乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第55話 恋するお嬢様は邂逅する

 果たして、少女──アリサ・アロガンシアは焦りに焦っていた。

 

「ど、どうしましょう……どうしましょう……どうしましょう……!!」

 

「こ、これは流石にまずいよね……セラ?」

 

「こ、これは流石にお仕置きどころじゃすまされないわね、セル?」

 

 ついでに言えば、主人を煽り「問題ない」と豪語してここまで少女を連れ出した双子の従者も焦っていた。

 

 当然である。何せ、今彼らは一番あってはならない状況に置かれているのだから。所謂、幽閉。……いや、幽閉と呼ぶには聊か自分勝手であり、彼女らの置かれている状況はそれ相応の行い故に招いた自業自得でしかなかった。

 

 今、三人の少年少女らは手足を拘束され、薄暗い部屋に監禁されていた。

 

 どうしてこんなことになったのか?

 

 そんなの考えるまでもなく、彼女らはその理由をよく理解していた。

 

 唆されたとはいえ、気になる執事の行動を探るべく彼の後を尾行し、子供だけで踏み入れるには危険極まりない裏社会に不用意に足を踏み入れた。……まぁ、そこまではまだ上手く立ち回れていた。危険蔓延る王都の癌と揶揄されるアウレリスと言えど、常人では到底踏破不可能な「山越え」を経験した二人の従者を連れていれば、通りを歩くくらいならば問題はない。安全と言って何ら差し支えはないのだ。

 

 ……だが、そこが裏社会を牛耳る闇組織の根城と来てしまえば話は一気にひっくり返る。それも、数年に一度の闇オークションで殺気立っているともなれば、その危険度が跳ね上がるなんてのは火を見るよりも明らかだ。

 

 けれども彼女らは、無謀にも、浅慮にも、自分たちなら大丈夫と慢心して、その中枢に殴り込みを仕掛けた。偏に、尾行対象の動向を探るためと言う……傍から聞けばなんともどうでもいいことの為にだ。

 

 そう、確かにアリサ・アロガンシアは楽観視していた。

 

 一度目が上手くいきすぎて、彼女は自分がどこに足を踏み入れているのか忘れてしまったのだ。そしてそんな彼女を助長したセイル・ハウンドロッドとセイラ・ハウンドロッドは世間を舐め切っていた。

 

「山越え」をした自分たちならば、どんな問題も障害にはなり得ないと。全てに於いて経験が浅い子供が調子に乗ってしまった。危機管理が欠如していた。

 

 詰まるところ、引き際を間違えた。

 

 事実だけを見れば、確かに彼女らは目的を達成できたのだろう。入ることのできなかった闇オークションに踏み入り、監視対象も見つけることができた。だが、それだけの話である。結局、三人は彼がどんな目的でこのオークションに参加したのか分からなかったし、隣に連れた女性との関係もわからず終い。あまりにも、リスクとリターンが見合っていない。

 

「なんてことを……」

 

 これまでを振り返り、深い反省の念と共にアリサは全身の血の気が引いていくのを感じた。

 

 正気を取り戻し、後悔したところでもう遅い。これから彼らに待ち受けている未来はただ一つ。目の前には二人組のマフィア。一人は金の長髪を無造作に流した男で、もう一人はスキンヘッドで仏頂面な男だ。

 

「よくもこんな大事な日に大暴れしてくれたなクソガキども!!」

 

「てめえら、こんなことをしたからには覚悟できてんだろうな?」

 

 怨嗟と怒気の帯びた罵声を飛ばす暴漢らに絞められて、その後は人身売買……良くて奴隷落ちであろう。

 

 想像しただけで恐怖心が駆け抜けて身体が勝手に震えていくのが分かる。この恐怖から逃れられる術は──ない。魔力を練り上げようにも恐怖からか、それとも拘束されているからか彼女は上手く魔術を行使できない。

 

「……おい。よく見りゃこのガキ、貴族──それもアロガンシアのガキじゃねえか?」

 

「マジかよ! 貴族……それも公爵令嬢となれば相当な金になるんじゃねぇのか!?」

 

「他国に売りつければ金貨数万は軽く超えるだろうよ……。こういう希少価値の高いガキに、向こうの変態どもは金に糸目を付けねぇ」

 

「ひゅー! それなら今回のヘマもチャラになるんじゃね!?」

 

「さてな……そこまでは知らんが──掘り出し物には違いない」

 

 目の前で繰り広げられる自分のこれからの処遇の生々しさに、世間知らずの少女は思考が追い付かない。

 

「まだまだガキだが顔は中々……ちょっとつまみ食いしてもばれねぇよなぁ?」

 

「好きモノが……バレても俺は知らんぞ」

 

「ひっ……」

 

 長髪の男が舌なめずりをしてアリサににじり寄る。その獣のような眼光に彼女は恐れから悲鳴を漏らした。その間に割って入ったのは彼女を護るべき二人の従者だ。

 

「「ッ……!!」」

 

 手足を拘束され、身動きを取ればそれに合わせて拘束が強くなる類の道具。その強くなる締め上げを無視して双子は動く。

 

 主に危害が及ぼうとしている。そんな時に肉壁となり、主を守るためにこの二人が存在する。拘束され身動きが取れず、反撃はできずとも双子の眼光にはまだ色濃い光が宿っている。そんな反抗的な、双子の身を挺した行動に男は苛立たしげに表情を歪めた。

 

「チッ! お前らには随分といいようにやられてからなぁ!? 公爵令嬢の前に、まずはてめぇらからお灸を据えてやらぁ!!」

 

 ここまでの大立ち回りで、双子はマフィア達に相当な憎悪を覚えさせていた。だから、眼前の長髪の男の行動も当たり前であった。

 

「あっ、うぐッ……ご──!?」

 

「ははっ! 身動きが取れなきゃただのガキなのは当然だよなぁ!?」

 

 顔を殴り、腹を蹴り上げ、アリサを襲おうとしていた男は双子をサンドバッグのように弄ぶ。

 

 特殊な拘束具で身動きが取れなくなった双子にそれを躱す術はなく、ただ苦痛に耐えるしかない。

 

「セル!セラ!!」

 

 悲痛な少女の叫びが木霊する。胸糞悪い光景にもう一人の仏頂面の男は呆れ果てていた。

 

「たくっ……気が昂るとすぐこれだ──おい、その双子も見てくれはいいんだ。治らないキズは残すなよ?」

 

「わぁってるよ、んなこたぁよぉ!?」

 

 同僚の忠告も話半分に、男は欲望のままに暴力を振るう。

 

 次は自分の番だ。アリサは無意識にそう悟り、次第に体の震えが激しくなる。

 

 ──助けて……助けてください……。

 

「セナ──!!」

 

 分不相応にも、少女は無意識にそんな甘ったれな言葉を紡ぐ。

 

 自分たちが招いた不始末に、無関係な彼を巻き込むなんて論外だ。烏滸がましいにも程がある。自ら招いた事態は自分で解決しなければいけない。そうだとわかっていても、少女は唯一の希望になり得る存在に縋りたくなった。

 

「はぁースッキリ。なぁ、本当にお前はやんなくていいのか?」

 

「……俺はいい。いいから、やるならさっさと済ませろ」

 

「へいへい」

 

 気がつけば、男は双子を嬲り終わり、その獣のような眼光は再びアリサへと向けられた。

 

「い、いや……来ないで……来ないで!!」

 

 咄嗟に魔力を練り上げる。だが──

 

「無駄な抵抗はやめとけ。ここではご自慢の魔術も使えやしない」

 

 やはりそれは途端に霧散して、彼女の魔術は形をなさない。

 

「なん……で……」

 

 困惑するアリサを眼前の男は待ちはしない。男はゆったりと上着を脱ぎ、身軽な姿になる。

 

「それじゃあ、お楽しみだ──」

 

 そうして、醜悪な腕が少女の柔肌に触れようとしたところで、

 

「その辺にしておきなさい」

 

 男の動きは開かれた扉と一つの声で止まる。

 

「ッ! 会長!お疲れ様です!!」

 

 新たな部屋の来訪者に、今まで男たちが纏っていた雰囲気が変化する。

 

 それは恐れ……いや、畏怖といった方がしっくりとくる。

 

「か、会長!これはその……そう!商品のバイタルチェックと言いますか──」

 

 アリサを襲おうとしていた男が何かを弁明するが、「会長」と呼ばれた壮年の()はそれを無視して、呆然とするアリサの前に立った。

 

「……ほぅ。これは確かに、あの間抜けが気に入るだけはあるな──」

 

「なに、が……?」

 

 壮年の男の放った言葉の意味が分からずに、アリサは無意識に聞き返す。だが、やはり返答はなく。壮年の男はすぐに彼女から視線を切って、何も無い虚空を見た。

 

「あなた達は下がりなさい。後は私がやります」

 

「「わ、分かりました!!」」

 

 壮年の男の指示に二人組のマフィアは大慌てで部屋を後にする。そうして静寂が訪れたかと思えば、次の瞬間には──

 

「やっと、会えたね──ダリア」

 

「……え?」

 

 男が見つめていた虚空に、いつの間にか見覚えのある女性が音もなくそこに現れた。

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