乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
果たして、アリサ・アロガンシアは上機嫌であった。
「~~~♪」
このアーカルナム学園に来た頃の彼女は寮の自室から学舎にあるクラスに行くのにも遅々とした足取りであった。だが、今の彼女のそれはふわりと風に舞う羽の如く軽やかで、憂いなど微塵も感じさせない。
「おっ昼、おっ昼──友達とお昼♪」
寧ろ、呑気に鼻歌を歌うくらいには上機嫌で、完全に浮かれていた。
既に本日の午前の授業は全て終わり、学生は各々で
その背後にはどこか呆気に取られた様子の影が三つほど──
「あ、アリサ? 今日も中庭に行くのかい? 良ければ僕も一緒に──」
一つ目は優しく尋ねる中に明確な詮索と探りの意思を孕ませた王子殿下ユーステス、
「そ、そうだぜアリサ。この前の昼は一人でほったらかしにして寂しい思いをさせちまったがもうその心配もない。だから、俺と一緒に昼を──」
二つ目が豪胆な中に明確な焦燥感を滲ませた伯爵家嫡男ゴードン
「この前、アロガンシア嬢が気になっていた魔術書を入手したんだ……!もしよければお昼を食べながら一緒にこの本を──」
最後に健気にアリサが何の気なしに放った絶版書をチラつかせてモノで釣ろうとする賢者の卵アルフィマ。
三者三様な口説き文句で歩み止まらぬアリサの気を引こうとするが──
「申し訳ありません、今日も──というより今後は友人との先約がありますので皆様とお昼を共にすることは難しいです」
件の公爵令嬢様はそれら全てを一切、歯牙にも掛けずそう断言した。
その表情は彼女が学園内で今まで見せることのなかった晴れやかなモノであり、ともすれば純真無垢な笑顔に美男子三人は見惚れていた。
「「「……」」」
そうして、間抜け面を晒す勘違い野郎どもに最後のトドメとして、アリサは念入りに言葉を付け足す。
「この約束は女の秘め事──残念ながら、皆様の参加は難しいのです。……お三方は「そんなの関係ない」と不躾なことをなさる殿方ではないでしょう?」
「「「……」」」
「そういうことですね、皆さんは皆さんで好き勝手にお昼休みをお過ごしください」
今度は意識して妖艶に微笑み、アリサは勘違い野郎どもにそれぞれ目配せすると、今度こそ目的地に向かって急いだ。
見事に振られた勘違い野郎どもは後ろ姿に揺れ靡く白銀の長髪に見惚れて、やはり三者三様に甘いため息を吐く。
「な、なんなんだあの可愛すぎる笑顔は……!? 僕の許嫁が可愛すぎやしないか──!!」
「へへ、悉く動きの読めない女だぜ──でも、その奔放さがたまんねぇ!」
「す、好きだぁ……」
けれど、その思いがアリサに届くことは一生ない。
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颯爽と勘違い野郎どもを撒いてきたアリサの気分は爽快であった。
「ふふ、あの断られると微塵も思ってなかった殿下たちの呆気に取られた表情は何回見ても愉快ね」
テルペトルを中庭で助けてから、アリサは授業以外では基本的に彼女と一緒に行動することが増えた。
その最たる例がお昼休みである。アリサとテルペトルは所属するクラスが違うので授業を一緒に受けることがほとんどないのは言わずもがな、放課後ならば時間は十分にある。だがアリサは愛しの従者に少しでも早く会いたいので、あまり放課後を一緒に過ごすことが多くない。
なので、必然的にお昼休みが一緒にいる時間が長かったりするのだ。
「──それでね、セナが部屋に帰ったら焼き菓子を焼いててくれてね? これがもう本当に美味しいの!」
「い、いいですね! ぜひ一度、た、食べてみたいです!」
中庭に点在するベンチ、そこに座ってお互い手製の弁当を膝に広げ楽しく談笑する。
会話の内容はその時々によって変わるが、基本的には互いの従者の話に、その日の午前中にあった授業で分からなかったことを教え合ったり、学園生活で起きた不満への愚痴など様々だ。
「いいわねそれ。今日、セナにまた焼き菓子を作ってもらえないかお願いしてみて、もしよかったら明日の放課後はお茶会をしましょう!」
「う、うはぁ! い、いいんですかぁ? そ、それじゃあ私はとっておきの茶葉を用意しますね!!」
「楽しみね」
「はいぃ!」
そうして時折、ふとした話題からこうして放課後一緒に遊ぶ約束もちらほら。
そこには何ら変哲のない、微笑ましい学園生活を謳歌する少女の姿がある。……だが、二人がこうして中庭に集合して昼食を取っていた本当の理由はここからである。
「さて、それじゃあ今日も始めましょうか」
「は、はい! よろしくお願いしますぅ!」
手短に昼食を平らげて、談笑もほどほどに、二人は広々とした中庭の端っこを陣取り、テルペトルが一冊の聖書を取り出す。
先日の休息日にアリサがテルペトルに誘われてセレネア教の
この背景には、アリサは初めてできた友人が信仰している宗教がどんなものか知りたかったと言う理由もあったが、一番の目的はセレネア教の信者の一部が扱える神聖術を学ぶためであった。
彼女の師匠である
つまり、あの師匠が「やってもらう」と言えば、本当にできるようにならなければいけないのだ。そして前述した魔術と錬金術に関して言えば、アリサは問題なくその技術や知識をダリアが認める水準で会得していた。
もともと、魔術と錬金術が似通った分野と言うのもあったが、そもそもからして彼女には魔力を扱う事柄には類まれなる才能があった。
だが、祝祷礼装──神聖術に関しては全くもって手ごたえが感じられなかった。
師匠の魔女が言うには「魔術や錬金術と同じ感覚よ」と言うのだが、アリサは全くもってこの助言にピンとこず、感覚が掴めなかった。もしかすると自分には神聖術の才能が無いのかもしれないとさえ思ったが、ダリアはそんなアリサに更に一つの助言をした。
『それじゃあもう、体験してきなさい』
それが、実際にセレネア教の考えや教えを学んでみると言うことであり、これが効果覿面であった。
「そ、それじゃあ、今日もぉ、一緒に祈りを捧げて女神さまに感謝しましょう」
「ええ」
実際に女神セレネアを信仰し、祈りによって神聖術を再現する教会関係者や信者の話を直接聞いてみたり、日曜礼拝に参加して説法や祝詞を体験してみることで、神聖術がどんな術なのか分かってきた。
──まだ難しいけど、確かに魔術や錬金術と違う感覚があるのがわかってきた……。
曰く、神聖術は「信じる力」であると、この前の日曜礼拝で話をすることができた教会の責任者──サミュエル・べスター司祭はそう言っていた。
神聖術は他の二つの術と同じで実際は魔力を行使して扱うものだが、それが齎す結果は傷の治癒であったり退魔、防御に特化した結界術であったりと毛色が全く異なる。
魔術や錬金術は決められた公式に魔力を流して起動していくイメージだが、神聖術はそれだけでは起動せず、使用者の精神状態によって発動の有無が大きく作用するとアリサは考えていた。
詰まるところ、「信じる力」とは意識づけであり、思考の定着が神聖術を扱うカギなのでは、と。そして、更に補足すればその「信じる力」とやらが強ければ、別に信じるモノは何でもいいのではないか、と。
そして、これらの教会で仕入れた知識を元に仮説を立てた結果、アリサは神聖術独特の魔力感覚を会得した。
故に、彼女が信じるのは女神セレネアに非ず。その脳裏に浮かぶのはいつの日か孤独の世界から自らを引きずり出してくれた
──やっぱり、セナを信じていれば万事解決ね。
表面上はテルペトルと一緒に女神に祈りを捧げるアリサであったが、心は微塵も女神になんて向けられていない。
それでも、このことに気が付けたのはテルペトルやセレネア教のお陰でもあるので感謝の気持ちがないわけでもなかった。
──だから、ちょっとは感謝してあげる。……一番はセナだけどね?
そうして、彼女たちは今日も昼下がりの中庭で敬虔にも、各々が信じたモノに祈りをささげるのであった。