乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
果たして、アリサ・アロガンシアは焦っていた。
「はい、それじゃあ二人一組でペアを作ってください」
今日は密かに楽しみにしていた魔術実技の実践授業の日。「特進クラス」の総勢32名が学園内にいくつか存在する訓練場に集められ、担当教諭であるリーレル教師の指示に従う。
クラスメイトは各々、仲の良い者同士でまるで示し合わせたかのように自然とペアを作っていく。だが、アリサの場合は少し様子が違った。
「アリサはもちろん、婚約者の私を選んでくれるよね?」
「おいおい、折角の実践訓練なんだ。強い奴とペアを組んだ方がいいに決まってる。そうだよな、アリサ?」
「その理屈で言うなら、魔術のレベルが同じ相手の方がいいに決まっている。ぜひ、僕と組んでくれないかな、アロガンシア嬢?」
「はぁ……」
角砂糖に群がる蟻の如く、自分の周囲に群がる三人のクラスメイトを見て、アリサは酷くゲンナリとしていた。
彼女の思考の半分以上が、何とかしてこの非常に面倒くさい局面を脱して、ついでにこのやけに絡んでくる勘違い野郎どもを如何にして一掃するべきかで埋め尽くされる。
だが、本当にそんなことができるはずもなく、アリサは湧き上がる衝動をグッと堪えていると──
「ペアは組めましたか~? ……あーーーアロガンシア嬢はもうそのままそこの三人と組みなさい」
「え?」
不意にリーレル教師が面倒事の気配を感じ取り、先んじて勝手にそんなことを決めてしまう。そのあんまりな判断にアリサは思わず顔を顰めていると、リーレル教師は困ったように眉根を歪ませた。
「仮に貴方が誰か一人を選んだところで碌なことにならないし、かと言ってこのままじゃあ埒が明かないからね。我慢してください、アロガンシア嬢」
「──はい……」
授業を円滑に進めるには仕方のないことだと言う教師に、どうして自分が割を食わなければいけないのかと甚だ疑問であった。だが、アリサは教師の言う通りだと思った。
あそこでもし、アリサが三人のうち致し方なく誰か一人を選んだところで問題は何も解決しなかっただろう。この勘違い野郎どもはきっと自分が選ばれなければ不機嫌になるし、すんなり引き下がることなんてしないと今日までの経験則から分かりきっていた。
──……ふざけんじゃないわよ。
しかもこれで誰か一人を選ぼうと、三人と一緒に仲良く授業を受けようとも周囲──特に同性のクラスメイト達──からは「またお前が人気どころを独占するのか」と妬みを買うことになる。
──本当に踏んだり蹴ったりだわ……。
やはり、どう考えても納得のできない理不尽な現状に、この溜まりに溜まった鬱憤をどう晴らすべきか。
「それじゃあ今日は学園に入って初めての魔術実技と言うことで、基礎の基礎から始めていきましょう!」
アリサは内心、「格の違いを見せつけてやる!」と躍起になっている勘違い三人組に辟易としながらも教諭の話に集中する。
今日の午前中最後の授業は前述した通り、魔術の実践訓練だ。学園に入学してから一週間。これまで彼女らは魔術理論の基礎を学び、魔術の何たるか、その根本から教えられてきたが、今日からはそれと並行して実際に魔術を使った科目も本格的に始まる。
「はいそれじゃあまずは、説明した通りに順番ずつ魔力を練り上げてみましょうか。ペアの人はパートナーの魔力発露をしっかりと確認してあげてね?」
「「「はい!!」」」
これには、今日まで机で長ったらしく、小難しい魔術理論に微妙な詰まらなさと、想像していた魔術の煌びやかさとはかけ離れた授業内容に不満気味であった生徒らも大興奮。この訓練に乗り気も乗り気であった。
「見ててくれアリサ! 君の伴侶として恥ずかしくないように、私もこの数カ月で魔術の研鑽を積んできたんだ!」
「ははっ! なんだそのちんけな魔力は? 俺の方が凄いぜ!!」
「こういうのは我武者羅にやればいいってものじゃないんだぞ……全く、キミたち二人は魔術の何たるかを全く理解していないね。そう思うだろ、アロガンシア嬢?」
例えば、一人の少女の気を引くために、一生懸命魔力を練り上げるこの美男子らなんて最たるものだろう。
「はぁ……」
そうして、既に愛しの執事にこの身も心も捧げると誓った少女に眼前の光景はなんら魅力的には映らず、ただ煩わしい雑音でしかなかった。
──今さらこんな雑音で感覚が狂わされることはないけれど……それにしたってうるさいわね……。
何なら、ちょっと邪魔だくらいに思っていたし──実際、邪魔以外の何者でもなかった。だと言うのに──
「あらあら、アロガンシア様は今日も殿下たちに囲まれて楽しそうねぇ?」
「全く、羨ましいことですわぁ」
「それなのに何? あの釣れない態度──やっぱりアロガンシアの令嬢ともなるとあんな健気に気を引かれても微塵も靡かないらしいわ」
「……」
外野──特に女生徒連中がやけに厭味ったらしく陰口をたたいてくる。
何が腹立つって、全く望んでいないこの状況をあたかも自分自身が作り出して、まるで中等部の人気どころである彼らを侍らせている女と思われているのが我慢ならない。
これが仮に愛しの従者を従えて、妬み嫉みやっかみを貰うのは致し方ない。彼は素敵な殿方だし、無意識に周囲を魅了する妖艶さだってある。叶わぬ恋に思いを馳せる乙女が続出したって本当に仕方の無いことだ。
──なんなら、この姦しい勘違い共をあなた達に押し付けたいくらいだわ。
本当にこの勘違い三人衆が愛しの従者ならばどれほど素晴らしいことだろうか。この世で一人しか存在しない彼が三人に増えでもしたら、アリサは自分がどうなるのか予想ができなかった。
「一人はお付の従者、一人は観賞用で、最後の一人は傷がつかないように保管用で……」
──なんだそれは、夢が広がりすぎるじゃないの!!
慣れない環境と謂れのない周囲の悪感情に晒され続けたアリサも我慢の限界。大事な授業中に、脳内で瞬く間に展開されていく妄想に盛り上がってしまっても、多感な年頃故、仕方がないことであった。
「おい、あれ──」
「すご……」
「お前、あれと同じことできる?」
「できるわけないだろ──あんなの規格外だ……!」
「流石は私の婚約者だね、アリサ」
「──え?」
だから、集中力が欠如したとしても仕方がないし、その結果、アリサは授業で確認するはずの工程を勝手にすっ飛ばし、練り上げた魔力を使い、いつもの癖で高等部の生徒でも行使の難しい爆炎魔術を発動させてしまったのも仕方ないことだろう。
宙にはいつの間にか極大の業火球が浮かび上がり、訓練場全体を焼け尽くさんばかりに膨大な熱を発していた。
「……あぁ、やってしまった──」
自身の頭上に浮かんでいるその魔術を視界に収めて、アリサは正気に戻る。
いくら一気にストレスが集中し、そのストレスから逃避するために無駄な思考を垂れ流し、蹣跚とした状態で魔力を練り上げていたとは言え、いくら何でも勝手に魔術まで発動させてしまうとは何事か。
──こんな情けない姿、師匠に見られたらどんなお小言を貰うことか……。
考えただけでも悍ましい。きっと、未熟な魔術の暴発をかの黒輝の魔女は決して許さず、アリサにキツイ罰を与えるに違いないだろう。
「だからいつまでも未熟だと言われるのよ──!!」
アリサは己の失態を恥じ、自戒し──ともすれば、これが愛しの従者とついでに手厳しい師匠に見られていなくてよかったと安堵する。
「
そうして、今にも弾け飛びそうな爆炎を周囲に危害を及ぼさず、安全に穏便に消費する為に、自らが発動した魔術を空へと撃ち放った。
後にも先にも、この日、この実技授業でアリサが行使して見せた爆炎魔術は学園の逸話として長く語り継がれるほどの偉業となる。
曰く、「白銀の聖女──アリサ・アロガンシアは入学してすぐに殲滅級魔術を行使して、周囲の生徒らとの実力差を明確に示して見せた」と。
誰もがアリサの行使した規格外の魔術に釘付けとなる。
姦しい男三人衆は彼女の凄さを再確認しその苛烈で鮮烈な姿に見惚れて、はたまた先ほどまで彼女を妬んでいた一部の女生徒らは喧嘩を売る相手を間違ったと絶望し、後悔していた。
だが、当の本人はそんな周囲の反応を歯牙にもかけず、
──おうち帰りたい……セナによしよしされたい……。
呆然と現実逃避をするのであった。