乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
学園都市アルバスに着いたのはちょうど昼前のこと。
関所を抜ければ、そこには王都にも引けを取らない街並みが広がっている。
学園都市と言うこともあり、道行く人のほとんどが学生服や学院ローブに身を包み、小難しい学術書や魔術道具を抱え込んでいる。立ち並ぶ店舗も学生向けの魔法店や若者向けの被服店に、図書館やらなにやらが多くを占める。
そして独特な街並みの先──都市の中心にはこれまた王都の城のように、ゲーム『ヘルデイズ』の舞台である王国立アーカルナム学園が聳え立っていた。
「すぅ……はぁ──それじゃあ、行くわよ! セナ!」
「はい、アリサ様」
その学園門の前で一つ、大きな深呼吸をして馬車から降り立ったお嬢様には既に出発前の憂いや迷いはなく、確たる決意をその双眸に宿している。
周囲には彼女と同じように馬車から降りて、期待と不安を胸に秘めた貴族のご令息・ご令嬢がわんさかといる。ちなみに、今回お嬢様は推薦入学なので試験的なモノは受けていなかった。
既に魔術の実力は同世代の域を余裕で超えてしまっているし、試験をするだけ無駄と学園側は判断したらしい。それに一応、公爵貴族でもあるし、格差社会が根強いこの学園ではそう言った側面もあったりなかったり──権力さまさまである。まぁ、親の七光りだけで合格できたと言われても、今の彼女ならば納得はしないだろう。
──最後の最後まで入学を拒否ってはいたがな……。
そんなこともあって、周りは入学試験で知り合った者同士も多く、既に二、三人のグループで校門を潜る者までいた。
これが密かにお嬢様の疎外感を刺激して、ちょっと足取りが怯んだのを俺は見逃さなかった。
「おい、あれって──」
「ああ、滅多に社交界に出てこない箱入り娘で有名な──アリサ・アロガンシアだ……」
「相当な我儘娘だと聞いたけど? 確か、今年の誕生日パーティーの主役なのにメチャクチャにしたとか──」
「家ではいつも使用人たちに無理難題を押し付けて困らせているそうよ?」
校門から入学式が行われる大講堂までは徒歩で移動な訳だが、そのわずかな距離で周囲の人々は注目を向けてくる。
そのどれもが少し時代遅れの情報ばかりであり、当の噂をされているお嬢様は噂の内容よりも注目によって視線が集まっていることが我慢ならない様子だ。
「うぅ……」
「アリサ様、笑顔、笑顔です」
「そ、そうね──」
助言をしてみるが、お嬢様は緊張して、表情が強張ってしまう。それがまた周囲に誤解を与えた。
「うわ、怖ぇ……なんであんな不機嫌なんだ?」
「もしかしてアロガンシアのお嬢様は今回の入学に不満満載って感じか?」
──あぁ……初っ端から根も葉もない憶測が……。
こればかりは仕方がないし、予想もしていたことではあるが、お嬢様的には初っ端から試練到来と言った感じだろう。
何せ、箱入り娘は本当の話であり、社交界を拒絶しまくった結果、彼女はドが付くほどの陰キャに成長してしまったのだ。それも、いざ口を開けば緊張で無駄な事ばかり口走るあがり症の特能付き。
うーん、
「うぅ……セナぁ……!」
急に押し寄せてきた周囲の視線に彼女のメンタルは急降下。ついさっきまで覚悟と決意に満ちた主様はそこにいない。
──情緒ぐっちゃぐちゃやんけ。
今にも泣きだして暴れ出しそうな彼女を俺は適当に言いつくろって励ます。
「こんな時こそ堂々としていればいいのですよ、アリサ様。一度や二度の失敗でめげてはいけません。それに、周囲の方々は貴方の人間離れした美貌に見惚れて酔いしれているのかもしれませんよ?……たぶん」
「きっ──れい?」
「はい。ですので、自信を持っていきましょう」
「う、うん……」
なんとか言いくるめられてくれた主様に安堵して、俺は彼女の数歩後ろを付いて目的地へと向かう。
「あの後をついてる冴えない見た目の従者は?」
「さぁ? でも、あのアロガンシアの使用人だっていうのに華やかさがなくて地味だな」
「いやいや、侮っちゃいけないよ。彼女が連れている従者は実質、アロガンシアの最強の使用人──「猟犬」だからね」
「へぇ。よくそんなこと知ってる──って……ッ!?」
背後がなにやら騒がしいが、俺はそれを気にも留めずに目の前をふらふらと歩く主に注意を払っていた。
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学園で一番大きな集会施設──大講堂には今年の中等部と高等部の入学・進級生が集められ、厳粛な雰囲気の中で入学式が執り行われていた。
大講堂に入る前にお嬢様とは一時的に別れ、彼女は新入生の座席へ、俺は会場の端も端で他の従者と一緒に雑多に集められて式を眺めていた。
「今年も、この歴史あるアーカルナムに多くの才能あふれる未来の原石たちが集まったことを本当に嬉しく思う──」
壇上ではこれまた古強者感が凄い壮年の男が仰々しくも新入生らにご高説を垂れいた。
低く鼓膜を震わせる声音と皺が重なってなお精悍な顔立ちは、滲み出るイケおじ感が更に促進され、枯れ専には堪らないだろう。見るからに偉そうなその御仁は実際に偉くて、この学園の長を務める。
その名も──アンセム・グロスフィールド。勿論、
──懐かしいなぁ……。
彼の式辞を眺め、苦しくも辛い記憶が不意に呼び起こされ感慨深くなる。
ただでさえ別に好きでもない野郎どもを攻略しなきゃいけないのに、そこに枯れたジジイまであのゲームは攻略させてくるのだから業が深い。しかもなにが酷いって、後半からその攻略シナリオが介護生活のスローライフになるので、マジで何を見せられてるのって感じだった。
更に何が凄いって、シナリオを進めるうちに爺さんに情が湧いてきて、老衰エンドを迎えた時には大号泣するし、その後、ガチで身内が死んだ感じでちょっと凹むって言うね……おい、ファンタジーゲームなんだから冒険しろよ!!
湧き出てくる過去の苦言を何とか抑え込み、平静を保つために視線を新入生の席へと流す。するとそこにはまた、見覚えのある人物らがチラホラと目に留まった。
──まだあどけなさは残るが、前世と何ら変わりないな。
パッケージヒーローである王子殿下や護衛騎士は勿論のこと、その他にもヘタレでかまってちゃんな未来の賢者候補くん、腕っぷしで体力脳筋バカな辺境伯の嫡男くん、雰囲気ミステリアスのポンコツヤリチン先輩……うん、ロクな肩書の奴がいない。
──これがゲームのパッケージを飾る攻略対象って本当ですかぁ?
見れば見るほど嫌な記憶が掘り返される。
本編開始前とはいえ、既にメイン攻略対象らは中等部や高等部にいるのはざっと確認できた。もうやめよう、これ以上は精神衛生上よろしくない。
「すぅ……はぁ……」
静かに深呼吸をして瞑想する。
流石はゲームの舞台と言ったところか、原作開始前のこの時点でかなりの主要キャラが集まっていた。
色々と状況は変化してしまってはいるが、本番はまだまだこれからであり、寧ろここで下手すれば破滅ルートへと近づく可能性もある。つまり、お嬢様の破滅ルートが完全に消え去ったわけではない。
これから始まる学園生活、いくら更生したとは言え、お嬢様にはなるべくメインシナリオに関係してくるキャラとの交流は控えてほしいところではあるが──
「どうなるかわかんねぇよなぁ……」
何せ、推薦入学であるお嬢様は同じように推薦入学や成績優秀な多くのメインキャラとクラスが同じになることが確定しているのだ。こればっかりはどうしようもないというか、お嬢様の立ち回りに全てが掛かっている。
──常に俺が側にいてあげられるわけでもないし……。
無数の不安を抱えながら、異様にこちらの様子を伺ってくる主様に俺は軽く微笑んで、適当に長く堅苦しい式をやり過ごした。