乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
「はぁ……あんなこき使われて収穫ナシだとは──流石はセレネア教と言ったところか」
鉱石の欠片や緑色の粉、試験管やら
「ほらほら、そんな亀みたいな手際だといつまで経っても終わらないわよぉ? それとも、もうへばったの?」
「なんのこれしき──!!」
不意に意識を背後へと向ければ、そこには今日も今日とて師匠に膨大な課題を吹っ掛けられ、一心不乱にそれらをこなすお嬢様の姿が浮かび上がる。
朝の日曜礼拝とついでに〈謝肉祭〉の準備をしてた日から翌日。休息日二日目はいつものようにダリアの工房へと訪れていた。理由はもちろん、お嬢様の修行の為だ。
『すっかり師匠と弟子だねぇ。高弟としては二人が上手くやっている様は嬉しいんじゃないかい、ご主人?』
「まぁ、な……」
随分と見慣れた二人の煽り合いも
ともすればその光景は一部の廃人プレイヤーにとっては垂涎モノのシナリオなのかもしれない。
──まぁ、いろんな意味でお先真っ暗な訳だけども……。
『適当だねぇ~』
全く他人事な軽薄な声を聞き流して、俺は机に広がる布帯を見る。
「いったい、どうやったら教会で素材が手に入るんだ?」
前述した通り結局、
……まぁ当然と言えば当然、
──聖水で清められた白布は数十リットルの聖水が必要だし、磨き上げられたセージホーンの角だって研磨するのに職人の手作業で丸二日かかる貴重品だしなぁ……。
ただでさえ色々な理由から面倒な教会サブクエだと言うのに、蓋を開けてみれば唯一の利点である報酬が手に入る気配は皆無。
そう考えると、自力で
──これ以上、素材の工面を師匠に頼るのも気が引けるし……現実的に集めるのも難しい。
潔く、この布帯の強化は諦めた方がいいのかもしれない。
なにより、一応の目的は達成できてはいるのだ。そもそも、俺は武器の確保の為にこの籠手を作った。
──ちゃんと拳は守れるし、最強武器の型落ちではあるけど、今回はきちんと正規の手順で錬成もしたから耐久性も抜群。
付随する能力はオマケのようなものだ。
……そもそも、その効果を実際に再現できるかも未知数だし、実際の戦闘で勘定に入れるのは不確か過ぎて合理性に欠ける。
「うん、そうだ。だからこれは仕方がないんだ……」
自分に言い聞かせるようにして、俺は眼前の布帯をそっとポケットに無造作にしまい込む。
……え? 扱いが雑だって? いや、だって強化しないとなると本気でこの籠手ってただの布だしぃ? しかも他の装備と違ってかさばらずにどこにでも収納できるのがこの装備の利点だと思う。と言うか、それぐらいしか利点がない。
「さて……」
今しがたの脳内会議で教会素材の回収は断念となった。ならば──
「はい、魔力の流し方が雑で御座なりー。素材が死んでるからやり直しよー?」
「ムキィーーーーー! この鬼畜! 悪魔! 魔女! 年増バb──」
「なになに、もっと課題を増やしてほしいですって? なによアリサ、やる気に満ち溢れてるじゃなーい」
「じょ、冗談ですわ、偉大なるお師匠様……おほほ──」
今も背後で魔女とやんややんやと言い争っているお嬢様の教会通いをどうするかだ。
最初こそ、初めてできた友人の誘いや個人的な素材回収目的、あとは師匠から提示された課題の一つ神聖術がらみで、これまでは特に彼女の行動に口を出すことはなかった。だが、今やある程度、グラウザー嬢との交友も深まり、神聖術を覚える目途も立ってきた。
加えて、装備強化を断念したとなれば教会に赴くメリットは限りなくなくなってしまう。あそこは百害あって一利なし、このままずるずると教会に通い続けるのはお嬢様に必ず悪影響を与えるだろう。
──これでお嬢様が教会の幹部候補とかになった日には目も当てられないぞ。
だが、彼女が一種のコミュニケーションツールとしてこの日曜礼拝を重要視しているのも事実。如何にして彼女を説得するかも重要になってくる。
「うーむ……」
「あら。難しそうな顔なんて作ってどうしたの、セナ?」
ぼんやりとお嬢様の修行を眺めながら考え込んでいると、不意に怜悧な魔女の声が飛んでくる。
黒輝の魔女はそのまま作業をしている弟子の側から離れると、俺の隣にするりと腰を下ろした。
「師匠──」
「またこの前の錬成の事を考えていたの? それともクソ悪魔のこと? ほらほら、この頼れるスーパー美少女のお姉さんに聞かせてごらんなさい」
随分と過剰すぎる肩書に突っ込みそうになりながらも、俺は素直に相談してみることにした。
「実はお嬢様の教会通いを止めさせたいんですけど、如何せんいい感じの説得が思いつかなくて……」
声を潜めて、背後のお嬢様を一瞥。それだけで彼女は察したようだ。
「なるほど──」
なにやら腕を組んで考え込む素振りを見せる。その豊満なたわわが両腕から零れんばかりに主張しているのを見逃しはしなかった。おい、マジでこぼれそうじゃん。
「セナとしてはどうして教会通いを止めさせたいの?」
「そりゃあ、いくらご友人の誘いとはいえ、あんな気狂い集団の巣窟にいつまでも身をさらすのは危険ですし……一応、目的である神聖術の習得目途も立ったのでそろそろ潮時かなと──」
「ふーん」
俺の言い分を聞いて、これまた胸部を主張する魔女。態ととも思えるその豊か過ぎる光景に、俺は気が気でないが──
「まぁ、もうちょっと様子を見てもいいんじゃないかしら」
「……え?」
件の魔女は珍しく師匠らしいことを言って見せた。
「最近はずっと鍛錬のモチベーションも高いし──何より、セナが思ってる以上にあの子、面白いことになってるわよ」
「面白い?」
妙に不安を掻き立てられる魔女の言葉に首を傾げる。
そんな俺を見て魔女はその経験と知識に恥じぬ妖艶さで微笑んで見せた。
「あの様子だともう少しで完璧に掴むわね」
期待感の籠った眼差しで魔女は一生懸命に鍛錬をこなすお嬢様を見た。
それにつられて俺も視線を流せば、そこにはここ数カ月で随分と魔力操作の練度が上がった主の姿が映った。
・
・
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ペンダントライトに照らされて、ステンドグラスが煌びやかに光る。
いつもは静謐に包まれる教会も今日ばかりは鮮やかに装飾で彩られていた。普段は控えている肉や果物、女神さまからの貴重なお恵みモノが惜しみなくテーブルに並べられ、女神さまに感謝と祈りを捧げながら食する。
「わぁ!ご馳走が沢山だ……!!」
「美味しそうだね!」
「この日をずっと楽しみにしてたんだ!」
まだまだ育ちざかりな子供が多い教会だからだろうか、他の教会よりも料理の減るペースが速く思えた。
取り合いをすると言うほどではないが、子供たちも足早に料理を次から次へと頬張っていた。普段ならば「お行儀が悪い」とシスターに諫められてもおかしくはない光景も今日ばかりは許される。
何せ、年に一度のお祝い事なのだ。教会を支える彼ら彼女らも今日ばかりは一時の羽休めだ。普段は一滴も口にすることが許されない葡萄酒に舌鼓を打つ。王族や貴族らの祝い事としては教会のそれは実に質素に映るだろうが、セレネアの信徒たちは謝肉祭を楽しんでいた。
けれど、この世に永遠なんて存在しないように、何事にも終わりがある。
「夜も更けてきました。そろそろお開きにしましょうか」
この教会を預かる司祭──サミュエル・べスターの言葉に子供たちが名残惜しそうな表情を浮かべる。司祭様はそんな年相応な彼らの反応に優しく微笑む。
「何事にも終わりはあります。けれど皆さんがもう一年、より善きことを成し、セレネア様に信じていればお恵みを与えてくれます。ですから、それまで良い子にしていましょう」
聖職者として、静かにそれでいて温かみのある声で司祭が諭せば、子供たちは渋々ながらも頷いてくれる。
これもこれまでに培った人徳の成せることか、成人した信徒らは感嘆していた。
「女神セレネアがみなさんとともに──」
「「「──また司祭と共に」」」
名残惜しくも、司祭の言葉で教会に訪れていた信徒たちは帰路に着く。
それは、謝肉祭に参加していた男爵令嬢テルペトル・グラウザーとその護衛兼従者カンネ・スティフルも同様であった。
「行きましょうか、カンネ」
「はい、お嬢様」
秋も終わりを告げて、季節はすっかり冬。夜ともなれば寒さが厳しい。スティフルから上着をかけられて、テルペトルは白息を零した。
「馬車は少し行った先に待たせているんだったかしら?」
「はい」
主人の確認にスティフルは首肯した。
帰りの馬車は事前に用意をすませてあったが、教会がある場所は住宅も多く、夜に教会前に馬車を付けるのは憚られた。だから少し歩いて住宅を抜けた先の広場に馬車を用意していた。
「楽しかったわね」
「はい。今回も子供たちの聖歌は素晴らしかったですね」
「ええ、一生懸命に練習していたもの。本当に泣いちゃうくらい感動しちゃったわ」
お道化て笑うテルペトルの目元は確かに少し赤く腫れていた。そして、彼女はふとこう思ってしまうのだ。
「本当は是非、アリサ様に見ていただきたかったけれど……」
「ちょっと時期が急すぎましたね」
学園で出来た友人。その身分は公爵貴族の御令嬢様と自分には分不相応な相手だと言うことをテルペトルは理解していた。
クラスメイトから「どうやって男爵家風情が取り入った」や「お前には不釣り合いだからすぐに縁を切れ」なんて散々な言われようだった。勉学や魔術の才能が無い凡才男爵令嬢なんて、そんなこと自分が一番わかっている。実際、アリサの迷惑になるのならば身を退くべきだとも思っていた。
けれど、テルペトルや周囲の常識では公爵令嬢アリサ・アロガンシアは計れるはずもなかったのだ。それ自体が烏滸がましかったのだと、今ならばそう思う。
身分なんて全く気にしない。高潔で清廉な彼女は強きを挫き、弱者である自分なんかに手を差し伸べて、友人だと言ってくれた。
それはまるで、テルペトルが憧れ、信仰してやまないセレネアのようであった。
「ふふ……次は来年ね」
「そうでございますね」
また一つ楽しみができたことに喜びつつ、テルペトルの足はやがて目的地である広場へと辿り着く。
「……あれ?」
しかし、そこに馬車の姿は伺えず、静寂に包まれた殺風景な光景があるばかり。
どういうことかと首を傾げ、徐に視線は馬車の姿を探すが──
「ッ──お下がりください!お嬢様ッ!!」
不意に耳を劈くスティフルの叫びと、テルペトルの身体が勢いよく真横へと引きずられたのは同時であった。
「夜道には気を付けないとダメじゃないか。今日は酷く冷え込んでいる。こんな日にうら若き乙女二人だけで出歩いていたら、そりゃあ襲われちゃうよ──例えば、わるーい、悪党なんかにね?」
「──え?」
男の声だった。テルペトルがわかったのはそれだけで、あとは瞬く間に視界と口元が布か何かによって塞がれてしまう。
「貴様!その薄汚い手をお嬢様から離せッ!!」
「おおっと……乙女かと思ったら一人は阿婆擦れの類だったか──」
彼女に数少なく残された聴覚が従者の怒声と希薄な男の声……それと、剣が勢いよく抜き放たれる刃擦れの音を捉えた。
そうして、戦闘が繰り広げられる次の瞬間──
「あ、れ──?」
テルペトル・グラウザーの意識は不自然に途切れてしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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