乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
予期せぬ闖入者に驚く。
……いや、本来ならば彼女がここにいることは当然で、寧ろこちらがこの部屋にいることの方があり得ないことなのだが、そんな当たり前のことも今のこの状況ではどうでもよかった。
「質問に答えてくれる──セスナ・ハウンドロッド?」
こちらを見据える修道女は不気味に月明かりに照らされた金の長髪を揺らし、静かに尋ねてくる。
彼女と再会してから、初めてハッキリと名前を呼ばれたその違和感。反射的に身構える。纏った殺気は予断を許さない。
次の瞬間、彼女が斬りかかって来ても不思議ではない緊張感が場に張り詰める。
俺はなるべく眼前の少女を刺激しないように、慎重に言葉を紡いだ。
「お、落ち着いて聞いてくれ……これにはやむを得ない深い事情が──」
「へぇ、人が寝静まった夜の教会に忍び込むほど大事な用事──それも、司祭様の部屋に不法侵入しなきゃいけない理由? アロガンシアの猟犬様ともなれば諜報活動もお手の物なのね」
皮肉に満ちたヴェラルタの言葉。じりじりと俺を逃がさないように彼女は距離を縮めてくる。
『問答無用で制圧すればよくない?』
──バカ言うな……。
嫌悪感を示すディヴァーデンの言葉を一蹴する。
仮にも裏社会の闘技場で戦える実力者。前は問題なく勝利をおさめられたが、今回はただ力でねじ伏せればいいわけではない。
こんなところで戦闘なんて始めたら確実に騒ぎでバレるし、かと言って逃げるそぶりを見せれば眼前の修道女は何かしらの策を講じて足枷を付けてくるだろう。だから、ここでの正解は誠実に真実を話すことだ。
「許可もなく教会に踏み入ったことは悪いと思っている。だが、こっちにも引けない理由があるんだ──テルペトル・グラウザー嬢が謝肉祭以降、行方知れずになっていることは知ってるか?」
「……いいえ、初耳ね」
「今回の行方不明の件、申し訳ないが俺はこの教会の誰かが関係していると推察した。人が寝静まった夜に大変心苦しくはあったが、何かグラウザー嬢が居なくなった手掛かりがないかを調べさせてもらった」
傍からすれば俺の説明は全くもって支離滅裂で、到底教会関係者からすれば納得できるものではないだろう。
だが、ヴェラルタは冷静にこちらの言葉を聞き入れ、続きを促した。
「それで? 見事に不法侵入に成功した泥棒さんは何か手掛かりを見つけることはできたの?」
そんなものあるわけがないと、どこか自信を孕ませた彼女の言葉に、俺は一瞬躊躇う。
だが、ここで事実を伝えないわけにもいかず、断腸の思いで肯定してみせた。
「残念ながら、アンタの教会の司祭──サミュエル・べスターは裏で奴隷商人と繋がり、教会で育てている孤児を年に数回、人身売買してることが分かった」
「……は?」
突然とも思える俺の言葉に修道女は困惑の声を上げる。
情報の整理をする時間が必要だった。けれど、状況は一刻を争う。俺は罪悪感を覚えながらも、捲し立てるように続けた。
「信じられないと思うがこれは事実だ。その証拠にここに過去の取引帳簿がある。そして今夜、教会の子供たちと複数の信者の子供を奴隷商人に引き渡すことが分かった。そこに、件のグラウザー嬢がいることもな」
「……」
流石に、あの惨すぎる日記のことは伏せて、取引履歴のある帳簿だけ彼女の足元に投げ捨てた。
それを見た彼女の表情は──紙束に遮られてよくわからないが、どうやら明らかな証拠に言葉を失っているように見えた。
──まぁ、そうだよな……。
彼女の動揺に付け込むようで悪いが、俺は心を無にして背後の窓に意識を向ける。
「お嬢様のお願いで、俺は今からその現場に行ってグラウザー嬢を助けなきゃいけない。だから、悪いんだがこの場は見逃してくれ。全部片付いたら、謝罪でも何でもするから──」
「ちょっと待って」
一方的に謝罪の言葉を残して、この場を後にしようとするが、それはヴェラルタによって引き留められる。
帳簿を見終えた彼女の表情は明らかになって、そこには神妙な──どこか決心をしたような双眸を向けてきていた。
「私も一緒に行く」
「……は? いや、それは──」
次いで、紡がれた言葉に俺は戸惑う。
今まで女神セレネアを信奉し、一緒に教会で過ごし、慕っていたであろう司祭の汚職を知って彼女の内心はぐちゃぐちゃだろう。俺としてはそんな状態の少女を文面の事実なんかより、悲惨な現場に連れて行くことを良しとはしなかった。
「一人の信者、そしてあの人の義娘として、私には事実をしっかりと受け止めて、司祭様を止める義務がある。こんなの見過ごせないわよ」
「だが──」
それでも眼前の修道女は引き下がらない。
「お願い、足手まといには絶対にならないから──」
そうして、懇願さえする彼女にそれ以上は何も言えなかった。
「……全部、自己責任だからな?」
「わかってるし」
「はぁ……じゃあ、勝手にしろ」
最後にちょっとだけ、いつもの調子を取り戻して答えた彼女を見て、もう何も言わない。
そのまま、俺と彼女は窓から飛び出し、目的地へと急いだ。
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じめついた空気と鼻にこびりつく酸っぱい臭い。
一本の大きな水路は上に広がる王都で使用された生活用水が流れ着く最終着地点。そんな一見、何の変哲もない地下水道……その奥まったところにある資材置き場には二十人ほどの幼い子供らが集められていた。その全てが教会の孤児や謝肉祭に参加していた信者であった。
所在なく、無数の資材に囲まれた子供らの表情は不安げで、中には息を殺すように嗚咽し泣きじゃくる者までいた。
どうしてこんな辺鄙な所に子どもが? 果たして、この状況を作り上げた元凶は現在、息を荒げて楽し気に嗤っていた。
「さあもっと鳴け! 奉仕するように優しく中を締め上げろ!!」
「いやッ! やだぁあああああああああああああああ!!?」
激しく打ち付けられる小太りの男──サミュエル・べスターの何かに反射するように弄ばれた少女は悲痛な叫びをあげる。
その光景は正に惨たらしく、胸糞が悪くて、視界に入れることさえ耐え難いモノであった。一人の男が無造作に、貪るように、使い潰すかのように、一人の少女を蹂躙していた。
「「「──ッ!!」」」
そんなあまりにも鮮烈で衝撃的なモノをまざまざと見せつけられた少年少女は、眼前の少女と同様に襤褸布の薄着に身を包み、身を寄せて震えるばかりだ。
その小さく未成熟な身体は意味をなさない薄着と夜の寒さで震えているのではない。眼前で繰り広げられる残酷な光景が、次は自分に訪れると確信しているからだった。現に、視界の端には男によって既に使い潰された同胞が力なく横たわっている。
「仕上げだ! 精一杯、叫んで見せろ!!」
「ぁあああああああああああああああああッッッ!!」
不意に、べスターが声を張り上げ、それを塗りつぶすように劈く悲鳴が場を埋め尽くした。
ベスターから解放された少女は力なく石畳の上に倒れて、直ぐにひっそりと姿を現したもう一人の──紫の燕尾服に身を包んだ瘦躯の男に回収された。
「相変わらず楽しそうに人を貪るな、べスター」
「楽しんでいただけたなら何よりでございます!」
痩躯の男は矢継ぎ早に次の獲物を吟味するべスターにそう言うと、自身も回収した少女を鑑定するかのように見据えた。
「──これは喰ってみるか」
時間にして僅か数秒、品定めを終えた瘦躯の男は回収した少女を徐に言葉通り喰い始めた。
「ィギッ!? ァアガ、アアアアアアアアアアアアアアッ!!?」
再び飛び出た悲鳴と同時に血が飛び散り、肉を嚙み切り、骨を砕く咀嚼音が響く。悲鳴など歯牙にもかけず、痩躯の男は少女の身体の半分ほど食い尽くしたころで──
「これも違うな」
飽き飽きとした様子でそう呟き、中途半端に喰い散らかされた少女を投げ捨てた。
血色に濡れて、無表情で眼前の小太りの楽しむ姿、それを見て怯える子供ら、そして投げ捨てられた中途半端に欠けた死体の数々を見て、痩躯の男は薄い笑みを浮かべた。
その姿は到底、人に非ず。
人間としての理性と倫理観を食いつくされた奴隷商人は静かに祈りを捧げた。
「女神セレネア様に感謝を──」
その姿は堂に入っており、この国で一番有名な女神を崇拝する敬虔な一信徒であった。だがやはり、それを見ていた全ての者が男の祈る姿に恐怖し、どこか狂気じみた執着さえ錯覚させた。
「いやぁああああああああああああああッ!!」
そんな最中、不意にまた悲鳴が響く。
すぐそこで一人の少女が物理的に食われているように、べスターはそれを全く意識にも留めずに、肉欲を満たしていた。
「そろそろ、今日のメインディッシュをいただくとしようか──」
既に十人以上を貪っておいてまだその欲は満たされないのか、べスターは獣じみた鋭い眼光をまだ手の付けられてない子供ら──その一人に向けた。
その双眸に映ったのは薄い桃色の髪を揺らした少女──男爵貴族令嬢テルペトル・グラウザーだ。
「ひっ──」
テルペトルは反射的に小さい悲鳴を上げて、強く目を瞑る。そうして、何かの間違いだと縋るように信仰する女神に祈りを捧げた。
「どうか、どうか私をお助けくださいセレネア様──!!」
「女神に祈ったところで無意味だ。これから起きる事実が捻じ曲がることはない──さぁ、来るんだ!」
だがそんな祈りも空しく、テルペトルはべスターに無造作に腕を引かれる。
──どうしてこんなことになったの?
彼女の脳内にはこの異常な状況に対する疑問で埋め尽くされていた。
謝肉祭の帰路、あの血濡れた痩躯の男に襲われた。気が付けば信頼できる従者の姿はなく、目が覚めればこんな人の寄り付かない場所。信頼し、贔屓にしていた教会の司祭に襲われそうになっている。
──誰か、誰か助けて……!!
今まで信じてきた女神に祈ったところで意味はない。
結局、大事な時にその存在は直接手を差し伸べて助けてくれるわけではないのだ。ならば、何のための女神なのか? 今まで、こんな異常事態に巻き込まれないために、より良き死を迎えるためにその存在を信じ、祈りを捧げ、敬虔に生きてきた。
──なのに、こんな仕打ちなんてあんまりだわ……!
ほぼ意味を為していなかった襤褸布はひん剥かれ、下卑たべスターの視線がテルペトルの無垢な柔肌を焦がす。もうどうすることもできない。確信し、力なく抵抗していたテルペトルの気力はそこでプツリと切れた。
「は、はは……やっとだ。ずっとお前のその年齢に似つかわしくない乳房を握りつぶしたかったんだ……!!」
太く、醜いべスターの手が少女に伸びる。
次の瞬間には自分も先に貪られた彼ら彼女らと同じ結末を迎える──
「信じて、いたのに──!!」
そうテルペトルが絶望したのと、聞き覚えのある少女の声がしたのは同時だった。
「──え?」
気が付けば、テルペトルは一人の修道女にその身を抱きかかえられていた。
「ッ!?どうしてお前がここにいる──ヴェラルタッ!!」
果たして、テルペトルを救ったのは何度も通ったあの教会の修道女──銀槍のヴェラルタであった。