乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第5話 モブ執事は顔を引き攣らせる

 さて、果たしていったいこれはどういう状況なのだろうか?

 

「どうしてこんなこともできないのアンタは!」

 

「ひぃ! ご、ごめんなさい!!」

 

 外の庭園からそそくさと足早でやってきた屋敷の二階、アリサお嬢様の為だけに宛がわれた勉強部屋は俺たち使用人に宛がわれた部屋より数段上等で、そんな広々とした部屋に全く相反する二つの感情が爆発していた。

 

 一つは明確な怒りであり、もう一つはその怒りに対して為す術なく怯えるものだ。

 

 ──あぁ、今日のお嬢様当番はリーヴェル姉さんだったか……。

 

 相も変わらず、不機嫌そうに顔を顰めるアリサお嬢様とそんなお嬢様を前に明らかに狼狽えているメイドが一人。

 

 ある種の見慣れた光景を前に、俺は思わず深く息を吐き出しそうになる。しかし、そんな態度を取ろうものならば、即座にお嬢様の怒りの矛先がこちらに向かってきそうなのでグッと噛み殺して、現状の把握に努める。

 

 ──教師殿は……今日は別件でいないんだったか。

 

 今日の午前中の授業は魔術理論であったはずだ。そしてその授業を担当している宮廷魔術師のアドヴィス様はいないようで、今日は自習日だったことを俺は思い出す。状況は思ったよりも芳しくない。

 

 そもそも、なぜお嬢様がここまで憤慨しているのか? その理由の全てが目の前の部屋にあり、豪奢な絨毯の上に散乱する本や文字がびっしりと書き込まれた用紙を見るに、これこそがお嬢様の機嫌が頗る悪い理由だった。

 

 しかも両者ともに様々な意味でヒートアップしており、部屋に入ってきたこちらに全く気が付いていない。これはまずいと、今にも半泣きのメイドに追撃を仕掛けようとしている主人の気を逸らすべく、わざと大きな声で存在をアピールする。

 

「だからアンタは────」

 

「遅れてしまい申し訳ございません、アリサお嬢様。何か御用でしたでしょうか?」

 

「ッ──おそい! 私が呼んだら十秒以内に来なさいよ駄犬!」

 

「お待たせしてしまい、申し訳ございません」

 

 今まで一人のメイドに向けられていた凄まじい剣幕が今度はこちらに向く。愛らしい少女がするには、聊か物騒な眼光で睨みつけてくる主人に俺は即座に頭を下げる。

 

 こういう激高している人を相手にする時は、これ以上刺激をしないようすぐに頭を下げて平謝りしておくのに限る。それがこの暴君に仕えてから染み付いてしまった最適解だ。

 

 ──さて……。

 

 頭を下げるついでに、今も床にぺたりと座り込んだメイドの方を見れば、彼女は心底安心した様子でこちらを見つめていた。

 

 女性にしては大きすぎる背丈を一生懸命に丸め込んで小さく縮こまって、焦げ茶の長髪を清潔感があるように後ろで一本結び、今にも泣きだしそうな愛らしい表情はどこか庇護欲をそそる。

 

「セナくん──ッ!!」

 

 まだ全く油断できない状況だというのに、もう助かった気分の彼女は先ほどまで仕事を手伝う予定であった庭師──グリース叔父さんの娘であり、俺の従妹にあたるリーヴェル・ハウンドロッドであった。

 

 年齢は十八で俺の三つ上、幼い頃から一緒に立派な使用人として教育を受けてきた彼女は、俺にとって姉であり妹のような存在の昔馴染みの女性であった。……と、言うのも彼女、超が付くほどのドジっ子なのだ。付け加えて言えば、彼女はアリサお嬢様を異様に怖がっている節があった。

 

 ──六つも年下の子供に怯えるデカ女とは……。

 

 あまりにも属性てんこ盛りなその姉も、俺と同様にゲーム本編では一切出てこないモブキャラだ。そんな彼女に俺はこの惨状の理由を尋ねることにした。

 

「──で、これはどういう状況?」

 

「あ、うん! お嬢様のお勉強の補佐をしていたんだけど……私、上手くできなくて──」

 

「そこの女が持ってくるように頼んだ本を見つけられないわ、片付けを頼んだ書類を床にばら撒くわで、私の邪魔ばかりをするのよ!!」

 

 弱々しいリーヴェル姉さんの声に共鳴するように、刺々しいお嬢様の声が上塗りされる。

 

 流石に理不尽の塊と言えど、状況から見ても今回はお嬢様の言う通りなのだと納得せざるを得ない。まぁ、こてこてのドジっ子キャラだからね、本や書類をぶちまけて二次災害を広げるなんてお家芸だね。

 

 ──それとこれとは別の話だがな。

 

 なんて達観しながらも俺は内心で最悪な組み合わせに舌を巻いていた。

 

 リーヴェル姉さんがお嬢様を怖がっているように、お嬢様も彼女のことを嫌っているのだ。それはまるで水と油……ともすれば火に油を注ぐほどの相性がいいとも言えた。もちろん、悪い意味で。

 

 ──どうして父さんもリーヴェル姉さんにお嬢様の相手をさせるかな……。

 

 全使用人らの仕事の割り振りをしている張本人の差配に疑問は尽きない。流石にこれは謎采配だろ。

 

 ……まぁどうせ、「使用人たるもの仕える相手にいつまでも怯えるな」みたいなノリで荒治療を施そうとしたのだろうが、その後始末がこっちに降りかかってくるのだからこちらとしては勘弁してほしかった。

 

「はぁ……」

 

 二人に気取られないように、我慢できなかったため息を吐きながらも俺は仕事に取り掛かる。

 

「後は俺がお嬢様のお手伝いを引き継ぐから、リーヴェル姉さんは他のところのヘルプに入ってくれ」

 

「え、でも……」

 

「俺は大丈夫だから」

 

「──ご、ごめんね……」

 

 顔を俯けて、言い淀むリーヴェル姉さんを俺は優しく諭す。そうして申し訳なさそうに部屋を後にした彼女を見送って安堵した。

 

 ──いつまでもこの二人を一緒にしておくとまた何が起こったか分かったもんじゃないからな。

 

 続いて、落ち着きを取り戻し始めたお嬢様の機嫌を損ねぬために、手早く部屋の片づけを済ませる。

 

「必要な書籍と文献はこちらでよろしかったですか?」

 

「……うん」

 

 ついでに、机の上に広げられた学術本の内容から予測して、次に主が欲しがっていたモノに当たりを付けて素早く用意する。

 

 一流の使用人たるもの、主人の考えや求めているものを先読みするべし──とは父ラーゼンの言であったが、今回に限っては先読みする必要もなかった。何せ、床に散らばっている書籍や文献と机の上に広げられた書籍らは全くの別科目なのだ。

 

 ──どうやったら魔術の勉強をしようとしている相手に歴史書を手渡そうと思うんだよ。

 

 流石にドジで済ませるには無理があるであろう姉の失態には苦笑するしかなかった。

 

 それにしても、広げられている本の内容には驚かされた。いくら魔術の才能がずば抜けた才女とはいえ、まだ12歳の子供が手を出すには机に広げられた本の内容は高等なモノであった。

 

 ──どうやったらその年で魔術式の解剖と効率的な改良方法の研究内容を理解できるって言うんだよ。

 

 俺とて一応、魔術の知識はそれなりに持ち合わせてはいるがお嬢様が今一生懸命に読み漁っている本の内容はほとんど理解できない。

 

 こと、魔術に於いては尊敬できる部分もあるのだが……普段が残念で過ぎるのでプラス分を帳消し、寧ろマイナス域まで突っ走る勢いなのが本当に残念だ。

 

 一生懸命に何やらノートにメモを取る主の姿を、次の指示があるまで俺は静かに見守り、待機に徹する。そんな時であった。

 

『パキッ』

 

「……あ──」

 

 小気味いい硝子片の割れる音と短く漏れ出た驚きの声。

 

「──え?」

 

 それに釣られるようにして視線を這わせれば、そこには目を見開いて折れたガラスペンを見つめるお嬢様の姿。

 

 そして、次に放たれるであろう彼女の言葉を予見して、俺は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

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