乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
ここまで辿り着くのに酷く苦労した。
何せ、異様に広い関係者区画に存在する全ての扉と言う扉を全て一つずつ開けて回り、ダリアらが特殊な結界によって幽閉されている元凶の部屋を探す羽目になったのだ。本当に、これには骨が折れた。
「途中で何故か派閥連合の奴らと出くわすし……」
『ご主人は本当にクジ運がないなぁ~』
「黙れ」
ケタケタと他人の不幸を嘲う悪魔に苛立ちを覚えながら、俺は一つ深呼吸をして抱きかかえた魔女を見遣る。
「随分と探しましたよ師匠? いなくなる時はせめて一言いってからにしてくださいよ。マジで焦ったんですから」
「セ、ナ……?」
「ええ、あなたの一番弟子、セスナ・ハウンドロッドですよ」
冗談交じりに嘯いてみせると、魔女はまだ状況の理解が追い付かないのか呆然とこちらを見つめるばかり。その様子から察するに、自分がここに来るまでに随分と消耗をしているらしい。
──魔力欠乏と悪魔の魅了による意識の衰弱ってところか……。
身体を動かす気力も残っていないのだろう、こうして意識があるのも不思議に思えた。
早く安全な所へと運び、傷の治療や魔力の回復をさせたいところだが、そう言う訳にもいかない。なので一旦、その場に座らせて周囲に
──これでとりあえず流れ弾の心配もないだろ。
前に視線を戻せば、そこには困惑した様子の男──悪魔がこちらを恨めしそうに睨んでいた。
「それで、お前は──」
「き、貴様がなぜここに……確かにこの空間は私の固有魔術で──!!」
信じられないと喚く悪魔を無視して、俺は思考を巡らせる。
やはりと言うべきか、今回の全ての元凶はかの悪魔──〈刻視界魔〉ミルニナーヴァであった。どうしてダリアルートの中盤以降……それもそれ以外では微塵も登場しないこの悪魔がここにいるのか? その理由は……まぁ何となく察しは着くが、こちらとしてみればはた迷惑な話であった。
「あの訳わかんねぇ目玉商品もお前の影響だと思えば納得。ほんと、好き勝手にやってくれたな?」
「それはこちらのセリフだ! お前みたいな塵芥が出しゃばって、私の大事なダリアに手を出して──ただで済むと思っているのか!!?」
「黙れ、出しゃばってんのはどっちだよ。お前の出番は当分先だろうが──その姿から察するに、かなり無理をしてこんなことをしてるみたいだしよぉ……本当、ここでも相変わらずの執着ぶりかよ」
依然として喚く悪魔に当然俺は腹が立っていた。それはここに来るまでの道程を考えれば当然のことである。
「無数の足止めに無駄に広い建物の最奥……それも、隠し扉に魔術による厳重な防護結界で守られた倉庫。更には固有魔術による時間結界で物理干渉をケアする徹底ぶり……せこせこと悪事を働くのが大好きな悪魔がしそうなことてんこ盛りで、マジで見つけるのに苦労したぞ」
ここに来る過程で、関わるつもりのなかった闇組織の構成員をほぼなし崩し的に壊滅させることになったし、これじゃあ
「それもこれも全部テメェがここにいるのが悪いんだ……。落とし前つけてもらうからな?」
だから俺は今回起きた全ての問題と責任を眼前の悪魔に押し付けることにした。そんな俺の言動は悪魔からしてみれば支離滅裂で意味不明であり、悪魔としてはそれよりもいい所で邪魔が入ったことが煩わしくて仕方がなかったのだろう。
「意味の分からないことをペラペラと! もういい!どうやってこの空間に入り込んだかは知らんが、死ねぇええええええッ!!」
だから、悪魔は本能のままに邪魔者を排除する為に動き出した。
感情が高ぶるままに、悪魔は数多の属性魔術──どれも殲滅級の──を展開してそれら全てをこちら目掛けて撃ち放つ。
「舐めるな──」
視界を全て埋め尽くさんばかりの弾幕。だが、たかが魔術による砲撃だ。俺にとってそれはなんら脅威にはならず、容易に躱すのなんて訳ない──
「〈
「ッ──!!」
だが、次いで紡がれた悪魔の詠唱によって、俺は一瞬、妙な違和感を覚える。
それはここまでで何度か感じた時が止まるような──事実、時を強制的に止められている〈刻視界魔〉の固有魔術に違いなかった。
「セ……ナ──!!」
掠れた声で魔女が名前を呼ぶ。それがはらむ感情は「逃げて」とか「危ない」とか……そんな感じ。
確かに、彼女の切迫した声も納得。その魔術は通常ならば不可避であり、必中、かの黒輝の魔女ですら対処不可能な規格外の力だ。その術中に捕らわれれば、悪魔の許可なく動き出すことはできない。
……そう、それが普通の人であるのならば。
「チッ──おい、ディヴァーデン」
だが、残念ながら、不承不承ながら己の内に悪魔を住まわせているこの身には通じない道理である。忌々しげに悪魔の名前を呟けば、すぐに軽薄な声が返事をする。
『大丈夫だよ、ご主人。ちゃんと弾くようにしてある』
そうして、体内を支配していた違和感は拭われ、通常通りに眼前の景色は流れて、俺は魔術の弾幕をぬるりと掻い潜ってみせた。
「遅い。今一瞬、ラグあったぞ?」
『我儘だなご主人は……これで手いっぱいだよ。そもそも、ラグがあるのはご主人の魔力操作がヘタクソだからさ』
「チッ……」
「なッ──!?」
悪魔にとって信じられないその光景は、だが俺にしてみれば当然の結果である。
脳裏に響く悪魔の抗議の声を一旦無視して、俺は愕然とする悪魔を煽るように笑みを深める。こういうのは余裕を見せつけるからこそ、精神的にも負荷をかけられる。
「確かに、お前の固有魔術〈刻視界魔〉は厄介だ。時を視て操る魔術なんてのは規格外すぎるってもんだ……だがな、その力も全知全能ってわけじゃない」
「ふざ──ふざけるな! これは何かの間違いだ! 私の魔術が貴様のような凡夫に──!!」
まんまと挑発に乗ってきた悪魔は再び同じ魔術を
俺の全身を気色悪い違和感が駆け巡るが、齎される結果は
「なッ……ど、どうして……どうしてだ!? なぜ貴様に私の魔術が効かない!!?」
理解しがたいと喚く悪魔。その喧しい声を無視して、俺はまだ悪魔を小ばかにする。
「おいおい、人の中の概念に触れておいて、その中にいる存在に気がつかないのか?」
「な、にを──?」
ここまで言っても察しの悪い悪魔を哀れに思い、俺はハッキリと言葉にする。
「目には目を歯には歯を……悪魔には悪魔の力をってな。唯一、お前のクソみたいにチートな能力に対抗する術がある。ここまで言えば……流石にわかるよな?」
「ま、まさか──〈次元界魔〉か!?」
「ご明察」
ようやく解にたどり着いた悪魔を拍手で称賛する。
〈刻視界魔〉は前述したとおり、特定の条件下で未来あるいは過去を視ることができ、そして特定条件下でのみ指定した対象の中の「時間概念」を停止、または加速することができるアホみたいな能力だ。
例えば、未来や過去を視る力は「その対象を深く愛していないと視ることができない」だとか、「視える範囲が長くなればなるほど断片的になる」とか、「視ることができるのは完全ランダム」だとか。その条件から思ったより、使い勝手が悪かったりする。
時間操作も同様に、指定した対象の中にある「時間」という概念を掌握して支配することで漸く操ることができるわけで……しかもこの掌握にはそれなりの時間を要し、対象ごとに使用回数が限られている。
──ゲーム主人公と違って、このレズ悪魔に愛される理由もないしな。
そして、今回俺が気にするべき能力としては後者の時間操作でのみであり、取った対処法としては至って簡単。
悪魔ディヴァーデンの固有魔術〈次元界魔〉で自分の体内と周囲に全ての概念に捉われない次元結界を張り巡らせて、外から支配しようとしてくる〈刻視界魔〉を完全にシャットアウトするのだ。
流石に、一カ月ちょっと修行をした程度で本来のディヴァーデンの力を扱うのは無理だが、自分の中とその周囲に結界を作るくらいなら問題ない。この応用によって、ミルニナーヴァによって物理的に隔離されていた時間結界にも次元を作り出して、ゴリ押しで割って入ったと言うことだ。
何を言っているかわからないと思うが……正直、俺もよくわかっていなかった。とにかく、規格外には規格外の力で規格外に対応と言ったノリである。
「なぜだ! どうしてだ!? ありえない! そう、ありえないんだ!!」
「何が?」
だが、それだけでは眼前の悪魔は納得できないらしい。首を傾げて聞き返す俺を怒鳴り散らすように悪魔は言葉を続けた。
「貴様のような凡夫がなぜ奴の力を使えると言うんだ! ディヴァーデンは既に死んで──」
「何故って、そりゃあ俺がアイツをこの
「──は?」
何偽りない俺の言葉に悪魔の動きが止まる。次から次へと押し寄せる情報量の多さに、ついに奴の許容量が限界を迎えたのだろう。
心中お察しである。俺だって、いきなり「俺、身体の中に悪魔飼ってるんっすよね」とか言われたらあんな反応すると思う。
『おい、ご主人。のんびりとしてる暇はないよ?』
「……わかってる。俺だって、いつまでもお前と同じ景色を見るなんてのは御免だ」
『相変わらず辛辣だなぁ~。でも、嫌いじゃないよ?』
「……」
だが、だからと言って奴の脳が情報を綺麗に整理し終わるまで待つ筋合いもなく、これ以上の問答は不要だと俺は一息に飛び出す。
「今日は色々とあって疲れてんだ。バカなことをしでかした弟妹も説教せにゃならんし──さっさと終わらせて、帰らせてもらう」
「ッ──んげッ!!?」
瞬きのうちに悪魔の眼前へと肉薄。呆気なく俺は悪魔の顔面を殴り飛ばし、奴は間抜けな声を上げて吹っ飛ぶ。
「魔術を封じちまえば、呆気ないな──あとはいつも通りサンドバッグの時間だ」
「ちょ、ま──待って────」
ジャブ、ストレート、アッパー、フック、ボディブロー……とりあえず、思いつく限り、思う存分に目の前の悪魔──が乗り移っている男を殴る。
悪魔は躱すことは疎か、ガードすらまともに取れずにされるがまま。この悪魔、魔術はアホみたいな性能をしているが、それ以外はてんでゴミ性能なのだ。御覧の通り、肉弾戦はからっきしで、こっちの土俵に引きずり込んだ時点で勝負は決している。
「さて──」
……だが、このまま殴り続けていればこの悪魔を殺せるのかと聞かれれば答えは否だ。乗り移っている肉体の方は悪魔に支配された時点で屍同然だし、俺には悪魔を滅する祝祷礼装の類は使えない。師匠に頼むには……流石にあの状況では酷な話だし。現状、すぐにこの悪魔を滅することはできない。
だがしかし、そこら辺の代替案も有能なセスナ君はしっかり用意していた。
「よし、こんなもんか……」
「や、やめてくれ……私が悪かった。もう二度とこんなことはしないから助けて──」
もう逃げる気力もないのか、悪魔はそんなベタなセリフを宣うが信じてはいけない。
悪魔の命乞い程信用できないものはない。此奴らは平気で嘘を吐くし、人の身体を奪おうとするし、すぐに世界を「面白そう」だからと滅ぼすヤバい奴らだ。なので、やるのならば徹底的にである。
「残念ながら、お前に二度と自由はない。これからお前が行くのは誰もいない──虚無の次元だ」
「ッ!! そ、それだけは! それだけはどうかやめてくれッ!? そんなところに飛ばされたら──」
俺の宣言に悪魔は血相を変えて縋りつく。
〈虚無の次元〉とはその名の通り、〈次元界魔〉によって定義した次元の空間を永遠にループさせたものであり、一度入れば使用者の許可なく解放されない無限牢獄である。その存在を同じ悪魔であり、魔帝であるこいつも知っていたのだろう。
そうして、どうしても助かりたいと足掻く悪魔は無駄な言い訳を始める。
「そ、そうだ! 愚かなお前にいいことを教えてやろう! お前はあの女を慕っているようだがな、あいつはとんでもない悪魔と同じくらい酷い魔女なのだ!!」
「へぇ、それで?」
なんだか一生懸命に話す悪魔がかわいそうだったので、最後の遺言として聞くことにする。
そんな俺に希望を視たのか悪魔は饒舌に語り出す。
「あの魔女はかつて永遠を求めて非人道的な実験の数々をしてきたのだ! 時には研究材料が必要だと国の鉱山を略奪し、魔獣の素材が必要だと森の生態系を破壊し周囲に影響を及ぼし、何の罪もない国を滅ぼしたこともあった! 何より!この女は自分が永遠を手に入れるために同志を……親友である錬金術師の男を殺して自分だけが甘い汁を──」
「だからどうした?」
ペラペラと知っていることばかり話す悪魔の言葉を一蹴する。思ってた反応と違うのか悪魔は呆けた声を上げた。
「へ?」
「
「は?」
「そんな中途半端な話で俺が流されると思っていることだ。理解力の低いお前の為にもう一度言ってやる。彼女の過去・失敗・過ち、それら全部ひっくるめて、その全てが黒輝の錬金術師──ダリア・メイクラッドの魅力だと俺は断言する! それにだ悪魔、「綺麗なバラには棘がある」って言うだろうが。それを理解せず、許容できないお前は……やっぱり見る目がないし、黙って無限の次元で喚いてろ」
俺にとって錬金術師ダリアと言うキャラは前世から……そして今でも何ら変わりない。
暗い過去があろうとも、その反動でちょっと感情が重たかろうが、カッコつけで、ドジで、変な所で抜けている残念お姉さんであろうとも、それが彼女の魅力であり、彼女の全てだ。前世の俺はそんな彼女の存在に救われたし、彼女の存在があったからこそ辛く苦しい地獄を乗り越え、そして現在進行形で多くの場面で助けられた。
だから、そんなことは何ら問題ではないし、本当に今更な話なんだ。
「ち、違う! それは私の──私にしか理解できないことで────」
「安心しろミルニナーヴァ、俺は最後まであの人の側でこの恩を返すつもりだ。決して、独りになんてさせるつもりはない」
「ぁあ……うわぁああああああああああああああああああ──!!」
うるさく喚く悪魔を無視して、俺は奴を今しがた作り出した無限の次元へと取り込む。それで全てが、呆気なく終わってしまう。
「セ、ナ……」
背後からよく聞き慣れた声が聞こえる。俺はゆっくりと声のした方へ振り向き、優しく地面に座り込んだ魔女へと近づく。
「それじゃあ、帰りましょうか」
やるべきことは終わった。ならば、こんなクソみたいなところからは直ぐにおさらばするべきである。
「へ!?ちょ、せ、セナ!?これって──」
「歩くのも厳しいでしょう? 今日だけは特別大サービスと言うことで、しっかり責任を以て工房までお送りしますよ」
軽々と魔女を抱きかかえて立ち上がる。
なんだか慌てふためく魔女を他所に、俺は一転、険しい視線を今まで結界の中で守られていた双子に向ける。
「セル、セラ」
「「は、はい!!」」
名前を呼ばれた双子は勢いよく起き上がり、こっちに来て正座をした。そんな様子を見て俺は判断を下す。
「まだ問題なく動けるな?」
「「も、もちろんです!!」」
「よし、それじゃあ
「「は、はい……」」
今から訪れるであろう地獄絵図を想像してか双子は顔面蒼白。だが俺も今回ばかりは容赦しない。そして、最後に仕えるべき主にも釘を刺しておく。
「
「は、はい!」
同じく、双子と同じ安全地帯で座り込んでいたお嬢様はビクリと身体を震わせる。とりあえず、大きな怪我はなさそうでよかった。
「
「ご、ごめんなさい……」
しょんぼりと反省した様子の少女から視線を切って、俺は歩き出す。
「それじゃあ行きましょうか」
「う、うん!!」
その後の帰り道は、途中で派閥連合の幹部のほとんどを潰した甲斐あってか、すんなりと劇場から脱出できた。
『……おい! 今回の私、大活躍だったろ! 私に感謝の言葉は!? お褒めの言葉は!?』
途中、喧しく抗議をしてきた軽薄な声はとりあえず無視しておいた。