乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第59話 黒輝の魔女は藻掻く

 激しい魔術と小さな拳が肉薄する。

 

「〈駆ける、嵐鏃(ゲイルショット)〉」

 

「〈乱──ッぅぎ!!」

 

「セルッ!!」

 

 逆巻く乱風と不自然な時間齟齬によって双子の片割れ──セイル・ハウンドロッドの動きが鈍り、悪魔の魔術が直撃する。それを、すぐ側にいたもう一人の片割れ──セイラ・ハウンドロッドが強引に彼の身を引き寄せることで致命傷を避ける。

 

「〈引き摺り、絡めとり、停滞せよ(スネイル)〉!!」

 

 一連の流れを見ていた魔女が咄嗟に動きを鈍らせる魔術を悪魔に放つ。その魔術が直撃することはないが、回避行動を取らせるだけでも効果は十分であった。

 

 ハッキリと言えば、悪魔との戦闘は何とか均衡を保てているようなものだった。

 

 ──やっぱり、厄介な力ね……。

 

 本来、後衛で魔術による支援が得意な魔女──ダリア・メイクラッドもこの瞬間ばかりは前線に出張って悪魔と対峙する必要があった。

 

 状況はいつもと違う。何もかもが不十分で万全と言うには程遠い。ここ最近の死闘と言うのは、だいたい頼れる前衛がいたからこそ彼女は十全にその真価を発揮することができていた。

 

 だからという訳ではないが、眼前の悪魔のその能力を考えれば苦戦は必至であった。

 

「ッ──セラ! 一時と四時の方向!」

 

「ッ──セル! 九時と十二時!!」

 

 そんな中で一緒に前線を押しとどめているこの双子の少年少女は本当によくやってくれている。

 

 危ない場面は多々あれど、死角を作らぬように常にお互いの背中を合わせて、阿吽の呼吸で攻撃と迎撃を切り替えて、何とかあの性悪悪魔の魔術に対応している。

 

「これでまだ子供だって言うんだから末恐ろしいわね──!!」

 

 流石は彼の肉親──ハウンドロッドの従者と言ったところか。この二人が居なければ、魔女はもっと早く最悪の事態を迎えていたことであろう。

 

 戦う前にあれほど大口を叩いておいてなんだが、魔女は本当にギリギリの綱渡りをしていた。目の前で腹立たしい笑みを崩さない悪魔は、その〈刻視界魔〉の名の通り、未来・過去の時を視て、一部操ることもできる。

 

 この「操る」と言うのが厄介で、気づかぬうちに時を止められ魔術を打ち消されたり、逆に見覚えのない魔術が眼前にまで迫ってくる。これが本当に厄介だ。何せ、術中に嵌まれば知覚するのが困難なのだから。しかも、操作タイミングは自由自在──受ける側からすれば不規則過ぎて、そこでもまた虚を突かれる。だから常に全力で魔力を張り巡らせ、微細な変化に対応できるように神経を研ぎ澄まさなければならない。

 

 詰まるところ、長期戦は圧倒的に不利と言うことだ。

 

 だから、一気に大技を仕掛けてあの悪魔を殺す必要があるのだが……その隙を作るのが死ぬほど難しい。そもそも、悪魔を殺す──消滅──させるには魔術のみでは難しい。できないわけではないが……それは圧倒的な魔力量で押し潰す力技でしか不可能で、この状況でそれは不可能に近い。ただでさえ、魔力の消費が激しいのだ。

 

 ならば、神聖術による爆発的な特攻能力による殲滅がこの場合の最適解なのだが──これも如何せん、手札が少なすぎた。

 

 ──ないわけじゃあないけれど……脳死で使えるほど余裕なんてあるはずもない!

 

 以前の〈次元界魔〉の時のように、今ここには前線を一人で押しとどめる不屈の前衛なんていないし、どんな悪魔も瞬殺できる神滅の剣も用意がない。

 

 最悪、超特攻のあの剣がなくとも、目の前の悪魔を倒すことは可能だがその為の祝祷礼装を準備する隙すら作り出すのは至難の業だ。

 

 ──あの二人の負担が更に大きくなる……。

 

 ただでさえ尋常ならざる対応力で頑張ってくれているあの双子に、更に負担を強いるのは魔女としては許容できない。これ以上を望むとなると、更にその命を死へと近づけるのは明白だ。

 

 ──彼の大切な人にそんなことできるもんですか!!

 

 簡単に言えば、状況は劣勢だ。それでも、諦めるわけにはいかない。何せ、今しがたなけなしの勇気を振り絞って、一人の幼気な少女が圧倒的な強者に一矢報いて見せたのだ。

 

「踏ん張りどころって奴ね……!!」

 

 だから、ここで弱音を並べ立てて諦める選択肢なんてなかった。

 

「なんだい?もうバテたのかな、ダリア?」

 

「まだまだこれからよッ!〈〈疾く飛べ、紅蓮の炎弾(フレイムバレット)〉!!〉」

 

 新たに詠唱を紡ぎ、紅蓮の炎による弾幕を張り巡らせ、時間を稼ぐ。その合間を縫ってここまで一緒に死闘を戦い抜いた双子が近くに寄ってくる。

 

「このままじゃジリ貧! 何か策はないの魔女のお姉さん!?」

 

「私たちも次の攻防で限界よ! だから、次で決めるサイキョーの一手をお願いするかしら!?」

 

 その小さな体は無数の裂傷と吹き出る鮮血が滴り落ち、今に斃れても不思議ではないほど双子の表情は疲労を帯びている。そんな彼らに対して今一度、魔女は双子に敬意を払った。

 

「……」

 

 だが、魔女は迷った。

 

 策はある。だが、前述したとおり、これ以上、この二人に負担を強いるのは許せない。年長者として、もっとこの二人の負担を減らすべく、最善の一手をひねり出した方が──

 

「迷う必要はないよ」

 

「──え?」

 

 そんな無い物ねだりな思考を巡らせる途中で、セイルの声が魔女の思考を遮った。反射的に眼前の双子に視線を戻せば、セイラが何の気なしに言った。

 

「私たちはお嬢様をお守りする盾であり剣、いつでも死ぬ覚悟なんてできてる」

 

「……」

 

「「だから、どんな作戦だろうと僕(私)たちはそれをやり遂げて見せる」」

 

 下手をすれば自分たちの命が危ない。だと言うのに、双子の瞳はまだ勝利を諦めず爛々と眩い光を宿していた。

 

 その双子の姿に魔女は()の姿を幻視して、そして自分自身を鼓舞するように言葉を紡ぐ。

 

「時間を稼いでちょうだい……一分。それだけあれば、あの悪魔を滅する祝祷礼装を作り上げて見せる。アナタたち二人には厳しい役割ばかり押し付けて本当に──」

 

「「わかった!!」」

 

 思わず最後に謝罪をしようとする魔女の言葉を遮って双子は元気に頷いて見せた。

 

 双子の言葉は暗に「弱気になってる暇なんてない」と言っているようで、まさにその通りだと思った魔女は強気に微笑む。

 

「いい返事ね──気に入った! 特別に私のことを「お姉様」と呼んでもいいもいいわよ! と言うか、呼びなさい! 私はセナの師匠なのだから、アナタたちは未来の弟妹みたいなものだしね!!」

 

「「……よくわかんないけど、わかったよ! お姉様!!」」

 

「ほんとに可愛い子たちねぇ!!」

 

 そんなやり取りの後に彼らは示し合わせたように一気に散会する。

 

「さて、最後の作戦会議は終わったかな?」

 

 激しい弾幕を涼しい顔で掻い潜り、悪魔は余裕綽々と首を傾げる。

 

 奴にとってこれはメインディッシュを楽しむための余興に過ぎない。だから、一気に全てを刈り取るのではなく、嬲るようにじわじわと追い詰める。その方が、最後に本命を摘んだ時のカタルシスは計り知れないから。

 

 だからこそ、悪魔はいい具合に手を抜く。

 

「いくよセラ!!」

 

「いくわよセル!!」

 

 緩慢とした動きで魔女へと近づく悪魔を前に、双子は目配せ一つで再び肉薄する。

 

「天におられる我らの母よ、我らに恵みの糧を今日もお与えください、我らの愚かさをどうかお許しください、我らも愚かな同胞を決して裏切りません──」

 

 その背後からは澄んだ天使のように美しい祈りが響く。その一連の光景だけで悪魔は全てを察する。

 

「ふむ、祝祷礼装による特攻か……安直だけど、この状況でやるってことは──本気ってことかな?」

 

「〈疾噛〉!!」

 

「〈頸噛〉!!」

 

 依然、緩慢な悪魔の体たらく。それに容赦なく双子の高速の拳が悪魔に襲い掛かるが、それは難なく受け流されてしまう。

 

「その歳にしてみれば、やはり君たちは異様だ。けれど、それだけの話だね」

 

「「ッ──まだだッ!!」」

 

 まるで赤子をあやすような、悪魔との圧倒的な力量差。その事実を噛み締め、双子はただ一つの目的を遂行するために奮起する。

 

「「うわぁあああああああああああああああああああああッ!!」」

 

 もうこれで沈め切るつもりで、我武者羅にけれども雑にならず、洗練された高速の拳を連打する。

 

 その悉くがやはり、容易に受け流されてしまうが気にしない。

 

 ──時間を稼げ!!

 

 ただその一心。背後から聞こえる流麗な祈りを活力に双子は一心不乱に悪魔へと肉薄する。

 

 だが──

 

「流石に鬱陶しい」

 

「「──ッッッ!!?」」

 

 不意に身体の動きが強制的に止められる感覚がしたかと思えば、双子は大きく身体を宙に吹き飛ばした。

 

「二人とも!!」

 

 その致命的な一撃に思わず魔女は動揺し、すぐにでも彼らの側に駆け出したい衝動に駆られるが我慢をする。

 

 ここで聖唱を中断させれば、彼らの稼いだ時間が無に帰す。それはこの瞬間に一番してはならない愚行だ。あの二人が稼いだ時間は金よりも価値ある、決して無駄にしてはならない、かけがえのない瞬間。

 

 ──そんなの、論外よ!!

 

「我らを悪しき魔からお救いする御力を下賜ください、我らは主とともにおられます──〈万丈なる裁きの聖域は今ここに(セイクリッド・ジャッジメント)〉!!」

 

 だからこそ、この身全てを危険に晒そうとも決して退くことなく祝祷礼装を紡いだ。つまり、間に合ったと言うことだ。

 

最高司祭(グランド)にしか紡げない最上位の祝祷礼装! 本気なんだね、ダリア!!」

 

「最初からそう言っているでしょうが! これで終いよ──〈我、今悪を裁く(ジャッジ)〉!!」

 

 察しの悪い悪魔に苛立ちを覚えながらも、魔女は右手には一本の短槍が握られている。それこそが、彼女が今持ち得る唯一の神聖武器であり、眼前の悪魔を葬る方法。

 

 その短槍からは部屋を覆いつくさんばかりの光芒が燦然と煌めき、膨大な聖なる御力が悪魔を裁く。そうして、魔女は思い切り悪魔の胸目掛けて聖槍を突き刺した。

 

「ッ──、ァ──ッ──!!?」

 

 尋常ならざる力の奔流に絶叫を上げる慈悲さえ与えられず、悪魔はその身を焼き焦がされるのみ。確かな手ごたえを感じ取り、魔女は死力を振り絞って全精力をその一撃に賭ける。

 

 そして、燦然と輝く光が収束し始めたところで──

 

「なッ──」

 

 彼女は強制的に全ての光景が巻き戻る違和感を感じた。

 

 果たして、その違和感は違和感などではなく、確かに事象として今起きた事実に違いなく──

 

「ふぅ……今のは流石にちょっと驚いたなぁ。やっぱりすごいねダリアは──」

 

「そん、な……」

 

「さぁ、もう十分に駄々は捏ねただろう? それじゃあ、終わりにしようか」

 

 悪魔はその規格外の能力によって時を操り無傷であった。

 

「バケモノめ……」

 

「そんなに羨ましがらなくても、すぐに君もこの力を扱えるようになる。だって、これから私たちは一つになるのだから──」

 

 魔女の皮肉も意に介さず、気が付けば悪魔は彼女の目の前に立つ。そして、その皺まみれの手で魔女の頬を愛おしそうに撫ぜた。

 

「ッ! やめ──」

 

 その不快極まる感触に魔女は咄嗟に身を退こうとするが、すぐに自分の身体が動かないことに気が付く。

 

「力は大事な時まで温存しておく……当然のことだよねぇ?」

 

「ク、ッソ──!!」

 

 無遠慮に悪魔の手が自身の顔、髪、肩、腰、腹、足──余すことなく全てを撫でまわし、悪魔は感極まるかのように陶酔する。

 

「あぁ、最高だ……最高だよ! 私はずっと君を求めていたんだ。君だけを求めていたんだッ! ようやく……ようやく、百年以上も前に望んだ悲願が叶う!!」

 

 やはり魔女は抵抗することができず、悪魔のその深い紫紺の瞳に魅入られ、深く深く意識を不鮮明に搔き混ぜられる。

 

「ぅっ──ぁぁ……」

 

 数秒と経たずに自分が何に抗っていたのか、拒んでいたのか、戦っていたのか、逃げていたのか、その全てがわからなくなり、目の前の言葉だけが全てのように思えてくる。

 

「さぁ、復唱してご覧」

 

「ふく、しょう……」

 

 それは契約。

 

「私、ダリア・メイクラッドは──」

 

「わたし、だりあ・めいくらっどは……」

 

 それは互いが合意の上で結ばれる、正式に意味を成す行為。

 

「〈刻視界魔〉ミルニナーヴァを──」

 

「〈こくしかいま〉みるになーう”ぁを……」

 

 それは、世界を滅ぼし壊す災厄の魔女を作り出す儀式。

 

 一度契約を結べば二度と覆すことは叶わない。

 

「受け入れる」

 

「うけいれ──」

 

 そうして、今まさにその契約の履行のカギとなる言葉は、

 

「おい──」

 

 最後まで紡がれることなく、途中で遮られる。

 

「え──?」

 

「んな──ッ! 貴様!!」

 

 ぐらりと身体が揺さぶられる衝撃に、魔女の混濁しかけていた意識は正気に戻る。

 

 気が付けば、先ほどまで近距離で近づいていた魔女と悪魔の距離は遠ざけられている。そして、今まさに悪魔に支配されようとしていた魔女はそ一人の平凡で、凡庸な、ちょっと血のように真赤な両目が特徴的な、なんてことない少年に抱きかかえられていた。

 

「人の大切な師匠に、なに変な契約させようとしてんだ? 宗教の勧誘とかこの人、本当に信じちゃうから勘弁してもらってもいいですかね」

 

 そうして、魔女の唯一の弟子である彼はさながらクソったれな悪徳業者を思わせる悪魔に一言文句を言った。

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