乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
「全然見つからねぇ……」
迷路のように難解で、無駄に広大な劇場の関係者区画を駆け巡り、俺は途方に暮れていた。
ダリアとはぐれてから二十分ほど。うじゃうじゃと湧き出てくる劇場のセキュリティ──もとい、侵入者である俺を拘束しようと襲い掛かってくるヤクザどもを蹴散らしながら、奥へ奥へと進んで行くが、急にいなくなった師匠は見つかる気配もない。
どうして彼女が急にいなくなったのか、その原因は見当もつかない。何せ、この関係者区画には結界や罠といったそれらしき痕跡は見受けられないのだ。
──封魔の結界が張られていたのは区画の最初の方だけで、後は特に何もない……よな?
如何せん、この推察は俺の体感的なモノなので正当性はない。魔術の才能がない俺には結界の判別なんて本来なら無理なのだ。遮音とか気配の類を感じ取るのでギリギリである。
言ってしまえば身体が少し重いとか、魔力の巡りが悪いとか、そんな違和感を元にこんな結界が張られているのではと断定しているだけだ。仮に、魔力発露の抑えられた転移トラップなどにダリアが引っかかっていた場合、俺はそれを認知できる自信はなかった。
「けど、師匠に限ってそんなのに引っかかるわけがないし……」
そうなると、本当に彼女がいなくなった原因が分からない。
……いや、
そう、確かにあの悪魔はこう言ったのだ。「懐かしい気配だな」と。まるで思いがけず旧友の名前を見かけたような、哀愁にも似たその感情。かの魔帝が親しみを込めて懐かしむ相手など限られる……悪魔だ。そして、
「もしかしなくても、あいつだよな──」
本来ならばその隠しボスはこんな序盤──裏社会シナリオには登場しない。
これがメチャクチャに面倒で、制限時間付きのコミュニケーションパートが急に差し込まれたかと思えば、表示される十択の選択肢から正解のセリフを選ばないといけない。それ以外は全部地雷で、即ダリアが自責の念に押しつぶされてバリエーション豊かな自殺を繰り広げてくれる。
──選択肢ミスした直後に発狂からの心中をせがんでくるシーンは流石に堪えた……。
そんな数多の苦行を乗り越え、しかも発生条件がシビアなボスであり、それが実質的なダリアルートのラスボスと言っても過言ではない強敵こそが──
「〈刻視界魔〉ミルニナーヴァ」
『流石はご主人殿、ご明察~』
ダリアルートを語る上では切っても切り離せないボスの存在を思い出していると、軽薄な声が祝福してくる。
その白々しい反応は全くもって腹立たしい。俺は眉間に皺が寄るのを覚えながら、内に居座る悪魔に辟易とする。
「何がご明察だ……」
この悪魔、自分は最初から答えを分かっていながら、俺の思考過程を傍から見て楽しんでいたにすぎない。
本当に悪魔と言うのはどいつもこいつも趣味が悪い。そんな悪魔が、今回も全ての元凶であるのはクソ居候の反応で明らかだ。
〈刻視界魔〉
『ヘルデイズ』で登場する悪魔の一柱であり、その強さは悪魔の帝の中で第四位とされている。その能力──扱う固有魔術は名前からも分かる通り「時」を操作するモノであり、代表的な例を挙げるとするならばその悪魔は
つまりは「未来予知」であり、この能力を駆使してダリアルートの「追憶シナリオ」では策謀から扇動、先読みによるプレイヤーの行動規制などなど……随分と好き勝手に暴れ回っていた印象だ。
そんなミルニナーヴァはプレイヤーの間では「激重百合悪魔」や「執着レズ悪魔」と呼ばれ、ダリアとは古くから因縁があり、彼女のバックボーンを語る上では欠かせない敵キャラなのだが……前述したとおり、この悪魔が登場するのは本当ならばもっと先なのである。
「……いや、最初のシナリオがこんな早い段階で発生している時点で、今更な話ではあるんだが──」
それにしたって、チュートリアルとも言えるシナリオの最序盤でいきなりシナリオの隠しボス……それも実質的なラスボスが出てくるのはおかしいだろ。そもそも、そのパターンは一回やったでしょうが。
──何回も同じ展開を擦るとプレイヤーは白けるぞ?
と言うか、普通のゲームだったらキレていい。でもこれはゲームよりも質の悪い現実だ。受け入れるしかない。
「……確認だが、師匠が急に居なくなったのは、あの悪魔の時間操作で間違いないな?」
『その通り。ご主人が前世で体験したのより、実際はだいぶ厄介だろ?』
俺の質問に軽薄な声はすんなりと答える。
本当はこの悪魔に頼るなんてのは御免蒙りたいところだが……状況が状況だ。今は何よりも正確な情報が必要だ。
──変な意地を張って墓穴を掘るのもアホらしい。
ならば、割り切って思考を切り替える。
「ってことは、お嬢様はまた悪魔に捕まったってわけだ……」
『ははっ、こんな短期間で悪魔に二回も捕まるとか、ご主人の主も随分と間抜けだよなぁ~』
その一回目が自分であると言うのに他人事のように悪魔は笑う。なにわろてんねん。
「全然笑い事じゃねえよ……」
この悪魔の話では他の魔帝たちは、前回の件でお嬢様に興味を持ち始めたって言ってたし、下手すりゃ別の悪魔に支配されて破滅ルートが復活する可能性もある。それに、ダリアがあの悪魔を前にして平静を保てているかも怪しい。……と言うか、絶対に喧嘩腰で一触即発だ。
「状況は最悪だな……」
『だろうね。この用意周到さを鑑みるに、あの覗き魔も本気で力を取り戻しに来たらしい』
一刻も早く師匠とお嬢様を見つけ出し、ここを脱出するべきなのは言わずもがなだが──問題はどうやって彼女たちの居場所を突き止めるかだ。
「人探しの魔術なんて便利な術、俺には使えないし……そもそも、また前みたく師匠たちは特殊な結界で隔離されてるパターンだろコレ──」
敵は時間を詠み、時間を操作する悪魔だ。どう考えても俺一人ではどうしようもない状況である。
手あたり次第、関係者区画を探し回っても奴の固有魔術によって、その姿が別の空間──この場合は時間──に隔離されているのならば、見つけるのは更に難しくなる。
『おいおい、ご主人。そんな時こそ私の出番だろう?』
途方に暮れた俺の思考を盗み読み、軽薄な声が得意げに弾む。
『あの変態の時間結界はなかなかに厄介ではあるけれど、私からしてみれば大したことはないさ。何せ、私は次元を操る悪魔だぜ?』
「つまり?」
その調子の良い悪魔の態度にやはりムカつきながらも続きを促す。悪魔は右眼を疼かせて言葉を続けた。
『相手が時間で空間を区切っていようとも、その結界に次元の穴を作って貫通すれば無問題。私の魔術はどんな空間・概念であろうと強制的に次元を作り出せる力だ。何も問題はない。……とりあえず片っ端からこの区画を調べて、結界の発生源を突き止めよう。表面上は見えなくても、存在は確かにそこにある。発信源さえ突き止めればあとはどうとでもできるよ』
なんとも頼もしい悪魔の言葉に、俺は得も言われぬ感情を覚えながらその策に乗ることにする。
──やっぱチートだわ……。
此奴の言いなりというのはやはり癪だが、今はこれ以外に妙案は浮かばないし、これが最善策だとも分かっていた。
そう、ここで奴の言われた通りに行動するからと言って、俺は完全にこの悪魔を信用したわけではない。緊急事態が故の一時休戦。使えるものは全て使って破滅の未来を回避するだけの話だ。
「そんじゃあ手あたり次第、見つけた部屋を「突撃!隣の晩ごはん」といきますか」
だから、俺は気を抜かない。
『おうおう、やってしまえご主人!!』
「はいこんばんわぁ!今日のお宅の晩ごはんは何ですかぁ~!?」
やけに上機嫌な悪魔の声を無視して、俺はとりあえず空元気ですぐ目の先にある扉や倉庫に突撃し始めた。