乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第72話 恋するお嬢様は転機が訪れる

 果たして、アリサ・アロガンシアがアーカルナム学園に来てから二週間と少し、その才能を存分に発揮して放った爆炎魔術事件から一週間と少し経った頃──

 

「はぁ……」

 

 やはりと言うべきか、彼女は未だに親しい友人の一人もできずにいた。

 

 正直、今までアリサは自分の側に愛しの従者さえいてくれればそれで何も問題ないと思っていた。

 

 だが学園に入学してからと言うもの、昼間の間は基本的に愛しの従者は学園の規則で側に居てはくれない。

 

 その代わりに──彼の代わりになんて到底ならないが──何故か妙に好意を寄せてくる勘違い三人衆が彼女の周辺を常にうろついているのが現状だ。

 

 しかもこの勘違い野郎ども、見てくれだけはまあ大層に整っており、学内でも異性には大人気なのだ。これがまたアリサの印象を拗らせた。恋する乙女を量産する罪作りな迷惑者共で、そんな彼らを侍らせていると、あらぬ噂が彼女に降りかかった所為で、女生徒からのヘイトは高く、取り付く島もない状態なのだ。

 

 今のところ、物理的な被害は被っていないが、クラスメイトの女生徒たちからはあからさまに無視をされるくらいに嫌われてしまっていた。

 

「なんだってこんな面倒なことに……」

 

 そして、これが先週までの話。そこから、この前の高位の爆炎魔術を魔術の実技授業で暴発させたことで、アリサは別の意味で中等部の生徒らから距離を離されていた。

 

 曰く、「公爵令嬢アリサ・アロガンシアはその年齢からは考えられないほど魔術の天才である」と。

 

 曰く、「彼女に歯向かえば丸焦げか氷漬けにされて処される」と。

 

 曰く、「自分が認めた人間としか話さない高飛車少女である」と。

 

 曰く、「連れてきた従者にはえらく乙女な一面を見せる?」と。

 

 ……根も葉もない言いがかりから、事実を元にした確実性のある話までバリエーション豊かな噂が錯綜していた。

 

「なによ、人を邪知暴虐の王女みたいに──」

 

 これには噂の張本人であるアリサも呆然。またしても上手くいかない学園生活の実情に、彼女は愛しの従者に愚痴を零す時間がさらに増えた。

 

 以上のことが重なり、アリサは今まで純粋な嫉み妬みから多くの女生徒に避けられていたが、今では「怒らせたらヤベー奴」、「触れる者すべてを傷つけるナイフ」のような扱いを受け、避けられていた。これにより、アリサは気の許せる──所謂、学友というやつが未だに作れずにいた。

 

 流石の従者一筋なアリサとて、まだ彼女も思春期真っ只中、一人の少女である。友達の一人や二人、欲しいと思うのが普通であり、それを諦めろと言うのは酷な話であった。

 

 何より、彼女が一番なんとかして遠ざけたかったアホ三人衆の態度は変わらず熱烈で、このことが一番彼女を悩ませた。

 

「本当に、どうしたものかしらね──」

 

 深くため息を吐きながら、学舎内を歩く最中も周囲からの奇異の視線に晒され続ける。だが、今日に限ってはそれもまだマシなほうであった。

 

 今日の午前中の授業は全て終わり昼休み。いつもならば姦しい勘違い三人組がアリサを必死にランチへと誘うのだが、今日に限ってはそんな学園の風物詩となりつつある光景はそこになかった。

 

 なんでも、三人が三人とも今日は用事があるとかでお昼休みはいないのだとか。このことに彼らは大変申し訳なさそうにアリサに謝罪をしていたが、された当人は全く無問題。寧ろ、毎日しつこい彼らが周囲にいないとわかり歓喜したほどだ。

 

 そうして、久方ぶりの平穏なランチタイムに彼女は上機嫌に学内の食堂へと向かっている最中だった。

 

「これで友人でもいれば絵に描いたようなランチタイムなんでしょうけれどねぇ……」

 

 生憎、前述した通りアリサには一緒にランチを共にしてくれる友人などおらず、姦しい三人組が居なければ当然、ボッチ飯となる。

 

 本音を言えば、愛しの従者をランチに誘いたいところであるが、その彼は今、寮でお留守番。わざわざ誘いに行く時間もないし、そもそも学園内で接触は厳禁なのでやはり無理な話であった。

 

「全くもって忌々しい……」

 

 折角、愛しの従者と誰にも邪魔されずイチャイチャできると聞いてやってきたのにこれでは全く話が違う。

 

 嘘を吹き込んだ父にこのツケをどう払ってもらおうか──真剣に考えを巡らせていると、不意に通りがかった中庭の方から穏やかじゃない悲鳴が聞こえる。

 

「や、やめてください……!!」

 

「なに? 低級貴族のアンタが私に指図するっていうの?」

 

「んん……?」

 

 何事かと咄嗟に柱の陰に隠れ、様子を伺うとそこには同じクラスのアリサを除け者にしている親玉である伯爵令嬢──ベルナ・アマリリスがいつも一緒にいる数人の令嬢を侍らせて、一人の少女に叱責していた。

 

「そ、そういうわけじゃ──」

 

「じゃあ私が何をしようと私の勝手じゃない。憂さ晴らしに付き合いなさいな」

 

 その少女はアリサの記憶にはない人物であり、別クラスの女生徒であることが窺えた。

 

 どうしてアマリリス嬢が他クラスの女生徒に突っかかっているのか? その理由は、目の前の光景とその発言から何となく察せられた。

 

 多勢に無勢、高圧的な上位貴族と身分の低い貧乏貴族、そして地面に散乱した弁当箱とその中身だと思われるサンドイッチを見るに──所謂、いびり、いじめの現場というやつだ。

 

「なんとまぁ──」

 

 絵に描いたような貴族の階級格差であろうことか。飛び込んできた胸糞悪い光景にアリサはゲンナリと眉間に皺を寄せた。

 

 こういうのが嫌で、彼女は社交界や学園に行くのを拒んでいた節があった。それをこうもまざまざと見せつけられるとゾッとする。今度は自分の番なのではないかと、過度な妄想が脳裏を過って背筋がゾッとした。

 

 そうしてアリサは思うのだ。

 

「自分じゃなくてよか──」

 

 不意に、口から出かけた言葉は途中で止まり、そうしてアリサは改めて考える。

 

 ──本当に?

 

 ここ最近、アマリリス嬢たちからの変なやっかみが減った。

 

 それ自体は変な気をもむ必要がなくって、とても素晴らしいことだ。けれど、自分が知らないだけで、眼前の光景のように明らかに不当な虐げを受けている人だっている。しかもその加害者がつい最近まで自分を敵視していた伯爵令嬢と来ている。

 

 そうなると、自然とこんな可能性が浮上する。

 

 ──もしかして、アマリリス嬢は普段の募りに募った学園生活の不満や鬱憤を実際に手を出せない私にじゃなくて、あの少女にぶつけているのでは?

 

 だとすれば、「自分じゃなくてよかった」なんて楽観的な事を言っていられる場合ではないのではないかと、アリサ・アロガンシアは思った。

 

 あの今も地面に尻もちを付いて恐怖に震える少女は自分の所為であんな目に遭っているかもしれないのだ。そう思い至ると、アリサは急に罪悪感が込み上げてきた。

 

 それに、なによりだ──

 

「こんなところで見て見ぬふりするなんて、彼なら絶対に──しない」

 

 彼女が恋焦がれ、憧れた英雄(セスナ)は虐めなんて下らないものをきっと許しはしない。だからアリサ・アロガンシアは迷うことなく、自然と身体は次の行動に移った。

 

 ちょうどアマリリス嬢が名も知らぬ少女に、つい最近授業で習った魔術──〈風切(ウィンド)〉を行使しようとしたその瞬間──

 

「ちょっと、おいたがすぎるんじゃなくて?」

 

 簡易的な防御結界を少女の眼前に展開し、アリサは悠然と中庭に姿を現した。

 

「ッ! あ、あなた──!!」

 

 自分が放った風の魔術が不発となり困惑する中、不意に背後からした忌々しいアリサの声にアマリリス嬢は敵意むき出しで睨んでくる。

 

 ──あらあら、随分と可愛らしいこと……。

 

 悪魔とのあの壮絶な戦闘を思えば、それに怯むアリサなどではなかった。寧ろ、彼女はやはり酷く落ち着いた様子でアマリリス嬢を見据えた。

 

「実技科目以外での魔術の使用はご法度。それを知らない貴方ではないでしょう──これは一体、どういう了見なのかしら、ご説明願える?──ベルナ・アマリリス嬢」

 

「クッ──アリサ・アロガンシア……! 普段から殿下たちに持て囃されてるからと調子に乗って──」

 

 私怨たっぷりな説明になっていないアマリリス嬢の言葉にアリサは首を傾げるしかない。

 

「聞こえなかったのかしら……私はこの状況の説明をお願いしたのよ? それとも、力づくで聞かないと話してくれないのかしら?」

 

 必死の抵抗か、拙くも魔力を全身に滾らせる令嬢らに触発され、アリサも思わずいつものように魔力を滾らせる。その夥しくも彼女の髪色と同色の魔力は煌びやかに周囲を威圧した。

 

「「「ッ──!!」」」

 

 アリサとアマリリス嬢たちの魔力量と魔力密度の差は歴然。比べるまでもなく、アリサがもう少し出力を挙げれば、彼女らの魔力なんて消し飛ぶだろう。それを自覚できないほどアマリリス嬢も愚かではなかった。

 

 弱いもの虐めをする気はないが、向こうがその気ならば応じるしかない。そう考えての行動であったが、どうやら令嬢たちは本気でアリサとやり合うつもりは無かったらしい。

 

「チッ──運がよかったわね、テルペトル……!」

 

 令嬢らしからぬ舌打ちをして、アマリリス嬢は踵を返し、中庭から姿を消した。

 

「はぁ……とりあえず、何とかなったかしら?」

 

 一目散に退散する彼女たちを見て、アリサは一気に纏った魔力を霧散させる。

 

 無駄なボヤ騒ぎにはならず、一安心であるが、今回の一件でアリサは完全に同性のクラスメイトらと敵対する形になった。まぁ、今更な話ではあるが、これでますます孤独の身となったアリサの心労は計り知れない。

 

 ──今日もセナにたくさん甘えましょう。ええ、そうしましょう。

 

「ふ、ふふ──」

 

 乾いた笑みを浮かべ、愛しの従者の姿を思い浮かべていると不意に、

 

「て、天使さま──?」

 

 背後からまだこの場に取り残されていた一人の少女からそんな言葉が聞こえた。

 

「……はい?」

 

 全くもって要領を得ない彼女の発言に、アリサは思わずそんな素っ頓狂な声を上げるしかなかった。

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