乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第35話 モブ執事は過去に馳せる

 ハウンドロッド一族は古くからアロガンシアに仕える使用人の一族であるが、()()()()とは言ってもたった数十年──具体的に言えば五十年ほどと、それほど歴史が深いわけではない。

 

 ……まぁ、たかが使用人風情がそれだけ一つの主に仕え続けると言うのは異様な話ではあるのだが……そんな忠誠深いハウンドロッドの根源(ルーツ)はとある少数部族である。

 

 王国よりもさらに東の僻地に聳える山奥に、他人との交友を断絶して暮らしていたのが俺のご先祖様なのだとか。その山と言うのがこれまた魔境で、「山越え」でいつも使う〈グランヒル〉と勝るとも劣らない酷さらしかった。

 

 曰く、龍の眷属である飛竜や地を狩る土竜、はたまた風の王者であるグリフォンなどが日夜縄張り争いをしている秘境も秘境であり、到底人間が住みつけるような場所ではないのだとか。しかしながら、脳みそが筋肉と血沸き肉躍る精神で出来ていたご先祖様は、その地獄へと平然と飛び込み、血で血を洗う闘争の毎日に身を投じていたのだとか。

 

 そんな他者との関係を断ち切り、強者との戦いの果てに勝利し、死ぬことこそが一族の誉れと信じて疑わない戦闘狂集団がどうして大貴族に仕えるまでに至ったのか?

 

 その経緯を簡単に説明するならば、「諍い」であり、ハウンドロッドはとある侵略者によって住処である山から追いやられた。

 

 詳しい話をすれば長いので割愛させてもらうが、ご先祖様たちが住んでいた山の中にはとんでもない資源──魔鉱石やら魔力核の宝庫であったらしく。この湯水のごとく湧き出る資源に目をつけた当時の大国の王は、その全てを自らの手中に収めるべく、膨大な兵力を以て山を征服しにかかった。

 

 最初は攻め込んでくる大国にご先祖様は決死の覚悟で迎え撃ち、故郷を守り抜こうとしたが……やはり、数の暴力に抵抗むなしく、多くの同胞を失ってしまった。そうして、呆気なく敗走を余儀なくされ、行き場を失ったご先祖様は必死に平穏を求めた。

 

 そんなところに、運よく拾われたのが当時のアロガンシア家と言う訳である。当時のアロガンシア家の当主は隣国との小競り合いで兵力を常に欲しており、そこに現れた戦闘民族と言うのは都合の良い手駒であり、これを保護し、その恩に託けて利用しない手はなかった。

 

 そして、それまでの戦いや逃走で疲弊しきっていたハウンドロッドの一族にとって、平穏を保証し、後ろ盾として匿ってくれる大貴族の存在は正に渡りに船であった。それが仮に、兵力として囲われただけだとしても、彼らに対してアロガンシアの待遇は非常に良いもので、利益を得るための対価と考えれば何ら不満はなかった。

 

 利害の一致。なんとも打算的な話だと思うが、始まりなんてのはそんなもので、かくしてご先祖様は大貴族に仕える戦闘使用人(バトラー)となった。そうして、今もこうして主従の関係を続けられるくらいに両者の関係は良好でもあるわけだ。

 

 そんな一つの歴史で見れば短く、けれども一つの主従の関係で見ればとても長いその過程で、数々の、アロガンシアの使用人が異常と言われる所以が多く紡がれたわけだが、その中でもとりわけこの国に住む貴族ならば知らない者はいない、とある異名が存在する。

 

 古くからアロガンシアに深い忠誠を誓うハウンドロッド、そのどれもが他所へと行けば最強と言われてもおかしくはないほどの戦闘能力を誇り、そんな異常者集団の一族を束ねる執事長を〈猟犬〉と呼ぶ。そうして、誰もが口をそろえてこう言うのだ。

 

「〈アロガンシアの猟犬〉には決して噛みつくな。もし喧嘩なんて売ろうものならば、一族諸共滅ぼされるぞ」と。

 

 なんとも物騒で、与太話に思えるこの言葉もその実、過去に起こった教訓から得られたものであり、決してふざけたものではないのだとか。

 

「全く貴様らは、眼を離した隙にすぐこれだ……!!」

 

「眼を離す爺様が弛んでるだけだよ……」

 

「そうよ、私たちなんかにつけ込まれる方が悪いのよ……」

 

「屁理屈をこねるな!!」

 

 そうして今部屋に入ってきた一人の執事。

 

 今、絶賛、大事な報告会の途中で部屋を抜け出してきた双子を叱っている彼こそが、先代の〈猟犬〉であった。俺と双子の弟妹にとって血縁上、祖父にあたる男である彼の名を──ヴォルフレフ・ハウンドロットと言った。

 

 御年七十七とは思えないほど筋骨隆々で、風格に満ち溢れたその立ち居振る舞いは年齢と言う概念を崩壊させている。そんな彼こそが、今回の双子らの試練の見届け人兼保護者であり、帰って来て早々自由奔放に俺の部屋へと突撃してきた双子をとっ捕まえにやってきたと言うことだ。

 

「……久しぶりの屋敷で嬉しい気持ちは分かるが、せめて最後の報告が終わるまで辛抱しろ。しかも療養中の兄の部屋に突撃して、剰えお嬢様の前で何たる無礼を──」

 

「「ご、ごめんなさい……」」

 

 老爺の重苦しい叱責に、最初は口答えをしていた双子もしょんぼりと反省。それを認めてヴォルフレフは俺とお嬢様を見遣って、深く頭を下げた。

 

「お嬢様におかれましては大変にお元気そうで……お久しぶりの御挨拶がこのような杜撰なモノになってしまい。誠に申し訳ございません」

 

「いいわ。ちょっと驚いただけで、別に気にしてはいないわ。それより、息災のようねヴォルフレフ」

 

「ッ!……はい。不肖、ヴォルフレフ、ただいま試練の見届けより帰還いたしました」

 

 誠心誠意の謝罪にお嬢様は毅然として対応。そんな彼女の反応に一瞬驚いた様子のヴォルフレフだったが、すぐにより一層、頭を深く下げた。

 

 確かに感じた彼の驚愕の反応。普段はどんなことが起きようとも動じない彼としては大変に珍しい反応ではあるが……まぁ仕方のないことだろう。何せ、眼前の少女は老爺の知る、一年前までのわがまま令嬢ではなくなっているのだから。

 

「セナも久しぶりの挨拶がこんな騒がしくなって申し訳ないな」

 

「気にしなくて大丈夫だよ、爺さん。俺も三人の元気な姿を見れて良かった」

 

「相変わらずお前は落ち着きすぎているくらいだな」

 

 久方ぶりの祖父との会話は淡白なものだった。だが、それでも俺としては彼の乱入には本当に助かった。

 

 変な方向に傾きかけていた話がこれでうやむやにできた。できることならばこのままこの三人を連れていってくれないかとさえ思っていると、そんな俺の思考を読み取ったかのように老爺は言葉を続けた。

 

「さて、もう満足しただろう二人とも。まだセナは病み上がりだ。安静にさせてあげよう。それと、戻って報告の続きだ」

 

「「はーい」」

 

 一転して、聞き分けの良くなった双子は、老爺の言葉に元気よく返事をした。

 

 流石に歴戦の猟犬と言えども、公爵令嬢まで連れ出すなんて無礼はできないかとも思ったが、その予想は外れる。

 

「それと、大変申し訳ないのですが、お嬢様にも一緒に来ていただきたいのです」

 

「……私も?」

 

 ヴォルフレフの進言にお嬢様は話の流れが見えないと首を傾げる。そんな彼女に対して、老爺は補足の言葉を続けた。

 

「はい。ご当主様からお呼びするように言伝を預かっておりまして……そこにいるセイルとセイラのお目通りをさせていただきたいのです」

 

「お目通り」

 

「ええ。無事に試練を乗り越えた二人には明日から屋敷での仕事を始めていただきます。そこで、しばらくの間、お嬢様の身の回りのお世話をこの子らに任せてみようと話が上がったのです」

 

「……は?」

 

 一瞬、ヴォルフレフの言葉を聞いて気の抜けた声を上げる。そうして、ゆっくりとこちらに視線を流して、不安げに瞳を揺らした。

 

「せ、セナは……」

 

「御覧の通り、セナは今療養中の身でございます。今回のこのお話は彼が仕事に復帰するまでの期間限定のお話でございます」

 

「そ、そう……」

 

 正直、ヴォルフレフから告げられた話には俺も驚いていた。

 

 試練に合格したとはいえ、まだ屋敷の基本的な仕事にも慣れていない双子をいきなりお嬢様の小間使いとして働かせるには不安が残る。

 

 ──父さんも思い切ったことをする。

 

「これを機に、他の使用人たちとも親睦を深める良いきっかけになるかと思われます。と、言うことですので、ご同行願えますでしょうか?」

 

「わ、わかったわ……」

 

 スムーズに話は纏まったかと思えば、四人はそそくさと俺の部屋を後にする。

 

「兄様!大事なお話が終わったら「山越え」での大冒険を聞かせてあげるね!」

 

「それは妙案ねセル──楽しみにしててね、兄様」

 

「ああ」

 

「……」

 

 去り際、セルとセラは元気に手を振って、反してお嬢様は随分と不安げに扉越しにこちらを見ていた。

 

 一応、この場では素直に聞き分け良くしてくれたものの、本人としては相当に不本意なのだろう。俺としては、見事に療養の体を成していなかったこの状況の配慮ともいえる今回の話はありがたい限りだったが、だからと言って主のメンタルケアを怠るわけにもいかない。

 

「お嬢様、今日も夜、少しの間でしたらお話しする時間はございますので、よければ部屋まで来てください」

 

「ッ! ええ!わかったわ!!」

 

 俺の提案に彼女は花が咲いたようにパッと破顔して頷き、今度こそ部屋を後にする。

 

 こうして、俺は図らずも一時的な自由を手に入れた。




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