乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第65話 モブ執事は荷造りする

「そう言う訳で、学園に行ってきます」

 

 いつもの工房での作業中、不意に俺は隣で一緒に錬成に勤しんでいるお師匠様にお嬢様の学園入学に同行する旨を報告した。

 

「うん。どういうことかしら……セナ?」

 

 脈絡なく始めた俺の報告に隣の魔女は作業の手は止めず、訝し気に眉を顰めた。どうやら、今の説明で我らが師匠は話を理解できなかったらしい。寧ろ、こちらとしては理解させないことが狙いだったのだが……流石に上手く騙されてはくれないな。

 

 ──流石は黒輝の錬金術師様だ……。

 

 内心、彼女の思慮深さを称賛し、俺は要求通りにもう一度説明をしようとして──

 

「だから、アリサ様がアーカルナム学園に入学することになったので、それについていくことに──」

 

「うん、それはわかったわ。問題はその次よ」

 

 バッサリと遮られて、魔女はグイッとこちらにより一層近寄る。

 

 ──作業の手、止まってますよ?

 

 びったりと密着してくる彼女に言いたいことがないわけではないが、とりあえず話を続ける。

 

「その次……あぁ、なので、学園の生活に慣れるまでは俺もアリサ様もしばらくこっちに来るのは難しいです」

 

「それよそれ! それが一番の問題! 師匠として、それは断固拒否します!!」

 

 クワッと目を剥き、ダリアは俺の言葉を拒絶する。そんなこと言われても、こちらとしては困ってしまう。なにせ、これは決定事項なのだから。

 

「いや、そんなこと言われても……これも仕事なもんで、師匠が何と言おうがどうしようもないと言いますか──」

 

「ッ! 何かあればいつも「仕事、仕事」って! セナは「私」と「仕事」のどっちが大事なの!?」

 

「いやぁ……師匠にはお世話になってるし、できるだけお願いは聞いてあげたいんですけど──流石に仕事っすね」

 

「ムキーーーー!!」

 

 何やらダルがらみしてくる師匠にバッサリ即答すると、彼女は悔しそうに地団駄を踏む始めた。おい、いい年したオバ──お姉さんがそんなはしたないことするんじゃないよ。

 

 それでも我らがお師匠様の暴走は止まらない。

 

「百歩譲って弟子二号が学園に行くのはいいわよ!「もう勝手に行けば?」って感じよ! でもね、でもよ? セナまで一緒について行って、しかもしばらくここに来ないってのは話が違うじゃない!?」

 

「んなこと言われても、しょうがないじゃないですか……」

 

 終いには再び抱き着いて「嫌々!」と駄々を捏ね始める。おい、マジで勘弁しろ。それはいい年した大人の女性がするには見苦しすぎる。

 

「しばらくって具体的にはどれくらい? 三日?四日?それとももっと? 何時何分何秒? 世界が何回回った日!?」

 

「どこのクソガキ……いや、今時の子供でも言わないか──もうその言い回し死語だろ……」

 

 依然として木に抱き着くコアラの如き魔女を振り払おうにも、謎の膂力で彼女はしがみついて離れようとしない。おい本気でやめろ、豊満すぎる二つのお山がダイレクトに当たって柔らかいありがとうございます。

 

「ぐぬぬ──!!」

 

 思わぬ誘惑に揺らぎそうになっていると、急にしがみついてる魔女が不穏なことを宣い始める。

 

「こうなったら、私もなんとかして学園に侵入してセナとの時間を物理的に縮めるしか──」

 

「……は? おい、今なんて言ったこの師匠? おい、なんて言った?」

 

 不穏でしかない発言を問いただそうとするも、ダリアはいきなり立ち上がる。

 

「そうと決まれば準備しなきゃ!!」

 

「あ、ちょ待ちやがれ! どこに行く気だこのアホ師匠!!」

 

 そうして作業部屋を後にした彼女を追いかけようにも、既にその姿は忽然と消えていた。

 

 ・

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 結局あの後、師匠がどこに消えたのか突き止めることはできず、俺はノルマの作業を問題なく終わらせて屋敷に戻っていた。

 

 もともと今日は学園に行く前の最後の休息日。お嬢様はその準備で工房に来ていなかったが、俺は外での買い出しのついでに、挨拶がてら工房に足を運んで彼女の学園の件を話したという訳だ。

 

「なんで最後の最後ででっかい爆弾を発生させて、それを気にしなきゃいかんのだ……」

 

 その結果、面倒事が発生しそうなフラグが立ってしまったわけだが、明日の朝にはもう出発なので、これに対処する時間は残されていなかった。

 

「……まぁいいや。流石にあの魔女でも学園にまで乗り込んでこないだろ」

 

『それはわからないよ、ご主人。だって、あの拗らせ魔女の事だよ?』

 

 現実逃避するかのように、学園に行くための荷造りを本格的に始めようとすると、不意に軽薄な声が響いた。忌々しくも、もうすっかりと聞き慣れてしまった楽しげな声には不快感を覚えた。

 

「……黙れ、ディヴァーデン。人が折角臭い物に蓋をしようとしてるってのに──」

 

『おおっと、それは申し訳ない──と言うか、仮にも自分の師匠の事を「臭い物」判定はどうなんだい?』

 

「うるさい」

 

 全く反省の感じられない謝罪が神経を逆なでする。この悪魔、この前の一件で活躍したからって天狗になっていやがる。

 

「それで、いったい何の用だよ……」

 

『ん? 別に用なんてないさ。一人寂しく荷造りしてるご主人を見かねて話し相手になってやろうと思っただけだよ──おぉ! 私ってばなんて健気でご主人想いな悪魔なんだろうか!!』

 

 この恩着せがましい悪魔の言葉が何よりの証明だ。

 

「誰も頼んでねぇよ……」

 

 随分と調子に乗っている悪魔に辟易とする。それでも脳裏に響く軽薄な声は気にしない。

 

『そんな連れないこというなよ。最近はご主人も私の魔力を上手く扱えるようになってきて、この身体も居心地が良くなってきたんだ。あれだな、この前の一件で力を使った影響が大きいな』

 

「ペラペラと人が気にしてることをこのクソ悪魔は──!!」

 

 ディヴァーデンの言う通り、ミルニナーヴァ戦以降、悪魔の力の習得速度が上がっていた。

 

 それは今後も起きるであろう不確定な事態に備えるのならば喜ばしいことだが、それと同時にこの身体が悪魔の力に──ディヴァーデンとの同調率が上がっていることを意味する。

 

 このクソ悪魔がやけに上機嫌なのは、同調率が上がることによって俺の身体を支配する可能性が徐々に高くなっていることもあるだろう。前は「俺が死ぬまで乗っ取るつもりはない」的なことを言ってはいたが、所詮は悪魔の戯言である。それを馬鹿正直に信じるわけもないし、気を抜けばこの悪魔は本気で身体を乗っ取ってくるだろう。

 

『いやぁ、それにしても学園か。ご主人の記憶にもない展開が待ち受けてるんだろ?今から楽しみだなぁ』

 

「チッ──」

 

 予想外の物語の展開に喜ぶ視聴者よろしく、悪魔の言葉は非常に他人事で腹立たしい。

 

 こちらとしては何とかして、気にしていることにベタベタと触れてくるこの悪魔の薄ら笑いを遮りたいところである。

「人のことを面白がるのはいいが、お前はお前でちゃんとアイツの方は大丈夫なんだろうな?」

 

『うん?……ああ、大丈夫だよ。つい最近まで元気に騒いでいたけど、あの百合悪魔も無意味だと悟ったみたいでようやく静かになったところさ。当分は大人しくしてるだろうよ』

 

 咎めるような俺の言葉にやはりディヴァーデンは平然と問題なさそうに答える。

 

 百合悪魔(ミルニナーヴァ)を次元結界に閉じ込めてからある程度時間が経過したが、今のところあの変態が再び世に解き放たれる予定はない。一応、万が一に備えて媒介武器の用意なんかは進めているが、それもすぐに用意できるわけではない。

 

 準備が整うまでは、人の身体で怠惰を貪るディヴァーデンに監視を命令しているが、イマイチこの悪魔がちゃんと仕事をしてるのか信じ切れないので不安だ。

 

「いくら完全幽閉の結界とは言え、相手は悪魔だ。何が起きるかわからないんだから気を抜くなよ」

 

『わかってるともさ。ご主人の命令はしっかりと守るよ。何せ、私はご主人想いのできる悪魔だからねッ!!』

 

「あーはいはい。そうっすねぇ……」

 

 何度もこの重要性を説いても、件の悪魔は軽い返事だ。

 

 ──本当に大丈夫かこの悪魔……。

 

 やはり心配事は尽きない中、そこにまた新たな不安が明日から始まると思うと無意識に深いため息が出てしまう。

 

「はぁ……」

 

『なんだいご主人、辛気臭い。ため息を吐くと幸せが逃げちゃうぞ? それとも幸せにしてほしいのかい?』

 

「……」

 

 その原因の一端が自分であるにもかかわらず、余計な一言を宣う悪魔をどうにかして懲らしめたいが──今の俺にはどうすることもできなかった。

 

 明日から、生まれてからずっと生活してきた屋敷を旅立つ。

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