乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
第32話 モブ執事は見張られている
目が覚めてから数日。
しばらくの安静を言い渡された俺はハッキリ言って暇を持て余していた。
なにせ身体は絶好調、あれだけ体に穴やら片目が潰れていたのも綺麗さっぱり元通り。「明日からシフト入れる?」と問われれば、「全然余裕です!」と言えるくらいには元気だった。
だが実際は屋敷での仕事は与えられず、逆にしばらく休めと言われる始末だ。ならこのまたとない機会に休日を謳歌しようと思ったが……残念ながら俺に趣味と呼べる娯楽はなかった。
そもそも、今世のこの世界は前世の時と比べて娯楽が少ない。本を読むか、縫い物でもするか、日向ぼっこでもするか……基本的にはそんな感じ。
俺の主な休日の過ごし方と言えば、鍛錬やここ最近ではダリアの手伝いぐらいであった。後は基本仕事、屋敷でせっせとお嬢様にいびられていた。……社畜かな?
『前世と比べれば今世は随分と面白みのない人生だな、ご主人殿?』
己の彩りの全く感じられない休日に嘆いていると、不意に脳内に軽薄な声が響いた。
「……うるさいぞ。誰が喋っていいって言った?」
思わず顔を顰めて咎めるが件の声──〈次元界魔〉のディヴァーデンからは反省の色が見えない。
『そんな硬いこと言うなよ、ご主人。一度は殺し合った仲だろぅ?』
「殺し合った仲だからだろうが……」
結局、なし崩し的にこの悪魔は俺の身体──具体的に言えば右眼に寄生していることは仕方がないと割り切った。何せ、今のところ俺がこの悪魔を追いやる術はないのだ。仕方ないね。
そうして、そんな右眼を依り代として、力のほとんどを失ってしまった脆弱な奴の提案は今のところ保留……と言うか、明確な返答はしないでいた。
ディヴァーデンは俺に「協力する」と言ったが、その言葉の真意は何なのか不明だし、全て鵜呑みにして信じるわけにもいかない。一度はお嬢様の身体を奪って世界を滅ぼそうとした奴なのだ、警戒しない方がおかしな話だ。
幸いにもと言うべきか、奴もしつこくこの件を掘り返すつもりは無いらしく。今のところは静かである。
──たまにこうして話しかけてくるのは勘弁願いたいがな……。
俺としてはこの休養期間を使って、何とかこの悪魔を自分の身体から追い出す方法を模索して、できれば今後のお嬢様の破滅の未来を回避するに於いての不安材料を少しでも除去しておきたいところなのだが──
「如何せん、妙案が思いつかない」
『なんの話だ?』
「だから平然と相槌を打つな……」
ゲーム『ヘルデイズ』では悪魔に身体を乗っ取られて、好き放題にされていたのはアリサ・アロガンシアのみである。何度も言わせてもらうが、悪魔に精神を支配され災厄の魔女として再臨した彼女が生き残るルートは存在しない。
天使のような慈悲深さを持ち合わせた善人であるゲーム主人公もシナリオの中で、できればアリサを救いたい的なセリフを宣ってはいたが、その悉くが「無理」「不可能」「諦めるしかない」と周囲に反対・否定されてしまう。
ゲームの設定上、完全に魔へと落ちて、その自我を失った人間を解放するには殺すしかないらしい。だからどのルートでも必ず、魔へと落ちてしまうアリサ・アロガンシアは災厄の魔女となり、世界の敵とみなされ殺されてしまう。
この前提を考えると、俺がこの悪魔から解放されるには死ななければいけないのかと問われれば──
「俺の場合はちょっと事情が違うしなぁ」
『だからなんの話だい、ご主人?』
色々と話が違ってくる。
そもそもゲームのアリサと違って、俺はディヴァーデンに完全に体や精神を支配されていないし、自分の自我もしっかりと保てている。つまり、俺はゲームの設定で言うところの魔に落ちてはいないわけだ。
しかも、奴のこれまでの発言から分かる通り、ほとんどの力を失って盛大な弱体化をしているこの悪魔に今の俺を完全に支配する手立てはないらしい。それも全ては、前世の記憶やそれを自覚していることが大きい要因であった。本当に、棚ぼた的な感じではあるけれど。
「これが所謂、転生チートってやつか?」
知識だけ思い出して、あとはチートとかなしで頑張ってねパターンかと今までは思っていたが、蓋を開けてみればどうやら違ったらしい。
その特典とやらが地味すぎる精神耐性系のチートだったのは、前世で数多のそう言った創作物を読み漁った身としては少し残念だが……もらえないよりはまし。そもそも
「けど、早く何とかしないとな……」
『そうかそうか、ご主人殿は放置プレイがお好みか』
「黙れ、クソ悪魔」
だとしても、この状況はやはり俺の望むべきところではない。
今のところ、この適当な事ばかり宣う悪魔に悪意は感じられないが、だからと言ってそれをずっと良しとして放置するわけにはいかない。そもそも、全くの他人がずっと体に、それも脳内でうだうだと管を巻いていると言うのは想像以上にストレスだ。
──不安要素であることには変わりない。
ならば、やはり悪魔を追い出す何かしらの方法を模索する必要があった。
そして、俺の知る限りこういった厄介事には魔術が付き物であり、この問題を解決するにはその方面での知者の協力は必要不可欠。そして幸いにも、俺にはこの国……いや、この世界で有数の魔術師の師がいる。
「この前のお礼の件もあるんだが──」
『お、外に出かけるのか?』
「……お前、分かってることをいちいち聞くな」
わざとらしい悪魔の軽薄な声に、俺の眉間は自然と皺を寄せる。
そうだ、やるべきことが分かっているのならば行動に移すべきなのだ。今すぐにでも俺は、この状況の打開策を我が恩師と模索したかったのだが……どうにも、俺が置かれた状況を鑑みるとそう簡単な話でもないのである。
「入るわよ!!」
不意に、部屋の扉が勢いよく開け放たれたかと思えば、可愛らしく溌剌とした声と共にその少女は姿を現す。
「ちゃんと安静にしてるわね、セナ!!」
「……もちろんでございます──
まるで捕まえて鳥籠に入れておいた鳥が脱走していないか確かめるがごとく。
その少女──我らが主、アリサ・アロガンシアは暇を無理やり見つけてはこうして、俺の部屋を訪ねてくるのだから。
詰まるところ、俺の側には最も厄介な見張り役が知らぬ間に付けられていた。