乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第84話 モブ執事は侵入する

 寒空に浮かぶ満月が一つ。

 

 予定通り、俺は計画を決行した。

 

「不寝番はたったの一人……それも下っ端修道士とくれば他愛ないな」

 

『……ねぇ、それって公爵令嬢に仕える執事の発言として本当にあってる?』

 

 脳裏に響く軽薄な声を無視して、教会に忍び込む。

 

 教会は三階建てで、一般開放されている礼拝堂の奥の右隅に上へと続く階段があった。祭壇の手前の長椅子には一人の屈強な修道士。夜遅くに訪れた信者や一般人を迎えるため不寝番に立っている。

 

 平和ボケしているのか、それとも治安の良い王都だからか知らないが、やけに警備が手薄だ。前世(ゲーム)で登場するもっと大きな教会には大事な資料や神具が保管されている関係上、監獄ばりに警備が堅牢だった覚えがある。

 

 ──そう考えると、この教会にはそう言った類のものは全くないのか?

 

 余裕があれば、何か使えそうなモノやずっと欲しかった教会素材をいくつか拝借しようと思ったのだが……これじゃあ、あまり期待できないかもしれない。

 

『……ねぇ、本当にそのスタンスであってる? 調査だよね? ドロボウしに来たわけじゃないよね?』

 

 ──うるさい。

 

 しつこいディヴァーデンの言葉を一蹴して、静かに隠密。この手薄な警備に一つ苦言を呈すとすれば、一階より上の階が神聖術の防護結界が張り巡らされていて、不法侵入者を弾く設計になっていることくらい。

 

 流石に貴重品はなくとも、教会に住み込む者やまだ幼い孤児たちのプライバシーや安全性は担保されているらしい。流石にそこら辺はしっかりしてる。

 

 ──ま、それもなんら問題じゃないんだけどな。

 

 魔力を漲らせて、いつかの裏社会の時同様に次元界魔による結界で全身を覆う。これによって俺の身体は一時的に別の次元に隔離された状態となり、周囲に張り巡らされている結界や魔術の効果を受けない。

 

 これで何不自由なく教会全体を闊歩することが可能となった。

 

「やっぱチートだなこの魔術……」

 

『ふふん、もっと褒めてくれてもいいんだよ?』

 

「不法侵入するにはピッタリな魔術だ」

 

『……』

 

 得意げな悪魔の声に適当に返事をして、難なく上の階へと侵入する。てか普通に不寝番のやつ寝てたけど大丈夫かよ……。

 

 やはりどこか杜撰な警備体制に呆れながらも、本格的にグラウザー嬢の痕跡がないか探索を開始する。

 

 ──二階は居住者の寝室やら台所に、物置部屋か……。

 

 簡単な二階の図面を脳裏に浮かべて、調べるところに当たりを付ける。物音を立てないように、台所や物置部屋を調べていく。

 

『驚くほど何もないねぇ』

 

 あまり期待はしていなかったが、目当ての情報は何もない。

 

 収穫と言えば、物置部屋にあったいくつかの教会素材くらいだった。

 

 ──強化の足しにはなるか……。

 

『平然と頂戴してるけど、それってマズくないかな……』

 

「バレなきゃいんだよ」

 

『……』

 

 どこかビクついた様子の悪魔に首を傾げながら三階へと進む。

 

 流石に居住者の寝室を調べるのは難しいし、ここにグラウザー嬢が監禁されているとも端から思っていないのでスルーした。本命は司祭の執務室がある三階区画だ。

 

 ──ここも驚くほど不用心だな……。

 

『さっさと調べるもの調べてとんずらしようよ』

 

 静かに階段を駆け上り、たどり着いた三階区画は人の気配すらない。

 

 それでも気を抜かずに、静かに部屋を調べていく。……とは言っても三階区画にある部屋は全部で四つ。そのうち三つが客間や応接室、空き部屋など普段は使われてない部屋だった。つまり、ロクに調べられる場所が司祭の執務室くらいと言うことだ。

 

「──お、流石に執務室となると固有の錠前が用意されてるか……」

 

 物理的にも魔術的にもその分野の専門家でなければ開錠は困難を極めるだろう。だが、そこら辺も規格外な魔術が一つあれば全部解決だ。

 

「……よし──」

 

 次元界魔で適当に自分の位置と扉の奥に次元を繋いで部屋の中に侵入する。これで痕跡を全く残さない完全犯罪の完成だ。

 

『こんなコソ泥紛いのことに私の力を使うなんてご主人くらいのものだよ……』

 

「俺としてはこれが適切な使い方にしか思えんな」

 

 今更なディヴァーデンのボヤキは無視して、部屋の中を見回す。

 

 当然、灯りはついていないので真っ暗だが、そこは日々の訓練で夜目を習得済み。問題なく調べ物はできる。

 

「それに、今日は月も綺麗に出てるしな」

 

 窓に差し込む月光を一瞥して、作業に取り掛かる。

 

 執務室は実に簡素なもので、執務机に大きな棚が壁沿いに二つほど。調度品は必要最低限だ。重要そうな書類や書物が保管された棚にはめぼしいモノは無い。どれも神聖術に関するモノや過去の教会の資料集などでクリーンなモノばかりである。

 

「こういうのは大体、隠し扉や仕込み棚とかがあるのが定石だが──おっと、こりゃあお誂え向きだ」

 

 綺麗に整理整頓された執務机を調べていると、備え付けられた四段の引き出し──その一番下の段にはこれまた扉同様に厳重な施錠が成されていた。

 

 特注の錠前に魔術と神聖術によって捻じれに捻じれた防護結界──これだけの技術を施すだけで軽く前世の一軒家が建てられるくらいには高価な代物である。

 

「あからさま過ぎて逆に怪しいな──」

 

 まあ、普通に開けて中身を調べはするんだが。

 

『本当になんの躊躇いもないなこのご主人は……』

 

 部屋に入る時よりも慎重に、引き出し全体に魔力を巡らせて次元を侵食させていく。

 

 少しでも調整を違えれば、その瞬間にこの錠前に仕掛けられた魔術が起動して俺は一躍犯罪者の仲間入りとなることだろう。流石に、魔力調節をミスっただけで牢屋行きは多方面に面目が立たないので細心の注意を払う。

 

 ガチャリ。

 

 上手いこと引き出しの内部に次元の構築ができたのと、小気味良い開錠音が耳朶を打ったのはほぼ同時の事だった。

 

「さてさて、いったい何が隠されていたんだか──」

 

 呆気なく開いた引き出しの中には複数の紙束と十数冊にもなる文庫本サイズの日記帳であった。

 

 まずは一番手前にある紙束を一つ手に取ってみる。そこには人物の名前と性別、年齢と容姿の特記事項……そして、買い取り金額が書かれていた。

 

「こりゃまた……予想以上のものが出てきやがったな──」

 

 所謂、見積書や請求書。それもまだ年端もいかない少年少女を奴隷商人に卸した、人身売買のものだ。

 

 書類に記載された日時は実に一年前のもので、更にさかのぼると十年以上前のものまで几帳面に保管されていた。

 

「年に三から四回。それが十年以上も──」

 

 ざっと見ただけでも数百人の子供が奴隷商人に売り払われたことになる。

 

 いったい、それだけの人数の子供をどうやって? 答えなんてのは分かりきっていた。どうしてセレネア教の司祭であるべスターの執務室にこんなものがあるのか。そして、彼がこの教会でどれだけの孤児を集めて育てているのか。

 

「──」

 

 自然と無数の記憶と情報が繋ぎ合わさり、それと同時に身体の奥底から血が沸騰するのを感じた。

 

 更に、決定的な証拠となるのが引き出しの奥に隠すようにしてしまわれた日記帳だ。一見、なんてことのない日々を綴った日記にも思えたが、途中からその内容は忌避感を覚えるものへと激変する。

 

《──今日は久しぶりの卸売りの日だ。ここ数年で一番と自信を持てるほどに商品の品質と具合は良好だ。その証拠にあの方の反応も上々、実に喜んでくれた》

 

《今日はついつい遊び過ぎた。それもこれもセリアがガキの癖してイヤらしい身体つきをしているのが全部悪い。乱暴に扱い過ぎて、あの方に卸すには基準を満たさなくなってしまった。……しょうがないから、彼女は自分が個人的に楽しむコレクションの一つとして思う存分に使い倒そう》

 

《ヴェラルタも随分と魅力的な身体に育ってきた。本当は直ぐにでも食べてみたいところだが、如何せんあの娘は気性が荒くて手こずっている。今度、あの方に会ったときに何か素晴らしい方法はないか相談をしてみよう》

 

《もう少しで謝肉祭だ。それと同時に一年ぶりの卸売りの日でもある。この一年で随分とストックができた。これでしばらくあの方を満足させられるだろう。何より、今回は男爵家とは言え貴族の令嬢もいる。傷を付けないように思う存分に楽しんで、あのお方に最高のショーをお見せしなければ。今から胸が高鳴ってしかたがない》

 

「クズがッ──!!」

 

『落ち着けご主人、流石に証拠を残すのはまずいんじゃないかい?』

 

 気が付けば手に持っていた日記帳を力いっぱいに握りしめていた。ディヴァーデンの忠告通り、このままでは跡がついて確実に痕跡が残る。

 

 だが──

 

「知るか──どうせこの部屋にあのクズが戻ることはない」

 

 俺は感情のままに日記帳を破り捨てると静かに虚空を見据えた。

 

 久方ぶりの感情の高ぶりに、意識がどうにかなりそうだった。まさか、ここまでのクズがこんなとこに転がっているとは思わなかった。

 

 ──これだから教会の奴らは嫌いなんだ……。

 

 年齢制限やコンプラ的にゲームではここまで明確で悪意に満ちた教会の所業は描写されない。寧ろ、ギャグに寄せてマイルドにしていた節もある。……だが、だからってこれはやり過ぎだ。

 

「さっさと汚物共を掃除しに行くぞ」

 

『はぁ……こりゃまたバチギレだね──仰せのままにだよ、ご主人』

 

 部屋を漁るだけ漁って、あのクソ司祭が何処で取引をするのかも割れた。ならば、もうこんな部屋は用済みだ。

 

 また、いちいち隠密をしてお行儀よく教会を出るのも面倒くさい。ならば部屋の窓から外に飛び出そうとするが──

 

「こんな時間、こんな所で何をしてるのか聞いてもいいカンジ?」

 

「──ッ!?」

 

 既のところで執務室の扉が開け放たれる。

 

 反射的に声のした方へと振り返る。その先にはいつもの気怠げな雰囲気を微塵も感じさせない、どこか殺気立った修道女──ヴェラルタがこちらを見据えていた。

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