乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
果たして、少女──アリサ・アロガンシアは愕然としていた。
「〈
紡がれる流麗な魔を帯びた言葉は爆炎を生じさせ、轟音を伴って疾風の弾丸と化す。
「八の牙──!!」
「〈虎鋏〉!!」
阿吽の呼吸で動きを合わせ、双子が一つの武型を巧みに舞う。
「ずっと工房に籠ってて腕が鈍ったんじゃないかい?」
その全てを眼前の悪魔は不自然に動きを止めたり加速させて躱す。
「なに、これ……」
眼前で繰り広げられる苛烈な攻防は、やはりアリサの目には信じられない光景であった。
魔女は宙空に無数の紅蓮の弾丸を展開し、部屋ごと焼き尽くす勢いで悪魔へと乱射。その間隙を縫って、まだ自身よりも幼い二人の少年少女が目の冴えるような拳撃で悪魔へと肉薄している。そしてそんな、初見とは思えない絶妙な彼らの猛攻を表情一つ変えずに男──〈刻視界魔〉ミルニナーヴァは凌ぐ。
「む、無理よ……こんなの──」
そんな目まぐるしく変化し続ける渦中にアリサは絶望していた。
彼女にはあの戦闘の中に入っていけるような実力も技量もないのだから。あんな中に身の程もわきまえずに入っていけば数分と持たずに自分は死ぬと直感したからこそ、少女は眼前の光景をただ茫然とその様を眺めることしかできなかった。
最初の方こそ、アリサは魔女や双子と一緒になって目の前の悪魔に立ち向かおうとした。心を奮い立たせ、自らの失態は自分で責任を取るのだと、彼の隣に自信を持って並び立つために、彼に相応しい女になるために、アリサは確かに悪魔に立ち向かったのだ。
だが、すぐに彼女はその考えが間違いであったと、思い上がりであったと、勘違いであったと思い知らされた。
上手く紡げない魔術の詠唱。やっとの思いで、必要だと判断して紡いだ魔術は次の瞬間には何の役にも立たない屑へと成り下がる。剰え、思った方向に魔術が飛んでいかずに味方である魔女や双子の邪魔をする始末。
──これなら、私なんていなくていい。寧ろ、邪魔だ……。
そうして少女の心は自分自身の無能さによってズタズタに引き裂かれ、そうして立ち上がる気力さえも喪失させた。
戦闘に参加せず、部屋の隅で尻もちをつくアリサを咎める者は誰一人としていない。そもそも、悪魔との死闘の最中でそんなことをしている暇がないと言うのもあるが、魔女や双子は少女の気持ちが痛いほど理解できたからこそ、何も言うことはなかった。こればかりは、強者として悪魔と対峙する三人が何か言ったところで意味がないと。少女が、自分で乗り越えなければならない問題だった。
だからこそ、必死で魔女と双子はアリサに危害が及ばないように集中をしていた。そんなことも感じ取れぬ少女はやはり呆然と眼前の光景を眺めるばかり。
「悪魔──」
無意識に、けれど確かにアリサの視界はその姿を捉える。
……そう、悪魔だ。目の前にはまだ記憶に新しい、自身を闇に引きずり込もうとしてきた奴と同類の存在がいる。アリサにとって悪魔とはトラウマであり、自身を陥れようとした憎き宿敵だ。彼に助けられた夜、彼女は密かに決意したのだ。
「次に会ったら、絶対に一矢報いてやる」と。今まさに、その決意を実現するときであったが、現実とは非情かな彼女にその資格はなく、ただ尻もちを付いて、ただ震えて見ていることしかできない。
──どうしてだ?
身の程を弁えない愚かな少女は自問する。
──どうして私の身体は動こうとしない?
それは恐怖故か。
魔術には自信があった。同年代と比べたら、自分には周囲を凌駕するほどの隔絶した才能があるとさえ自負していた。
──何が足りなかった?
そして、そんな才能に胡坐をかくことなく、努力をしてきたつもりだ。誰かに褒めてほしかったからじゃない。見てほしかったからじゃない。彼に追いつくために、少女は必死で努力を重ね来たはずだった。
──それでも、足りないと言うの?
それでも埋められない差が眼前に広がっている。自身の愚かさを突きつけるように、際立たせるように燦然と輝く。
──私は、決めたんだ……。
それとも決意した直後に命が惜しくなったのか。少女の決意とは名ばかりのもので、仮初の偽物で、自分がただ酔いしれ、気持ち良くなる、自己満足に浸る為のモノだったのか。
──なのに、これじゃあッ……!!
考えれば、考えるほどに、自信が無くなる。
少女と魔女たちの間には隔絶した実力差が明確に存在していた。
それが何ら嘘偽りない、明確な事実だ。
──あの時と一緒じゃないか!!
気持ちだけではどうにもならないほど、ちょっと努力しただけでは埋められない力量の差がある。
それを少女は──アリサ・アロガンシアはよく理解していたつもりであった。
──だから、仕方がない?
「ふざ、けるなッ!!」
気が付けば、愚かな少女は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
己を叱責するように、はたまた鼓舞するかのように……。依然、臆病に震える両足を思い切り叩き、それを勢いに一気に立ち上がる。
──弱気になるな!うだうだ悩むな!一度決めたのなら最後までその決意を貫き通せ!それができなきゃ、お前は駄々を捏ねるばかりのわがまま令嬢のままだ!!
照準を絞るように右手を突きだし、狙いを定めて詠唱。
ヘコんでいる時間なんて自分にはないと、無力に打ちひしがれるかわいそうな自分にいつまで付き合うなと、少女──アリサ・アロガンシアは一切合切、自分の中で不都合にしかならない全ての理由、柵を次から次へと砕いていく。
──綺麗ごとを並べ連ねたなら、最後までその理想を追いかけて見せろッ!!
それこそが、少女が恋焦がれた
「ッ──〈大気を震わせろ──」
一度、粉々に砕かれたちっぽけなプライドをかき集めて、なけなしの勇気を偽る。
そうすれば、少しは眼前で今も勇ましく戦う彼らに、そしていつも脳裏に焼き付いて離れない彼の雄姿に近づけるような気がするから。
そうして、彼女は魔術を詠唱した。
「〈
振り絞った魔力を一心不乱に練り上げて、アリサは頭上に巨大な氷の槍を創造する。それをすぐさま、激しい攻防の最中、決して三人の仲間の邪魔にならぬようにと撃ち放った。
「いけッ!!」
空気を凍てつかせ、唸るような速度で空を駆け抜ける氷の一槍は確かに、悪魔を捉える。
「や──」
「邪魔だ」
だが、アリサの魔術を悪魔はまるで周囲を飛び回るコバエかのようにあしらい、呆気なくその魔術は瓦解する。
「なッ──!!」
やはり、届かない。自分のような身の程知らずな弱者には、奮起したところでどうすることもできない。そんな絶望感が幼く小さな体に駆け巡り、それと同時に激しい虚脱感が襲う。
「ぅう……」
一瞬で、許容量以上の魔力消費による疲労。この空間の異質さと、戦闘による異常な緊張によって、アリサがまともに行使できた魔術はたった一度だけ。
たった一度の魔術行使で戦力としての機能を失い、ただの木偶の坊となってしまう。それが、今の彼女の現在地であった。
「ク……ソッ──!!」
その事実に情けなくて仕方なくなる。
不甲斐ない己に遣る瀬無さが積み上がる。そして、心の底から少女は渇望する。
「強く──なり、たいッ!!」
足りない。戦闘経験は勿論のこと、最後まで戦闘を続ける体力、魔力量、魔力操作に、扱える魔術の種類、場面に適した魔術選択、反応速度──軽く挙げただけでこれだ。何もかもが足りていない。そんなのは分かりきっていたことだ。
だが、少女の後悔滲む吐露を怜悧な声が優しく否定する。
「いいえ、貴方は十分に強いわ──アリサ・アロガンシア」
誰に向けて放ったわけでもない独り言に、一つ返事が返ってくる。
それは同情でもなければ哀れみから来た言葉ではない。反射的に視線を向ければ、そこには黒く輝く魔女が一人。
苛烈な魔力の炸裂と轟音の中で彼女は確かにアリサを見た。
「けれど、確かにあなたはまだ強くなれる──見てなさいな。魔術を古くから学び、研鑽してきた先達として、魔術の神髄とやらを見せてあげる」
軽く微笑む魔女は一際、体外に放った魔力の密度を跳ね上げた。
その圧倒的な姿に