ」

 

「──はい」

 

 その声は涙ぐんでいて、拭った涙がまた溢れたことを教えてくれた。一瞬、「泣くほど嫌だったのか!?」と焦るが、大事そうに首飾りを握りしめる姿にそうではないと安堵した。

 

 ──さて、これでやるべきことは済んだ。

 

 状況的に、これ以上の無茶は不可能。

 

 なにせ、ずっとダリアに任せきりにしてしまっていたが、結界を破った勢いで抑え込んでいた悪魔がそろそろこの空間に戻ってくるのだ。正直、ここからが本番、正念場であった。けれど、最低限の条件は揃えられた。

 

「もう限界よ、セスナ!」

 

 逼迫した声は肩に乗っていた鳩の使い魔からだ。

 

「ありがとうございます、十分です。これでお嬢様の身の安全は確保できました。後は──」

 

 それに頷いて、目の前の暗闇を見遣れば、引き裂かれたような空間に穴が開き、その穴からソレはタイミングよく解き放たれた。

 

 空間と空間をつなげるそれは異次元の穴。できれば、問答無用のゴリ押しでこの穴を閉じるのが当初の案だったわけだが……流石に、奴を前にしてそれは無理だった。

 

 穴から出てきたのは長身痩躯、額には一本の紫紺の角を携えた、どちらかと言えば女に見える悪魔であった。背中から生えた一対の黒曜の翼はまるで闇を象徴するかのように暗く、その黒の中に浮かぶような真紅の双眸は不気味に揺らぐ。

 

「これはまたとんでもないのが出てきたわね……」

 

「知ってるんですか?」

 

「まぁね」

 

 ファンタジーではお馴染みの人の形をしたその悪魔をダリアは知っていたのか、感慨深そうにつぶやく。

 

 それは『ヘルデイズ』に登場する最凶の悪魔の一柱──〈次元界魔〉ディヴァーデン。お嬢様の凄まじい魔術の才能と、業深い嫉妬と愛されぬ怨嗟に引き寄せられ、闇の共犯者として利用した元凶だ。

 

『もう少しで支配できるというところで……なんだ貴様らは!!?』

 

 現界した悪魔は悪事の邪魔をされて怒りを露にする。

 

 対する俺と言えば、正直かなり緊張していた。

 

 ──こりゃあマジでやばいな……。

 

 対峙しただけで伝わる圧倒的な力量差。もう魔力の密度やらその存在からして格が違う。仮に、作中最強格キャラである錬金術師(ダリア)が一緒だと分かっていても、勝てるかどうか自信はなかった。

 

 それもそうだ。本来であれば本編前のこの時点でこの悪魔と遭遇するはずはなく。不完全な現界と分かっていても、戦うなんてもっての外だ。けれども状況としては奴を退けなければ、主を護ることはできず、破滅の未来が確定してしまう。

 

 なれば、死ぬ気で、無い物を振り絞って対峙するしかなかった。

 

「俺は────ただのしがない小間使いだ」

 

 今にも押しつぶされそうなプレッシャーの中、俺は努めて平静を装って名乗る。

 

 事実上のラスボス戦が始まる。




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