乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
闇オークション「大博覧会」から一カ月が経過した。
表面上は恙なく、数年に一度の裏社会のビッグイベントは終わりを告げ、アウレリスはほんのりと祭りの熱の名残を残しつつ、普段の様子を取り戻したかのように思えた。だが、その日常の裏ではアウレリスを統治していた闇組織──派閥連合が一夜にして謎の解体を遂げ、圧倒的な統治者によって一定の秩序を保っていたアウレリスはそのバランスを崩壊させようとしていた。
なぜ、あれほど強硬な組織体制を構築し、盤石の組織運営の下で成り立っていた連合が壊滅したのか?
一部の情報屋や古くから裏社会を根城とする住民らの間では、内乱が起きたとか、幹部たちが謎の暗殺者に闇討ちに遭っただとか、遂に貴族と教会が粛清に打って出たのだと……色々な憶測が飛び交った。だが、結局のところその詳細は明かされず、この報せは多くの謎に包まれていた。
そして絶対的統治者を失い、アウレリスは一気に無法地帯と化すかと思われたが、実際はそんなことにはならなかった。理由は単純で、派閥連合が解体された直後に新たな統治者──と言っても解体された派閥連合の中で残った構成員が発起したことによりできた〈牙の派閥〉が台頭してきたからだ。
この〈牙の派閥〉は前〈業火の派閥〉代表グレゴリオ・マッシブが主要発起人の一人としてアウレリスで公にされており、過去の経歴と派閥を率いていた長としてのカリスマ性を買われてか、新派閥の代表代理を務めていた。
急な連合解体の報せに動揺し困惑したアウレリスの住民たちであったが、圧倒的なネームバリューと長年にわたりアウレリスを統治してきた一人として、人望もあるグレゴリオがいるのならばと、この〈牙の派閥〉はなんら住民らの反感や反発などの支障を来すこともなく、裏社会の新たな統治者として受け入れられる。
しかし、新派閥統治から約一カ月が経った今でも、派閥の代表は公の場に一度も姿を現すことはなかったと言う。それも、派閥に所属する構成員ですらその代表の姿を目にしたことがなく、その本名も公表されていないとのこと。
ただ、唯一の派閥幹部であり、代表代理を務めるグレゴリオだけはその全てを把握しており、密にその代表とやらと連絡を取っているらしい。
たまたま、グレゴリオが代表と思わしき人物と通信魔道具でやり取りをしていたところを盗み聞いたところ、彼曰く、その代表と思わしき人物は「猟犬の旦那」であったり「猟犬の姐さん」と呼ばれていたとのこと。その抽象的な呼び方には謎が深まるばかりで──結局のところ、裏社会のトップは名前も定かではない「猟犬」とやらが牛耳っているとのことだった。
その「猟犬」と言う名に、一部ではアロガンシアの人間が関与しているのではないかと囁かれていたが、これには貴族側がきっぱりと否定を示しているので無関係であることが証明されている。
果たして、「猟犬」とは何者なのか?
その真実を知るのは、結局のところ派閥の代表代理を務める不運な男、その一人のみで十分であろう。
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「そんな感じで、最近のアウレリスの情勢は落ち着きつつあります」
とある一室──とは言っても錬金工房の──で、俺と師匠は通信型魔道具でしゃがれた男の声──グレゴリオから定期報告を聞いていた。
彼とはあの時……師匠たちの場所を探る為に関係者区画を片っ端から調べていた時にたまたま派閥連合と遭遇した際に出会った。簡潔に言えば、裏社会で数年に一度の祭り騒ぎの裏で、暴れに暴れて収拾が付けられなくなった俺は、偶然遭遇した派閥連合の幹部連中を制圧することにした。まぁ、当然だね。これで面倒だからと見逃して、あとで報復に遭う方が面倒だからね。
だが、結果として俺はその幹部を全員は殺さなかった。そしてその判断は最良だった。
結果的に闇オークションの夜に
──本当に我ながらナイス判断だ……。
そして何より、このグレゴリオ君、大変に有能なのだ。
裏社会の秩序と均衡を守るために新しい派閥を組織したのはいいが、俺と師匠はその手のノウハウはからっきしだ。一応、師匠が恰好を付けて俺と自分を新派閥──〈牙の派閥〉の代表なんかに据えたが、実際問題、組織を運営できるほど熱意があるわけでもないし、そんなことをしている暇もない。
ここら辺は本当に師匠の悪い所と言うか……遊ぶだけ遊んで後はほったらかし、彼女はグレゴリオ君に「じゃあ問題を起こさないように適当にやっといて」と組織や裏社会の運営を最後は丸投げした。
これには流石の俺もどうかと思い、無茶ぶりを押し付けられた彼を不憫に思いもしたが……グレゴリオ君はあの適当極まりない指示をどう受け取ったのか知らないが、本当にものの見事に裏社会の不安定になると思われた情勢を安定させて見せたのだ。
これには、本当に驚かされた。
「そう、報告ご苦労様」
「はい、それではまた次回の定期報告会で──失礼します、旦那、姉御」
「いや、その旦那って呼び方は──まあいいか……」
報告を聞き終えて、何もしてない師匠は尊大にねぎらいの言葉をグレゴリオ君にかけて、通信を切断する。うーん、なんとも絵に描いたようなヤクザの子分って感じだ。
──しかも頭が切れる参謀タイプ。
自分の呼び方やちょっと変な噂が広まっている件を問いただしたかったが……この際、どうでもいい。それより、問題なく裏社会が回っていると聞かされた安堵の方が大きい。
──それに、どうせしばらくあそこに行くこともないだろうし。
適当に姿を晦ましとけばそのうち、変な噂も消えてるだろ。ついでにまたあの師匠が変な気を起こして裏組織でお遊びを企てる前に、俺らを適当に組織内から排除しといてくれれば猶の事よし。
なんて思考を巡らせながら、ゆっくりと椅子から立ち上がる。この一カ月で随分と俺の日常は変化していた。
まずつい先週から屋敷の仕事に復帰した。随分と長い休暇であったが、オークション以降は平和な日々を送れたので随分とリフレッシュできた。今ではバリバリお嬢様の小間使いに従事している。
それとミルニナーヴァについてだが、今も悪魔──ディヴァーデンの〈虚無の次元〉に幽閉中。理由としてはそっちの方が安全だからである。
当初は一時的に幽閉からの神聖術による祝祷礼装で滅ぼす算段であったが、その予定が狂った。と言うのも、今の師匠ではいくら力の弱まったミルニナーヴァとはいえ、完全に滅する手立てがないのだ。
彼女は何故か魔女で錬金術師なのに、神聖術による祝祷礼装を扱えるがその術の効力は結構不安定なのである。それこそ、神滅の剣のような強力な媒介に依存しており、そう言った類のモノがないと無理。そして、先日の件で彼女は相当な消耗をしてしまったらしくリソースがスッカラカンになってしまったのだ。
すぐに媒介を用意する手立てはなく、他の術者に悪魔の滅殺を依頼する伝手なんかもない。なら、絶対逃げる心配のない牢獄に入れとく方が安心だよねという結論に至ったのだ。
「また変なのが増えた……」
『おい!私をあんな変態と一緒にするな!!』
図らずも二体目の悪魔を別次元とは言え、匿うことになった俺としてはなんとも言えない心境ではある。だが、どうしようもないのだからしょうがない。
「それじゃあ戻りましょうか」
「はい」
通信していた部屋を出て、俺と師匠はいつも通り作業場へと戻る。
色々と変化がありながらも、一番の変化と言えるのは彼女であろう。何せ──
「戻ったわよ。私とセナがメチャクチャ熱いイチャラブちゅっちゅ(自主規制)を楽しんでいる間にちゃんとノルマは達成できたんでしょうね──アリサ?」
「んなことしてねぇよ」
「は、はい! もちろんです、師匠!!」
「ほら、アリサ様も修行に必死で全然反応できてないじゃん」