乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
最初に彼と顔を合わせたのは私が五歳の頃であった。
彼はあの頃からどこか大人びていて、日ごろの鍛錬の成果もあってか子供にはない武道家や騎士にも似た雰囲気があった。それでも、今思えばそれでもどこか幼さを滲ませて、とても可愛らしかったと思う。それに、あの頃の彼は年相応に感情を表に出して、年相応に無邪気であったのだから。
「お、お初にお目に掛かります! 私の名前はセスナ・ハウンドロッドと申します! 本日は私の為にお嬢様の貴重な時間をお使いいただき恐悦至極に──」
……つまり、彼は初めて会う雇用主の娘──私に挨拶するときにものすごく緊張していた。
まぁ、今となればその気持ちも分かる。なにせ、私の我儘が酷くなったのは彼と初めて顔合わせをした辺りからで、子供ながらに好き勝手に周囲の人間を困らせて、暴れていたのだから。それを同じ屋敷で使用人としての教育を受けながら過ごしていた彼も、被害は被らずとも傍から見てよく理解していたのだろう。
自分がこれから挨拶する少女は理不尽極まりない、困ったお嬢様であり、これから使用人として本格的に働くことになる自分も、この少女に無理難題を押し付けられるのだろう……と。
そう考えれば、やはり彼はその年齢に似つかわしくないほど聡明で、子供っぽくなかったのだろう。
普通なら、そんな死刑宣告みたいな顔合わせに素直に出席することなんて嫌で仕方ない筈だ。私が同じ立場だったら、絶対に駄々を捏ねている。
──自分が原因のくせに何を言っているんだって感じだけれど……。
そんな当時の(今も)クソ生意気な小娘の私が、彼を始めてみた時に抱いた率直な感想はと言えば──
「つまらない顔ね」
「……はぁ?」
うん。まぁ、碌なもんじゃないくて。今でも彼の呆けた顔は鮮明に思い出せてしまうし、本当に自分のことながら終わっていると思う。
その時の私は、色々と屋敷内でも何かと噂が絶えず、将来有望なハウンドロッドの一族の長男と会わされると事前に聞かされて、それがとても気に食わなかったのだ。所謂、嫉妬や劣等感と言うのを彼に感じていた。
たぶん、年が近かったのもそれを強く感じさせた原因であろう。年相応以上に駄々を捏ね周りを困らせる自分と、幼いながらに大人顔負けの武術と物覚えの良さで周囲からの期待を集める彼は、傍から見ればよい比較対象だった。
大して年齢も変わらないのに、周囲から持て囃され、家族の愛を一身に受けていた彼と自分の境遇を重ねたのだ。お前は恵まれてると、毎日大好きな家族と一緒に楽しく過ごせてズルいと、そう思ってしまったのだ。
だから、私は彼が本格的に屋敷の仕事に従事すると、その為のお目通りであることなんて忘れて、ぶっきらぼうな態度を取って彼を困らせてしまったのだ。
それから、彼が屋敷の仕事に従事し、視界に入れば彼に突っかかった。
「命令よ──駄犬」
「……畏まりました、お嬢様」
魔術の的として木に縛り付けたり、意味のないお使いで屋敷と下町を延々と行き来させたり、本当に機嫌が悪いときは私の視界に映るな……などなど、酷いものだ。だが、彼が私の専属の小間使いになればその内容は無理難題なものにエスカレートした。
なにせ、どんな命令をしても彼は平然と当然のように命令をクリアしてくるのだ。その時の私は、どうにかして彼に攻略されない命令をしてやろうと躍起になっていた。
だから、彼には相当嫌われていて。絶対にあの時は助けに来てくれないと思っていた。なのに──
「お迎えに上がりました、お嬢様」
やっぱり彼は平然と、当たり前のように、来て欲しいときにちょうど良く現れるものだから驚いた。ともすれば、都合の良く自分の脳が見せた幻覚なのではないかと思ったくらいだ。
けれど、そこにいる彼は確かに本物で、ずっと独りだった私を救い出してくれた。……いや、違う。私はずっと前から独りなんかじゃなかったのだ。
それに気がつかずに、見向きもせずに、駄々を捏ねていた、愚かな小娘だったのだ。
身の危険に瀕して、ようやく気が付くなんて、本当にバカで愚かで、都合の良い人間だと思う。そして、そんな大切なことに気づかせてくれたのは全部彼だった。
「──誰に何を言われたのかは分かりませんが、ご安心を。私は決してお嬢様を一人にはしません。病める時も、健やかなるときも、この一生をかけて、お側で仕える所存にございます」
正直、こんなこと言ってくれるとは思わなかった。こんなこと言われる資格は自分にはないと思っていた。
けど彼の言葉に嘘は感じられなくて、本心から言っていると信じられて、あんなに傷ついても諦めずに私を悪魔から助けてくれて──都合の良いことを言っていることなんて分かっているけれど、その日から彼の評価が一変した。
献身的な彼の姿が、あの日の雄姿が、優しく微笑む彼の表情が脳裏に焼き付いて離れなくなった。
端的に言ってしまえば、アリサ・アロガンシアは彼をいち使用人としてではなく、一人の異性として意識し始めた。
……いや、自分でも何を言ってるんだっていうのは分かっている。
ふざけるなと。お前にそんな気持ちを抱く資格なんて無いと。分かっていた。けど、一度芽生えた恋慕を抑え込む方法が自分ではわからなくて。その気持ちは日に日に、増してくばかりだった。
「──変わろう」
だから、私は悔い改めることにした。
彼のような優しくて、素晴らしく勇気のある人に見合う主人になろうと。彼に見劣りしないほどの人物になって、いつかこの気持ちを打ち明けられるようになろうと。
身分や主従なんて関係ないのだ。
そんなの、私にとっては些細な問題であり、アリサ・アロガンシアという小娘は昔から手に入れたいと一度思ってしまえば、諦められない質なのだ。
だから、私はそれを手に入れるために、今までの全てを──クソみたいに甘ったれた小娘とおさらばすることにした。
彼がいれば、きっと私はもう独りでも大丈夫だから。
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